現実さながらに作り込まれているジェットコースターは、こうなんというか非常によくできていた。
俺はギアナ高地とかで修行したことがあるから高いとこだったり、多少高いとこから落下したりとか、そういうのは慣れてるつもりだった。
けど、ジャンケンの結果俺の隣に座ることになったチナツはそりゃもう凄まじい勢いで絶叫してたもんだから耳が物理的に痛い。
「あー、楽しかったわ! ねえユウヤ、次は何乗る?」
「あんだけぎゃーぎゃー言ってたのに随分元気だな……」
「声の一つも出さないアンタが異常なだけよ、マフユだって絶叫してたじゃない」
チナツとは違って、どこかまだ夢心地な表情をしているマフユがこくこくと小さく頷く。
正直お前の声がデカすぎるせいで聞こえなかった……なんて言ったら逆鱗に触れるんだろうから黙っておくとしても、まあ楽しくないかって言われたら嘘になる。
俺の方もなんだかんだで本物のジェットコースターさながらのスリルを結構楽しんでたからな。
「次も絶叫系で攻めんのか? えっと……」
「ラフレシアバグライドとあとはバンジージャンプとかもあるわね、アタシはそれでも構わないけど、マフユは?」
「……え、えっと……あんまり怖いのに、連続して乗るのは……」
もじもじと恥ずかしそうに頬を赤らめて、マフユはチナツの問いにそう答える。
まあ、よくわからんけど絶叫系って大体一回乗ったら満足するようなもんだしな。
手元のウィンドウに表示した会場の地図を見る限り、アトラクションの類はまだまだあって、ハロを模したカプセルに乗ってのウォーターライドとか、あとは特殊なフォトフレームで写真が撮れたりするらしいけど、どうしたもんか。
そんなことを薄らぼんやりと考えながら、とりあえずは人波にそって道を歩いていた時だった。
「きゃっ……!」
「あ、ご、ごめん、君!」
「トッドさん?」
余所見をしながら先頭を歩いていたチナツが、長身痩躯のダイバーに激突する。
危ねえな、と言おうと思ったけど、よく見たらチナツがぶつかった人は、この前フリーバトルで戦った二人組の内の一人、トッドさんだった。
「ユウヤ君とマフユ君……! 聞いたよ、君たち、フォースを組んであの『GHC』の特務分隊に勝ったんだってね」
「へへ、それほどでも……てか、トッドさんとジョーさんもここに来てるってことは?」
「ああ、俺たちもあのあとフォースを組んだのさ。新メンバーも加わって、まずまずってところかな。ところでこっちの子が?」
トッドさんの隣に立っていたジョーさんが、チナツを指して問いかけてくる。
トッドさんたちもフォースを組んだってのは喜ばしいことだな。マスダイバーにやられて落ち込んでたみたいだし、そこから立ち直れたんなら何よりだ。
「ああ! こいつはチナツ、俺の友達です」
「そうか……友達同士でフォースを組むのは鉄板だからね、今度機会があれば、俺たち『オーラモビルズ』とも戦ってみないか?」
ちょうど三人になったことだし、とジョーさんは気さくに笑いながら、近くに立っていたベアッガイ頭の着ぐるみを身につけた女の人を指してそう言った。
この前のフリーバトルは二対二で、「GHC」特務分隊との戦いは三対五だったから、互角の条件ってことで、トッドさんたちと再戦するのも悪くないかもしれない。
「ところで君たちは、午後のフェスミッションには参加するのかい?」
「フェスミッション?」
なんてことを考えていたら、トッドさんが藪から棒に、知らない単語を出してくる。
フェスミッション。多分その響きから察するに、ベアッガイフェスで受けられるミッションのことなんだろうけど、そんなもんあったっけか?
手元のコンソールを操作して、俺はベアッガイフェスの概要が記された告知を表示、拡大して隅々まで眺めていく。
ああうん、確かに書いてあった。
なんか午後にイベントミッションが開催されるから、奮ってご参加ください的なアレだ。
報酬を確認してみると、フォースネストに飾ることができるアクセサリーアイテム……武者の鎧兜と薙刀を装備した小さなベアッガイ、「武者ッガイ」なるオブジェだけで、他には何もないらしい。
これだけなら正直、参加する旨みはあんまりないんだけどな、と俺が首を捻っていると、食い気味に目を輝かせたチナツが、トッドさんの質問に答える。
「はい、もちろん!」
「おいチナツ、まだ決まったわけじゃ……」
「え、えっと……私も参加したい、かな……ユウヤ君……」
袖の余っているマフユのゴスロリが、逸るチナツを諌めようと伸ばした指先を掴む。
上目遣いで瞳を潤ませるその仕草はなんというかこう、ずるくないかマフユ。
そう思っても口には出さず、咳払いをして煩悩を振り払う。とりあえず、多数決なら賛成二、反対一で俺の負けだ。ここは潔く従っておこう。
「そんなわけで参加することが今決まりました」
「あはは……女性は強し、だね。僕らも参加する予定だから、その時は負けないよ」
「はい! こっちもやるからには全力でやるつもりですから、楽しみましょう! トッドさん、ジョーさん! えっと……」
「私はベル。『オーラモビルズ』の新入りだけどよろしくね、『トライダイバーズ』の皆」
ベル、と名乗った茶髪の女性ダイバーは、ジョーさんと腕を組むと、ひらひらと手を振りながら雑踏に紛れていく。
「それじゃあ僕も行かせてもらうよ。フェスミッション、楽しみにしているからね」
トッドさんも、それに続く形で手を振って、ジョーさんとベルさんの背中を早足で追いかける。なんていうかまあ、ここまで来たら乗りかかった舟だ。
「じゃあ俺たちも行くか、フェスミッションまでまだ時間あるんだろ?」
「一応まだあるわね、何のアトラクションに乗ろうかしら」
「あ、あんまり激しいのは……ちょっと」
チナツとマフユの合意で参加が決まったフェスミッションとやらに思いを馳せつつ、俺たちはああでもないこうでもないと言葉を交わしながら、とりあえずはベアッガイフェスをぐるりと一周してみることに決めるのだった。
◇◆◇
観覧車から見下ろす、フェスの舞台はそりゃもう壮観なものだった。
とりあえずはアトラクションを一周する形で、最後に残った観覧車に揺られている俺は、窓の外に広がる景色を一望して、軽く感動のようなものを覚える。
流石は天下のGBNだ。
実写のように、どころか、実写をそのままテクスチャに貼り付けたかのように、景色が作り込まれてやがる。
マフユは高いところが苦手なのか、ぷるぷると震えて席に腰掛けていたけど、時折怖いもの見たさのようにそわそわして、窓の外に広がる景色を窺っていた。
「大丈夫か、マフユ?」
「えっと……うん。大丈夫だ、よ……?」
「あんまり無理すんなよ」
VRゲームが現実に影響をもたらすなんて眉唾物の話だけど、ゲームの中でまで好き好んでストレスを溜める必要はどこにもない。
高いところが怖いらしいマフユが恐る恐る伸ばしてきた手を、余った袖口の上から握り返す。
「あ、ありがとう……ユウヤ君……」
「気にすんなって」
「てか、無理しまくって眠くなってるアンタが言えたことじゃないでしょ」
さっきまで俺とは反対側にある窓から見える景色を見つめていたチナツは、どこか不機嫌そうに唇を尖らせていた。
じとっと濁った視線が俺を打ち据えるけど、そんな目で見られる心当たりはどこにもないんだから心外だ。
でも、言われてることはぐうの音も出ない正論なんだよな。情けないけど言い返せねえ。
「ぐうの音も出ねえ」
「でしょ? ふんっ」
「……あ、チナツさん……その、喧嘩しない、で……」
「大丈夫よマフユ、この程度喧嘩の内にも入らないから」
小さい頃からの腐れ縁ってやつよ、とチナツはマフユに負けず劣らず豊かな胸を逸らして、ドヤ顔で宣言する。
まあ腐れ縁ってのも言い得て妙だな。
家は一軒隣だし、チナツの母さんは父さんの、師匠のお姉さんで、その結婚相手は学生時代に師匠と一緒にチームを組んでた人らしいし。
「お、時間的にそろそろフェスミッションか」
「本当だわ、あーもう、早く降りないかしらこの観覧車!」
「……それだと、絶叫系になっちゃうん、じゃ……」
ゆっくりと巡行する観覧車にもどかしさを感じつつ、俺はさっきまで乗り気じゃなかったはずのフェスミッションがすっかり楽しみになっていることに気づいていた。
理由はまあ、遊びだとしても、遊びだから全力でやりたいってのはあるけど、知り合いのトッドさんたちが参加するから、ってのも大きいかもしれない。
「フォースフェス、か……」
マギーさんが言ってた通り、フォース同士の親交を深めるのも、バトルとはまた違った良さがあるのかもしれないな。
◇◆◇
『ハロー、エブリワン! ベアッガイフェスの特別ミッションにようこそ! このミッションでは、各地に隠されている宝箱を開けることで、ベアッガイ像へ辿り着くヒントが隠されています! お宝目指して、フォース一丸となって頑張りましょう!』
司会進行の前口上に、参加しているフォースたちのボルテージが引き上げられる。
辺り一面が熱狂に包まれていることを見るに、皆案外ガチであの武者ッガイを狙いに来てるのかもしれないな。
「いい、ユウヤ? いつもの作戦通りで行くわよ!」
「ああ、マフユがまずは先行してデータリンク、俺とチナツは後からフォローする!」
「……は、はいっ……!」
いいね、こういうの。いざ勝負となれば、乗り気じゃなかったのが恥ずかしくなってくるぐらい燃えてくる。
『それでは、位置について──よーい、スタート!』
司会進行がミッションの開始を宣言すると同時に、我先にとダイバーたちが飛び立って、あるいは地面を駆け抜けていく。
「……行こう、エクリプティカ……!」
巡航形態に変形したマフユのG-エクリプティカも、スタートに遅れることなく、可変機たちを置き去りにするような速度でかっ飛ぶ。
「俺たちも負けてらんねーな、チナツ!」
「ええ、武者ッガイはアタシたちが手に入れるんだから!」
そして、マフユに続いてチナツはアストレイシックザールを、俺はストライク焔を上空に飛ばして、晴天の中を駆け抜けていった。
◇◆◇
「うわあああっ!」
「トッド!」
「きゃあああっ!」
「ベル! クソッ、イベントミッションで攻撃してくるなど……!」
ベアッガイフェスのイベントミッションが開始されてからしばらく、いくつかのヒントを探り当てて、俺たちは他のフォースに少し遅れる形でベアッガイ像の前に到着していた。
だが、そこにあった光景は、皆が懸命に競い合っているフェスの雰囲気とは程遠い、殺伐としたものだった。
一足先に到着していたトッドさんたちのフォース、「オーラモビルズ」の機体が、何者かが放った紫色のビームに翼を焼かれて墜落していく。
よく見れば、さっきまで晴れ渡っていたはずの空には鉛色の雲が立ち込めていて、嫌な予感が胸の中をよぎる。
「チナツ、マフユ、これって……!」
「ええ、ブレイクデカール……でも、どこから撃ってきたかはわかるけど、姿が見えない……!」
「……G-エクリプティカのセンサーで探してみます!」
いくらお宝が欲しいからといって、ブレイクデカールを使って他人を攻撃するなんて、とんでもない輩だ。
G-エクリプティカのセンサーが捉えた敵機のデータが、一分も経たない内に俺たちの機体にも転送されてくる。
位置はわかった。だったら。
「先に発砲したのは、お前だからな!」
『……』
そのマスダイバーが潜んでいるのであろう地点に俺はビームピストルを撃ち込んで、牽制とする。
位置がバレたことで隠れ続けるのを諦めたのか、ゆらりと景色の中から溶け出てくるように、その漆黒のガンプラは姿を表した。
「あれって……Ez-SR!? パパたちが戦ったっていう……!」
「……あのレドームや頭は、ブラックライダー……! さっきのは、光学迷彩……?」
『クク……見事だぜ、お嬢ちゃんたち。ご褒美をくれてやろう』
そのEz-SRとかいうらしい機体とブラックライダーとかいうらしい機体のミキシングモデルは、手にしていたショートビームライフルを連射して、チナツのスナイパーライフルと、マフユのビームライフル、そしてスラスターを撃ち抜いて、地面に叩き落とす。
「きゃあっ……!」
「……ぁ……っ……!」
「チナツ! マフユ!」
尋常じゃない威力だ。
チナツのガンプラも、マフユのガンプラも、相当高いレベルで作り込まれているのに、その装甲を易々と貫通するだけじゃなく、ビームライフルのバレルが短いのにもかかわらず、敵の射程と威力は異常なまでに長く、高い。
「に、逃げるんだ、ユウヤ君……! 悔しいけど、僕たちじゃマスダイバーには勝てないんだ……!」
地面に倒れ伏していたトッドさんが、機体を必死に起き上がらせようとしながら警告する。
マスダイバーは俺たちに対する興味を失ったのか、腰裏にショートビームライフルをマウントすると、両腰のヒートナイフを引き抜き、トッドさんのガブスレイを踏みつけた。
そして、ヒートナイフの刃がゆっくりとガブスレイの両肩を引き裂いていく。
「ぐああっ……!」
『クク……いつ聞いてもいいなぁ、悲鳴ってのはよ……!』
「お前! お宝が欲しいからって、なんでこんなことを!」
オープンチャンネルで俺は、マスダイバーに向けて叫ぶ。
イベントミッション中の相手に対する攻撃はルール違反じゃないらしい。それでも、ジョーさんが言ってたようにマナー違反なら、今すぐにやめるべきだ。
『お宝ぁ? あんなショボいぬいぐるみになんざ興味ねえよ……俺が欲しいのは、こんなヌルいイベントにホイホイ集まってきたバカ共の悲鳴なんだからなぁ……!』
「お前……ッ!」
お宝が何としても欲しいってんなら、わかってたまるかとは思うけど、百歩譲って理解してやろう。
でも、こいつは最低だ。最初から他のダイバーをいたぶるためだけに、わざわざフォースフェスに参加してるんだから。
「許せねえ……! そんな理由でトッドさんたちを!」
『許さないならどうする? そもそもこっちはお前に許されなくたって別にどうでもいいんだけどなぁ……?』
「そうだ、僕たちの運が悪かっただけだ! 逃げるんだよ、ユウヤ君……!」
「いいや、ダメだ!」
「ユウヤ君……!?」
トッドさんは悔しさに歯を食い縛りながら俺たちに警告してくれた。でも、申し訳ないけどその忠告は聞けそうにない。
「トッドさんたちだって悔しいだろ!? せっかく皆で楽しんでいたフェスを、マスダイバーなんかに滅茶苦茶にされて! だから俺はこいつを許さねえ!」
フォースフェスは、フォース同士の交流を深めたり、フォースメンバーと一緒に楽しむ場所だ。
それを下らない理由で、しょうもない理由で滅茶苦茶にされてるんだ。しかも、俺のダチが。
そんなの絶対、許せるわけがない!
『格好つけんなよ、ガキが……まあいい、どうせお前らも獲物にするつもりだったんだ、来いよ。存分にいたぶってやるからよ……!』
「上等だ! 俺は今からお前を、百万発ぶん殴る!」
ブレイクデカールとかいうチートで強化されていても、ダメージが通るんなら倒すことはできる。
俺はビームピストルを放棄すると、拳を固めてエールストライカーのスラスターに点火、ショートビームライフルの攻撃を避けながらマスダイバーの機体に肉薄していく。
皆のフェスを滅茶苦茶にしてくれた無礼には、こっちも無礼で叩き返してやる。
フェスを守るための戦いが始まる