ペリシアはガンプラビルダーの聖地。
キョウヤさんがそう言っていた通り、中東の街を思わせる雰囲気の都市には、早速展示されたガンプラが佇んでいた。
エンドレスワルツに出てきたウイングガンダムゼロをライトグレーに染め上げて、追加装備を施したようなそのガンプラの名前を俺は知らない。
それでも、色んなところに施されている工夫で、ガンプラの情報量……確かディテールっていうんだったか。それは素組みと比べて格段に引き上げられている。
「凄え……マフユ、あれの名前知ってるか?」
「うん……スノーホワイト。エンドレスワルツの続編として書かれた小説に出てきたガンダムの……試作型、かな……?」
「スノーホワイトプレリュードね。多分それで合ってるわよ、マフユ」
自信なさそうに小首を傾げたマフユにフォローを飛ばしたチナツは、そのスノーホワイトプレリュードというらしいガンダムを見上げて、感嘆したようにほぅ、っと息を吐く。
俺よりガンプラ作りが上手いチナツからしても、あのガンダムはよくできてるように見えるのか。
ってことは、あそこに飾られてるのは相当作り込まれてる……それこそキョウヤさんのAGEⅡマグナムに匹敵するぐらいの代物だってことだ。
「凄えな! スノーホワイト……プレリュードだっけ? あれ、戦ったらどれぐらい強いんだろうな!」
定番のツインバスターライフルだけじゃなく、腰に追加されている、フィン・ファンネルのような装備も使うとなれば、その火力は圧倒的なものになるだろう。
流石はガンプラビルダーの聖地、ペリシアだ。入り口で見ただけでもこんなにわくわくして、闘争心を掻き立てられるなんて。
おかげで、気付けば食い気味にチナツとマフユにそう問いかけていた俺の肩に、何かが触れたことを理解するのには、数秒のラグが生じていた。
「ふふふ……はろーやーやー、少年。あれは戦うために作ったものではないよ」
声のした方に振り返れば、そこには癖がある金髪をポニーテールに括って、赤縁の眼鏡に白衣という、いかにも研究者、といった感じのダイバールックに身を包んだ女の人が視界に映る。
ちちち、と人差し指を振るその仕草が嫌味に見えないのは、その人もまた、キョウヤさんと同じような風格……歴戦の証である闘志を秘めていたからか、それともさっきの発言からするに、あのスノーホワイトプレリュードを作ったビルダー力がそうさせているのか。
どっちでも構わないけど、俺が引っかかってたのは、あの人があれだけ凄い出来のガンプラをバトルに出さない、と言ったことの方だった。
「戦うために作ったんじゃないって……バトルするんじゃないんですか?」
せっかくチャンピオンに匹敵するようにも見えるガンプラを作ってるのに、GBNの中でもバトルさせずにただここに飾っておくだけ、っていうのは何というか釈然としない。
「そうだねぇ、あのスノーホワイトプレリュードはHGスケールで作ったものだから、バトルに出してもそれなりの戦果は得られるかもしれない」
「じゃあ……!」
「ふふふ……その様子だとペリシアは初めてだね、少年? GBNにおけるガンプラの役目は、ただ戦うためだけじゃない。そうだね、それを知ってもらうためにもこのトワさんがナビゲーター役を買って出ようじゃないか」
──トライダイバーズ。
トワ、というらしい女の人は、なぜか俺たちのフォース名をピンポイントで言い当てると、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げる。
チャンピオンはアトミラールさんの知り合いだったらしいけど、この人はなんで俺たちのことを知ってるんだ?
まさか、トワさんもアトミラールさんと面識があったりするんだろうか。
「アタシたちのこと、知ってるんですか?」
「もちろんだとも。トワさん、これでも趣味はガンプラ作りと人間観察でね。新進気鋭のフォースのことは頭に入れるようにしているのだよ」
これでも、というか見た目通りといった趣味を並べ上げて、トワさんは悪戯っぽく目を細める。
それにしたって、まだ駆け出しに過ぎない俺たちのこともチェックしてるなんて、まるでマギーさんみたいだ。
俺とマフユは顔を見合わせ、互いの瞳にぽかんと口を開けた、気の抜ける表情が映し出されていたことに気付いて小さく笑う。
「ふふ……っ」
「はは、すみません。それで……トワさん、俺たちを案内してくれるんですか?」
「うむ、そうだねぇ。君たちさえよければだけど」
「ありがとうございます! チナツとマフユは大丈夫か?」
「アタシも異存ないわ。ペリシア来るの初めてだし」
「私も……ユウヤ君とトワさんがいいならいいかな、って……」
「ふふふ、なら決まりだね。めくるめくガンプラの奥深い世界を、このトワさんが君たちに案内して差し上げよう……!」
その場でくるりと回って白衣の裾を翻すと、トワさんは少し大仰な仕草で、まるでお嬢様に仕える執事のように、頭を下げてみせる。
なんていうか、失礼だけど変わった人だな。
でも、悪い人じゃない。それだけは、あの目を見れば、キョウヤさんと同じくガンプラを、GBNを愛していることがわかる目を見れば、簡単にわかることだ。
「改めてありがとうございます、トワさん!」
「何、気にすることはないよ、少年。そうだね……見るべきものはやたらとあるが、まず見てもらいたいのはこれだね」
トワさんは宮殿のような建物の近くに佇んでいるガンプラを指すと、ペリシアのメインストリートを早足で駆け抜けていく。
見た目によらないそのアグレッシブさは、人を見た目で判断しちゃいけないという好例だろう。父さんが、師匠が言ってた通りだ。
「これは……?」
人波をかき分けて辿り着いたその場所に直立していたのは、何の変哲もない初代ガンダムだった。
何の変哲もない、とはいうけど、なんというか今、俺が組んでるようなHGクラスのガンプラと比較したらややデカいのと……言っちゃ悪いんだけど、腹のコア・ファイターが剥き出しになってたりとか、色々とプロポーションが悪い。
これのどこが真っ先に見てもらいたかったんだろう、と俺は首を傾げるばかりだったけど、チナツとマフユはきらきらと目を輝かせて、その初代ガンダムに見入っていた。
「わぁ、旧キット! それをここまで丁寧に作り上げてるなんて!」
「1/100なのに、はみ出しが全くない……凄い精度で、塗り分けられてる……!」
「なあチナツ、マフユ、これの何が凄いんだ?」
俺は頭上に無数のクエスチョンマークを浮かべながら、二人に問いかける。
穴が空くぐらい凝視しても、なんというかやっぱりプロポーションが悪いガンダムにしか見えない。可動域だって狭そうだ。
でも、チナツとマフユはこれを絶賛しているし、その様子を後ろから見ているトワさんは、ラーメン屋の店長みたいに腕を組んで静かに頷いている。
「わかってないわね、ユウヤ。このガンダムはね、旧キット……昔に発売されたガンプラの味を損なうことなく丁寧に、正確に作られてるのよ」
「……表面は綺麗なつや消しになってるから、わかりづらいかも、だけど……パーツにも傷が全くなくて、すごく丁寧に表面処理してあるんだ、よ……?」
「旧キット……?」
チナツとマフユが言うんだから、何となく凄いものだってことはわかるような気がした。
特にマフユが言ってくれたように、よく見れば装甲の表面はペリシアの強い日光を浴びてもつや消しを保っていて、細かな傷一つ浮かび上がっていない。
それが凄いことはわかるんだけど、ガンプラって、基本的に組んだらある程度綺麗にできるもんじゃないのか?
「そうだね、少年……君にもわかりやすいように言うとだね、この1/100ガンダムの成型色は赤と白の二色だけ。しかもパーツのほぼ全部がモナカ割り、組み立てには接着剤が必要なんだ。そう言えば、伝わるかな?」
「二色……っ!?」
嘘だろ、おい。
ガンプラって、俺が組んだHGCEエールストライクガンダムもそうだったけど、多少シールがあっても成型色の段階で色分けされてるものじゃなかったのか?
それに、接着剤が組み立てに必要って。
改めてその事実を踏まえてあのトリコロールも鮮やかな、1/100ガンダムを仰ぎ見れば、どことなく神々しいオーラを纏っているようにも思えた。
「ふふふ、わかってきたようだね、少年」
「ヤバい……何つーか、見た目で判断してた俺がすげー恥ずかしい……」
「何、誰しも過ちは犯すものさ。ならば認めて、次の糧にすればいいだけの話だよ少年。フル・フロンタルの言葉さ」
「あの、俺……すみませんでした!」
トワさんの言葉を心に留めて、その初代ガンダムの足元に座っていた、ビルダーと思しきお爺さんに俺は全力で頭を下げる。
「そちらのお嬢さんが言った通り、気にすることはない。旧キットは今の時代に比べれば、野暮ったいかもしれないが……旧キットにしかない味がある。それは儂の思い出の味でもあるんじゃよ」
「思い出の、味……」
「そうだとも。儂がお主らと同じ少年だった頃、大きくて値段が張る、1/100のガンダムは、憧れじゃった……」
──じゃからこうして大人になって、その時できなかったことをしているのじゃよ。
お爺さんは、少年のように目を輝かせながらその1/100ガンダムを仰ぎ見る。
「ビームサーベルが、クリアパーツに置き換えられて、る……もしかして、クリアのランナーを……?」
「正解じゃよ、お嬢さん。やはりビームサーベルはクリアパーツでなければのう」
ほっほっほ、と、マフユが改良ポイントを言い当ててみせたことに気を良くしたのか、お爺さんは気さくに笑う。
「ちなみに元のキットだとビームサーベルの柄と刃が白い成型色で一体化しているよ、少年」
「ええっ!? そんなとこまで改良してるなんて……」
「しかも、接着剤を使うと濁りやすいクリアパーツを接着面積が小さいところにちゃんとくっつけてる……凄いってもんじゃないわよ、ユウヤ」
チナツもマフユが言ったところに感心したのか、口元を覆って大きく目を見開いていた。
クリアパーツが濁りやすいとか、そういうのはよくわからないけど、それだけでもかなり難しい作業を根気よくやり遂げて、しかも複雑な色分けをはみ出すことなくマスキングだけでやり遂げてるってだけで、もう途方もないほど凄いことに思えてくる。
「それに……立ち姿が決まるように、ちょっとだけ関節に加工してます、か……?」
「はっはっは! まさかそこまで見てくれるお嬢さんがいるとはのう……正解じゃよ。これが儂の……理想のガンダムじゃ」
「理想の、ガンダム……」
旧キットの、お爺さんにとっての思い出の味を損なうことなくブラッシュアップしたそれは、可動域も狭いし、確かにバトルじゃそこまで通用しないのかもしれない。
でも、キョウヤさんが言ってたように、あれには「愛」が溢れている。
お爺さんが少年だった頃の憧れが、思い出が、綺麗に色分けされたカメラアイを通して伝わってくるようで。
「凄え、凄えよ……これが、ペリシア……! 色んな愛が溢れてる……!」
「ふふふ……だから言っただろう、少年? 何を差し置いても初めに見るべきはこのキットだとね」
「はい、トワさん!」
GBNはバトルだけじゃない。
俺はその言葉を、フェスに参加しただけでわかった気になっていただけなのかもしれない。でも今は、そこから一歩抜け出せたような気がする。
それはきっとトワさんの、そしてお爺さんの、思い出のガンダムのおかげだ。
そして、俺の中に一つの問いが、雫が凪いだ湖面に零れ落ち、波紋を広げるように生じてくる。
──俺の理想は、愛はなんだ?
まだ、それはわからない。だとしても、キョウヤさんが言ってた通り、それは少しずつ見聞を広めていけば、わかることなのかもしれない。
「さあ少年少女諸君、立ち止まっている暇はないよ。ペリシアは広大だからね。まだまだ見るべきものは沢山ある」
「はい、トワさん! 大切なものを教えてくれてありがとうございます、お爺さん!」
「ほっほっほ……儂こそ、このガンダムの良さを理解してくれたことに感謝するよ……」
今の俺には、もったいない言葉だ。
改めてお爺さんに頭を下げて、俺たちはトワさんに導かれるまま、ペリシアを巡っていく。
まだ見ぬ「好き」が、色んな愛が溢れているこの街を。
◇◆◇
「さあ皆様、これからシャフリヤール様の新作お披露目が始まります! 見学を希望される方はガンプラのデータを持参してお集まりください!」
その声が聞こえてきたのは、ぐるりとペリシアを一周してから、カフェで休憩を取っていた時だった。
「シャフリヤール?」
「生きる伝説と呼ばれる世界一のビルダーだね。ペリシアに作品をよく飾っているけれど、そのダイバールックはほとんど誰も知らないらしいよ、少年」
「へえ……そんなに凄いなら、俺たちも見に行った方いいのかな」
「シャフリヤールさんが本当に来るっていうならそうね。アタシたちも行きましょ」
「はいっ……! シャフリヤールさん、楽しみ……」
生きる伝説とまで呼ばれるビルダーの新作が拝めると聞いては、ビルダーの血が騒がずにはいられないらしい。
チナツとマフユは会計を早々に済ませて、そのシャフリヤールが来るらしい中央広場へと駆け出していく。
「あ、おい! チナツ! マフユ! 待てって!」
「ふふふ……若いね。ではトワさんたちも行くとしようか、少年」
「はい!」
慌てふためくように会計を終わらせて中央広場に向かえば、そこにはもう結構な人だかりができていた。
「さあ、これが本邦初公開! シャフリヤール様の新作、武装の多様性と──」
武装のなんだって? がやがやしててよく聞こえねえ。
群衆の中心にいる小男が、シャフリヤール……と名乗ってるおっさんを指すと、ブロックノイズがテクスチャを再構成していく。
そうして現れたザムドラーグは、武装がどうのこうのと言ってた通り、背中にミサイルポッドやら何やらをくっつけていた。
「……これが、シャフリヤールってやつなのか?」
「おかしいわね……スランプなのかしら」
「……え、ええと……」
「ほうほう、これはこれは……」
──端的に言って、見る価値もないね。
俺たちが首を傾げている中で、トワさんはぼそりとそう吐き捨てた。
目の前にいるおっさんが世界一のビルダー、シャフリヤールなのかどうかはさておくとしてもあのザムドラーグ、俺がこの街を見て回ってきた中で感じた、「好き」って気持ちが全く伝わってこない。
こんなのって言ったら失礼だけど、手抜きにしか思えない、コンセプトすら固まってないようなものを作るのが世界一のガンプラビルダーなのか?
それともチナツが言ったように、スランプにでも陥ってるのか?
俺がそのことを問いかけようとした、その時だった。
「なんかピンと来ないな……」
群衆の真ん中にいた、ジャージに胸当てをつけたようなダイバールックの男子が、今まさに俺が投げかけようとした言葉を口に出していた。
「リッくん?」
「何言い出すのよ!」
ジャージの男子の友達と思しきデカい帽子を被った男子と猫耳に猫尻尾の女の子が諫めにかかるが、ジャージ男子の言葉は止まらない。
「え、あぁ……でも俺、芸術ってのはよくわからないけど、さっき会った人が言ってただろ? ガンプラにはそれを作ったビルダーがこうしよう、こう作ろうと思った理想があるって……出来がいいとか、悪いとかじゃなくて俺あのガンプラから何も感じない。ザムドラーグへの思いもリスペクトも……あの人の言葉を借りるなら、愛が足りないんだ」
シャフリヤールを名乗るおっさんの前で、帽子の男子にリッくんと呼ばれていたジャージ男子は臆することなくそう言い切った。
当然、取り巻きの小男は何事かを反論してたけど、そんなことはどうでもいい。
「あいつ……勇気あるんだな」
それに、相応の愛を持ってなきゃ、あんな言葉は出てこないだろう。
年の頃は俺と同じぐらいに見えるのに、もう立派な愛を持っているジャージ男子に、俺はリスペクトのようなものを感じていた。
そいつは今、小男に無理やり連れてかれようとしている。
だったら助けねえと──
「あのガンプラはシャフリヤールが作ったものじゃないわ」
身体が動きかけた刹那、どこに潜んでいたのか知らないけど、忍装束のダイバールックに身を包んだ女の子が、群衆の真ん中に降り立ってそう宣言した。
「な、何をいきなり! あの作品は正真正銘シャフリヤール様の──」
「だったらガンプラを動かして。ここにいる手練れのビルダーたちなら、動きでそれが本物かどうか一目でわかるはず……この積載過多のガンプラがどういうマニューバをするのか、さあ見せてみなさい! できないの? できないなら貴方は偽者。この街から出て行きなさい!」
女の子の力強い言葉に、何事かを言い淀んだ自称シャフリヤールとその取り巻きの小男は、尻尾を巻くようにペリシアから逃げ出していく。
「なんだ、結局偽者だったのね。あんなのに時間を使って損したわ」
「シャフリヤールさんを、騙るなんて……」
チナツとマフユは、肩を落として呆れたように溜息をついた。気持ちはわかる。世界一のビルダーの作品が見られると思ったらこれだもんな。
「ふふふ……やはり愛がある者にはわかるんだねえ。少年。君も気付いてただろう?」
「はい、俺も……あのザムドラーグからは何も感じませんでした」
「それはビルダーとして一歩進んだ証さ。是非とも大事にしたまえよ」
さて、無駄な時間を使ったことだし、口直しに作品を見て回ろうじゃないか。
トワさんはそう言って、白衣の裾を翻す。
愛か。まだ俺にはそれがなんなのかはっきりとはわかんねーけど。
好きっていう気持ちだけは見失っちゃいけないんだ。
心の底から、そう思える騒動だった。
ちょっとだけ交わる旅路