「ヒャッハハハ! やはりX2はいつ見ても良いものだな、キンケドゥ!」
「そうだね、しかしクロスボーンガンダムの名シーン、キンケドゥが大気圏に落ちていくシーンをここまで再現しているとはね」
やたらとテンションの高い声を上げて目の前を通過していった、両眼が眼帯に覆われているザビーネ・シャル……だと思うんだけど、とにかくそれっぽい格好をしたダイバーと、キンケドゥと呼ばれていた、顔の半分を包帯で覆った女性ダイバーが、意気投合した様子で去っていく。
やたらとキャラが濃い二人組が絶賛していたように、そこに展示されていたジオラマの中では、確か前にマフユから聞いた、クロスボーンガンダムの名シーンが再現されている。
正直読んだことないから詳しくはわかんねーけど、大気圏突入の摩擦熱で赤熱する装甲とか、クロスボーンガンダムの白い方のコックピットにビームサーベルが突き立てられた感じとか、そういう細かいとこまで妥協なく作り込んであるのは俺にもわかった。
「凄え……さっきの偽シャフリヤールとは大違いだ」
「ふふふ、そうだろうそうだろう? ビルダーに大切なのはね、少年。何よりも『愛』なのだよ」
「愛……」
それは、言葉にしてしまえば簡単なことなのかもしれない。
だけど、誰しもがはいそうですかといって自分の持っているものを見せられるほど簡単なものじゃない。
さっきの偽シャフリヤールはぼろぼろに扱き下ろされてたけど、俺のストライク焔は正直なところどうなんだ? ちょっとだけ不安になってきた。
「ユウヤ君……」
「どうした、マフユ?」
「その……上手く言えなかったらごめんなさい、でも、ユウヤ君のガンプラは……確かに『愛』が……ユウヤ君が『こうなりたい』って思ったことが、込められてると思う、よ……?」
どうやら軽く落ち込んでたことを気付かれてしまったらしい。
マフユは相変わらず丈の余った袖に包み込まれた手で俺が着ている軍服の裾を引っ張ると、控えめにはにかみながらそう言ってくれた。
愛か。具体的にどんな風に、どんな感じにって、まだ言葉にできないけど、なんだか少し安心した気がする。
「ありがとうな、マフユ」
「まだまだ粗削りだけどね。でもアタシも悪くないと思うわよ、アンタのストライクのコンセプト」
「はは……チナツは手厳しいな」
俺だって、ストライク焔に今できる全力を注いだつもりだけど、ここで見て回ってきた数々のガンプラと比べても、一番の出来だなんてとても恐れ多くていえるはずもない。
でも、それは裏を返せばまだまだ俺には伸びしろがある、未来があるってことでもある。
父さんが、師匠が昔言っていたことを思い出す。
何事にも近道はない。ただ少しずつ積み上げて、積み上げてきたものを大事にして進んでいくしかないんだよな。
「ふふふ、少年。安心したまえよ。このトワさん、君たちがあの偽シャフリヤールと同じレベルだったら最初から話しかけてすらいない。君たち『トライダイバーズ』にはちゃんとした愛があると思っているから話しかけたのさ」
「ありがとうございます! 俺……まだまだ未熟かもしれないですけど、いつかチャンプみたいに、キョウヤさんみたいにバトルも……ガンプラ作りも強くなってみせます!」
「その意気さ、少年。トワさんは君のように夢を追いかけるダイバーのことを心から応援しているよ……っと。それにしても、強くなる、ねえ」
トワさんは細い顎に指をやると、俺の身体を隅々まで観察するように眺めていく。
意味のあることなんだろうけど、こうしてじっと見られてると、なんか背筋がむずむずしてくるな。
「あの、俺……なんかまずいことでも言いましたか?」
「いいや? むしろ真っ当なことだと思うよ。ただトワさん、ちょっと疑問に思ったのは……君は今でも十分強いんじゃないかな?」
そのダイバールック、恐らく現実ベースの肉体と見た。
トワさんは俺を観察した結果なのか、見事に俺が施したキャラメイクを言い当てる。
沼にハマりそうだったからとか、理由は色々あるけど、俺が現実ベースのダイバールックを採用したのには一つの理由があった。
それは、身体を違和感なく動かすためだ。
VR空間と現実にはちょっとした「ズレ」がある。
例えば、身長の高い人間が身長の低いダイバールックを使うと動きに少し、ほんの僅かしか感じられないようにはなってるけど、違和感が生じたりとか、そういう現象だ。
GBNは技術力が高いからその辺がほぼないに等しいとは聞いていたけど、それでも念のためというか、「俺は俺自身」という当たり前の原則を保つというか、要はこの世界でもちゃんと次元覇王流の動きを再現できることを重要視したところがある。
「ふむふむ……そうなれば次なる高みを目指すんだったら、彼に頼んでみるのも一つの手かもしれないね」
「彼?」
「トワさん……というよりはマギーさんのちょっとした知り合いさ。マギーさん経由でトワさんも面識がなくはないけどね」
──タイガーウルフって知ってるかい、少年。
トワさんはちちち、と人差し指を振りながら、そんなことを問いかけてきた。
タイガーウルフ。虎と……狼? わからん。その言葉が強さとなんか関係してるのか?
「アタシは知ってるわ。フォースランキング第5位……このGBNで最も格闘術を極めたといわれるフォース『虎武龍』の頭領ね」
「確か、格闘術を極めたい弟子を取ってるって、いう……」
チナツとマフユの言葉から察するに、そのタイガーウルフってのは個人を指す言葉で、相当な強者……それも格闘術を使うトップランカーってことらしい。
「格闘術!?」
「ふふふ、君なら乗ってくると思っていたよ、少年。リアルをベースにしたその引き締まった体つきに、君が戦いで使っていた次元覇王流拳法……トワさんは君を格闘家と見た」
人間観察が趣味ってだけあって、凄い観察眼だ。隠してたわけじゃないけど、すっかりお見通しみたいだ。
それはともかく、格闘術でこのGBNの頂点近くに上り詰めたフォースと聞けば、格闘家としての血が騒がずにはいられない。
そのタイガーウルフって人と俺の間にある力量の差は相当なものがあるのかもしれない。でも、強い人と拳を交えることでしか得られないものもある。
「トワさんからの提案としては、次に君たちが向かうべきは『エスタニア・エリア』のフォース『虎武龍』だと思うんだけど、どうだい少年?」
「行きます! あ、でもマフユとチナツは……」
「アタシも別に問題ないわよ、生でタイガーウルフさんを拝める機会なんてそうそうないわけだし、その、アンタが一緒だし……」
「ユウヤ君が行くなら……どこまでも行く、よ……?」
次元覇王流を習ってたことがあるチナツならともかくとして、マフユも興味を示してくれたのは意外だった。
でも、俺としてはありがたい限りだ。是が非でもそのタイガーウルフさんに会ってみたかったからな。
「ふむふむ、青春だねえ……それはともかく少年、タイガーウルフのところまでは案内するが、一つだけ条件がある」
「はい! どんなものでも!」
「トワさんとフレンドになってくれないかい? その方が色々融通も効くし、何より……トワさん、いわゆるぼっち勢だからね!」
それがここまで意気投合したのも何かの縁だろう、と、トワさんはぐいぐい俺たちに迫ってくる。
なんだ、この人も素直じゃないというか、素直に友達が欲しいって言えばいいのにな。
なんてことを考えている間にも、トワさんから俺たち三人に、フレンド申請が送られてくる。
無論、引き受ける他に選択肢はない。トワさんからは、大事なことを教えてもらった恩があるからな。
チナツとマフユと視線を交わすと、俺たちは三人で同時にそのフレンド依頼を承諾して、トワさんにも送り返した。
「よろしくお願いします、トワさん!」
「よろしくお願いしますね!」
「よ、よろしくお願いしま、す……!」
「ふむふむ……こちらこそよろしく頼むよ『トライダイバーズ』。全く、嬉しくて涙が出てきそうだね」
愛が重要だって言っても、わかってくれないダイバーも多かったからねえ、と、トワさんはどこか昔を懐かしむように宙を仰ぐと、眼鏡の蔓を人差し指で押し上げて、俺たちにパーティ申請を送ってくる。
「ここからエスタニア・エリアに行くなら一回セントラル・ロビーに戻った方がいい。とりあえずはそうしてくれるとトワさんも助かるんだが」
「わかりました! それじゃ行こうぜ、チナツ、マフユ!」
俺は今にも躍り出しそうに高鳴る胸を押さえながら、トワさんのフレンドワープに相乗りする形で、セントラル・ロビーに解けていく。
エスタニア・エリアに、タイガーウルフと「虎武龍」。一体そこにはどんな、想像を超えたものが眠ってるんだろうな。
◇◆◇
「まーたこの手の奴か……俺んとこは駆け込み寺じゃねえんだぞ」
エスタニア・エリアを北進してしばらく、いかにも霊山といった貫禄のある山の頂に居を構えていた「虎武龍」のフォースネストに座していた、虎みたいな狼……名前そのまんまな獣人のダイバールックをした男は、面倒くさそうにそう呟く。
「まあまあ、タイガ君。このトワさんに免じて、彼らの面倒を見てやってくれないかい?」
俺たちが少しだけむっとして、憮然としているのを宥めるようにトワさんは一歩前に出ると、眼鏡をずらした上目遣いでタイガーウルフさんと視線を交わした。
その時、チナツやマフユほどじゃないにしても、それなりに豊かな胸元がちらりと見えるように、白衣のボタンを一つ外していた辺り、この人も結構な食わせ者だ。
「む……わかった、わかったからそういうのはやめろ! 女が男の前でみだりに肌を出すもんじゃねえ!」
「なんだ、満更でもないと思ったんだが……こほん。それはともかくそこのユウヤ君、タイガ君は気に入ると思うがね?」
このタイガーウルフって人、女の人に弱いのかもしれないな。
そんな若干失礼なことを考えている間にも、タイガーウルフさんは少し考え込むような仕草を見せて、俺の全身を観察する。
「ほう……ユウヤとかいったな。破ぁッ!」
そうしてたかと思えば、タイガーウルフさんは全身に闘気を滾らせて、突然、俺の顔面を狙ったハイキックを叩き込んできた。
「ユウヤ!」
「ユウヤ君!」
「大丈夫だぜ、チナツ、マフユ」
でも、その一撃はクリーンヒットすることなくぴたりと俺の目の前で静止している。
なんでいきなりそんなことをしてきたのかはわからない。でも、とにかくあの攻撃は勢いこそ凄かったけど、敵意がなかった。
だから、避けるまでもなかったってことだ。一応次に備えてクロスカウンターの構えを取りつつも、俺はマフユたちに笑って返した。
「ほう、ユウヤ……なんで今のを避けなかった?」
「敵意がなかったからです、これから組み手やるってんなら、こっちも全力でやりますけど」
「クロスカウンターの構え……なるほどな。トワのやつが言ってたのも頷ける。お前は武道家としちゃ相当できた部類だ」
「ありがとうございます!」
タイガーウルフさんは足を下ろすと、どっしりと腕を組んで静かに頷く。
さっきのハイキックを見るに、この人の戦い方は流派というよりも、戦いで磨き上げてきた喧嘩殺法に近いところがある。
それでも、喧嘩殺法ががむしゃらに繰り出されるものではなく、「型」としてちゃんとできている辺りは、流石トップフォースのトップランカーってところか。
「だがユウヤ、お前は一つだけ間違いをしてる」
「間違い……ですか?」
「格闘家としちゃ花丸満点、百二十点だ。だが……ダイバーとしちゃちょっと欠けてる。そいつが気になるなら、ちょいと俺の修行を受けていくつもりはないか?」
強くなりてえならな、と、タイガーウルフさんはさっきまで面倒くさがっていたのが嘘のように情熱の炎を瞳に滾らせると、俺の両肩にぽん、とその手を置いてくる。
「ありがとうございます……俺、受けます!」
「いい返事だ。そっちの嬢ちゃんたちもやってくか?」
「アタシは是非お願いします! タイガーウルフさんの強さの秘訣、知りたいですから!」
「私は、ユウヤ君がいるなら……」
「じゃあ決まりだな。あー……」
「俺たち、『トライダイバーズ』です!」
「おう、それじゃあ行くぜ『トライダイバーズ』! 俺の修行はちょいと厳しいけどな!」
タイガーウルフさんは剛毅に笑うと、ついてこいとばかりに背中を向けて歩き出す。
その背中には歴戦の貫禄のようなものが滲み出ていたけど、そわそわと慌ただしく揺れる尻尾がなんというか、色々台無しにしていた。
◇◆◇
果たしてタイガーウルフさんの修行は現実でやったらどれも過酷なものには違いなかったけど、ダイバー姿でやればどれも簡単なものだった。
鉄棒に膝でぶら下がりながら、杯で組んだ水を同じくぶら下げられている桶に汲んでいく修行とか、頭に重りを乗せた状態でヒンズースクワットで階段を上っていくとか、そんな感じのばかりだ。
チナツならともかく、見た感じ体力なさそうなマフユもちゃんとついてきてる辺り、ダイバーとして活動してる間は疲労とは無縁なのかもしれない。
なら、この修行の意味ってなんだ?
ふと走り込み中に立ち止まって、俺は考える。
俺のタイガーウルフさんへの対応は、格闘家としては問題なかったのかもしれない。でも、ダイバーとしては間違っていた。
そこから導き出される結論は、つまり。
「そうか……この修行、ダイバーとしての身体の動かし方を鍛えるためなのか!」
「はぁ? ダイバーとして、って……」
「チナツ、お前はある程度運動得意だろ? マフユは……申し訳ないけどそうは見えない。でもマフユも、脱落せず修行についてきてる」
「うん……私、運動は苦手、だよ……?」
「なんつーか、上手く言えないけど……この修行、ダイバーと現実にある『ズレ』を矯正して、この世界に最適化するためなんじゃないかって」
現実に近い動きをするためにダイバールックをリアルに寄せてたところはあるけど、ここはあくまでも仮想空間でしかない。
だけど、仮想空間だからこそ、ダイバー姿と現実の間に少しだけ生じるラグのようなものを埋めるため、ダイバーとして動くためにこの修行は組まれているのだろう。
「ほう、もう正解に辿り着いたか」
フォース「虎武龍」のフォースネストを一周し、道場に戻ってきた俺たちを見て、タイガーウルフさんは感心したように小さく頷く。
「ユウヤ、お前が言う通りダイバーとしての俺たちと現実の俺たちの間には微細だがラグがある。ダイバーとしての自分に自分をリンクさせる……まあ、まどろっこしい話はここまでだ。あとは拳で語った方がお前には伝わりやすいだろうよ」
「ありがとうございます、タイガーウルフさん! 望むところです!」
「おう! お前も拳法家として相当鍛えたみたいだが、一筋縄じゃあ行かないとこを見せてやる!」
タイガーウルフさんがそう宣言すると同時に、門下生の一人が銅鑼を鳴らし、プラクティスモードでのフリーバトル申請が、俺へと叩きつけられる。
このGBNで頂点の格闘家。そんな人と拳を交える機会があるなんて、願ってもない幸運だ。
だったら。
「全力を尽くすしか、ねえよなあ!」
タイガーウルフさんが愛機を呼び出したのに合わせて、俺もストライク焔をバトルフィールドに召喚する。
戦いの始まりを告げるように、銅鑼が三度鳴り響く。そして俺は、目の前のガンプラを、タイガーウルフさんを真っ直ぐに見据えて拳を構えるのだった。
いつものタイガーウルフ師範
【Tips】
・両目眼帯のザビーネっぽい人(The Bi-ne、「X2愛好家」様作「GBN:ダイバーズコンピレーション」より)……両目が眼帯で覆われているザビーネ・シャル(クロスボーンガンダム版)という強烈な格好をしたダイバー。しかし個人ランキング347位でありながらそれ以上の実力を秘めた凄腕でもある。
・顔の半分を包帯で覆った女性(ジェーン・ケドゥ、「X2愛好家」様作「GBN:ダイバーズコンピレーション」より)……キンケドゥ・ナウを女性にしたような外見が特徴的な飄々とした女性。X2を好んでやまないThe Bi-neの性質なのか何か縁があるのか、彼の隣にいることが多い。