「次元覇王流! 疾風突き!」
まずは何より先手を取ることだ。
次元覇王流は空手を基礎にこそしているけど、そこから開祖がブラッシュアップした技の数々は大技が多く、ほぼ密着状態での、超クロスレンジでの戦いを想定している流派だといえる。
だからこそ、間合いを詰めるための手段が重要になってくる。それを理解していたからこそ、疾風突きや聖槍蹴りといった技が開発されたのだろう。
超高速のジャブに威力も上乗せした拳が、タイガーウルフさんの緑を基調にしたガンプラへと叩きつけられる。
でも、タイガーウルフさんは避ける素振りも見せなければ、むしろ背中を向けるという、現実で考えればほとんど舐めプか自殺行為に等しいことをやってのけた。
「どういうつもりだ……まさか!」
『そうだぜ、ユウヤ! ガンプラバトルには……全ての動きに意味がある!』
気づくのが遅れたけど、タイガーウルフさんの機体は、その背面にシールドを搭載していた。
盾の形状から察するに、あのガンプラはアルトロンガンダムをベースにしているのだろう。
それは一旦置いておくとしても、全力で放った疾風突きを、背を向ける形でガードしたということは。
『後隙、貰ったぜ!』
「させねえっ!」
そのまま機体を回転させると、タイガーウルフさんは疾風突きの体勢を取っていたストライク焔の軸足に向けて足払いをかける。
俺はそれを読んでスラスターを全力で逆噴射、機体を後退させた。
危ないところだった。これが現実だったら俺は、足払いからの連携で胴体にダメージを食らってただろうからな。
『ふ……ははは! わかってきたじゃねえか、ユウヤ!』
「わかってきた?」
『おう、今のお前のストライク……エールストライカーのスラスターをこっちに向けてバックブーストかけただろ? それは現実じゃできねえことだ』
つまり、お前がダイバーとして理解を深めたのと、ガンプラバトルをわかってきたことの証だ。
タイガーウルフさんはもったいないくらいの称賛の言葉をくれると同時に、苛烈な攻撃を繰り出してくる。
パンチとキックが絶え間なく繰り出される荒々しい戦い方は、確かに野生を、厳しい世界を生き抜いた虎や狼を思わせた。
言ってしまえば、俺はまだまだダイバーとしても、ビルダーとしてもタイガーウルフさんには負けている。
だけど、一つだけ譲れないものがある。それは、次元覇王流という流派を背負っていることだ。
勝てないとわかって諦めてたら、次元覇王流の看板にも泥を塗ることになるのなら、たとえ力及ばずとも全力で戦うのが筋ってもんだろう。
「次元覇王流! 閃光魔術蹴り!」
『プロレスを参考にした複合技か!?』
一旦間合いをとった俺は、仕切り直しの意味も兼ねて閃光魔術蹴りを放つ。
タイガーウルフさんはその特性も見切っていたのか、ガードではなく回避という選択肢をとって、徹底的に俺の後隙を潰すように攻撃を仕掛けてくる。
まずいな、こいつは。
次元覇王流は、その威力だけなら八極拳に勝るとも劣らない。ただ、その代償として大技が多い分、隙ができることも確かだった。
タイガーウルフさんはそれを一目で見切った上で対処している、つまり俺の戦い方には隙があるということを、拳で語ってくれているってことだ。
ただ、俺だって伊達に次元覇王流の看板を背負ってるわけじゃない。
「行くぜ、隙があるってんならこいつだ!」
『マーシャルアーツか! なるほどな……お前は確かに気に入ったぜ、ユウヤ!』
「ありがとうございます! うおおおっ!」
手を替え品を替えってやつだ。
小手先の技術かもしれないけど、俺が次元覇王流だけじゃなく、色々な格闘技を修めているのは、こういう状況にも対応するためでとあった。
空手、ボクシング、マーシャルアーツ、ソバット、コマンドサンボ。次元覇王流ほどではないにしても、こっちの手札はまだまだ残ってる!
「ワン、ツー!」
『正直な拳だ!』
マーシャルアーツから構えをボクシングに切り替えて、ジャブを放つ。
タイガーウルフさんほどの格闘家であったとしても、極限まで隙を小さく、スピードを追求した拳を避け切るのは難しい。
だからこっちは真っ向から挑む。
次元覇王流を見切られたとしても、ペースを取り戻して攻めに転じることはできた。
今度は俺がタイガーウルフさんに隙を作って叩き込む番だ。ボクシングから空手に、空手からコマンドサンボに、そして足技は柔道を参考に。
俺は、徹底的に手を緩めることなくタイガーウルフさんを攻撃し続ける。
それでも、タイガーウルフさんのガンプラは、タイガーウルフさんは、攻撃の受けに回ることこそあっても、体幹を崩すような致命的な隙は見せてくれない。
流石はトップランカーだ。俺はその、完成された護身にただただ舌を巻く。
『悪くねえ……いい拳だぜ、ユウヤ! その全力に、俺も……「ジーエンアルトロン」も全力で応えてやる!』
「来るのか……っ!?」
『はあああっ!』
タイガーウルフさんのジーエンアルトロンというらしいガンプラが震脚の要領で道場の床を踏み砕くと、その衝撃波がびりびりとストライク焔へと伝わってくる。
俺は体幹を崩してしまわないようにそれをガードすることが精一杯だった。
だけど、それこそ相手の真の狙いだったのかもしれない。
『今のを見て、守りに回るセンスは悪くねえ……断言してやる。お前は強くなれるぜ、ユウヤ! だから俺は……お前に「高み」を見せる! 喰らえ! 必殺……「龍虎狼道」!』
「なんの……ッ! 負けられるか、諦めるか! 動け、ストライク焔! 次元覇王流、聖拳突きぃぃぃッ!!!」
揺らぐ機体を立て直して俺は、ジーエンアルトロンの両肩からパージされて拳に収まった、虎と狼を模したそのナックルガードから放たれるエネルギーの奔流に向けて、今できる最大の大技を繰り出す。
正拳突きを極限までブラッシュアップして威力を必殺の領域まで高め上げた、次元覇王流「聖拳突き」。
それは一切の雑念を、煩悩を振り払った明鏡止水の境地から叩き出される技をこそ指す。
「ユウヤ!」
「ユウヤ君……っ!」
だけど、タイガーウルフさんにはまだまだ及ばなかったようだ。
龍虎狼道のエネルギーは繰り出した拳に止められることなくストライク焔を呑み込んで、さながら原作でローエングリンを受け止めた時のように、その装甲を溶かしていく。
「これが、『高み』……!」
『応ともよ、ユウヤ。待ってるぜ、ここでよ!』
「へへっ……ありがとうございます!」
──ああ、遠いな。でも、俺だっていつかはそこに。
【Battle Ended!】
【Winner:タイガーウルフ】
そうしてストライク焔がテクスチャの塵へと還されたところで、バトル終了を告げるアナウンスが響き渡る。
いい経験ができた。強がりとかじゃない。
本当の「高み」にいる男の実力を見たことは、そしてその拳と語り合ったことは、俺の中で大きな財産になるはずだ。
でも、やっぱり負けるってのは悔しいもんだな。
ストライク焔の全力を、俺の全力を尽くしても、届かなかった。それはダイバーランクを見れば一目瞭然の、当たり前のことなのかもしれない。
だとしても、一人の武道家として、次元覇王流の看板を背負った男として、負けちまったってのは、悔しいんだ。
「悔しいか、ユウヤ?」
機体を降りたタイガーウルフさんは、どっしりと腕を組んで、真っ直ぐに俺を見据えて、そう問いかけてくる。
「はい、正直めっちゃ悔しいです」
「ははは、お前は拳通りの人間だな! でもな、その悔しさがお前を強くする。その悔しさが、ガンプラを磨く力になる!」
「はい!」
「だから弛まず磨けよ、お前の腕を……お前の相棒を、あのストライク焔をよ」
タイガーウルフさんは、そう言って俺に手を差し伸べてきた。
その手を握り返して、俺はもう一度力強く「はい」と返す。
なんだろうな、泣きたくなるぐらい悔しいのに、タイガーウルフさんの言葉を聞いてると、涙なんてもんはどこかに吹っ飛んで、次こそはって気持ちが湧いてくる。
そうだ、何万回負けても、それで届かなくても、GBNには「次」がある。もう一回にいつだって賭け続けることができるのだ。
◇◆◇
「お疲れ様、結構いい試合してたんじゃない?」
「慰めはよせよ、チナツ。完敗だったぜ」
「で、でも……ユウヤ君、タイガーウルフさんに見込まれてた、よ……?」
「ああ……負けたのは悔しいけど、あの人に認めてもらえたのは、強くなれるって言ってもらえたのは、マジで嬉しい」
あの後、タイガーウルフさんと握手を交わして、セントラル・ロビーに帰還した俺たちは、そのまま反省会のようなものを開いていた。
別れ際、先にペリシアに行ってたことを伝えると「いけ好かない狐野郎に会わなかったか?」みたいなことを訊かれたけど、それが誰なのかわからないし、会った記憶もないから素直に答えたら、安心したように胸を撫で下ろしていたことが妙に記憶に残っている。
何だろう、あれだけ強いタイガーウルフさんにも天敵みたいなものはいるんだろうか。ちょっと想像がつかない。
「ふふふ……得られたものはあったようだね、少年?」
俺たちの修行をお茶を啜りながら何も言わずに見ていたトワさんが、そう問いかけてくる。
得られたもの。それを数えるなら、もう両手から溢れてしまうほどだ。
「はい! 俺……悔しいけど、いつか絶対タイガーウルフさんのように、チャンプのように強くなりたいって、ストライク焔は俺の大事な相棒だって、拳を通してわかりました!」
「いいねいいね青春だねぇ……少女たちもお疲れ様、いい刺激になったろう?」
「アタシはなりましたけど……」
「だ、大丈夫です、チナツさん……私も、ユウヤ君の頑張る姿が見られました、から……」
「そう言われるとなんか恥ずかしいな……」
マフユは丈の余っている袖口で口元を覆うと、頬を赤らめながらそんなことを言ってのけた。
頑張ってたことは事実だけど、そこまで正直に言われると、なんというか照れるな。
ちょっとだけ気まずい沈黙が、俺とマフユの両肩にのしかかってくる。
「そうよ、ユウヤ。勝てなかったのは悔しいかもしれないけど、その……あんた、全力だったんだから、それはいいことよ!」
「へへっ、サンキューな、チナツ。マフユ。俺、もっともっと強くなる。強くなって……」
強くなって、どうするのか。
そこまで言ったところで、俺の中に一つの疑問が零れて落ちた。
強さを求めることに果てはない。だけど、それだけを求め続ければいつかは無明に落ちてしまうかもしれない、と、父さんは、師匠は俺にそう言ってくれたことを思い出す。
「ふむ……少年。『高み』が何かを知ったのなら、次は、君自身が戦いの中で見つけていく番じゃないかい?」
「俺自身が……」
「トワさんから言えることはそれまでだよ。ガンプラバトルに……GBNに、たった一つの正解は存在しない。果てなき戦いに身を投じるのも、そこそこで妥協してやっていくのも、そもそもバトル以外のことで楽しくやってくのも、それぞれの自由だからね」
少し突き放すような言い方だったかもしれないけど、トワさんが言ってくれたことは確かな響きを持って、俺の心に伝わってきた。
強さを求める。その意味を知ることが、次の俺に必要なものなのだとしたら。
ぴこん、と気の抜ける電子音が聞こえたのは、拳を固めて決意を固めた時だった。
「メッセージ来てるわよ、ユウヤ」
「ああ、ありがとな、チナツ」
件名と送信者を確認してみれば、送られてきたメッセージの主は、タイガーウルフさんだった。
件名の欄にはぶっきらぼうに、「伝えたいことがある」とだけしか書かれていないのも、なんだかタイガーウルフさんらしい。
【From:タイガーウルフ】
【To:ユウヤ】
【Message:よう、ユウヤ! さっきは言い忘れたけど、お前が更なる強さを求めるなら、今度開催される「メガ粒子杯」に出場してみるのも一つの手だと思うぜ】
送られてきたメッセージには、そんなことが書かれていた。
メガ粒子杯。なんだそれ?
字面からすればなんかの大会なんだろうけど、それにしちゃなんというか物騒なネーミングだ。電子レンジの中に入れられたダイナマイトみたいになったりしないだろうな?
「メガ粒子杯……強者への登竜門って言われてる大会だ、よ……?」
「参加条件は確かダイバーランク……どれくらいだったかしら。とにかくSランク以上は出てこなかったはずだわ」
存在を知っているらしいマフユとチナツはそう言った。
強者への登竜門。今の俺が求めてることが「強さ」の意味なのだとしたら、その大会に参加しないというチョイスはない。
「メガ粒子杯……いいね、やってやろうじゃねーか……!」
「ふふふ、その意気だよ少年。ただし、メガ粒子杯は一筋縄じゃいかないだろうね」
「と、いうと?」
「君は確かにランク不相応の強さも持っている。何度もマスダイバーを退けてもいる。だが、あの大会に出てくるようなダイバーの中には君みたいにランクが低くてもSランクや下手をしたらSSランクに匹敵する存在が紛れ込んでいるのは珍しくないんだ」
Sランク。チナツがAランクだったはずだから、それ以上に強いやつと、SSランクともなればそれを更に上回るやつ。
そんなのが紛れ込んでいる大会──想像するだけでわくわくしてきたな!
「いいねえ……強いやつと拳を交えて語り合えるまたとない機会だ」
「アンタならそう言うと思ったわ、この修行バカ」
「ユウヤ君は、強いんだ、ね……」
私は怖くて、出られそうにないや。
マフユは控えめにはにかむと、どこか恥じらうように俯いてしまう。
怖いか怖くないかで訊かれたら、そりゃあ怖いに決まってる。負けることだって、俺より強いやつに挑むことだって、本当なら恐れて当然のことなんだから。
「俺だって怖いさ」
「ユウヤ君が……?」
「タイガーウルフさんとやった時みたいに、全力出して敵わない相手がいると思ったら、負けると思ったらブルっちまうとこがあるのは……恥ずかしいけど否定できねえ。でもな……やる前から諦めることだけはしたくねえ、それだけなんだ」
だったら、ピンチの時こそノーガードで笑って、窮地の中にこそ飛び込んでいくことで、無理やり恐れを踏み倒す。
それが、俺なりの信条というか信念というか、とにかくそういうものだ。
だけど、マフユにもそれを強制するつもりはない。トワさんが言ってたように、やり方は人それぞれだからな。
「いい心構えだ、少年……もしもメガ粒子杯に参加するのなら、修練を積んでおくといい。トワさんも呼んでくれればいつでも協力するよ」
「ありがとうございます! 俺……メガ粒子杯に挑戦します! そして……絶対に優勝してみせます!」
「ふふふ、その意気だよ。じゃあ、トワさんはここらで失礼することにするよ」
グッドラック、少年。
そう言い残すと、トワさんはログアウトボタンに手をかけて、現実へと解けていく。
「なんだか濃い一日だったわね……」
「はい……ペリシアを見て、タイガーウルフさんのところに行って……」
「それで、メガ粒子杯への参加も決めて、か」
考えてみれば相当なハードスケジュールだ。
でも、この前の時みたいな疲れは全く感じない。むしろ、胸の内側で滾っている何かが今にも沸騰しそうで、寝れなくなることの方が心配なぐらいだった。
「当然アタシも参加するわ。でも、練習なら、その……付き合ってやってもいいわよ!」
「私は参加しないけど……れ、練習は……しっかり、ユウヤ君を支える、ね……!」
「へへっ……ありがとうな、チナツ、マフユ!」
メガ粒子杯、強者への登竜門。
まだ見ぬ戦いの舞台を想像しながら俺は、ぐっと拳を固めて、決意を新たにする。
今度こそは絶対に、絶対に、負けてなんかやるもんか。
戦いは次なる舞台へ