「へー、メガ粒子杯バトルカイって参加資格にダイバーランクC以上って決められてるのね」
フォース「度胸ブラザーズ」と戦った翌日、手狭なフォースネストの椅子に背中を預けていたチナツが、開いていたウィンドウに視線を向けながら何気なく言う。
メガ粒子杯バトルカイ? それって俺が参加しようとしてるメガ粒子杯と何か関係でもあるのか?
そんな疑問が頭の中に浮かんでくるけど、冷静に考えて同じ名前の大会が二つや三つも存在してたまるかって話だよな。つまり。
「マジかよ!? 今の俺のダイバーランク、まだDだぜ!?」
「マジもマジ、大マジよ。てか予選まで時間ないのにあんた、まさか調べてなかったわけ?」
てっきり知ってるもんだと思ったけど、とチナツは宣ってくれたけど、トワさんの口ぶりからして、俺の方はてっきり無条件で参加できるもんだとばかり思ってたんだけど。
どうしてくれんだこの状況、予選まで残り僅か、ダイバーポイントはフォース戦とかである程度貯まってるけど、まだCに届くまでは時間がかかりそうな状況。
はっきり言って大ピンチだ。
「今すぐダイバーポイント稼げるミッションをマラソンするしかねえ……!」
「前も言ったけど、ミッションだけでCランク目指すのってただの苦行よ?」
「じゃあ、フォース戦だ!」
「一戦あたりの効率考えてる? それに、アタシたちの名前が売れてきてるってことは研究されてるってことでもあるのよ、『度胸ブラザーズ』は真正面から挑んできてくれたけど、連戦連勝って訳にはいかないわ」
「な、ならシャフランダム・ロワイヤルで……」
「味方ガチャしたいってんなら別に止めやしないわよ」
スカーレット隊なんか引いた日には目も当てられないけどね、と、チナツは心底呆れたような声で溜息混じりの言葉を紡ぐ。
確かに言われてることは正論そのものだ。でも俺としちゃ何としても予選受付締め切り前までに最速でダイバーポイントを稼ぐ必要があるわけで、そのための手段として考えたことごとくが否定されたらどうしようもない。
とにかく最速で、何でもいいからダイバーポイントを稼げるような手段はないのか。
いや、何事にも近道なんて存在しないから、ないのだろう。
こりゃ残念だけど、メガ粒子杯への参加は断念するしか──
「え、えっと……ユウヤ君……」
「ん、どうしたマフユ? もしかして、最速でダイバーポイント稼げる手段、何かあるのか?」
「……え、あ、ぁ……」
丈の余った袖に包まれたマフユの手を取って、俺は藁にもすがるような思いでその目を見据えて助けを求める。
ここで諦めるなんて真っ平ごめんだ。
俺は俺の中にある「強さ」の意味を知るためにも、何としたってメガ粒子杯に出なきゃいけないんだ。
マフユはしばらくぷすぷすと頭から黒煙を吹き出しかねない状態で顔を真っ赤にして硬直していた。
二分ぐらい経ってから思い出したかのように我に返って、顔を真っ赤にしたままマフユはこくこくと首を縦に振り続ける。
「う、うん……あるにはある、よ……? でも、リスクが凄く高いから……」
「ブレイクデカールみたいなチートやバグ技じゃなきゃこの際何でもいい! 聞かせてくれ、マフユ!」
「うん……わかった、それじゃ、話すね。ユウヤ君は、『ハードコアディメンション・ヴァルガ』って知ってる……?」
ハードコアディメンション・ヴァルガ。
けったいな名前だ。そして聞いたこともない。
マフユは少し逡巡したような素振りを見せると、小首を傾げながら、遠慮がちに言葉を続けていく。
「……えっと、そのディメンションだと、本当はダイバー同士の合意が必要なフリーバトルが、無制限で解禁されてるの」
「なるほど、つまり?」
「そのディメンションにいる限り、理論上はだけど……無限にフリーバトルができる、ってこと、かな……」
なるほど。要するに一々募集をかけたりマッチング待ちをしないで、延々とフリーバトルができる場所ってことか。
ハードコアディメンション・ヴァルガ。そう聞くと案外悪いもんでもないような気がするけど、マフユは何でこんなに遠慮がちなんだ?
ふと疑問に思ったことを、そのままそっくり投げかけてみる。
「なあマフユ、なんかハイリスクとか言ってたけど、そのハードコアディメンション・ヴァルガってまずいことでもあるのか?」
実はメガ粒子杯に参加するならそこに行ってはいけない、とかそういう理由があるんなら確かにリスクどころの話じゃないけど。
「……まずいというか……怖い、かな……」
「怖い?」
「要するにヴァルガって四六時中フリーバトルしたいようなのが集まってるのと、単純にフリーバトルがいつでも解禁されてるから無法地帯になってんのよ」
マフユに代わって俺の質問に答えたチナツ曰く、リスキル、リンチ、上位ランカーを利用したMPK、他のゲームどころかGBNでもマナー違反でBANされかねない行為が、ヴァルガでは事実上合法化されてるってことらしい。
つまりマナーとか柄が悪い連中が好き好んで集まってるようなGBNのゴモラ。ダイバーポイントは稼げるかもしれないけど、陰湿なD・ジェイドのみたいなやつや、運が悪ければタイガーウルフさんのような上位ランカーに当たる可能性もある。
理論上、ダイバーポイントは確かに稼ぎ放題なのかもしれないけど、それ以上にリスクがでかいから、マフユは遠慮がちだったのか。
ようやく合点が行った。
稼ぐか死ぬかみたいな究極の二択が突きつけられるような無法地帯、そこに行けば今日だけでCランクに上がるのも夢じゃない。
その代わり、何も出来ずに終わる可能性だってあるというか、そっちの方がむしろ高い──そういうことだろう。
「教えてくれてありがとな、マフユ。俺……ヴァルガに行ってくる」
だとしても、毒を食らわば皿までだ。
近道がもしも用意されてるのなら、それは普通の道を歩くよりも遥かに険しく、厳しいものだってのはわかってる。
だけど、行くしかない。メガ粒子杯の予選受付締め切りまでに、何としてでもダイバーランクを上げるために。
俺は握っていたマフユの手を離すと拳を固めて、早速、操作したウィンドウにGBN攻略wikiを表示させて、ハードコアディメンション・ヴァルガへの行き方を検索する。
「ヴァルガに行くのね?」
「ああ、でもこれは俺だけの問題だから──」
「なら、アタシも同行するわ」
「チナツ?」
チナツは椅子から立ち上がると、GBNでもやたらとでかいツインテをかき上げながら、ふふん、と小さく鼻を鳴らす。
その目にはいつものように勝ち気な自信のようなものが宿っていた。
「アタシは何度かヴァルガに潜ったことあるから、アンタに心得ぐらいは教えてやれるわ。そっから先はアンタ次第だけど」
「心得?」
「そ、ヴァルガにはヴァルガの生き残り方ってもんがあるのよ。だからそれを特別にアタシが教えてあげる」
感謝しなさいよね、とマフユは胸を支えるように腕を組みながら、ちらちらと俺の視線を窺ってくる。
感謝も何も渡りに船だ。ヴァルガについて何も知らないで特攻するよりはナビゲーターがいてくれた方がありがたい。
「マジかよ、ありがとな、チナツ!」
「ふ、ふんっ。別にアンタのためじゃないんだから!」
アタシだってちょうどフリーバトルしたい気分だったのよ、と付け加えると、チナツは元の椅子に腰掛けて、ぷい、とそっぽを向いてしまった。
何かまずいことでもしちまったんだろうか。
「……ユウヤ君、本当にヴァルガに行くの……?」
「おう、それしか手段なさそうだしな」
「……そっか……なら、私も……私も、行っていい、かな……」
邪魔になっちゃうなら、お留守番してるけど。
マフユはもじもじと丈の余った袖で顔の下半分を覆いながら、横目で俺に視線を向けてくる。
ダイバーランクが既にCなマフユには特に旨味があるわけでもない話だとは思うけど、乗ってくれるんなら感謝の一言だ。
無制限のフリーバトルが解禁されているなら、味方は一人でも多い方がいい。
それに、マフユだってランクCってことはもうGBNで一人前ってことだ。そんなダイバーが手を貸してくれるっていうなら、断る理由なんかどこにもないだろう。
「ありがとな、マフユ! それじゃ、早速ヴァルガに行くか!」
「お、おーっ……!」
「はいはい、とりあえずは格納庫で一番重要なこと教えるから、あんまり血気に逸るんじゃないわよ」
今にも飛び出しかねない俺に釘を刺すようにチナツはそう言って、肩を竦めた。
ハードコアディメンション・ヴァルガ。
そこに今の俺が飛び込むってのは、きっとヤバい香りが漂ってくる毒を食べるようなものだ。
だけど、得てして毒を持ったものってのは美味かったりするんだよな。だったら、皿まで舐める勢いで喰らい尽くしてやるだけだ。
◇◆◇
(いい? ヴァルガにはまず一つの鉄則があるわ。それは……)
格納庫でいの一番にチナツが言っていたことを頭の片隅に浮かべながら、俺はゲートが開いてハードコアディメンション・ヴァルガに到着すると同時にスラスターを全力で噴かす。
──まずは、ダイブした瞬間に回避運動。
チナツ曰く、ディメンション突入後の無敵時間が切れた瞬間を狙って撃ってくるスポーンキル狙いのやつが潜んでいるから、初手での回避運動は挨拶のようなものらしい。
それが間違いでないことを証明するように、無敵時間が切れたその瞬間を狙って、レーダーが全力でアラートを吐き出す。
「危ねえ……なあッ! 次元覇王流、聖槍蹴りぃっ!」
『嘘だろ、何だこいつ……うわあああっ!』
俺をスポーンキルしようと試みていたケルディムガンダムサーガにアリオスガンダムのGNキャノンを持たせたダイバーの機体を、即座に聖槍蹴りで破壊。そのまま着地を狙ってきたやつらをいなすように、ハンドスプリングで体勢を立て直す。
「あのバカ、突出して……! 援護するわよ、マフユ!」
「は、はい!」
お返しを叩き込めたのはいいけど、早速囲まれてしまったのはヴァルガの洗礼ってことか。
いいね、燃えてきた。
俺を囲んでいるやつらは確かに敵かもしれないけど、全員が徒党を組んでいるわけじゃない。
チナツの号令を受けて、巡航形態に変形したマフユのG-エクリプティカが敵の注意を引くように、弾幕砲火を掻い潜りながら上空を旋回する。
チナツもそれを利用して、俺を包囲していたダイバーたちを分断するように、左のウェポンラックに装着していたロングビームライフルで敵を撃ち抜いていく。
『まずいぞ、こいつらグルか!』
『こうなったらやるしかない!』
『うおおおおっ! 天誅ーッ!』
ヤケを起こしたのか、バウンド・ドックや確かヘイズル2号機、そしてティターンズカラーの方のガンダムMk-Ⅱといった奴らがビームサーベルを構えて俺に殺到してくる。
この際味方なのか敵の敵なのかは知らないけど、とにかく俺を狙ってる同士での相討ちも辞さない覚悟で突っ込んできた度胸は称賛に値するのかもしれない。
だけど。
「次元覇王流! 旋風、竜巻蹴り!」
チナツ曰く四六時中雷鳴が轟き、晴れることのない鉛色の雲が立ち込めた空に、竜巻となって俺は飛翔する。
そして、機体を全速力で回転させて、殺到してきた奴らを一網打尽に仕留めてみせた。
普段のバトルじゃ中々使う機会の少ない技かもしれないけど、こういう多数を相手にする時、旋風竜巻蹴りは役に立つ。
『なんだこいつ、化け物か!?』
『ええいどけ、天誅! ビビってるなら俺がやってやる!』
身動ぎしていたダークダガーLを背後から斬り裂くと、今度はペリシアで見たクロスボーンガンダムの白い方、確かX1がカトラスに似た形状のビームサーベルを構えて詰め寄ってきた。
「いいねえ、真っ向勝負と行こうじゃねえか!」
『天誅ーッ!!!』
「次元覇王流! 疾風突き!」
相手が高速で突っ込んでくるのなら、その機動力を利用しない手はない。
クロスカウンターとして、カトラスに似た形状のビームサーベルが振るわれる寸前、俺は速さを重視して疾風突きを繰り出した。
疾風突きはボクシングのジャブに威力を持たせる方向の技で、破壊力でいえば聖拳突きには劣っている。
それでも。
『バカな、ビームザンバーを振るより速く……』
「ビームザンバーっていうのか、その武器」
高速で移動するということは、何かにぶつかった時の衝撃もまた速度に比例して跳ね上がるということだ。
『ヴァルガを舐めるなよ、小僧! 俺はここでも最弱……俺より強いダイバーが、お前を……!』
自分から疾風突きに飛び込んできたことになるクロスボーンガンダムX1は不穏な辞世の句を残して爆散する。
しかし、本当にありそうなのが怖い。
せめてCランクに上がるまではエンカウントしないことを祈る限りだ。
爆散したクロスボーンガンダムX1には目もくれず、俺は次々に襲いかかってくるガンプラを千切っては投げ、千切っては投げの勢いで叩き潰していく。
背後から襲いかかってきたイフリートだったか、そんな名前の奴を巴投げの要領でビルに叩きつけてビームサーベルをコックピットに突き立てる。
その後隙を貰ったとばかりにスナイパーライフルを構えていたギラ・ドーガにビームピストルの一丁をを撃ち抜かれたけど、聖槍蹴りで距離を詰めて破砕。
「はははは! なんか楽しくなってきたな!」
「このバトルバカは……! 舞い上がってる場合じゃないわよ、レーダー見なさい!」
「ユウヤ君、危ない……っ……!」
「レーダー? うおおっ!?」
どういうわけか、敵を示す赤い点がぞくぞくと群れをなして俺のところに集まっていることを、ストライク焔のレーダーは捕捉していた。
さっきまで襲いかかってきたやつらは全員テクスチャの塵に還したつもりだったけど、これじゃキリがねえ。
「アンタ、目立ちすぎたのよ! ヴァルガじゃ目立つやつを狙う相手は珍しくない! いくらアンタが次元覇王流免許皆伝でも、この数は無茶よ、一旦退きなさい!」
「……退路は援護します、だから、ユウヤ君……!」
「……ああ、わかった! チナツ、マフユ!」
どうやら俺は舞い上がりすぎてたらしい。
流石に二十、三十の相手をいっぺんに相手にするのは骨が折れるというか、こっちの損耗も覚悟しなくちゃいけないだろう。
ヴァルガで重要なのは、とにかく生き残ること。生きて、稼いだダイバーポイントを持ち帰ることこそ、今回この場所を訪れた最大の目的なのだから、それを忘れてたんじゃしょうがない。
俺は、チナツが少し前に出て敵を引き付けている間に、マフユの援護を受けつつ機体を全力で後退させて、とりあえずはレーダーに反応がない廃ビルに身を隠した。
意図的に乱戦を発生させたチナツもまた、ヘイトを他のダイバーに擦りつけることに成功したらしく、とりあえずは三人で無事に合流した形になる。
「センサーに感なし、ミラージュコロイドディテクターも反応なし、か……とりあえず一息つけるわね」
「は、はい……生きた心地が、しなかった、です……」
「悪りい、目の前の敵に気を取られすぎた」
「本当よ。とにかく今は冷静に、体勢を立て直して──」
『そのような余裕が、君たちにあるのか?』
息つく間もないとはこのことだ。
通信ウィンドウがポップしたかと思えば、身を隠していた廃ビルが突然斜めにずり落ちて、瓦礫に姿を変えていく。
そして、向けた視界の先にはゆらりと鬼火を纏ったような機体が、刀を携えてゆっくりと歩いてくる姿が映し出される。
『我が名はアズサ……「MS斬りの無頼」と人はいう。次元覇王流だったか……その力を拙者に見せてみよ』
「ははっ……ちょっと休憩してる暇もねえってか……!」
現れた、明らかにヤバそうなガンプラを見据えて、俺は一丁だけ残ったビームピストルを撃ち放つ。だけどそれは、揺らぐ紫炎にかき消されて、効果を表さない。
「『MS斬りの無頼』……! なんでこんなヤバいの引き当ててんのよ、アンタ!」
「あれは、ファントムライト……ビームが、通じない……!」
チナツの口ぶりからするに、どうやら相当にヤバいやつと当たってしまったようだ。
そして、マフユ曰くビームは相手に効果がないらしい。
だったら、拳で迎え撃つだけだ。
『良い闘志だ……では、推して参る!』
「こっちこそな! 次元覇王流……」
『破ァッ!』
「聖拳、突きぃッ!」
遠距離から「飛んできた」斬撃を打ち砕かれて尚、「MS斬りの無頼」とやらは止まる気配がない。
いいね、こういうのは燃えてくる。
俺はその紫炎を纏う機体を睨み、次の攻撃に備えて再び拳を固めるのだった。
親の顔より見たヴァルガ
Tips:
・アズサ(「青いカンテラ」様作「サイド・ダイバーズメモリー」より)……普段はジャパン・ディメンションやシャフランダム・ロワイヤルなどで活動している腕利きの侍ロールプレイヤー。その太刀筋は飛来する弾丸すら切り落とすなど鮮やかなものであり、対峙する敵を刀一本で屠ってきたことから「MS切りの無頼」の二つ名を持つ。乗機はファントムを改造した「戦国ファントム無頼」。