突如として現れた「MS斬りの無頼」なる存在は、鬼火のように纏っている紫色の炎を揺らめかせながら、じりじりと間合いを測るようにこっちとの距離を詰めてくる。
どういう原理かは知らないけど、ビームが効かないってんじゃ、それを主力にしてるチナツとマフユの援護は期待できない。
つまり俺一人でこの「斬撃を飛ばせる」ような手練れのダイバーを相手にしなくちゃいけないってことだ。
「ダイバーポイントのために出し惜しみしときてーとこだけど……出し惜しみして勝てる相手じゃねえよな! 行くぜストライク焔!」
『良い、実に心地よい殺気……拙者の胸も昂ってきたぞ……!』
「次元覇王流! 疾風突き!」
あの鬼火にビーム無効以外のどんな効果があるのかは知らないけど、物理攻撃まで無効化できるってんならクソゲーだ。
だから、そこは運営を信じる他にない。
目指すは弾丸より速く、スラスターを全開にした勢いを乗せた右の拳が、「MS斬りの無頼」が、アズサさんが構えた刀に直撃して火花を散らす。
『む……押されている……?』
「お楽しみはこっからだぜ!」
初手に疾風突きを選んだのはクロスレンジに踏み込むためだ。
タイガーウルフさんは体幹を崩しちゃくれなかったけど、こっちに勝機があるとしたらそれは、剣を振るう暇もないほど、息もつかせぬ連続攻撃で畳み掛けることだ。
「まずはワン、ツー!」
『ジャブとはまた面妖な……君の型は一つではないのだな』
「ああ……今まで学んできた全部が、俺の力になる! 次はこいつを喰らいやがれ!」
アズサさんが防御姿勢に入ったのを見逃さず、俺は足払いからの一本背負いを選択したけど、相手も伊達に二つ名を持った存在ではないらしい。
足払いをかける小足が出た瞬間を見切ってそれを膂力でガード、作戦変更。投げから右ストレートに攻撃を切り替える。
『ははは……愉快だ、愉快だな、君は』
「そいつはどうも!」
『だが……拙者の剣を受けることはできるか?』
デンプシーロールで畳み掛けるようにアズサさんの機体を殴り付けていた刹那、背筋が凍るような視線が、ウィンドウ越しに突き刺さった。
この状況でも相手はまだ諦めていないらしい。いいね、そういうガッツは嫌いじゃない。
でも、そんなことを言ってるような状況じゃないってことぐらいはわかる。
一瞬の隙を縫ってストライク焔の胴体に蹴りを入れて吹き飛ばすと、廃ビルに叩きつけられた俺が体勢を立て直している間に、アズサさんは刀を構え終えていた。
──来る。
確信めいた予感が、俺の脳髄にビリビリと伝わってくる。
『斬ッ……!』
「次元覇王流! 流星螺旋拳!」
アズサさんが必殺の一撃として繰り出してきた居合に合わせて、俺は左の拳から流星螺旋拳を繰り出すことを選択。
だけど、その刃は火花を散らしつつも勢いを失うことなく、ストライク焔の左腕を、拳の中心から真っ二つに斬り裂いていた。
──強え。
その強さに、恐らく刀一本だけでこの魔境を勝ち抜いてきただけの実力に、俺は戦慄する。
メガ粒子杯にはこんなレベルのダイバーも出てくる可能性があるのか。
そう考えると少し怖いのは事実だ。だけど、それ以上にわくわくしている。期待している。
俺の強さがどこまで通用するのか、「高み」に至るまでどれぐらいの道のりがあるのか、そして、「強さ」に意味はあるのか。
いくつものハテナが俺の中では絶えない。
だけどきっと、その答えは拳と拳で語り合った果てに知れるものだということぐらいはわかる。
そのためにも、こんな場所で躓いてなんかいられねえよなあ!
アズサさんが放った攻撃が、威力を重視した後隙の大きいものだと判断した俺は、無事だった右手で全力のボディブローをその胴体へと叩き込む。
現実ならこれでノックダウンを狙えるレベルで深く決まってくれたけど、ここはGBNだ。そう上手くいってくれるものじゃない。
それに、現実だったら俺の左手はとっくに切り落とされたままだ。
一瞬身体をくの字に折り曲げながらも、揺らめく鬼火を更に放出し、アズサさんの機体はもう一度体勢を立て直す。
『良い……良き戦いだ、いつまでも味わっていたくなる……!』
「全くだぜ……!」
GBNは広大だ。それはディメンションとして再現された世界の再現度だけじゃない。
俺が知らなかっただけで、タイガーウルフさんのような、アズサさんのような強敵がひしめいている。
まさに想像を超えた世界だ。父さんが、師匠が言ってくれた通り、この世界には俺の狭い視界には映らなかっただけで、ギラギラとした輝きを放ってるものが、いくつも眠っている。
流星螺旋拳が斬られるぐらいなら、と、残った右手で刀身の脇をパリィしながら、俺は高揚感と同時に覚えていた、僅かな恐怖を踏み倒すように、次の一手を考えていた。
クールダウンを挟むようにレーダーも確認、するとそこには、漁夫の利狙いなのか、あるいは俺とアズサさんの戦いに引き寄せられてきたのか、いくつもの赤い点が押し寄せてくる様子が映し出されている。
俺としちゃこのまま決着が着くまで粘ってたいところだったけど、あまり悠長に戦ってる余裕はなさそうだ。
『真剣勝負に水を差しにくるとは、無粋な』
「全くだ。どうします? アズサさん」
『この勝負、一度預けておく。先ずはあれを処理するために、力を貸してはくれないか』
「合点承知だ! チナツ、マフユ、行けるか!?」
レーダーに映る赤い点はざっと五十かそれ以上。
そんな数の連中が脇目も振らずに襲いかかってくるんじゃなく、俺とアズサさんの決着を待っていた辺り、もしかしてこの人、相当な高ランクだったりするんだろうか。
俺の疑問を込めた視線に答えることなく、アズサさんは口元にふっ、と小さな笑みを浮かべると、ビームの弾幕を掻い潜り、凄まじい速度で敵陣に突撃していく。
「どうやら話のわかる相手のようで助かったわね、いくわよシックザール!」
「お願い、G-エクリプティカ……!」
チナツとマフユが、先行したアズサさんを援護するように、アウトレンジからやってくる一団に向けて狙撃ビームと、最大出力でのビームライフルを放つ。
集団は一塊になっていたこともあって、狙撃とアズサさんの「飛ぶ斬撃」でそれなりに数を減らしていたものの、さっきとは違って勢いを止めることなく前進してくる。
『ヒャア! 久しぶりにデカい獲物がかかったぜェ……野郎共、わかってんな!?』
『わかりやしたぜ、ボス!』
通信ウィンドウに表示されたモヒカン頭にトゲ付き肩パッドがついたレザージャケットという「いかにも」な格好をしたダイバーは、奇声を上げながら舌舐めずりをする。
あのモヒカン頭をボス、と呼んでたってことは、こいつらはさっきの連中と違って完全にグルってことだ。
まあ、通信ウィンドウに映ってた部下もモヒカン頭だったから、正直あんまり印象変わんねーけど。
『MS斬りの無頼だかなんだか知らねェけどなァ……この「モヒー・カーン」様の縄張りに入ってきたのが運の尽きよ!』
名前までそのまんまだった。
モヒー・カーンと名乗った一団のボスは、見た目までそのまんまな、各所にスパイクやリベットを取り付けた世紀末カスタムなザクⅢが構えているジャイアント・ヒートホークを振りかざして、先行したアズサさんを部下たちに迎え撃たせる。
いくらアズサさんでも、あのままじゃ多勢に無勢だ。だったら俺がやることなんて決まってるよなあ!
「おおおおっ! 次元覇王流、聖槍蹴り!」
『なんだこいつ、速──』
スパイクやリベットなどが取り付けられたモヒカンカスタムは、その分装甲が分厚くなっているのかもしれない。
ただ、エールストライカーの全速力を乗せて叩きつけられた聖槍蹴りを防ぐことはできなかったようで、世紀末なシュツルム・ディアスはあえなく爆散した。
『なるほど、噂に違わぬ凄まじき武よ……拙者も負けてはおられぬな!』
『なんだこいつ、俺のグランドスーパーエクストリームR・ジャジャのビームサーベルごと……ッ!?』
アズサさんは刀を振り抜くと、グランド……まどろっこしいからモヒカンカスタムでいいか。モヒカンカスタムのR・ジャジャが刃を受け止めようとしたビームサーベルごと、その機体を両断する。
そして、そのまま返す刀で背後から狙っていたモヒカンカスタムの量産型キュベレイのコックピットを的確に突き刺す。
『嘘だろお前!?』
『殺気が透けて見えている。それでは拙者に届くことはないな』
「こっちも持ってけ! 次元覇王流、流星螺旋拳!」
メガ粒子砲を塞いででも取り付けられた装甲板を抉る形で、モヒカンカスタムのドーベン・ウルフに俺は流星螺旋拳を叩き込んだ。
図らずもアズサさんが敵を引き付けてくれているおかげで擬似的な連携が生まれているし、背後ではチナツのアストレイシックザールが対艦刀でモヒカンカスタムを次々に両断、テクスチャの塵へと還していく。
いい調子だ。そう思った矢先だった。
『ぐっ……コイツらは後回しだ! 空飛んでる女を狙え!』
『ヒャッハー!』
「……ああ、っ……!」
俺たちには敵わないと判断したのか、モヒカンカスタムたちは、今度は比較的狙いやすいと判断したのか、マフユのG-エクリプティカを狙って、手持ちの火砲を集中させる。
巡航形態の機動力である程度の弾幕は速度で振り切っているものの、なんせ数が数だ。
いかにG-エクリプティカの出来がよくても、全部は避けられないだろう。
襲いかかってくるモヒカンカスタムを蹴り砕きながら、俺はどうマフユを支援するか考える。
敵は恐らく、俺が釣られて突出したところを狙ってくるだろう。
というか、もしも俺がモヒカンたちだったら確実にそうしている。
手負いの敵をあえて放置することで、助けに来た仲間を屠っていく。戦いの常套手段だ。
なら、どうする。
俺にできることは。
「マフユ!」
「は、はいっ……!」
「俺は……お前を信じる! 今は一機でも多くモヒカンカスタムを墜とすから、何とか持ち堪えてくれ! マフユなら……きっとできるはずだ!」
助け舟を出さないのは大きな賭けだ。
リスクとリターンを天秤にかけて、結果的にマフユを見捨てたと取られてもおかしくない選択肢でもある。
だけど、マフユは。マフユは自分が卑下しているほど、弱いダイバーじゃない。
「……ぐすっ……ありがとう、ユウヤ君……!」
『戦場でラブコメやってんじゃねェ!』
「もう逃げない、もう負けない、ユウヤ君が……信じてくれた、私を信じる──トランザム!」
『ンだとォ!?』
マフユの叫びに応えるかのように、G-エクリプティカの装甲が赤熱し、両肩のGNドライヴから爆発的に粒子が放出される。
トランザムシステム。それは「機動戦士ガンダム00」に出てくる、一種の時限強化のようなものだ。
粒子を爆発的に放出する代償として、効果時間終了後には大きく機動力や戦闘力を損なうという欠点はあるものの、それでも強力なシステムであることとに変わりはない。
赤熱化したマフユのG-エクリプティカは、巡航形態と併せて更に速くなった機動力でモヒカンカスタムを翻弄しつつ、出力が増大したビームサーベルで叩き切る。
『バカな、俺のハイパーズサカスタムF6000がァ!?』
「切り抜け、る……っ!」
「やるじゃない、マフユ! アタシも負けてらんないわね……!」
マフユの奮闘に闘争心を掻き立てられたのか、チナツもまた光の翼を大きく広げ、残像でモヒカンカスタムたちを撹乱しながら、アロンダイトで的確にコックピットを突き刺し、斬り捨てていく。
『バカな……六十の部下が、圧倒されているだァ!? たった四機のガンプラにだぞォ!?』
「よう、大将……待たせたな。決着つけようじゃねえか!」
『クソガキが……! このモヒー・カーン様を愚弄した罪は重いぜェ!』
愚弄も何も、そっちから勝手に吹っかけてきた喧嘩だろうが。
見事な逆ギレをかましながら、モヒー・カーンが操る重装甲世紀末カスタムのザクが、その見た目に違わないパワーで豪快にジャイアント・ヒートホークを振り回す。
だけど、その攻撃はどれもこれも大雑把だ。タイガーウルフさんが言っていた、「行動の意味」を考えていない。
「隙だらけなんだよ! 次元覇王流! 桜花紅蓮脚!」
『ジャイアント・ヒートホークを、弾き飛ばしやがったァ!?』
大上段に蹴り上げる技で、モヒカンカスタムの手首を跳ね上げ、脅威になりそうなジャイアント・ヒートホークを叩き落とす。
そして、すかさず振り上げた足で震脚、モヒカンカスタムの足を一瞬止める。
『なんだァ!? 機体が、動かね……』
「こいつで終わりだ! 次元覇王流! 波動裂帛拳!」
そして、俺は敵じゃなく、地面を殴りつける。
瞬間、ストライク焔に組み込んだメタリックオレンジのパーツが赤熱し、地面を砕いた衝撃波に炎が合わさって、モヒカンカスタムのザクⅢを包み込む。
夢中になっていたからわからなかったけど、どうやら何かの変化がストライク焔の中では生まれているらしかった。
『バカな、そんなバカなァァァァ!』
炎を纏って強化された波動裂帛拳が、重装甲に包まれているはずのモヒカンカスタムを焼き払い、溶かしていく。
そして、陳腐な断末魔を上げ、モヒー・カーンがテクスチャの塵へと還る。
おかしいな、こんな威力があるなんて自分でも思っちゃいなかったんだけど。
「ユウヤ君……ストライク焔が……」
「どうしたんだ、マフユ?」
「燃えて、る……!」
コックピットの視点からはよくわからないけど、燃えているというにはストライク焔にダメージはない。
なら、今何が起きているのか。
アズサさんとの協力で、粗方モヒカンカスタムを片付けたことで生まれた僅かな時間を使って、コンソールから通知を辿れば。
【Congratulations!】
【ダイバー:ユウヤのランクがDからCに昇格しました】
【Unlocked:FINISH MOVE 01】
漁夫の利狙いの連中やモヒカンたちとやり合ってた間に、いつの間にかダイバーランクがCに到達していたらしい。まあ、結構な数片付けてきたな。
そうなると、波動裂帛拳が強化されたのは。
「おめでとう、ユウヤ。それがアンタの必殺技よ」
「必殺技……?」
「Cランクから解禁される、ダイバーの行動履歴から算出される要素。強力な分代償もあったりするけど、アンタのそれは機体を強化するタイプの技だから、リスクは比較的少ないと思うわよ」
モヒカンカスタムの最後の一機、ガザDをアロンダイトで斬り捨てると、チナツはそう解説してくれた。
なるほど。タイガーウルフさんが必殺と言っていた、「龍虎狼道」とシステム上は同じものなのか。
俺の場合はストライク焔が炎を纏う必殺技──昔、子守唄のように師匠が、父さんたちが活躍していた学生大会の映像が脳裏をよぎる。
「バーニングバースト……」
「……ユウヤ君?」
「決めた、この必殺技は、バーニングバーストシステムだ!」
かつて師匠が使っていたトライバーニングガンダムが、カミキバーニングガンダムが使っていた技を、そこに込められた想いを継ぐように、俺は天高く、突き上げた拳を握り締めた。
運命の血脈