大規模な乱戦が終わったことで一息つけるか、と思っていたのも束の間、大規模な戦闘の匂いを嗅ぎつけたハイエナたちが、狩人たちが俺たちを狙って突撃してくる。
『天誅ーッ!』
『ヒャッハハハハ! 天誅天誅天誅ーッ!』
『そんなお前を後ろから天誅!』
何だろうな、このディメンションだと天誅って叫ぶのが流行ってるんだろうか。
俺じゃない、天がやれって言ったんだとばかりに責任とモラルを全力で放り捨てたダイバーたちが、俺との戦いと、モヒカンカスタムとの戦いを経たことで、決して軽くはない傷を負っているアズサさんを狙って突撃してくる。
敵の一団に混ざっていたダガーLのジェットストライカーのパイロンに懸下されていたミサイルポッドからマイクロミサイルが飛び散り、アズサさんを狙う。
『破ッ!』
『ヒャッハハハハ! さようなら天誅!』
「やらせるかよ!」
ミサイルを斬り捨てるという凄まじい芸当を披露したアズサさんの後隙を狙う形で飛び出してきた、黒の部隊カラーのベルガ・ギロスに向けて、俺はバーニングバーストシステムの効果で燃え上がるように出力が増大したビームサーベルを突き立てた。
『ヒャッハハハハ! 私がさようならァ!』
「……このディメンションに浸かってると多かれ少なかれああなっちまうのか?」
『無明に堕ちるかどうかは君の心の持ち様よ。そして助太刀してくれたこと、礼を言う』
最後まで妙なテンションで爆散していったベルガ・ギロスを一瞥して、苦虫を噛み潰したような顔をしていると、苦笑らしきものを口元に浮かべたアズサさんが言う。
なるほど、心を強く持ってないとああなっちまうのか。確かにああはなりたくないもんだな。
そんな一瞬のやり取りすら許してくれないのか、完全に台風の目になった俺たちを狙って、ハイエナたちは絶え間なく襲いかかってくる。
物陰に隠れたバスターダガーとヴェルデバスターがその火力を惜しみなく叩きつけ、死角を狙ったトールギスが突撃してきて、飛び出してきたワイルドダガーがガトリング砲をぶちまける。
どいつもこいつもジャーゴンのように「天誅」と叫んでることも相まって、この世の終わりみたいな光景だった。
正直なところ、目標だったCランクには突入してるし、これ以上ここに留まっている理由はない。
ダイバーポイントを手土産に帰還するのが賢い選択肢なんだろうけど、横槍が入ってしまって中断されたアズサさんとの戦いに決着をつけないまま帰還するのは、なんというか、筋が通らない気がする。
そんな理由で、俺たちは襲いかかってくるハイエナに立ち向かっていたけど、所詮は多勢に無勢。
バーニングバーストシステムによる強化も合わさって、襲いかかってくる敵自体は対処できているものの、いつエネルギーが底をつくかもわからない。
マフユが発動してるトランザムもそうだし、狙撃ビームを多用しているチナツもエネルギーが潤沢とはいえないだろう。
恐るべきはローラー作戦、人海戦術。そこに連携はなくとも、同じ敵がいるというだけで狙いを絞って襲いかかってくるのはタチが悪い。
多分だけど、あいつらの魂胆はこうだ。
ここで多くポイントを稼いだやつをどさくさに紛れて倒すことで、そいつのポイントを収奪する。
アズサさんのように辻斬りスタイルでコンスタントにポイントを稼いでいけるダイバーじゃなければ、それが一番手っ取り早い。
だから、ヴァルガでポイントを稼ぐってことは自ら無数のダイバーたちのターゲットになりにいくのと同じなのだ。
まさにハイリスクハイリターン。マフユが言った通りだった。
『隙あり天誅ーッ!』
「危ねえな! 次元覇王流! 蒼天紅蓮拳!」
ミラージュコロイドで身を隠していたのか、背後から襲いかかってきたブリッツガンダムに肘打ちを叩き込んで怯ませて、バーニングバーストシステムで強化された蒼天紅蓮拳をそのままコックピットに叩き込む。
『アバーッ!』
妙な悲鳴を上げてブリッツが爆散する。
冗談抜きに一息つく暇もねえ。
ふとアズサさんを見てみると、涼しい顔で寄ってくるダイバーを次々と刀の錆にしていた。
ただ、アズサさんのガンプラは別だ。
纏っていた紫炎の勢いが衰えて、装甲各所にも細かなダメージが刻まれている。
俺たちと同じように、このままじゃアズサさんもまた、ジリ貧のまま、数に押されて呑まれてしまうだろう。
「……っ、トランザムの、限界時間が……」
「ここで弾切れ!? あーもう、こうなったら砲身でぶん殴る!」
マフユとチナツも状況はほとんど同じだった。ここから何か巻き返しを図れる策のようなものでも思いつけばよかったんだけど、生憎どれだけ頭を使っても思い浮かびそうにない。
だけど、諦めたくはない。
これまでで、Cランクに昇格した後もお釣りが来るぐらいダイバーポイントは稼いでいるんだから、デスペナルティで多少失ったところで問題はないのかもしれない。
だからって、最初から諦めを前提にして戦うなんてダサいことはしたくねえ。
足掻いて足掻いて、最後まで足掻き抜く。
それでもダメだった時はにっこりと笑ってやればいい。
「撤退するか、チナツ、マフユ?」
「はっ、冗談じゃないわ。死んでも生き抜いてやるわよ」
「ユウヤ君が戦うなら、私も……っ!」
「ありがとな、それじゃあ最後まで悪あがきに付き合ってくれよな、マフユ、チナツ!」
「はい……っ!」
「言われなくても!」
チナツが投擲したビームブーメランが一塊になっていた有象無象を斬り裂いて、テクスチャの塵へと還す。
その後隙をカバーするようにマフユがアストレイシックザールの背後から迫ってきた一団に向けてヴェスバーを放つ。
そして、俺は。
「次元覇王流! 旋風竜巻蹴り!」
『ぬわあああああっ!』
『グワーッ!?』
『ヌヴォォォォッ!』
固まって襲いかかってきた奴らを、旋風竜巻蹴りで迎撃し、纏めて倒す。バーニングバーストシステムの持続時間もほとんど危険水域だけど、これぐらいの悪あがきはまだ、できるんだぜ。
奮戦はしていたと思う。だけど、集団を倒すことで悪目立ちしてまたハイエナたちが寄ってくるという悪循環に陥っているのもまた事実だ。
一旦逃走してヘイトを他に擦りつけることも考えたけど、俺たちがもうこのエリアにおける台風の目である以上、どこにも安息の地はないだろう。
「きゃあ……っ……!」
「マフユ!」
マフユのG-エクリプティカが、片方のGNドライヴをどこかから飛んできた狙撃で撃ち抜かれて墜落していく。
助けようとしても、こっちはこっちでハイエナ共の対処で手一杯だ。背負い投げで地面に叩きつけたジャスティマにビームサーベルを突き立てつつ、俺は次に迫ってきた、赤い方のガンダムアストレアを蹴り飛ばしてあしらう。
その間に、マフユを救出できそうな隙はどこにもなかった。
最早これまでか、とばかりに通信ウィンドウに表示されていたマフユの顔が涙に歪んでいった、その時。
『気を付けろ、君!』
「気を付けろって、何に!?」
『大きいのが来る……避けるんだ!』
アズサさんが警告してくれた通り、コックピットにはコーションアラートが絶え間なく鳴り響いていて、その発信源を辿れば、ちょうど俺たちのほぼ真上にいるその機体が目に映る。
『GNロングレンジキャノン、GNホーミングレーザー、GNフェイダトンファー、フルバースト……マルチロック、セット……!』
淡々と言葉を紡ぎながら、無機質に、そして無差別にその機体が──ダブルオーガンダムの改造機と思しきそれが、構えていた武装をハイエナ集団に向けて一斉に撃ち放つ。
その中には当然俺たちも含まれていて、アズサさんが事前に警告してくれたのはそういうことだったのだろう。
デタラメな火力が、百鬼夜行を蹂躙する。
誰だか知らないけど、ヤバいのは一目瞭然だ。
五十を明らかに超す集団を蹂躙して尚、その機体が息切れした様子はなく、運がいいんだか悪いんだか、ほとんど無傷で生き残ったアズサさんに狙いを向けて、そのダブルオーガンダムはGNフェイダトンファーの銃口を向ける。
『君が噂のFOEさん、か……強制冷却は使い果たした、ここが拙者の最後の勝負となりそうだ』
『そういう君は「MS斬りの無頼」か。ここで会うのは珍しい』
『さて、死合うとしよう……!』
FOEさんと呼ばれたダブルオーガンダムの改造機を使うダイバーは、アズサさんの太刀筋を見切ったかのように距離を取ると、徹底してファントムライトと呼ばれるあの紫炎に向けてビームを撃ち放っていた。
『……ファントムライトはビームを弾く。だが、いつまでも展開していられるわけではあるまい』
『ならばその光を斬り捨てるのみ、斬ッ!』
『……だとしたら、こちらは物量で押させてもらおう……!』
そこから先の戦いは異次元としか言いようがなかった。
GNホーミングレーザーがファントムライトを剥ぎ取るようにアズサさんの機体を蝕む傍らで、GNフェイダトンファーのバレルから放たれるビームは的確に切り捨てていく。
その反応速度も、そしてアズサさんほどの近接格闘戦の技量を持っていても尚接近することができていないあのダブルオーは、出てくる場所を間違えたような強さだった。
FOEと呼ばれているのも納得がいく。
ハイエナの一団がそのFOEさんによって一掃されたことで、ようやく一息つくことができた俺たちは、固唾を飲んでその戦いを見守ることしか、できずにいた。
下手に割り込めば邪魔になる。それどころか多分やられる。
強敵に挑みたいという気持ちを無理やり上から押さえつけるように、恐怖が、圧倒的な恐怖が俺たちの影を縫いとめていた。
「あれが、個人ランキング39位……」
「39位!?」
「……だけど、あの人はもっと上に行ける実力を持ってるわ、多分10位代ぐらいの力があの人にはある。アタシは……」
チナツが珍しく表情を曇らせる。
それほどまでに、勝気なチナツが落ち込むまでに、FOEさんの戦いは冷徹だった。
──けどな。
「悪いけどな、アズサさんと戦ってたのは俺なんだよ! 次元覇王流! 流星螺旋拳!」
『……なるほど、悪くない攻撃だ』
「何……ッ!?」
それを読んでいたかのように、ダブルオーの両腰にマウントされていたCファンネルが交差して、俺の一撃を食い止める。
信じられねえ。あのアズサさんと戦ってた片手間にだぞ?
なんて反応速度だ。これがタイガーウルフさんと同じように、「高み」に至った人の力なのか。
俺はあまりの実力差に愕然としていたけど、FOEさんがそれ以上の追撃を加えてくることはなかった。
それは見逃されたのか、あるいは最初から戦うに値しないと判断されていたのか。
どっちにしても、今の俺じゃあの人には届きそうもない以上、命があるだけ儲け物なのかもしれない。
「ユウヤ君、大丈夫……?」
「ああ、マフユ……あれもまた『高み』なんだな」
「……FOEさん。このハードコアディメンション・ヴァルガを根城にしているソロ専のSSSランクダイバーよ。無茶して……! 本当に命があっただけ儲け物なんだから、このバカユウヤ」
「悪りい、でも気付いたら体が動いちまってたんだ」
改めて、その熱狂から一歩引いて戦いを見つめ直してみれば、アズサさんはFOEさんを相手によく戦っていたのだと思う。
ファントムライトとかいう紫炎を圧倒的な密度の射撃で剥ぎ取られて、尚も諦めることなく刀を構えて挑みかかってる辺り、その胆力も凄まじいものがある。
だけど、あのホーミングレーザーの弾幕砲火が関節部分を穿ち、とうとう「MS斬りの無頼」は膝を突こうとしていた。だけど。
『ふ、ふふ……拙者はこれでも頑固ゆえな……膝だけは、死んでも突かぬと決めている……!』
『……その胆力には敬意を表するよ。ならば僕も……剣で決着をつけねばなるまい』
『……来いッ!』
敗れかけて尚、気勢を削がれることなく、膝をつくことなく、地面に刀を突き立てて、アズサさんは刮目する。
そこにFOEさんのダブルオーがGNフェイダトンファーからラスターエッジを展開して、斬りかかろうとした瞬間だった。
コーションアラートが、俺たちのコックピットに響き渡る。
レーダーを見れば敵影が一機、こっちに近づいてきていた。
「一機? 何がしたいの、あいつ……?」
「わかんねえ、だけど凄え嫌な予感がする……!」
ハイエナ狙いのダイバーたちも、FOEさんに粗方一掃されたとはいえ湧いてこないこの状況で、一機で脇目も振らずに突っ込んでくるなんて、よっぽど無謀なのか、そうじゃなければ、何かを隠し持ってるかしか考えられない。
「敵影、捉えまし、た……?」
マフユのG-エクリプティカが捕捉した敵影が、データリンクで俺たちにも共有される。
そこに映っていたものを見て、俺とチナツは同じように首を捻っていた。
「……ザク?」
「シャア専用ザクね、それも旧キットの」
「……わかんねえ、あのお爺さんが作ってたガンダムと違って、ただ適当に作ったようにしか見えねー……」
敵影の正体は、旧キットのシャア専用ザクだった。
でも、その出来はお世辞にもいいものではなく、成型色の赤一色がやけに目立つ素組みのまま、ほぼ直立不動でバーニアを噴かしている。
この状況で、そしてあのレベルの出来でわざわざFOEさんとアズサさんの戦いに割って入ろうなんて、何考えてんだ?
手の込んだ自殺にしか見えないその行為を俺たちが呆然としながら眺めていると、とうとうそのシャア専用ザクは戦闘エリアに到達する。
シャア専用ザクが狭い可動域で必死にザクマシンガンを構えた刹那、背筋にぞわりと悪寒が広がったような気がした。
「気を付けろ、マフユ、チナツ!」
「……まさか……」
「……っ、そういうこと……!」
その嫌な予感は見事に的中して、シャア専用ザクが紫色のオーラを纏ったかと思えば、機体の各所が、ガンプラのギミックとしては絶対にあり得ないような歪な変形を果たしていく。
そうしてブラッシュアップされたシャア専用ザクは、気付けば全身が筋肉で出来上がっているかのような異形の姿に変わっていた。
「ブレイクデカール……!」
『はっはっはァー! そういうことよ! FOEだかなんだか知らねえが、このブレイクデカールの前に敵はねえ!』
ブレイクデカールが発動したせいなのか、曇天に包まれていたはずのヴァルガに雷鳴が鳴り響き、雨が降り注ぐ。
そして、空が本当にひび割れるかのようにクラックが入ったりと、明らかに異常な現象が、紫色の強烈なオーラを放っているシャア専用ザクを中心に巻き起こっていた。
あのD・ジェイドとかいうやつと戦った時も、最初に遭遇したアルケーガンダムと戦った時も、ここまで変な現象は起きてなかったはずだ。
だけど今は、見ての通りヴァルガの天気すら大荒れに変えて、素組みの旧キットがあんなムキムキにビルドアップされて。
まさか、前に戦った時よりもブレイクデカールが強力なものになっているのか。
俺の胸の内によぎった嫌な予感を肯定するように、一発一発が砲弾サイズになったザクマシンガンの弾が、FOEさんとアズサさんを狙って放たれる。
『ブレイクデカール……よもやここまで強力なものになっているとはな』
『……なんと醜い、欲望を形にしたような姿だ』
『はっはっはァー! テメェら全員まとめて俺のダイバーポイントになりやがれ!』
シャア専用ザクを操るマスダイバーが、力に酔いしれたような高笑いをあげる。
魑魅魍魎が跋扈するこのハードコアディメンション・ヴァルガでも、それが明らかに「筋」の通らないことなのはわかりきったことだ。
『まだ動けるかい、「無頼」?』
『当然……マスダイバー如きに屈したとあっては拙者の名が廃るというもの』
『よし……一時休戦といこう』
──僕らの敵は、マスダイバーだ。
FOEさんはぞっとするような冷たい声音でそう言い放つと、ブレイクデカールでビルドアップされたシャア専用ザクへと、宣戦布告の代わりに、百鬼夜行を消しとばした総火力を叩き込むのだった。
俺じゃない 天がやれって 言ったんだ(詠み人知らず)