「おめでとうございます、これでダイバーネーム『ユウヤ』さんの予選出場が決定されました!」
「っしゃあ!」
ヴァルガから帰還した翌日、ちょうどメガ粒子杯バトルカイの予選エントリー締め切りの一日前に滑り込みで受付を済ませた俺は、ロビーでぐっとガッツポーズを固めていた。
ヴァルガじゃ色々あったけど、とりあえずは、ランク制限に引っかかって予選に出られないという最悪の事態を回避できただけでも今はよしとしたいところだ。
「何やってんのよ、まだ始まってもいないでしょ?」
「あのままじゃ出られなかったからな! 色々あったけど改めてありがとな、マフユ!」
「ぁ、ぅ……そ、その……どういたしまし、て……?」
丈の余った袖に包まれているマフユの手を取って、俺は改めて礼を言う。
マフユからヴァルガに行く選択肢を提示されてなければ、絶対締め切りには間に合ってなかっただろうからな。
原稿を落とすか落とさないかの瀬戸際で追い詰められる作家の気持ちが初めてわかったかもしれない。できることならもう味わいたくないけど。
「アンタいつまでマフユの手ぇ握ってるのよ! 困ってるじゃない!」
「……ぁ、あの……チナツさん、私、は……」
「おっと、ごめんマフユ。でもありがとうな! 本当助かったぜ!」
チナツが細い眉を逆立てて指摘してくるもんだから、俺はマフユの手を解いてもう一度頭を下げる。
ぼそぼそと何事かを呟いていたマフユの表情が少しだけ残念そうに見えたのは、気のせいだろう。男に勝手に手を握られても嬉しいもんじゃないだろうしな。
それにしたってそこまでチナツも怒り狂うこともないだろうに。
なんて言ったら火に油だから黙っておくとしても、まずは何よりもメガ粒子杯にエントリーできたその事実が清々しい。
風呂上がりに牛乳を一気飲みしたような気分だ。
「出るのはいいけど、アンタそのままで行くつもり?」
などと薄らぼんやり感慨に浸っていた俺を、現実に引き戻すかのようにチナツは肩を竦めて片目を閉じると、呆れたようにそう問いかけてきた。
「そのままって?」
「ガンプラよ、調整とかしなくていいの?」
「調整か……具体的には何すりゃいいんだ?」
確かにストライク焔はちょっと前まで俺ができることを注ぎ込んだものだったかもしれない。
だけど今は、マフユに色々と教えてもらったおかげである程度ガンプラ製作の知識とかも身についている。
それに、バーニングバーストシステムって必殺技を手に入れたかもしれないけど、必殺技は連発できるようなもんじゃないってことは、ヴァルガでの戦いでわかってたからな。
「そうね、具体的には塗装の見直しとか、デカール貼ってみるとかね。特にどこかで塗料が塗りすぎでダマになってたり、十分にかかってなかったりすると致命的よ?」
塗りムラは最大の天敵なんだから、と、チナツは肩を竦めたままそう言った。
確かにそう考えると、粗になってる部分を作り直すってのは悪くない選択肢かもしれない。
「ユウヤ君なら、今の実力でも戦えると思うけど……やって損はないと思う、よ……?」
「マフユが言うならそうなんだろうな……よし、今日の午前中はストライク焔を見直すことにする!」
今日が休日で、バイトも指名が入ってなくて助かった。いや、収入的にはちょっと困るんだろうけど、今はそれよりメガ粒子杯だ。
「アタシもその……特別に手伝ってあげてもいいわよ?」
「いいのか? お前もメガ粒子杯出るんだろ、チナツ?」
敵に塩を送るような真似をしても平気なんだろうか。それとも、そんなことをしたところで自分が勝つから問題ないとでも思ってるのか、あるいはその両方か。
「ふん、鈍感……」
「なんか言ったか?」
「別に! ただ本調子じゃないアンタと戦って勝っても意味ないってだけよ!」
互角に戦って勝つ、ってことか。
なんだか、マフユの家で見た「逆襲のシャア」に出てくるシャア・アズナブルみたいなこと言い出したな。
でも、それはそうだ。俺だって、チナツとは本気で戦いたい。小さい頃から競い合ってきて、一度はチナツが次元覇王流の道を諦めたことで違えた道が、このGBNでもう一度交わったんだから。
「……わ、私は……ユウヤ君のこと、手伝いたいけど……お家わからないから、その……応援してる、ね……?」
「ん? 家がわからないってだけなら迎えに行くけど」
「えっ……?」
「マフユにはいつも世話になってるからな、手伝ってくれるってんなら、その気持ちは受け取りたいんだ」
ガンダムやガンプラにほとんど詳しくなかったし、なんなら最初の方は「SEED」と「DESTINY」しか興味がなかった俺にここまでガンダムの知識を、ガンプラの知識をくれたのは他でもないマフユだ。
家がわからないってだけなら、お茶の子さいさいってやつだ。俺の方はマフユの家を完全に覚えてるしな。
「いいの……? あ、でも、チナツさん……」
「ぐぬぬ……でも、アタシよく考えたらリアルでマフユに会ったことないのよね、顔合わせぐらいはしときたいかな」
「……ありがとう、ございます。その、ユウヤ君……よろしく、ね?」
「ああ! それじゃ今から迎えに行くからな!」
なんだか一触即発みたいな空気だったけど、チナツの方も納得してくれたみたいで助かった。
一瞬不機嫌になったのはなんでか知らないけど。
それはともかく、善は急げだ。マフユを迎えに行くためにも俺はログアウトボタンに手をかけて、早朝からログインしていたGBNから現実に戻っていった。
◇◆◇
「いらっしゃい、貴女がユウヤから聞いてたマフユちゃん? ちょっと狭いけど、ゆっくりしていってね!」
「は、はい……っ……!」
玄関口に立って、母さんからの歓迎を受けたマフユはそれはもう緊張してガチガチになっていた。そんなに気にすることもないのにな。
「チナツちゃんは久しぶりね、少し背が伸びたんじゃない?」
「本当ですか? フミナさんがそう言ってくれるなら嬉しいです!」
チナツの方は相変わらず母さんたちの前では借りてきた猫のように優等生のガワを被っている。
本人なりには礼儀のつもりなんだろうからあれこれ言うのは野暮だけど、多分お前の気性の荒い部分、ユウマさんとミライさん経由で伝わってると思うぞ。
一軒隣に新築で建てられた家の方角を一瞥して、俺は小さく肩を竦める。
「三人で一緒にガンプラ作り、かぁ……なんだか現役時代を思い出すなぁ。いい、ユウヤ? マフユちゃんにもチナツちゃんにも失礼のないようにするのよ?」
「わかってるって、母さん」
今日は出張稽古をつけるために師匠こと父さんは家にいないのが惜しいとこだ。
ユウマさんとミライさんもどっかに出かけてるらしいし、マフユに皆を紹介できないのはちょっと心残りかな。
「塗装と改造なら私の部屋にある工具とか、好きに使っていいからね。でも溶剤の蓋は絶対開けっ放しにしちゃダメよ?」
「わかりました、フミナさん! 行きましょ、マフユ。それとユウヤ」
「俺はおまけかなんかかよ」
相変わらず猫かぶってる時とそうでない時の温度差に風邪引きそうになるな。
言葉にこそ出さなかったけど、表情でわかってしまったのか、物凄い力で俺はチナツに腕を引っ張られる。
格闘技経験者は伊達じゃないってか。
「け、喧嘩しないで……チナツさん、ユウヤ君……」
「喧嘩じゃないわよ、マフユ。ただのじゃれ合い、そうでしょユウヤ」
「あ、ああ……」
チナツの引きつった笑顔に、同じく引きつった笑顔でそう返す。まあ今回に関しては完全に俺の落ち度だから仕方ないな。
それより気になったのは、マフユの格好だった。
ガンプラをいじったり、塗料を扱ったりするのに、いつもと同じような袖が余ったゴスロリファッションで固めている。
よくわからねーけど、高いんじゃないのか、あの手の服って?
「わ、私の服……だ……ダメかな、ユウヤ君……?」
「いや? めっちゃ似合ってると思うけど、ガンプラ作るのにその服で大丈夫なのか?」
「に、似合ってる……えへへ。ありがとう……えっと、予備とかはいっぱいあるから、大丈夫だ、よ……?」
「ならいいんだけどさ」
パーツとか掴みづらそうだなって思うけど、マフユがいいって言ってるなら多分それでいいんだろう。
母さんもいつの間にかいなくなってるし、これ以上玄関で立ち話をするのもなんだからと、俺は母さんの部屋に二人を案内する。
「一応ここが母さんの部屋だけど」
「設備はうちとほぼ同じね。工具とか塗料とかは……ちゃんときっちり揃ってる。フミナさんらしいな」
「うん……機材もメンテナンスが行き届いてる」
「母さん、結構マメな性格だからなあ」
早速、俺は腰のポーチにしまっていたストライク焔を取り出して、作業机の上に立たせる。
あの時は無我夢中で作ってたけど、ペリシアとかで色んな作品を見てきた後だと、流石に粗が見えてくるものだ。
俺でさえこうなんだから、ガンプラに詳しいチナツとマフユからすればもっと厳しいんだろう。
「この分だと……直近で直せそうなのはフレームの合わせ目と白い部分のゲート跡、あと塗装のムラかしらね」
「一人でやると、時間がかかるかもしれないけど……」
「ま、アタシたちがついてるから大丈夫よ、ユウヤ。感謝しなさいよね」
「ああ、ありがとう、チナツ、マフユ」
下手したら全身に手を入れなきゃいけないかと覚悟してたけど、メガ粒子杯の予選に間に合う範囲ではあったようだ。
俺はチナツとマフユに指摘された通り、一旦ストライク焔を分解して、白いパーツとフレームパーツを作業机の上に並べる。
「それで、俺は何すりゃいいんだ?」
「ユウヤはそうね、白い部分に残ってるゲート跡をヤスリで処理して。マフユは……その服汚しちゃったら困るから、速乾性の流し込みで脚部フレームの接着。アタシは他の細かいところ見たりとか、塗装する時はアドバイスするわ」
「サンキュー、チナツ。やっぱ自分のガンプラは自分で塗らねーとな」
「わかってるじゃない」
骨が折れる作業かもしれないけど、フォース戦の予約が入ってる夜、いや、余裕を持たせて夕方には終わらせよう。
俺たちはそう意気込んで、ストライク焔のリペア作業に取り掛かる。
パーツごとに分解してると、見えてくる粗に心が痛むけど、これもまた成長に必要なことだ。多分、きっと。
◇◆◇
「もう当分ヤスリかけたくねえ……」
「何言ってんの、アレくらい基礎中の基礎よ」
なんとかストライク焔のリペアを目標だった夕方には終えて、マフユを家まで送り届けてからログインしたフォースネストで、俺は机に突っ伏して溜息をつく。
ゲート跡を削ること自体は簡単だけど、そこからサーフェイサーで隠せるくらいヤスリの傷を細かくしたり、マフユにも手伝ってもらったモールドの掘り直しとか、そういう作業は結構キツかった。
改めてペリシアに展示してあった作品の凄さを思い知らされた気分だ。
「でも、その甲斐はあったと思う、よ……?」
「ああ、見違えるくらい格好良くなった気がするぜ! 早速お披露目といきたいとこだな!」
ゲート跡やシャープじゃない部分を削り直して、だるいモールドを掘り直して、ダマになってたりムラになってたところを塗り直してデカールを貼って、つや消しのトップコートを吹きかけて。
一連の作業を二人が手伝ってくれたおかげで、ストライク焔は見違えるほど格好良くなった。
その初陣になるフォース戦の相手は、いつぞやのシャフランダム・ロワイヤルで相手になった金ピカのハイペリオンが顔を出している、「ゴールデン・ドリームズ」とかいうやつらだった。
「ゴールデン・ドリームズ……」
「このハイペリオン、ネタに見えるけど厄介な相手よ。幸いアタシのアロンダイトには対ビームコーティングを施してるから、アイツはアタシが引き受ける。ユウヤはいつも通りマフユが撹乱した敵を遊撃して」
「応ともよ!」
ヤタノカガミとアルミューレ・リュミエールによる二重防御は、理論上ビームに対しても実弾に対しても無敵を誇る。
この前勝てたのは、相手が油断してアルミューレ・リュミエールを攻撃に回してたからだ。
だからこそ、その唯一といっていい対策を持つチナツがあの金ピカハイペリオンを請け負う。理に適った作戦だ。
何よりメガ粒子杯を前に、こんなところで負けてるわけにはいかないよな。
◇◆◇
『フハハハハ! 俺のスーパーシュペールスーペルハイペリオンガンダムは無敵だァ!』
「くっ、こいつ……!」
『おっとお嬢さん! よそ見してる余裕はないんじゃない!?』
そうして開始されたフォース戦、やっぱりというかなんというか、相手はこっちを研究した上でメンバーを組んできたようだ。
スーパーなんとかハイペリオンと違ってアルミューレ・リュミエールこそ持ってないけど、ヤタノカガミを自前で持っているアカツキのシラヌイ装備。
そして。
『この勝利、ディアナ様のために!』
「このゴールドスモー、俺を釘付けにする気か!」
ヤタノカガミやアルミューレ・リュミエールこそないけど、Iフィールドによってビーム耐性を持っているゴールドスモー。
現状、マフユのG-エクリプティカが持っている武器の中でこいつらに有効なのがビームサーベルしかない以上、俺を釘付けにして、先にチナツを墜とそうとするのは合理的だ。
「チナツさんは……!」
『おっとぉ! 接近戦をやろうってのかい、もう一人のお嬢ちゃん!』
「反応された……っ!?」
中でもシラヌイ装備のアカツキに乗ってるダイバーは勘がいい。
フリーになっていたマフユが巡航形態の機動力を利用して、奇襲をかけようとしたのを見抜いて、ビームサーベルでそれを迎撃しつつ、飛ばした誘導機動ビーム砲塔システム……まどろっこしいからドラグーンでいいか、は相変わらずチナツに差し向けているのだから。
『お前たちのフォースは拳法使いを除けばビームに偏っている! その対艦刀で俺を墜とせると意気込んでいるようだが、無駄無駄無駄ァ!』
「こんの……! 言ってくれるじゃない、だったら機動力で撹乱する!」
チナツは怒りを見せながらも冷静に、デスティニーのウイングユニットから光の翼を放出すると、残像を発生させながら、機動力でスーパーなんとかハイペリオンとのドッグファイトに持ち込もうとしていた。
幸い、アルミューレ・リュミエール展開中のハイペリオンの火力はたいしたことがない。
今のところはチナツに任せて大丈夫そうだ。
だったら、俺がやるべきことは一つ。このゴールドスモーを片付けてマフユの援護に回ることに他ならないだろう。
「次元覇王流! 弾丸破岩拳!」
『なんという威力! まともに喰らえば墜ちていたか! しかしその隙貰ったぞ、ユニバ──』
空中から降下する威力を乗せた拳は虚しく空を切って、ゴールドスモーが左腕に搭載しているIフィールドバンカーを展開しようとした、その時だった。
突如としてコックピットに、ゴールドスモーの方向とは別なところからのアラートが鳴り響く。
無理やりスラスターを逆噴射、アラートから遠ざかる形で俺は「それ」が飛び込みざまに放ってきた一撃を、すんでのところで回避する。
だけど、ゴールドスモーの方は無事では済まなかったようだ。
夜の闇から溶け出てきたような「それ」の一撃によって真っ二つにされた機体がずり落ちて、爆散した。
『なんだ、何が起きてる!?』
『……』
「きゃあっ……!」
マフユのG-エクリプティカを肘打ちで弾き飛ばすと、戦場に突如として現れた「それ」は、シラヌイ装備のアカツキを狙ってデタラメな速さで攻撃を仕掛ける。
ここでアカツキが展開していたドラグーンを回収して、バリアを貼ったのはいい判断だったのかもしれない。
だけど、そんなことは関係ないとばかりに、ドラグーンバリアを貫通した棒状のものが、アカツキを頭からひしゃげさせる形で強引に叩き潰す。
『な、なんだ……何が、一体何が襲ってきてるんだ……!?』
金ピカハイペリオンは一瞬で仲間を二機失った動揺から、いつもの高笑いも忘れて、その黒影にビームマシンガンを撃ち放っていた。
──だけど。
『ふ、フハハハハ! 何が来ても恐れることなどない! なぜなら、俺のスーパーシュペールスーペルハイペリオンは無敵──』
『消えろ』
その棒状の何かは、本来なら破れるはずがないアルミューレ・リュミエールの守りを易々と貫通して、さっきのアカツキと同じ末路を金ピカのハイペリオンに辿らせた。
そうして、ようやく雲の切れ間から差し込んだ月明かりに照らされて浮かび上がってきたその影は。
「ユニコーン、ガンダム……」
「ペルフェクティビリティ……!?」
「ブレイクデカールを使ってやがったのか!」
夜の闇に溶け込むかのように全身を黒で塗りつぶし、紫色のオーラを立ち上らせている、完全なる可能性の獣だった。
悪逆無道