夜の闇から溶け出るようにして現れたそのユニコーンガンダムペルフェクティビリティは、一瞬のうちに撃墜した「ゴールデン・ドリームズ」に一瞥もくれることなく、ユニコーンモードだった機体をデストロイモードに変形させていく。
「RG? 違う……HGUCのペインティングモデルを改造したの!?」
チナツが驚愕したように、展開された装甲から覗くサイコフレームの色は禍々しい、血の色を思わせる深い赤。
普通のユニコーンガンダムのキットの成型色じゃどうやっても透明感を出せない色だった。
一転して、赤と紫のオーラを纏う怪物へと姿を変えたその機体は、左手に持っていた棒状の武器で、周囲を無造作に薙ぎ払った。
「多節棍か! 避けろ、マフユ!」
「……っ、トランザム……!」
通常ではあり得ないほどの長さにまで伸びて、しなやかに曲がったその棍に、ブレイクデカールの力が上乗せされた一撃を、マフユはすんでのところでトランザムを発動して回避する。
多節棍というよりは棍そのものが自在に伸びたり曲がったりしている、物理法則も何もあったようなもんじゃない武器だ。
あれも、ブレイクデカールの力なのか。
武器の方はともかくとしても、それを振るう腕は自前だろう。なのに、何故。
「お前、それだけの腕を持っていながら、なんでブレイクデカールなんてものに手を出したんだ!」
『……』
ブレイクデカールを使ったとしても、操縦しているダイバーの技量が追いついていなければ意味がない。
それはあのヴァルガで、異形の姿になったシャア専用ザクを倒したキョウスケさんたちが証明している。
あいつが一瞬で「ゴールデン・ドリームズ」を撃破したのは、確かにブレイクデカールによる補正が入っていたかもしれない。
だけど、今の俺から見て、あの黒いユニコーンガンダムペルフェクティビリティの出来は凄まじいものに感じられたし、ダイバーの腕だってそうだった。
あんなものに頼らなくたってガンプラバトルで十分勝てるだけの力があるのに、なんでそんなやつがブレイクデカールなんてものに手を出したのか。
俺の問いに答えることはなく、黒いペルフェクティビリティは、鬱陶しいとでも言いたげに再び自在に伸縮する多節棍を振り回した。
「ぐっ……!」
「ユウヤ君……!」
「ユウヤ!」
「大丈夫だ、なんとか受け流した……!」
中国拳法には明るくないし、見様見真似だけど、化勁ってやつだ。
衝撃をうまく受け流すことで致命傷は回避したけど、リペアする前のストライク焔だったらそもそも両腕を砕かれかねないレベルの攻撃だった。
一瞬でイエローコーションが灯ったその威力に舌を巻く暇もなく、黒いペルフェクティビリティはブーストを噴かすと、今度は右手に装備していたアームドアーマーVNを振りかざし、襲いかかってくる。
「この……ユウヤから離れなさいよ!」
チナツのアストレイシックザールが、出力を絞り込んだ狙撃ビームを黒いペルフェクティビリティに向けて撃ち放つ。
並の重装甲なら容易に貫通していたはずのそのビームも、ブレイクデカールの効果なのか作り込みが反映されたのか、ペルフェクティビリティが纏うオーラにかき消されるように霧散してしまう。
「次元覇王流! 桜花紅蓮脚!」
『……!』
無造作に振り上げられたアームドアーマーVNが装着されたペルフェクティビリティの右手を、ハイキックの要領で弾き飛ばす。
この黒いペルフェクティビリティ、確かに強いかもしれないけど、やれないレベルの相手じゃない。
確かにかなりの作り込みにブレイクデカールが上乗せされているのは脅威だけど、FOEさんと拳を交えた時に感じた、致命的な断絶のようなものは、この黒いペルフェクティビリティからは感じられなかった。
「お前……本気で戦ってないのか?」
『……』
「だったら俺が本気にさせてやる! 次元覇王流! 疾風突き!」
ガラ空きになった胴体に、俺は右の拳にパルマ・フィオキーナのビームを纏わせて、最速のボディブローを叩き込む。
ブレイクデカールでどれだけ強化されてるのかは知らないけど、コックピットを狙えばいいっていうのはこの前のヴァルガで学んだことだ。それに。
例え一ダメージしか入ってなくても、百万発ぶん殴ればいつかは倒せる。
射撃は無駄だと判断したのか、チナツもまた対艦刀を引き抜いて、夜空に残像を放出しながら黒いペルフェクティビリティへと切り掛かっていく。
「はああああっ!」
『……!』
「っ、そんな……!」
そんな希望を打ち砕くように、そうじゃなければ少しの苛立ちを見せたように、黒いペルフェクティビリティが横薙ぎに振るった多節棍は、チナツが振りかざしたアロンダイトをへし折っていた。
「チナツ! この野郎、やってくれるじゃねーか……次元覇王流! 流星螺旋拳!」
『……』
「ぐ……っ、うわあああっ!」
「ユウヤ君!」
流星螺旋拳と多節棍がぶつかり合い、火花を散らしたかと思えば、強引に鍔迫り合いを振り解いたペルフェクティビリティの膂力で、ストライク焔は地面に叩きつけられる。
強い。あの武器、ただチートで強化されてるってだけじゃなさそうだ。
右肘のフレームが悲鳴を上げて、イエローコーションが絶え間なくコックピットでは明滅している。
だけど、立てるってことはまだやれるってことに他ならない。そうだろ、ストライク焔。
こういう窮地に陥った時こそ、あえて全力で笑い飛ばしてやる。それが父さんの、師匠の教えだったはずだ。
「あの棍……ガンダリウム合金で……メタルパーツでできてる……?」
「メタルパーツ?」
マフユは一旦着地を挟むと、自分なりに分析したのであろう仮説を口にした。
ガンダリウム合金ってのは確かガンダムタイプの装甲材に使われてるものだったはずだけど、メタルパーツってなんだ。
そのまま直訳するなら金属のパーツってことになるんだろうけど、そんなもん、GBNに持ち込めるのか?
「うん……金属でできたパーツ。あれだけの威力があるってことは、あの棍は……」
「マフユの思った通り、ガンダリウム合金でできた棍、ってことか……!」
その設定を再現するために、恐らくメタルパーツを使用して、ブレイクデカールの力で無限に伸ばせたり、曲げたりできるようにしたのだろう。
金属がスキャンできるのかは疑問だったけど、多分マフユの口ぶりからするに、それ自体はブレイクデカールを使わなくてもできることで、割とカスタマイズの手法としては一般的ってとこか。
ただ、金属パーツとなればその重さも凄まじいはずだ。
『……』
「危ねえ……なあっ!」
にも関わらず、まるで木の棒でも振り回しているかのように、黒いペルフェクティビリティはあの棍を軽々と扱っている。
それもまたブレイクデカールによるアシストなのか?
疑問は尽きないけど、検証してるような暇を与えてくれる相手じゃない。
カウンターで放った蹴りが直撃しても怯むことなく、黒いペルフェクティビリティは禍々しい赤と紫のオーラを纏ったまま、お返しだとばかりにアームドアーマーVNを振りかざした。
「お前……っ!」
『……』
「さっきから……だんまりじゃ、何も伝わってこねえんだよ!」
こいつの戦い方は完全に喧嘩殺法だ。
いってみれば力任せの、荒削りなものでしかない。
だけど、メタルパーツとブレイクデカール、そしてガンプラの完成度が粗野な戦い方を一流の領域まで押し上げている。
さっきから一言も喋らずに、淡々とガンダリウム合金の棍を振り回している黒いペルフェクティビリティには何を問いかけても無駄なのだろう。
だけど、まともに戦えばもっともっと、ちゃんと強くなれる素質を持っているのに、それを腐らせてブレイクデカールなんてものに手を出しているのはもったいない。
だから俺は、拳でそれを問いかける。
「聞かせてみろよ、お前の拳で、お前の思いを! 次元覇王流! 聖拳突き!」
『……よく喋る』
「ッ!?」
聖拳突きをガンダリウム合金の棍で受け止めた時に返ってきた言葉は、底冷えがするほどに、ぞっとするほどに淡々として冷たいものだった。
この世の全てを拒絶するような、この世の全てを否定するような、そんな憎しみが、多節棍を通して伝わってくる。
あの黒いペルフェクティビリティのダイバーは、多分声から推察するに、俺たちとそう歳が変わらない女の子だ。
そんな年頃の子が、これだけ大きな憎しみを抱えているなんて。
「なんでだ……なんでそんな憎しみを抱えてる! GBNが……俺たちのことがそんなに許せないのか!? だから、ブレイクデカールに手を出したのか!?」
『……喋りすぎた。お前は潰す……!』
「ユウヤ君……っ!」
「マフユ!」
クロスレンジに潜り込んできた黒いペルフェクティビリティは、ガンダリウム合金の棍じゃなく、アームドアーマーVNを振りかぶって、今度こそ俺を、ストライク焔を引き裂こうとしていた。
回避が間に合わない。そう思った刹那、トランザムを発動していたマフユのG-エクリプティカが、俺を庇って前に立つ。
『……!?』
「マフユっ!」
「ごめんね、ユウヤ君……私、こんなことでしか……役に立てなくて……」
ブレイクデカールで強化された一撃を防ぐだけの装甲を、G-エクリプティカは持っていない。
それでもマフユは俺を庇って、アームドアーマーVNに引き裂かれるという選択肢を選んだのだ。
G-エクリプティカがバラバラになっていくのを、マフユがそう言って涙を零すのを、俺はただ見ていることしか、できないのか。
「違う! マフユがくれた一瞬だ! 全力で行くぞ、ストライク焔!」
武装のスロットを「FINISH MOVE 01」に合わせて、俺は今が好機だとばかりにバーニングバーストシステムを発動させる。
メタリックオレンジのパーツから、アズサさんの戦国ファントム無頼が纏っていた、ファントムライトのような炎が放出されて、ストライク焔の双眸が力強く煌めく。
「よくもマフユを……! アタシだって負けてらんない! 行くわよシックザール! エクストリームブラストモード!」
そして、チナツのアストレイシックザールもまた必殺技を発動したのか、まるで月光蝶のようなサイズにまで拡大された光の翼が無数の残像を生み出しながら、黒いペルフェクティビリティへと肉薄する。
『次元覇王流! 聖拳突きぃッ!』
ほとんどの武装が通用しないとわかっている以上、使える手札は格闘戦だとばかりに、チナツもまた、パルマ・フィオキーナの光を纏った次元覇王流拳法を解禁したようだ。
俺もまたバーニングバーストの炎とパルマ・フィオキーナの光に包まれた拳を、クロスレンジ、しかも後隙を晒しているという絶好条件の黒いペルフェクティビリティへと叩き込む。
正面と背後から、必殺技を使っての挟撃を受ければ、さしものこいつもただでは済まないだろうと、そう思っていた。
──それでも。
『……苛々する……弱いやつほどよく吠える……キャンキャンと、頭に響く……!』
「うわあああっ!」
「きゃああああっ!」
ブレイクデカールで強化されたサイコ・フィールドが、俺たちの拳を弾き飛ばして、黒いペルフェクティビリティが出力を上げたことでバグが発生したのか、夜空に紫色のクラックが走る。
『弱いならあの女のように潰れろ……! 弱いなら這いつくばれ……! 這いつくばって許しを乞うことすらできないなら、ここで潰れて消えていけ、「トライダイバーズ」……!』
「なんでお前、俺たちの名前を……っ!」
『黙れ……!』
チナツとマフユの協力でブラッシュアップしていなかったら即死だったのだろう。無造作に振り下ろされたガンダリウム合金の棍が、ストライク焔の左半身を砕く。
なんでこいつが、ここまで俺たちを憎んでいるのかはわからない。
だけど、強烈な憎悪が、そしてどこか切実な何かが、子供が暴れ回るかのように振り回される棍からは伝わってくる。
「クソッ……衝撃が殺しきれない……っ!」
「ユウヤ!」
『邪魔だ!』
「きゃあっ……!」
援護しようと、パルマ・フィオキーナに光を灯して再度突撃を試みたチナツのアストレイシックザールが、振り回された棍に砕かれて、上半身と下半身が泣き別れする。
それでも撃墜判定が下りていないということは、ギリギリコックピットを外してしまったのだろう。
このマスダイバーは、怒りに呑まれて自分を見失っている。そこを突けば、あるいは勝てる可能性はあるのかもしれない。
だけど、ブラッシュアップしたストライク焔の力も、バーニングバーストも通用しなかったような相手に、どうやって。
諦めることだけはしたくない。
それでも、相手を倒すための解答がないというこの状況で、俺がなすべきことはなんなのか。
「何も、ないのかよ……っ!」
答えが出ない。レッドアラートが鳴り響くコックピットで諦めに呑まれかけ、きつく目を閉じた、刹那。
『いいや、君は果たすべきを果たしている! EX……カリバーッ!』
『……!』
凄まじい衝撃が夜空を裂いて伝わってくると同時に、光の奔流が黒いペルフェクティビリティを飲み込んでいく。
ブレイクデカールで強化したサイコ・フィールドで、敵は突如として降ってきた一撃を防いでこそいたものの、光が晴れたその時には、デストロイモードへの変身は解除され、機体の脚部や右腕も破壊され、まさしく満身創痍といった様子だった。
「チャンピオン……キョウヤさん!」
『遅れてすまない。マフユ君からの救難信号を受信してね……まさか君たちまで「シャドウロール」に襲われていたとは』
「シャドウロール……?」
『あの黒いペルフェクティビリティさ。闇夜に溶けてメガ粒子杯の参加者を襲っていたからそう呼ばれていた……さて、ようやくお目にかかれたな、シャドウロール』
『……!』
チャンプが、キョウヤさんが来てくれたのは、マフユが撃墜される寸前に救難信号を飛ばしてくれていたかららしい。
だけど、正直助かった。
俺たちだけじゃどうしようもなかった相手を一撃でほぼ全壊状態にまで追い込んだキョウヤさんは、冷たい声音でハイパードッズライフルマグナムの銃口を敵に、「シャドウロール」に突きつける。
どうやらあのシャドウロールは、再生能力までは持っていなかったようだ。
バチバチと各部が火花を散らして、尚も立ち上がった黒いペルフェクティビリティは、多節棍を捨てて、残っていた左手を振り上げると。
『なんだ……っ!?』
「目眩しか!?」
腰部の、本来ならビームマグナムのカートリッジが装備されているラッチに取り付けられていたらしい閃光弾を投擲すると、そのままログアウトを選んだのか、闇夜に溶けて、消えていった。
『取り逃がしてしまったか……大丈夫かい、ユウヤ君、チナツ君』
「はい、俺はなんとか……」
「アタシも……でも、マフユが……」
GBNでの撃墜は死を意味しているわけでもなければ、現実のガンプラが壊れるわけでもない。
だけど、あの「シャドウロール」の戦い方はまるで、暴力で心を折りにかかっているようなものだった。
繊細なマフユがその暴牙にかかってしまった今、大丈夫なのか気がかりなのはマフユの方だ。
『そうか……あの「シャドウロール」に襲われて心を折られたダイバーは多いと聞く。君たちが大丈夫ならば何よりだが……マフユ君のことは』
「はい、俺たちでケアします。キョウヤさん」
『賢明な判断だ。それがいい。また「シャドウロール」が現れたら、僕に救難信号を送ってくれ。「AVALON」は今度こそ、奴を取り逃さないつもりだ』
そう言い残すと、キョウヤさんのAGEⅡマグナムはフェニックスモードに変形して、夜空の彼方へと消えていった。
シャドウロール。
俺とチナツは通信ウィンドウ越しに顔を合わせて、同じように苦い表情を浮かべる。
「……強かったわね、あのマスダイバー」
「ああ……だけど、それ以上に……」
悲しい、やつだった。
何かへの、きっとGBNやそこで楽しんでいるダイバーたちへの憎しみだけを燃やして戦っていたような黒いペルフェクティビリティの姿を脳裏に浮かべながら、俺たちは一足先に帰還していたマフユを迎えにいくため、セントラル・ロビーへと解けていった。
果たして彼女の目的とは