「くぁ……あ……」
案の定というかなんというか、母さんに釘を刺されていたのにもかかわらず、俺はその後も見事にGBNにのめり込んでいた。
あの世界は広い。ガンプラバトルの奥深さもそうだけど、ディメンションと呼ばれている各エリアを探索するだけでも軽く半日以上は時間を潰せるし、腹は膨れないけどゲーム内での飲食だってできる。
なんだったか、もう一つのタイトルは忘れたけどそれと並んで神ゲーと世間で呼ばれるだけのことはある。
あいつや師匠が夢中になる訳だ。
寝ぼけ眼を擦りながら歩いていると、同じ中学校の制服に身を包んだ女子が、俺の家と比べても遜色ないぐらいデカい西洋住宅の門を潜って飛び出してきた。
赤みがかかった茶髪をやたらとデカいツインテールにまとめたその女子こそ、俺の幼なじみにして親戚のコウサカ・チナツだ。
チナツの母親──父さんのお姉さんに当たる人に柔らかい笑顔を見せていたかと思いきや、俺の姿を見るなりこいつは途端に不機嫌な表情を浮かべてにじり寄ってくる。
「聞いたわよ、ユウヤ」
「くぁ……あ……んだよ、チナツ」
「アンタ、アタシが散々誘ってもやらなかった癖にGBN始めたんだって?」
「誰から聞いたんだよそんなこと」
「フミナさんよ」
「……母さん……まあいや、隠すことでもないからいいけど」
「良くない! なんでアタシが散々誘ってやったのにやらないくせして、今思い立ったみたいに始めてんのよ!」
そんなこと言われてもなあ。
チナツは怒髪天を衝く勢いで捲し立ててくるけど、俺にだってタイミングとかきっかけとかそういうのはあるんだし、これについては完全に仕方ないことだと思う。
確かにチナツに誘われた時点でやっとけばよかったと思うところがないでもないけどさ。
「まあなんつーか……天の時、ってやつだ」
「人の和の方を重視してほしかったわね」
「悪かったって」
なんでかは知らんけど、こいつはとにかく喜怒哀楽がわかりやすい。父さんのお姉さんことミライさんは落ち着いていて、おっとりとした人なのに、なんでこんな激情家が生まれてきたのか。
チナツの父親に当たるユウマさんも落ち着いた人だし、本当に謎だ。世界七不思議に加えてもいいんじゃないだろうか。
「アンタまた失礼なこと考えてるでしょ」
「そんなことねーって」
「ふん……ま、GBNに関してはアタシが先輩なんだから、これからは手取り足取り教えてあげないでもないけど」
デカいツインテールを掻き上げて、チナツは得意げにそんなことを言ってのけたわけだが、正直その辺はもうマギーさんに教わってるんだよな。
かといって正直に言ったところでこいつは臍を曲げるだろうという確信がある。
「おう、そん時が来たらよろしく頼むわ」
「ふん、アタシの教えについて来れるかどうか楽しみにしてるわ。その……今日にでも教えてやっても、いいのよ?」
「うーん……まだチュートリアルとかFランクのミッションとか埋めてねーし、そっち優先かな……」
「あっそう……その辺は教えるものも何もないわね、簡単すぎて」
歯に絹を着せないっていうのは多分こういうことをいうんだろう。良くも悪くもチナツは感情がわかりやすい。
といっても、初心者向けミッションについて教えることがあるかと訊かれればない、と答えるのが妥当なのは世の常だ。
基本は基本でしかない。だからこそ最も重要なんだけども、素振りとか型と違って、ゲームの基礎の部分に関しては触れている内に自然と覚えるケースの方が多い……と、俺は思う。
特にGBNは人によってプレイスタイルが違うんだから、いうなればチュートリアル期間は「自分の型」を見つける時間のようなものだ。
まさかチナツが俺と同じ徒手空拳でやってるわけでもないだろうしな。
そんな具合に欠伸を噛み殺しながら、俺はチナツのよくわからんGBN武勇伝を聞き流しながら、いつもより歩くのが憂鬱に感じられる通学路を辿るのだった。
◇◆◇
放課後は一目散に帰宅して、師匠との稽古を終えて風呂に入って、夜飯を食べれば、待望のGBNの時間が待っている。
睡眠時間を削るのは良くないことだとわかっていても、次元覇王流の稽古とGBNを両立させようとすると、どうしてもプレイできる時間が夜になってしまう。
「こういうのを廃人っていうんだったか……」
そのうち本当に朝まで寝ずにGBNをやってそうなのが怖いところだが、そこまでいったら流石に母さんにダイバーギアを没収されるのが関の山だ。
だからまあ、その辺も含めて色々気を付けて行かねーとな、とは思う訳だ。
事前に諸々の準備を済ませ、ガンプラをダイバーギアに立たせてスキャン。ゴーグルを被れば俺は再び現実の「カミキ・ユウヤ」から電子の「ユウヤ」へと解けていく。
「さて、と……」
降り立ったセントラル・ロビーはもう夜なのにも関わらず多くのダイバーで賑わっていて、相変わらずこのゲームがとんでもない人数のアクティブを抱え込んでいるのだと認識させられる。
なんだろうな、昔買ったバグだらけの格ゲー……特大のクソゲーで、アクティブが百人前後だったそれとは色んな意味で大違いだ。
まずは基本から、ってことでチュートリアルミッションやらFランクのミッションを手当たり次第に埋めている訳だけど、なんというかこれについては初心者向けのミッションということもあって、NPDの行動パターンもわかってきたところがある。
つまるところマンネリというやつだ。
もちろん、ガンプラバトルそのものは楽しい。
ただ、初心者向けのNPDを延々と倒しているだけでは飽きが来てしまうのもまた、確かなことだった。
「でもな、これ言ってみれば素振りみたいなもんだしなあ」
基礎というのはとにかく地味で、地味だからこそ飽きやすい。小さい頃にひたすら正拳突きの練習をしていたときに、そんな不満をぶちまけていた記憶が蘇る。
その時師匠は、父さんはなんて言ってたんだったか。
そうだ。「その退屈が未来のお前を強くする」とか、そんな感じだったはずだ。
だったら今やってるのも同じことだ。
俺はぴしゃりと自分の両頬を叩いて気合を入れ直すと、ミッションカウンターに向かって、残りのクリアしていないミッション一覧を表示してもらう。
「現在あなたがクリアしていないミッションはこちらになります」
「採集系かー……」
好きなものは先に食べるか後に食べるかは意見が分かれるところだが、俺はどっちかというと前者だった。
何が言いたいかというと、楽しそうなミッションは粗方終わらせてしまっていて、残ったのは採集系、いわゆるお使いクエストというやつがほとんどだった。
こういう時、昔のゲームだったら採集系と見せかけてその時点の装備ではとても敵いそうにない強敵と出会わせてくるとか、そういう演出を仕込んでいるんだろうけど、現代のオンラインゲームでそんなことをやったら阿鼻叫喚の嵐になるだろう。
要するに戦いは期待できない、ということだ。
その事実に若干テンションが下がったものの、一応機体の操作練習だと思えばそんなに悪いものじゃないはずだ。
「じゃあこの……ヤナギランの花を採取するミッションで」
「承知いたしました。ミッションの受注を正式に受領いたしました」
たまにはのんびり景色でも楽しむのも悪くはない……のかどうかはわからないものの、とりあえずはヤナギラン一本の納品というミッションを受注して、俺は格納庫へと足を運んだ。
◇◆◇
GBNには思考補助システムと呼ばれるものが積まれているらしい。
らしい、というのはチナツから聞いた話だから実際どうなのか裏が取れてないってだけのことなんだけど、多分それについては初心者の俺でも、今のところ思う通りにストライク焔を動かせている辺り、事実なんだと思う。
何となく「こうしたい」というイメージを汲み取ってシステムが思考を誘導してくれるそれがなければどうなるかというと、恐らくは一人でボーカルとギターとベースとドラムをこなすような操作性になってしまうのかもしれない。
いや、詳しくは知らんが。ただ学校の中での噂でそういう操作性のゲームもあると聞いただけだ。
初心者でも機体を軽快に動かせるのはいいゲームだ。
とりあえずは爽快感がわかりやすい。
十八メートルになった自分のガンプラを眺めるだけじゃなく、自分の手で思う通りに操作できるのはそりゃもう気持ちいいことだ。
もしもGBNが、リアルを追求しすぎてガンダムSEEDに出てきたサイ・アーガイルがやったみたいに初心者が機体を満足に動かせない操作性だったら、あれだけ多くのダイバーを抱え込んでいないだろう。
目的のヤナギランを採取して、ストライク焔にアクロバット飛行をさせながら薄らぼんやりとそんなことを考えていた、その時だった。
「救難信号……?」
コンソールに、近くの地点から送信されてきたのであろう救難信号が点滅する。
救難信号ってことは困っている誰かがいるってことに間違いはない。だったら見捨ててロビーに帰るのも後味が悪いし、第一そんなのは。
「趣味じゃねえんだよな……!」
見知らぬ誰かを助けて得があるわけじゃない。お礼を貰えるとも限らない。
だとしても、そんなことが、見て見ぬフリをしていい理由になるはずがないだろう。
機体を加速させて、俺は救難信号が出ている地点へと急行する。
見返りへの期待なんてそこら辺に捨てておけ。俺はただ、やりたいからやるんだ。
◇◆◇
空から女の子が落ちてくるのを見たことがあるだろうか。
俺はある。というか、今がまさにその状況だった。
『機体を撃破される前に捨てるってか! 中々賢いじゃねえか、でもなあ!』
女の子が落ちてくる前に一瞬見えた白と青に彩られたガンダムは手酷い傷を負っていて、その子は自分のガンプラが破壊される前にバトルアウトを選択したのだろう。
でも、どういうわけか半球状に展開されているフリーバトルのフィールドから彼女の姿が消えることはなく、代わりに何か、紫色の禍々しいオーラを放っている……確か、アルケーガンダムとかそんな感じの名前だった気がする機体は、女の子に銃口を躊躇いなく向けていた。
「危ねえっ!」
『なんだァ!?』
俺は咄嗟にビームピストルをアルケーガンダムに向けて放つと、女の子をゲストモードで保護する形で、ストライク焔のコックピットに乗せる。
マギーさんからあれこれ教えてもらっていた成果だ。まさかこんなに早く使うことになるとは思っていなかったけどな。
『てめェ……救難信号に釣られてやってきたってか? めんどくせえなァ、おお?』
「なんだか知らねーけど、女の子に銃を向けるような外道に言われたくねえな!」
『ンだと?』
「礼には礼を、無礼には無礼で返す! 師匠の教えだ!」
紫色のオーラを立ち上らせているアルケーガンダムはいかにもめんどくさそうにバスターソードを担ぎ直すと、凄まじい速さで何かを腰の部分から展開してきた。
『勇者様気取りか? ガキはとっとと養分になって寝てろってんだよ、ファング!』
「だから危ねえって……言ってんだろうが!」
背後から迫ってきたその何かしらを回避して、俺は紫色のオーラを纏っているアルケーガンダムにビームピストルでの牽制を加える。
だが、アルケーは一歩も動くことなく、ビームピストルでの攻撃を弾き返してみせた。
『アレを避けやがった……? まあどっちにしろ同じだ、てめェの攻撃なんざ、カスダメしか入らねえんだよ!』
「……そ、そうなの……! あの人はマスダイバー、ブレイクデカールを使ってるの……!」
ようやく落ち着いたのか状況を飲み込めたのか、さっきまで目を閉じていた女の子が口を開いて、よくわからない警告をしてくる。
マスダイバー。ブレイクデカール。知らない言葉だ。
ただ、女の子の口調からしてそれがまともなものじゃないことは、何かしらの不正をしてるってことは伝わってきた。
「大丈夫だ」
「でも、マスダイバーには、攻撃が……!」
「さっき言ったろ? カスダメだって。要するにな……一ダメージでも入ってんなら、相手の体力がどんだけあろうが百万回も殴れば倒せるってことだ!」
『あァ!? 何言って──』
「俺は今から! お前を! 百万回ぶん殴る!」
ビームピストルを放り捨ててアルケーの懐に飛び込むと、俺は見様見真似で習得したデンプシーロールで息もつかさずその装甲をひたすらに殴りつけていく。
「ワン、ツー!」
『なんだこのガキ、正気なのか……!?』
「悪りいが正気も正気、マジもマジだ! このまま全力でぶん殴る! 次元覇王流! 疾風突き!」
ジャブをそのまま強化したような、速度による威力を追求した次元覇王流の拳がアルケーガンダムの装甲を穿つが、その手応えは浅い。
なるほど、マスダイバーってやつが何なのかはわからないけど、今の手応えからして致命傷になりそうな一撃でもノーガードで防いでみせたってことは要するにチーターってことだな。
だったら尚更放っておけねえ。
綺麗事かもしれないが、ルールってのは皆が守っているからこそ楽しく遊べるようになってるんだ。
それを平然と破ってヘラヘラしてるような奴を野放しにしていたら、ろくなことになりやしない。
『クソッ、離れやがれ!』
「なるほどな……この距離だとさっきのファングってのは使えねえのか! パルマ……フィオキーナ!」
「……っ、すごい……」
デスティニーガンダムから両腕を移植していたことで装備された、掌からのビームが、疾風突きで穿たれた傷跡をさらに抉る。
相手は腰から飛ばしてきたファングとかいう武器でこっちを仕留めようとしているみたいだったが、威力をチートで強化しているのだろう。
この距離だと巻き添えになるからそれが使えない。
相手は自棄になったかのように爪先からビームサーベルを展開すると、雑な蹴りを放ってくるけど、その程度の攻撃なら見てから対処するのは簡単だった。
「はあっ!」
『嘘だろ、このガキ、あのタイミングでガードして……!』
「殴り合いなら慣れてるんでね……宣言通りに百万回ぶん殴ってやる! 次元覇王流! 流星螺旋拳!」
カスダメしか蓄積していなかったとしても、さっきの疾風突きとパルマ・フィオキーナのコンビネーションで相手には「傷口」ができたはずだ。
そこからは紫色のオーラも放出されていない。あれは多分、表面装甲を強化するためのチートなのだろう。
内部フレームまで考えてモデリングしてくれているこのゲームの開発班のおかげなのかガンプラの製造元のおかげなのかは知らないが、その些細な偶然に感謝しつつ、俺はパルマ・フィオキーナの光を纏ったストライク焔の拳を高速回転させて、その「傷口」へと全力で叩き込んだ。
『バカな……ありえねェ、こんなことがァ……っ!』
「百万回ぶん殴るまでもなかったな!」
きっとチートを使っていたのは運営にもバレていることだろう。だったらあのチーターもお縄につくはずだ。
ダイバーが髭面を歪めて爆散したアルケーガンダムに背を向けて、俺は機体から降りると、保護した女の子をそっと地面に下ろした。
「いやー、災難だったな!」
「う、うん……でも、貴方……強いんですね……マスダイバーを倒しちゃうなんて……」
「マスダイバー……ああ、さっきのチーターか。まあ、一ダメでも入るならさっき言ったみたいに百万回ぶん殴って倒すつもりだったからな」
「そ、そうなんだ……なんていうか、すごい……」
「そうか?」
単純でわかりやすい話だと思うけどな。
おどおどと俺を見つめているその子は、指先を震わせながら恐る恐るといった様子でウィンドウを開く。
「その……助けてくれて、ありがとうございます……その……」
「俺はユウヤ。ええと……」
「あ、私……マフユ、です。マフユっていいます……その、良ければ……フレンドに、なってくれますか……?」
「ああ! これも何かの縁だ、よろしくな、マフユ!」
思いがけずフレンドが増えてしまった。
もじもじと頬を赤らめてマフユと名乗った女の子が送ってきたフレンド申請を受諾して、俺はセントラル・ロビーに帰還しようと試みた。
だが、それを止めるようにマフユの手が伸びる。
「えっと……その、ユウヤ、君……」
「ああ、なんだ、マフユ?」
「……よければ、一緒に帰りませんか……その、私……怖くて……」
「ああ、そういうことか……ごめん、気付かなくて。それと俺のことはタメで呼んでくれて構わないぜ!」
──見たところ、あんたはいい奴だからな。
多分、この見立ては間違ってない。
何が根拠かと言われると反応に困るけど、まあ何となくそういうのはわかる。そういうものだ。
「……ありがとう、ユウヤ君」
「どういたしまして、それじゃあ改めてこれからよろしくな、マフユ!」
「……うんっ……!」
目尻に涙を浮かべて、はにかむマフユと共に、俺はセントラル・ロビーに帰還して、彼女が「またね」と零してログアウトするのを静かに見送る。
気付けばさっきのチーター、マスダイバーを倒したことで俺のダイバーランクがはFからEに上がっていたけど、しばらくそれには気がつかなかった。
ヒロインちゃん登場