「マフユ、本当に大丈夫なのか?」
「うん……大丈夫。ユウヤ君も、気にしてくれて、その……ありがとう、ね……」
「だったらいいんだけど……」
あのマスダイバー、「シャドウロール」の急襲を受けた翌日。メガ粒子杯バトルカイの予選が始まるというのにもかかわらず、俺の胸中は決して穏やかなものじゃなかった。
大丈夫だと言い張っているけど、繊細なマフユのことだ。あれだけ暴力的な攻撃で負けたのを、今も気に病んでいるかもしれない。
「マフユが大丈夫って言うんなら大丈夫でしょ、それよりユウヤ。アンタ、そんな状態で今の戦いに集中できるの?」
どこかナーバスになっている俺へと釘を刺すように、チナツがびしっと人差し指を立ててそう言い放つ。
あのマスダイバーは、「シャドウロール」は、キョウヤさん曰く、まるでメガ粒子杯に参加するダイバーの心を折って回るかのように襲撃を繰り返していたらしい。
俺の方は大丈夫だと、そう答えるつもりだった。でも、マフユが。
そう言いかけた途端に、飛んできたのはチナツからの平手打ちだった。
GBNの中だから痛みはフィードバックされないけど、現実で飛んできたなら一日は腫れが引かないような、強烈な一撃だ。
「アンタ、マフユを言い訳にしてるんじゃないわよ」
「……っ、俺は……」
「マフユはね、アンタが思うほど弱い女の子じゃないわ。だからここにいる。それともアンタは、ここにいる仲間のことすら信じられなくなったの?」
チナツの鋭い視線が真っ直ぐに俺を捉えて、正論が胸の奥に突き刺さる。
確かに言われてみればその通りだ。信じると口に出していながら、心配しているつもりでいるのは、「シャドウロール」に襲われても、自分の足でちゃんとGBNにログインしてきたマフユを信じていないのと同じことなのだから。
やるからには何事にも全力で取り組む。危うく師匠の、父さんの教えを忘れるところだった。
「へへっ……今のは効いたぜ、チナツ。ありがとうな」
「ふん、やっと元に戻って……手間かけさせるんじゃないわよ、バカユウヤ」
「ぐうの音も出ねえな……マフユもごめん。お前が言ってくれた『大丈夫』って言葉……信じ切れてなかった」
チナツに平手打ちされた頬をさすりながら、俺は二人に改めて頭を下げる。
これからメガ粒子杯の予選が始まるっていうのに、その勝負に他の事情を持ち込んで全力で挑めないんじゃ、次元覇王流を継ぐ者としては失格だからな。
なんでも一人でやろうとしない。なんでも一人でできると思わない。信頼できる仲間がいるのなら、背中を預けることも勝利への道、ウイニングロードだと、母さんだって言っていた。
「ううん……平気だよ、ユウヤ君。私、気が弱いから……心配かけちゃって、ごめんね」
「大丈夫だって! だから俺……マフユを信じて、全力でメガ粒子杯を勝ち上がる!」
「うん……ユウヤ君。頑張って、ね……! チナツさんも……!」
「ありがと、マフユ。それじゃあ本戦決勝戦で会いましょ、ユウヤ」
「おう、組み合わせ運が良ければだけどな!」
まずは予選を突破しなければ本戦には出られない以上、目指すべきはそこなんだろうけど、掲げるべきはもっと高いところだ。
タイガーウルフさんが、アズサさんが、キョウスケさんが、ユユさんが──ヴァルガで垣間見た「高み」に上り詰めるために、俺自身の中にある「強さ」の意味を確かめるためにもこのメガ粒子杯、絶対に負けられねえ。
俺と同じく壮大な啖呵を切ったチナツは、早速とばかりに予選へと向かうため、格納庫に解けていく。
「それじゃ、ユウヤ君……」
「ああ、行ってくるぜ、マフユ!」
予選とはいえ、トワさん曰くメガ粒子杯は上級者への登竜門だ。
どんな強者が待っているのか、今からわくわくする気持ちが止められない。
あの「シャドウロール」には苦い思いをさせられたかもしれないけど、今度こそブラッシュアップしたストライク焔の力を見せつけるために、勝ち上がるために、俺もまた格納庫へと解けていく。
「さあ、何だってかかってきやがれ……!」
武者震いが、背筋をぞくりと駆け抜けていくのを感じながら。
◇◆◇
『さて始まりました、メガ粒子杯バトルカイ予選大会! 今回は参加の事前キャンセルが多くなって、ワイとしても寂しい限りですが……それはさておき実況はご存知窓辺のモクシュンギク、ミスターMSがお送りいたしまっせ!』
さながら銅鑼を鳴らすように、ミスターMSと名乗ったサングラスの男が高らかに、メガ粒子杯の開幕を宣言する。
事前キャンセルが多かったのは、多分だけど「シャドウロール」に心を折られたやつらがそれだけ多かったってことだろう。
Cランクって一人前の証と必殺技を手に入れて、これから頑張ろうって時にあんな暴力でねじ伏せられたんじゃ、自信をなくしてしまうのも無理はない。
ただ、逆にいえば今ここにいる、参加を表明したやつらはチナツを含め、「シャドウロール」の襲撃を受けても心が折れなかった強者たちということになる。
カタパルトで発進準備体勢のまま、俺は深呼吸をしながら、試合開始の号令が下るのを待つ。
『さて、早速試合開始と行きたいとこやけど、ちょいとダイバーたちにルールを説明させてもらいまっせ。予選のルールは単純明快、ランダムで選ばれたバトルフィールドで、相手のガンプラと制限時間十五分、一対一で戦っていく勝ち抜き方式になっとります。その中で本戦まで進めるのは八名だけ! 今回はちょっと参加人数が少なくて残念やけど、いずれにしろ選び抜かれたダイバーしか本戦には出られないっちゅーことですわ』
ミスターMSは、実況席のスクリーンに過去に行われたと思しきメガ粒子杯バトルカイの映像を流しながら、戦いのルールを力説する。
タイマンでの勝ち抜き方式ってのは、わかりやすくていい。だけど、厄介なのはステージがランダムってことだ。
幸いストライク焔は地形を選ばずに戦えるように組んだビルドだけど、どうしても水中戦だとか、そういう戦いにくいところでそういう地形を専門にしているガンプラと当たったら、どうなるかはわからない。
だから、一層気を引き締めてかからなきゃいけないってことだ。
俺は操縦桿を強く握り締めて、気合を入れ直す。
『ほんじゃ説明はこの辺にしといて……メガ粒子杯バトルカイ、予選スタートでっせ!』
「っしゃあ! カミキ・ユウヤ、ストライクガンダム焔、出るぜ!」
試合開始のゴングが鳴らされると同時に、オールグリーンに表示が変わったカタパルトから、俺はストライク焔を発進させる。
ランダムで選ばれるバトルフィールドがどこになるかはわからないけど、どこに選ばれても全力を尽くすだけだ。
そして、絶対に勝つ。この予選を勝って本戦に突き進んで、絶対に優勝を掴み取ってやる。
そんな俺の意気込みを語るかのように、ストライク焔のカメラアイが明滅し、俺は予選の舞台となった戦場に投げ出される。
そして、選ばれたのは。
「いきなり水中かよ……!?」
俺が、というより多分ダイバーの多くが苦手としている水中が、第一試合のバトルフィールドだった。
マップを表示して地形を確認しても陸地が見当たらない辺り、陸に上がって戦うという選択肢も取れないガチのそれだ。ビームピストルは減衰して使い物にならないだろう。
そう判断した俺はビームピストルをその場に投棄する。
逆境も逆境、相手がどんな機体で襲いかかってくるかはわからないけど、こういうピンチの時こそにっこり笑うべきなんだ。
強張る口角を持ち上げて、敵の来襲に備えていた、刹那。
『やはり選ばれたのは水中か! 俺は水に愛されている!』
「来たか!」
『このトリロバイトの力! 存分に見ていくがいい!』
トリロバイト。確か「機動戦士ガンダム00」のセカンドシーズンに登場した、水中用のモビルアーマーだったはずだ。
劇中だとプトレマイオスIIを足止めしたほどの武装を──ケミカルジェリーボムを持ってたはずだ。それに当たってやるわけにはいかない。
俺は放たれた弾を回避しつつ、エールストライカーのスラスターを全開にして水中を突き進んでいく。
「クソッ、地上より動きが鈍い……!」
『はははっ、そうだろう! 不人気と呼ばれ続けた水中戦……その汚名を返上して運営にもっと水中戦ミッションを追加してもらうためにも、俺は負けられない!』
「いいねぇ……愛が伝わってくる動機だ! だけど俺も、負けるわけにはいかない!」
小型魚雷を何発か貰いはしたけど、その後隙を狙ったトリロバイトのクローアームをすんでのところで回避、俺は水中では拳を振るう速度が鈍ることを鑑みた上で、繰り出す技を選択する。
「次元覇王流! 弾丸破岩拳!」
『バカな、トリロバイトのクローアームがへし折れた!?』
全力を込めて打ち下ろす拳は、水中で多少動きと威力が鈍ったとしてもなんとかそれを最小限に留めてくれたようだった。
あるいはチナツとマフユがストライク焔のブラッシュアップを手伝ってくれたおかげか。
仲間がいてくれたことに感謝しながら俺は、追撃の手を緩めることなく次の技を繰り出しにかかる。
「次元覇王流! 旋風竜巻蹴り!」
『ぬおおおっ!? 水流を作り出したのか!?』
機体を高速回転させてから蹴りを繰り出すこの技は、対多数にも使えるけど、こういう使い方もあるんだぜ。
突如として発生した水流に囚われたトリロバイトは、吸い込まれるように俺のキリングレンジに、クロスレンジに近付いてくる。
『まだだ……まだ負けん! 水中戦を頑なに追加しない運営に反省を促すためにも、水に愛されていることを証明するためにも、俺は負けない! トランザム!』
原作では使えなかったトランザムを起動して、トリロバイトは発生した水流から強引に離脱しつつ、大小のGN魚雷を撃ち放った。
トランザムという切り札を出し惜しみすることなくここで使ってくる度胸、そして水中戦への愛。それがあいつの中にある「強さ」の、それを求めることの意味なのだろう。
旋風竜巻蹴りの水流で放たれた魚雷を逸らしながら、俺はその「強さ」に敬意を表する。
「あんた、名前はなんていう?」
『今訊かなきゃいけないことか、それは!?』
「ああ、そうさ! あんたは強い、強敵と見た! だからこそ、勝っても負けてもその名前を俺の心に刻みたい!」
『……いいだろう、答えてやる! 俺はサブマリン! 水中戦をこよなく愛する男だぁっ!』
「サブマリン! その名前、しかと記憶に刻んだぜ! 俺はユウヤ、次元覇王流の後継者だ!」
サブマリンと名乗った男は、残っていたクローアームを囮にしつつストライク焔に肉薄し、すれ違いざまに展開したチェーンマインワームをエールストライカーに巻きつけていた。
「うわあああっ!」
『どうだ、トリロバイトの切り札の味は! エールストライカーを失ったストライクなど、水中戦ではなぁ!』
爆発。エールストライカーを失ったことで姿勢制御が不安定になったストライク焔を狙って、クローアームの先端からリニアスピアが伸縮する。
「噴ッ!」
『嘘だろ、白刃取りで叩き折った!?』
「エールストライカーをやられたのは痛手かもしれねーけどな……ストライクは原作でもパックなしで水中戦やってんだよ!」
とはいえ、あと少し反応が遅れていたら危なかった。
それにまだ、相手のトランザムの効果時間は残っている。このままだと機動力で翻弄されて、負け筋を残しかねない。
これがまだ予選に過ぎないのなら手札を温存しておくべきだとチナツなら言うだろう。
でも、例えこれが予選だとしても俺は、目の前の戦いに全力で挑むと決めたんだ。なら、出し惜しみをするのは筋が通らないよなあ!
「行くぜストライク焔! バーニングバーストだ!」
『なんだ、機体が、燃えて……っ!? いや、違う! エールストライカーなしで、このトリロバイトに、トランザムに追いついてくるのか!?』
「おおおおっ! 次元覇王流! 聖拳突きぃっ!」
『く、クソおおおおっ! 次こそは、なんとしても水中戦を追加しない運営に反省を──』
トリロバイトの正面装甲を、バーニングバーストシステムで強化された拳が打ち砕く。
サブマリンが上げた断末魔の叫びは切実なものだったけど、俺にだって負けられない理由はある。
「さよならだ……あんたは強かったぜ、サブマリン」
それはまだわからない。俺の中で言葉にすらなっていないのかもしれない。
だから、それを知るためにも、強さの意味を知るためにも、俺だってこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
【Battle Ended!】
【Winner:ユウヤ】
システム音声が無機質に俺の勝利を告げたことで、ひとまず予選第一回戦は無事に勝ち抜けたことが確定する。
一足先にセントラル・ロビーへと転送されていく中で俺は、改めて切実な、サブマリンの願いを踏み越えて進んだのだということを忘れないように、拳を握り締めた。
◇◆◇
『決まりましたァー! メガ粒子杯バトルカイ、予選第一回戦を一着で駆け抜けたのは、新進気鋭のフォース「トライダイバーズ」の拳法使い、ユウヤ選手です! いや、なんかこの「トライダイバーズ」って名前と次元覇王流って聞いてると背中がむずむずしてくるのは気のせいやとして、今も予選会場では激アツなバトルが繰り広げられてまっせ!』
ミスターMSがシャウトした通り、モニターで観測するメガ粒子杯の予選はどれも激戦といって差し支えない試合ばかりだった。
『いくぞ、リバースブリザード……!』
『へへっ、このラピッドジュアングについてこられるかな!?』
『ユウヤのやつに負けてらんない……! ここで一気に片付けるわ!』
映し出された試合の中には、チナツのアストレイシックザールが、多分フルスクラッチと思しきザク50をアロンダイトで両断する姿が見える。
あいつも予選を順調に勝ち抜いたようで何よりだ。それにしたって相手のザク50ってチョイスもかなり攻めてるというか渋いというか、こだわりを感じるものだったけど。
そして、分割されたウィンドウの映像の中に混ざって一瞬映ったその機体を、俺は見逃さなかった。
「あれは……ビルドバーニング、いや、トライバーニングか……!」
リバースブリザードガンダムと呼ばれていたその機体、どうやら俺と同じで格闘を主体に戦っているらしい。
一瞬映ったジュアングとかいうのもそうだけど、今じゃ父さんたちが活躍していた時代のレプリカキットが発売されてるのも珍しくない。
でも、それにしたってトライバーニングのカスタムモデルを使う相手までこのメガ粒子杯に出場してるなら、尚更負けられなくなってきた。
本戦では是非とも、あいつとも戦って見たい限りだ。
「燃えてきたぜ……これがガンプラバトル、これがメガ粒子杯……落ち込んでる暇なんてないぐらい、俺の想像を超えたもんが山ほど待ってやがる……!」
父さんの、師匠の言葉を思い出して拳を固める。
ガンプラバトルは、想像を超えた戦いだと。改めて思い知ったことを、噛み締めるように。
戦いの幕開け