「母さんから聞いたぜ、ユウヤ。ガンプラバトルの大会に出るんだって?」
朝の稽古が終わった後に、師匠……父さんは母さん経由で仕入れてきたらしく、そんなことを問いかけてきた。
別に隠してるつもりじゃなかったからいいんだけど、そういえばガンプラバトルに関して父さんに相談したり、話したりしたことはなかったな、なんてことを疲れた頭の片隅でぼんやりと考える。
メガ粒子杯、バトルカイ。第一回戦で早速当たる相手は、トライバーニングのカスタムモデルを使ってる拳法家だ。
そういう意味じゃ、因縁がなくもない父さんに何か助言を求めてもいい……のかもしれないけど、口じゃなくて拳で語るタイプだからな、俺の父さんであり、師匠は。
「ああ、メガ粒子杯ってんだけど……それがどうかしたのか、父さん?」
「いや、それ自体はユウヤの自由にすればいいさ。ただ一つ、教えてなかったことを思い出したのと、大会に出るくらい強くなったなら、これを教えてもいいかと思ったからな」
その口ぶりからするに、何か教えることがあるんだろうか。
とはいえ、次元覇王流に奥義や秘伝は存在しない。あるのはただ、己の全ての技を必殺の、奥義の域に高めるための極意だけだ。
そうなると、ガンプラバトル関連のことになるのか? でも父さんも次元覇王流を使って、昔の大会を勝ち抜いてきたらしいし、他に教えることなんて、技の冴えとかそういう基本的なことぐらいじゃ──
「ユウヤ」
薄らぼんやりとそんなことを考えている間に、父さんは、いや、師匠は、かつてないほどの気迫をその声に込めて、俺の眼前に拳を突き出してくる。
あの時のタイガーウルフさんと同じだ。そこに殺気はなくても、何かを伝えるために、何かを図るために突き出された拳。
俺は咄嗟に構えをとって、師匠の拳にいつでも応えられるように体勢を整えた。
「ユウヤ、今お前が反撃の構えを取ったのはなんでだと思う?」
「なんでって……そりゃ、師匠の拳が、俺に何かを伝えたがってたから」
「じゃあ、知らない街のチンピラが同じことをしてきたら、お前はどうする?」
「向こうから喧嘩を売ってきたってんなら、反撃するさ」
つまるところ、何が言いたいのか。
師匠の拳とチンピラの拳じゃ、腕前でもそこに込められた思いでも比べものにもならないし、向こうから攻撃してきたってんなら正当防衛として反撃の構えを取るのは間違っちゃいないはずだ。
──あれ?
俺はそこに僅かな違和感を覚える。
師匠の拳に拳で応えようとしたのはそこに思いがあるからで、チンピラの攻撃を仮定して反撃の構えを取るのは正当防衛のためで。
理由はともかく、どっちにしたって俺は反撃の構えを取っている。それは当然のことであるはずなのに、喉に引っかかった小骨のように、心に違和感を残していく。
「攻撃に対して反撃の構えを取るのは当然のことだ。だけどそれは……お前の意思でやってることだろ、ユウヤ?」
「はい、師匠」
「じゃあ、もしもお前じゃなくて、操縦桿を手離した状態でストライク焔が攻撃を受けたらどうなる?」
師匠は相変わらず抽象的な質問を俺にぶつけてくる。
操縦桿を手離した状態で攻撃を受けたら、GBNがゲームで、オートパイロット機能も搭載されてないってんならストライク焔は何も手が出せないだろう。
やられるか、後ろに倒れるか。それだけだ。
「やられるだけです」
「そうだ。ストライク焔は……ガンプラは、それ単体だと何もすることができない。ファイターがいて、初めてその力を発揮できる」
父さんの時代でも、お前の時代でも、それだけは変わらないはずだ。
師匠は真剣な光を眼差しに宿したまま、俺の肩にがっしりとその両手を置いた。
師匠が何かを、とても重要な何かを伝えようとしてくれていることはわかる。だけど、そのヒントがないから、わからない。
困惑する俺に、今度はふっ、と柔らかく笑みを浮かべて、師匠はもう一度次元覇王流の構えを取る。
「お前なら、目を瞑っていても殺気や闘志……拳に込められた思いを読み取って、対応できるな?」
「ああ、例えできなくたって、やってみせます」
「いい返事だ……目を閉じろ、ユウヤ!」
「はい、師匠!」
「次元覇王流、聖拳突き!」
俺は言われた通りに目を閉じて、その拳に込められた思いと気配、そして師匠の闘気を読み取って、その一撃をガードする。
痛え。手加減してくれたとはいえ、師匠の聖拳突きは相変わらず骨が痺れるような威力だ。
「今と同じことを、ストライク焔に乗っててもできるか、ユウヤ?」
「それは……はっ!」
「そうだ、ユウヤ。これからの戦い……どうしても窮地に陥った時こそ思い出せ。お前はお前だから、目を瞑ってても反撃ができる……だからお前が、ストライク焔の目に、手に、足に……ストライク焔そのものになるんだ」
ガンプラと自分を同化させるまでに磨き上げられた、極限の集中。それこそ、目を瞑った状態で操縦桿を握っていても、俺自身がストライク焔となることで、いつだって反撃ができるようになる。
まだ俺にそんな芸当はできない。でも、師匠が教えようとしているのは、そういうことなのだろう。
また一つ、「強さ」に繋がる師匠の教えが骨を、神経を伝って頭のてっぺんから爪先まで広がっていく。
「アシムレイト……俺の時代はそう呼ばれていた」
「師匠……」
「頑張れよ、ユウヤ。これで俺が教えられることは全部教えた……あとはお前自身が、お前自身の手で、強くなっていくんだ」
険しくも優しい「師匠」の顔つきから、慈しみ深い「父親」の顔に戻って、父さんは俺の頭をくしゃくしゃと撫で回した。くすぐってえ。
だけど、こうされていると子供の頃を思い出すようで、悪くない気もする。
なんて、感傷に浸っている時間もないか。
メガ粒子杯、本戦の開幕は近づいている。
アシムレイト。師匠が最後に伝えてくれた極意が、俺に使えるのかどうかはわからない。
だけど、その思いを胸に抱いて、可能な限り思い描く理想に己を近づけようとすれば、いつかはその境地に至れるはずだ。
父さんより先にシャワーを浴びさせてもらっている間にも、俺はただその最終極意、アシムレイトと、対戦相手である「コドウ」のことについてだけ、考えを巡らせていた。
◇◆◇
『さあ、始まりましたメガ粒子杯バトルカイ、本戦Aブロック第一回戦! ここを勝ち抜いた猛者こそが、勝利の栄光を手にすることができる、天下分け目の大決戦っちゅーわけですわ! 対峙するのは、今をときめく期待のホープ! 次元覇王流の申し子「ユウヤ」選手! そして、鍛えた空手が冴え渡る! そのガンプラは氷のように、その闘志は炎のように! 流しのガンプラファイター、「コドウ」選手でっせ!』
メガ粒子杯本戦のため、特別に用意された会場に、観客たちの歓声が響き渡る。
例年なら本戦一回戦は予選と同じようにバトルフィールドはランダムで戦ってたらしいけど、今年は参加者が少ない都合で盛り上げるために本戦一回戦から専用会場で戦うようになっている……らしい。
チナツが言ってたのを聞いただけだ。それはともかく。
用意された闘技場の上に、ストライク焔と相手のリバースブリザードが、ブロックノイズが組み合わさっていくように姿を表す。
試合前に何か言葉を交わすのなら、きっと今この瞬間しかない。
「よう、待ってたぜ。コドウさん……!」
「お前は……確か、次元覇王流の」
「ああ、ユウヤだ! 次元覇王流を継ぐ男だ!」
「……コドウでいい。しかし、次元覇王流とはな……」
何か含みのあるような言葉を残すと、コドウは踵を返してリバースブリザードガンダムに乗り込んでいく。
俺もストライク焔のコックピットに自らを転送することで、これから始まる戦いに備える。
『一回戦といえども実質的には準々決勝! 二人の拳法家が、どんな熱い戦いをワイらに見せてくれるのか! 目が離せないメガ粒子杯バトルカイ、本戦が今、スタートでっせ!』
【Gunpla Battle SET READY……】
【Battle Start!】
ミスターMSがゴングを鳴らすように叫ぶと同時に、システムダイアログが起動して、ガンプラバトルの開始を告げる。
「はあっ!」
俺は開始と同時に間合いを図るため、ビームピストルをリバースブリザードに向けて撃ち放つ。
オーディエンスは格闘戦を期待しているんだろうけど、まずは相手の間合いを見極めない限り、格闘戦に踏み込むのはリスクが大きい。
だからこそ、堅実な一手を選んだ、そのつもりだったが。
『その程度か、後継者! てやあああっ!』
「蹴りでビームを弾き飛ばしやがったのか!」
『そうだ……そして、この構えに見覚えがあるはずだろう! ユウヤ!』
「ボクシング……?」
コドウは蹴りでビームを弾き飛ばしたと思いきや、予選で使っていた空手の構えじゃなく、ボクシングの構えを取って、俺を手招くように拳を固める。
ビームピストルを投棄しつつ、ボクシング使いとの因縁が何かあったか、記憶の中を浚ってみたけど、ぱっと思い浮かんでくるものはない。
そうなると、俺とのものじゃない……つまり父さんの、師匠の因縁か?
だったら、一つだけ心当たりがある。
小さい頃、子守唄のように見ていた「チーム・トライファイターズ」の戦いの記録。その中には確か、ボクシングを使うデスティニーガンダム乗りと、師匠のビルドバーニングガンダムが戦っていた映像があったはずだ。
「なるほどな……そういうことかよ! なら、尚更負けられねえ!」
『思い出したか……それはこっちも同じだ!』
「はあああっ! 次元覇王流! 疾風突き!」
『どうした、後継者……! カミキ・セカイの技の冴えは、もっと研ぎ澄まされていたぞ!』
「くっ!」
渾身の疾風突きをガードで凌がれて、その後隙を狙うようにコドウは右左のストレートを打ち込んでくる。
フリーになっていた左手のビームシールドで防いでいなければ、危ないところだった。
そしてこの、後隙を徹底的に潰すやり方も、見覚えがある。確かこれは、タイガーウルフさんの。
「あんた……タイガーウルフさんに学んだのか?」
『ああ、いかにも俺はあの人の弟子だ……元、だけどな』
「いいねえ……GBNじゃ同門ってわけだ!」
『そういうことだ!』
次元覇王流の技は威力がデカい分隙もまた大きい。この弱点だけは否定しようがない。
手数と破壊力を重視した空手の拳を、こっちもお返しだとばかりに取ったボクシングの構えとマーシャルアーツで打ち崩しながら、俺たちは拳と拳をぶつけ合う。
「ワン、ツー!」
『せいっ、はあああっ!』
「ぐっ……!」
なんて重い、研ぎ澄まされた一撃だ。
凌ぐなんて考え方をしていること自体が間違いだ。このまま純粋に殴り合いを続けていたら、打ち負けるのは恐らく俺に違いない。
だったらここは、リスクを承知で、全力で突っ込んでいくしかない!
「行くぜ、ストライク焔! バーニングバーストシステムだ!」
『ようやく見せてくれたか、お前の本気を!』
「ああ、こいつが俺の必殺技だ! 次元覇王流……蒼天紅蓮拳!」
『だったらこっちも見せてやる……我流! 蒼天紅蓮拳!』
「何だとっ!?」
相手のリバースブリザードガンダムが放ってきた技は、俺が放ったのと全く同じ、蒼天紅蓮拳だった。
拳と拳がぶつかり合い、火花を散らす。
バーニングバーストシステムを使って五分か若干有利が取れるぐらいだと思っていたけど、相手も次元覇王流を使えるならその認識は大きく揺らぐことになる。
いいねえ、面白くなってきたじゃねーか!
客観的に見たら大ピンチだからこそ、俺は唇の端を持ち上げて不敵に笑う。こういう時こそ笑顔でいるんだ。
足掻いて、足掻いて。それでもダメだった時もまた同じ。最後まで、最後の最後まで、にっこり笑っていたやつが強い。そうだろ?
「はあああっ!」
『せいやああああっ!』
蒼天紅蓮拳を打ち合ったことで浮き上がっていた体勢から、俺とコドウは全く同じタイミングで蹴りを放つ。
そして、蹴りがダメなら今度こそ拳の出番だとばかりに、縺れ合ったまま、俺たちはノーガードで殴り合う。
「行くぜ、コドウ!」
『来やがれ、ユウヤ!』
ストライク焔の、パルマ・フィオキーナの光を纏った拳がリバースブリザードの頬を砕く。
リバースブリザードの氷を思わせる拳が、ストライク焔の頬を抉って、イーゲルシュテルンの片方が爆発を起こす。
それでもまだ、俺たちは殴り合いを止めずに空中で縺れ合いながら、飯綱落としのように武舞台の床に墜落する。
「へへっ……楽しくなってきたじゃねーか……!」
『俺も……ここまで燃え上がったのはいつ以来だ?』
互いにバックブーストで距離を取りつつ、俺はイエローコーションが鳴り響くコックピットでコドウに呼びかける。
あいつの拳から感じた思いは、機体の名前と違って氷なんかじゃない。燃え上がる炎、ひたすら「高み」を目指そうという同じ闘志が、ビリビリと骨の髄まで伝わってきた。
純粋な「高み」を目指す思いを、元だとしても、この世界で同じ師を持った人間同士、いつかはタイガーウルフさんをも超えていきたいという思いを、こうして拳で語り合えるのは、幸せな限りだ。
だけど、戦いはいつまでも続いてくれるもんじゃない。
いつかは決着という形で終わりが来る。
だとしたら俺は、あいつに、コドウに……例え純粋なダイバーとしての技量では負けていたとしても、絶対に勝ちたい!
「おおおおっ!!! 燃え上がれ、ストライク焔!!! バーニングバーストシステム、最大出力だ!!!」
『それがお前の真の本気か! だったら俺も……必殺で応える!』
俺の全てを焼き尽くす焔をも凍らせるように、全てが凍てつくような吹雪が、リバースブリザードを中心に巻き起こる。
圧倒的な闘志。圧倒的な力。そして何より、ダイバーとして戦ってきた経験。
その全てを、コドウは俺にぶつけようとしてくれているのだ。
こんなにありがたいことはそうないね。
改めてメガ粒子杯に参加することを提案してくれたタイガーウルフさんと、そしてそこには「強さ」の意味があると教えてくれたトワさんと、今も観客席で応援してくれているマフユに感謝を捧げながら、俺は両の拳に今出せる、ありったけの力を込める。
『必殺! 雪花氷獄鳥!』
「次元覇王流だけじゃない……その先へ行くための、師匠の、父さんの思いを受け継ぐための!」
『なに……っ!?』
「カミキガンプラ流奥義! 鳳凰覇王拳!」
ストライク焔の拳から放たれたその一撃は、奇しくもコドウが放ってきた「雪花氷獄鳥」と対をなすような、炎の鳥を、鳳凰を象った灼熱の奔流だった。
「勝負だ、コドウ!」
『負けるかよ、ユウヤ!』
互いに全力を込めて撃ち放った氷の鳥と焔の鳥がぶつかり合い、モニターを白く染め上げるような閃光が走る。
感覚がフィードバックされていないはずのGBNで操縦桿がびりびりと震えるような、固まってしまったかのような錯覚を覚えながら、俺は凍てつくそのエネルギーを、歯を食いしばって受け止めていた。
予選でズイウン・スバルとかいうやつに撃ってたのとは威力も、何もかもが違う、全力の「雪花氷獄鳥」。
俺が付け焼き刃で放った鳳凰覇王拳とは、比べ物にならないくらい技としては完成されている。
改めて、コドウが凄いやつなんだってことが、冷たくも熱く燃え上がっているやつなんだってことが、その拳からはひしひしと伝わってきた。
だけど、例え付け焼き刃だとしても、俺にはここまで支えてくれた人たちの思いが、そしてチナツとマフユ……「トライダイバーズ」としてこのGBNで戦ってきた思いが生み出した、バーニングバーストシステムがある。
託された思いを無下にしないためにも、俺にとっての「強さ」の意味を見つけるためにも、俺は、ここで負けるわけにはいかないんだ!
「おおおおおっ!!!!!」
『はああああっ!!!!!』
そうして、閃光が晴れていく。
ぴしり、と何かがひび割れる音と共に、ストライク焔の右腕が砕け散っていく。
『ユウヤ君……っ!』
マフユの声が、聞こえたような気がした。
そうだ。マフユ。俺にガンダムの世界を教えてくれた、ガンプラの世界を教えてくれた。
だから、俺は。
レッドアラートが鳴り響くコックピットの中で歯を食いしばり、俺は這々の体に成り果てながらも、アズサさんのように、膝だけはつくまいと立ち続ける。
それは相手も同じだった。
ボロボロになったリバースブリザードガンダムは全身の関節がスパークしていて、ダメージが危険域に突入していることを如実に表していた。だけど。
「はぁ、はぁ……こっからが……!」
『っ、はぁ……ああ、そうだ……』
『第二ラウンドだ!』
俺は残っている左の拳を構え、コドウは残っている右の拳を構えて、互いにボロボロになった機体を加速させていく。
ただ、「高み」を目指すためだけに。勝利を勝ち取るためだけに、そして。
何よりも、自分が一番強いんだという、意地を張り通すために。
それは宿命の血統
Tips:
・コドウ(「X2愛好家」様作「GBN:ダイバーズコンピレーション」より)……トライバーニングガンダムを反転させたようなガンプラ、「リバースブリザードガンダム」を操る流しのファイター。元はタイガーウルフのフォース「虎武龍」に所属していたが、自らの「強さ」を追い求めるあまり辻斬り的な行為に走っていたため破門。しかし、「とある出会い」を経たことで自らに向き合う決意を強く抱く。 GPD時代にカミキ・セカイと地区予選大会でぶつかり合った元ボクシング中学チャンピオンを父に持つ男でもある。