「はぁ、はぁ……こっからが……!」
『っ、はぁ……ああ、そうだ……』
『第二ラウンドだ!』
ストライク焔もリバースブリザードも、どう見たってまともに戦える状態じゃない。
必殺技をぶつけ合った反動で全身のフレームにガタが来ているし、ストライク焔の右腕は鳳凰覇王拳の出力に耐えきれなかったこともあって自壊している。
だとしても、勝負はまだ終わっちゃいない。
試合終了のゴングが鳴るまでは、どちらかが倒れるまでは、いかにボロボロであろうと、いかに力尽きていようとも、戦いは続く。
残った左の拳を構えた俺と、鏡に写したかのように右の拳だけが残っているコドウのそれが交錯して、互いの頭部ユニットを打ち据える。
そうしてできた後隙を狙うかのように膝蹴り同士がぶつかり合い、一度着地を挟みつつ、俺たちは半壊状態の武舞台で流派も何もなく、ただ意地を張るだけの殴り合いを続けていた。
「楽しいなあ、コドウ!」
『全くだぜ、ユウヤ!』
その気持ちに嘘はなくとも、とっくにレッドアラートが点滅している俺たちを支えているものは、「こいつより早く倒れたくない」というプライド、あるいは一種の意地みたいなものだ。
武術家として、戦った相手には勝ち負け問わず敬意を払う。
だけどその武術家として、何よりも目の前の相手に勝ちたい。
矛盾するような思いを抱えながら、コドウが放ってきた蹴りを左の拳で受け流しつつ、クロスカウンターとして俺もまた蹴りを叩き込む。
『次元覇王流はどうした? 限界か?』
「へっ……そっちこそ、空手の型が崩れてきてるぜ!」
『言ってくれる!』
リバースブリザードが再びスラスターに点火して急加速、推力を乗せた正拳突きがストライク焔の胴体に突き刺さる。
流石に今のは効いたな。だけど、もってくれよ、ストライク焔。
バーニングバーストシステムのおかげで辛うじて出力を保っている機体を転倒から復帰させて、俺はお返しだとばかりに追撃をかましにきたコドウへと技を繰り出す。
「次元覇王流! 桜花紅蓮脚!」
『ぐっ! 知らない技だと!?』
「へへっ、次元覇王流は日々進化してるからな!」
蒼天紅蓮拳と対をなす、脚での蹴り上げが胴体に直撃し、今度はコドウのリバースブリザードが武舞台に後ろから倒れ込む。
ここがチャンスだ。だけどさっきの俺みたいにあの体勢からカウンターを繰り出してくる可能性は大いにある。
というか、間違いなくやってくるだろう。
──そうだとしてもだ。
「ビビって攻めあぐねてたら勝つものも勝てねえ! 次元覇王流! 閃光魔術蹴り!」
『その技は見切ってる!』
スピードを生かすため、天高く飛び上がってからの蹴りと膝のコンビネーションを選んだのはよかったのかもしれないけど、コドウはそれをすでに見切っていたようだった。
初撃の蹴りが躱された後隙に、強烈な右ストレートが炸裂する。
「ぐああああっ!」
『そうだ……まだ終わっちゃいねえ……! 俺も、リバースブリザードも……! 俺にとっての強さを見つめ直すため、もう一度、あの空に羽ばたくために! 俺はまだ、終われねえ! 我流! 流星螺旋拳!』
「そうだ……俺だって止まれねえ! 皆がいてくれたから、チナツが、マフユがいてくれたからここにいる! 俺も、俺にとっての強さの意味を知るためにも、終わらねえんだ! 次元覇王流! 流星螺旋拳!」
二つの流星螺旋拳がぶつかり合って火花を散らす。恐らくはどっちもフレームに、関節にガタが来ている以上、ここから先はガンプラ同士の我慢比べだ。
根を上げてくれるなよ、ストライク焔。
俺はストライク焔を、チナツとマフユと俺の三人でブラッシュアップしたこのガンプラを何よりも信じている。
自分にとって、「好き」の原点になった機体。それは武術の先にある想像を超えた景色が見られるという、父さんの、師匠の言葉があってのことかもしれない。
ストライク焔を組み上げられたのは、母さんがジャンクパーツを提供してくれたからかもしれない。
だけど、それでも、「ストライクガンダムが大好きだ」という気持ちは俺の、俺だけのものだ。
「行けぇぇぇぇッ!」
『ち……くしょうッ!』
鍔迫り合いを押し切ったのは俺の方だった。大きく体勢を崩したリバースブリザードに、今度こそ引導を渡すために、意識を深く集中させる。
水の雫が凪いだ湖面に溢れて落ちるような、そんなイメージを思い描き、ただ一点を穿つのに、全力を尽くす。
「次元覇王流! 桜花紅蓮脚!」
『まだだ! その技、見切らせてもらった!』
「なにっ!?」
すんでのところで体勢を立て直し、桜花紅蓮脚の衝撃をいなして防いでみせたコドウが不敵に笑う。
まだ、まだ足掻けるとばかりに、リバースブリザードガンダムから放出される粒子が爆発的に増大する。
『今度は俺の……番だ!』
「ぐっ、ああああっ!」
透き通るダイヤモンドダストを思わせる光の粒子を纏ったリバースブリザードガンダムの拳が、ボディブローのように胴体を抉っていく。
これがもしも現実なら、試合の決着はここでついていたことだろう。
だけど、ここはGBNだ。
タイガーウルフさんの言葉を思い返す。
ダイバーとしての動き方。ガンプラバトルには、全ての動きに意味がある。
師匠の言葉を思い出す。
俺自身が、ストライク焔の目に、手足になるほどに、意識を深く、深く同調させて、ガンプラと一体化するように、ストライク焔そのものになる。
「そうだよな……痛くて、痛くて堪らないよな、ストライク焔……だけどまだだ、この痛みを超えた先に、俺たちが目指す答えがある!」
ガンプラの声を聞く。トワさんに案内されたペリシアに溢れていた「好き」を思い返して、俺はストライク焔に語りかけていた。
当然、ガンプラが答えてくれるはずはない。
だけど、俺にはストライク焔が今、涙を堪えて立っているように、「まだ頑張れる」と叫んでいるように聞こえたのだ。
「ああ、そうだ……まだ頑張れる! まだ戦える! そうだろマフユ! そうだろ、ストライク焔!」
どうしてマフユの名を呼んでいたのかはわからない。でも、きっと今だってセントラル・ロビーでマフユは俺の勝利を祈って、願って応援してくれてくれているはずだ。
だったら、それに応えなきゃな。
一人のダイバーとして、男として。託されたものを背負って、心に湧き上がった願いを抱いて、俺はどこまでも止まらない。
『機体に語りかける、か……あいつを思い出すな……なあ、リバースブリザード。お前も苦しいだろう、痛いだろう。それでも少しだけ……我慢してくれ!』
「俺が……俺自身がストライク焔になる! おおおおっ!!!」
俺がガンダムだ、という刹那・F・セイエイの言葉を思い返しながら俺は、意識を自分の内側よりも更に深く、どこまでも深く集中させていく。
強さとは何か。応援してくれている仲間が、信じてくれている仲間がいる。二人の師匠に教えられたことがある。この世界を楽しみたい。
いくつもの言葉たちが泳いでいる心を掘り進むように、意識を空白の彼方に飛ばしながら、俺はきつく目を瞑って操縦桿を握りしめた。
『戦いの最中に、目を閉じるなど!』
「……見えた! 揺らぐ炎の一欠片!」
それは、一瞬のことだった。
空っぽになった頭の中に、心の中に俺は炎が雫となって滴り落ちるイメージを見る。
そうして、モニター越しに見ていたはずのリバースブリザードガンダムが殴りかかってくる姿が、一瞬だけやけに立体的に、まるで肉眼で見ているかのように、瞳の奥に映し出された。
「次元覇王流!」
『我流!』
『聖拳突きぃぃぃッ!!!』
抜き撃ちを所望するかのように、スラスターを全力で噴射して殴りかかってくるリバースブリザードへと、俺はクロスカウンターの要領で左の拳を突き出していた。
多分、どっちが悪かったとかじゃない。
俺たちはこの戦いにベストを尽くしていた。出せるものは全て出し切って、戦いの舞台に上がっていたはずだ。
それでも、もし勝敗を分かつものがあったとしたなら、それは。
俺が一瞬だけ見えた「ストライク焔の視界」の分だけ、その一瞬だけ、技を早く繰り出すことができていたからなのかもしれない。
たった一度だけでいい。たった一瞬だけでいい。勝利を手にするためだけに、それ以外の全てを燃やして、俺は、ストライク焔は、リバースブリザードガンダムの胴体を打ち貫いていた。
『……負けた、か……』
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
何かを返そうにも、言葉すら出せないほどの痛みと疲労感が、一気にのしかかってくる。
これが、父さんの、師匠の言っていたアシムレイトってやつなのかどうかはわからない。それでもあの一瞬だけ、俺は確実にストライク焔に「なって」いた。
それだけは、確かなことだ。
『だけど、いつ以来だろうな……こんなに晴れ晴れとした気持ちで拳を振るったのは、こんなに清々しい気持ちで誰かと拳を交えたのは』
「ああ……いい、戦いだったぜ……コドウ……!」
『次は負けねえぞ、ユウヤ』
「俺だって、負けてやるつもりはないさ」
『言ってくれるじゃねえか……』
何か、憑物が落ちたような表情を浮かべて、通信ウィンドウに映し出されるコドウの姿がブロックノイズ状に解けていく。
絶え間なく鳴り響くレッドアラートの中で、俺は目を開いているのも困難な眠気と疲れ、そして痛みに襲われながらも、システムが読み上げるその一言を聞くためだけに歯を食いしばって武舞台の大地に立つ。
【Battle Ended!】
【Winner:ユウヤ】
破れんばかりの歓声が巻き起こり、半壊どころじゃない始末の武舞台を包み込んでいく。
だけど、それすら今は遠く、どこか他人事のように聞こえるくらい、清々しい戦いの余韻に俺はただ身を任せるように浸っていた。
勝った。なんとか、本当にギリギリだったけど、勝つことができた。
極限の戦いの中に俺は、虹を見たような気がした。
もちろんそれはただの比喩でしかないけど、何か自分の中で眠り続けていたものが目を覚ますその瞬間を、強烈なまでに光を放つ一瞬を見てしまったという感覚は抜けない。
それがもしかしたら、師匠のいうアシムレイトの境地なのかもしれないし、はたまた違う、別の何かなのかもしれない。
だけど、この戦いから得られたものは確実に大きいはずだ。
実況のミスターMSが何やら声を張り上げているのも意識の外に追いやられたような感覚のまま、俺は第一試合の勝者としてセントラル・ロビーに転送されていく。
ゲームの中でログインし直すような転移の感覚に眠気を覚えながらも、ここで寝たら強制ログアウトがかかるからとそれに抗いながら、俺は勝利の凱旋を果たすのだった。
◇◆◇
「すごい、すごいよ……ユウヤ君……!」
「ああ、ありがとな、マフユ。お前が応援してくれてたからかもしれない」
「そんな……えへへ、もしそうなら嬉しい、な……」
丈の余った袖に包まれたマフユの両手が俺の手を取って、柔らかく、あたたかく包み込む。
あまりの戦いの激しさに忘れてしまいそうだったけど、これまだ一回戦というか、準々決勝戦なんだよな。
疲れた。とにかく疲れた。
GBNじゃそういう感覚のフィードバックはされてないって話だったけど、それにしては説明できないほどの大きな疲労感が俺の両肩にはのしかかっていた。
「あ……ごめんね、ユウヤ君、疲れてるよ、ね……」
「ああ、いや、疲れてるのは本当だけど、気にしなくて大丈夫だぜ」
幸い、戦いが終わった後に感じていた強烈な眠気は飛んでくれていたし、何より前みたいにマフユの前で二度も寝落ちするわけにはいかないからな。
「なら、よかった……私、その……頑張って、応援してたから……ユウヤ君が勝ってくれて、嬉しい、な……」
「そこまで言われるとなんか照れるな……でも応援してくれてマジでありがとうな、マフユ」
土壇場でマフユの名前を呼んでいたのは、きっとそのエールが届いたからだろう。
だとしたら、この勝利の立役者はマフユということになるのかもしれないな。
なんてことを、照れ笑いを誤魔化すように頭の片隅に浮かべていた時だった。
「おい、ユウヤ」
「あんたは……コドウか」
「……っ……!」
「心配すんなって、マフユ。コドウはいいやつだ、拳を交えた俺にはわかる」
「……そこまで言われるのは照れくさいな」
だけど、本当のことだ。
拳は武道家を映し出す鏡のようなものだ。そこに邪念や煩悩、雑念が入っていればすぐにわかる。
コドウの拳には迷いのようなものが少しだけ感じられたけど、それでも真っ直ぐでひたむきな強さが伝わってきた。
だから大丈夫だと、俺の後ろに隠れたマフユを宥めつつ、俺は照れくさそうにしているコドウに向き直る。
「それで、なんか用か?」
「ああ……よければなんだが、フレンド申請をしておきたくてな」
元とはいえ、同門のよしみもある。
コドウがそう言ってぶっきらぼうに投げてきたフレンド申請にこっちも申請を投げ返して、俺はコドウをフレンドに登録した。
同門のよしみ、か。元、ってところに何があったのかを訊くつもりはない。
でも、拳と拳を交えたあの瞬間から俺たちは実質ダチのようなものだと、少なくとも俺は思っている。
どんな過去があったっていい。どんなに言いたくないことがあったっていい。
それでも、今のコドウはその時よりもきっと、ずっと輝いているのだから。
「これでいいよな、コドウ」
「ああ……次は負けないからな、ユウヤ」
「次も勝ってやるさ」
「大きく出やがって」
ははは、と、声を揃えて、俺たちは冗談を交わしあいながら一頻り笑った。
次に戦ったらどっちが勝つのかはわからないけど、それでも負けたくないのはお互いの本心だろう。
だから、同門のよしみってやつと、フレンドとして、ダチとしてその日が来るまでは互いに高め合っていこうと、そう俺は心に刻む。
「じゃあな、ユウヤ。俺は……俺自身の強さの意味を見つめ直す。またどこかで会ったら、組み手の一つでも付き合ってくれよ」
「ああ、いつだって構わないぜ!」
「それと……勝てよ。お前は、俺に勝ったんだからな」
「……ああ!」
背負うものが、託された思いが、また一つ増えていく。
だけどそれを、重荷に感じることはなかった。マフユが未だにぷるぷると震えながら後ろに隠れていることに苦笑しつつ、俺はコドウの言葉に親指を立てて応えてみせた。
強さの意味。強さとは何か。それは、俺だって探し続けていることで、だからこそ、メガ粒子杯にこうして出場したんだ。
だから、絶対に掴み取ってやるさ。
この先に何が待っていたとしても、どんな強敵と拳を交えることになっても、口先よりも胸を張って、俺自身が辿ってきた道と、俺が作って、三人で磨き上げたストライク焔のことを信じて。
雑踏に紛れていくコドウの背中を見送りながら、俺はそう、静かに拳を固めていた。
その一瞬に全てを懸けて