『き……決まったあああ! 決まりました! 熾烈なる決勝戦を制してメガ粒子杯バトルカイ、優勝の座を勝ち取ったのは次元覇王流の申し子、「ユウヤ」選手でっせ!』
約束は果たしたぜ、コドウ。仇はとったぜ、チナツ。
全身を蝕む疲労感と痛みに、強制ログアウト措置が働きそうなレベルの眠気。あの時、無我夢中で発動した真のアシムレイト──兆しを乗り越えたその先にあるものの反動だろう。
だけど、俺は勝った。その喜びと約束を果たしたという達成感だけが今、この仮想の身体を支えていた。
「負けたのは悔しいけど……おめでとう、ユウヤ」
「リンファ……ああ、ありがとうな」
「次元覇王流……このリンファ、歴史ばかりを見て、そこにある武術家たちの血と汗と涙を見てこなかった。きっとその時点で、歴史だけに胡座をかいて驕っていた時点で、闘士としては負けていたのね。一から研鑽を積んで出直してくるわ」
だから、次こそは負けないんだから。
リンファはそう言い残して握手を交わすと、ブロックノイズ状に解けてセントラル・ロビーへと帰還していく。
「何度でも来いよ、リンファ。お前の純粋なその気持ち……闘士でありたい、王者でありたいって気持ちに、いつだって俺は全力で応えてやる!」
「……謝謝。それじゃあね、ユウヤ」
とはいえ、この勝利もまた紙一重だった。
マフユがあの時何気なくかけてくれた言葉がなければきっと俺は真のアシムレイトに辿り着くことなんてできなかったし、コドウやチナツから思いを託されていなければ、ここまで踏ん張ることもできなかったかもしれない。
俺の中で見出した「強さ」の意味と、リンファが掲げている「強さ」の意味は大きく違う。それでもきっと、どの道を歩こうとも、ガンプラバトルの楽しさと、相手への敬意だけは忘れちゃいけないんだと思う。
タイガーウルフさんが言っていたように、このメガ粒子杯バトルカイで俺は確かに自分なりに強さの意味を見つけ出せたかもしれない。
だけど、ここはゴールじゃない。あくまでもチャレンジャーとして一歩を踏み出すための、スタート地点なんだ。
果てしない頂点──アズサさんやキョウスケさん、そしてタイガーウルフさんやキョウヤさんのような「高み」に至るそのために、羽ばたくために。そのための第一歩だ。
「いやー、優勝おめでとうございますわ、ユウヤ選手! 早速ヒーローインタビューに入らせてもらいますけど、ズバリ! あれだけの激闘を制することができた秘訣っちゅーもんがあったら是非ともお答えくださいな」
歓声が鳴り止まない中、実況役と司会進行を務めていたミスターMSが武舞台に降り立って、俺にマイクを向けてくる。
ヒーローインタビューか。そんなこと言われても、正直何がなんだか無我夢中だったから、記憶が曖昧なところもある。
それでも、胸を張って答えよう。それが、勝った者に与えられる責務なんだから。
「はい! 俺が勝てた理由……それは、『トライダイバーズ』の皆や、GBNで出会えた皆との縁があったからに他なりません」
「なるほど、最後にモノを言ったのは縁の力……絆の力っちゅー訳ですな。『トライダイバーズ』といえば今をときめく新進気鋭のフォースだとは不肖このミスターMSも聞き及んでまっせ。チナツ選手は惜しくも敗れてまいましたけど、その分も、っちゅーことでっか?」
「はい! 今まで戦ってきたライバルや、今まで俺を支えてくれた人たちがいたから、土壇場で踏ん張ることができたんです!」
どんな時だって、そこにある絆と呼ぶべきものが、縁の力が俺をこのGBNで支えてくれた。
そのことに偽りはない。もしも俺一人でただGBNをやってただけだったら、きっとここまで来ることなんてできなかっただろう。
確かに始まりは、拳法のその先にある、「想像を超えた戦い」がしたいっていう感情が、好奇心が、俺にとっては戦う理由であり、強さを求める理由だった。
でも、今は違う。
チナツがいて、マフユがいて。皆がいるこの世界で、切磋琢磨しながら、楽しむ気持ちを忘れずに、強くなっていきたい。
だってこの世界は、GBNはいつだって、俺の想像を超えた戦いに、出会いに満ち溢れているのだから。
「なるほど、フォースのために、皆との思いを胸に……青春でんなあ。ワイもチームのために一日でも長く戦おうとした現役時代を思い出して少しほろりときてまいましたわ! 会場でご覧の皆様、そしてモニター越しにご覧の皆様! 新たなメガ粒子杯王者の誕生に、ユウヤ選手に今一度、盛大な拍手をお願いいたしまああああすっ!」
惜しみのない称賛が、祝福が拍手や歓声と共に浴びせかけられる。
きっと、誰だってこの光景を夢見て戦ってきた。リンファも、コドウも、カールも、チナツも──予選に参加していたダイバーたちも。
だけど俺が勝ったということは、そんな皆が夢破れていく中で、その屍を足元に積み上げて優勝台に立っているのと同じなんだ。そのことだけは、一生懸命に戦った相手がいたということだけは、絶対に忘れちゃいけない。
それを忘れて勝利だけを求めるようになった時、きっと人はアズサさんや師匠が言っていた「無明」に堕ちてしまうのだから。
表彰式を終えて、トロフィーをミスターMSから受け取った俺は、唇を固く引き結びながら、セントラル・ロビーへと帰還していく。
優勝した嬉しさと、そしてまた背負うものが増えたその重さを噛み締めるように、トロフィーを胸に抱きながら。
◇◆◇
「おめでとう、ユウヤ」
「ユウヤ君……おめでとう」
セントラル・ロビーに帰還するなり俺を出迎えてくれたのは、やっぱりというかなんというか、チナツとマフユの二人組だった。
チナツはいつも通りに勝気な笑みを浮かべて胸を支えるように腕を組んで、マフユは丈の余った袖で顔の半分を覆い隠すようにしながら、祝福の言葉を投げかけてくる。
なんというか、二人におめでとうと言ってもらったことで、ようやく実感が湧いてきたような、そんな気がした。
「ああ、ありがとうな、チナツ、マフユ! チナツと練習したおかげで間合いの測り方もバッチリだったぜ!」
「その割には結構苦戦してたじゃないの」
「そりゃそうだろ、相手はあのリンファだぜ?」
「それもそうね。でも……仇をとってくれてありがと。決勝で戦えなかったのは残念だけどね」
「そうだな」
でも、ガンプラバトルはやろうと思えばいつだってできる。そういうことじゃないのかもしれないけど、いつだって俺たちはチャレンジャーとしてぶつかり合えるんだ。
チナツが片目を瞑って差し出してきた拳に軽く拳を当てて応える。
その瞬間にチナツは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまったけど、なんかそんなに恥ずかしいことでもしたんだろうか。
助けを求めるようにマフユを見れば、マフユもなんだかご機嫌斜めなのか、可愛らしく頬を膨らませてぷい、と視線を逸らしてしまう。
なんか悪いことでもしちまったんだろうか。メガ粒子杯優勝早々縁起が悪いな。
ブロックノイズが寄り集まってくるエフェクトと共に、誰かが姿を現したのはなんてこったとばかりに天を仰いで目頭を押さえていた時だった。
「ふふふ……はろーやーやー、少年。大戦果だったじゃあないか」
「トワさん!」
「しかし水臭いぞ少年、このトワさんも誘ってくれればよかったのに」
眼鏡のブリッジを持ち上げながら、ぼっち勢は辛いんだよ、と、冗談なんだか本気なんだかよくわからない一言を零して、トワさんは大袈裟に肩を竦めてみせる。
確かにトワさんに声をかけるのは忘れてた。あのあとに色々あったとか言い訳はできるけど、まずは謝らないとな。
「すみません、トワさん」
「なに、気にすることはないよ少年。次からはトワさんも頼りにしてくれればそれでいいからね……っと。早速だけど、君のメガ粒子杯における戦いは全部観察させてもらったがね」
「……ストライク焔の限界、ですか」
「そこまで見抜いているとはね。ビルダーとして腕を上げただけじゃなく、アシムレイトの境地にも達した君らしいよ、少年」
トワさんは飄々とした態度でコンソールを立ち上げて、ウィンドウに準々決勝、準決勝、そして決勝戦におけるストライク焔の動きを投影してみせる。
どれもこれも、勝てたからいいけど、改めて見るとバーニングバーストシステムを上手く制御し切れていない。
多分だけど、リンファとの戦いで真のアシムレイトが上手くいってくれたのも、バーニングバーストシステムの出力が落ちていたからだ。
もしも百二十パーセントの出力と併用していたら、ストライク焔はバラバラに砕け散っていたことだろう。
「繰り返して言うが、君のストライク焔の出来は決して悪くない。むしろこの大会に向けてブラッシュアップしてきたんだろう? それぐらいはトワさんにもわかるさ。でも、バーニングバーストシステムは過剰出力ともいえるほど、爆発的にストライク焔の出力を増大させる──つまるところ、余剰エネルギーをうまく逃がせていないのさ」
それをどうするかについては、今後の少年次第だけどねえ。
トワさんはウィンドウを閉じると、凝り固まった肩をほぐすように腕を回す。
ストライク焔の弱点。ストライク焔の欠陥。それはどれだけ俺が「ストライクが好きだ」という気持ちを込めて作ったのがストライク焔でも、今後もバトルを続けていくならば向き合わなきゃいけないことだ。
「少女のシックザールはその辺り上手くやれていたね、過剰出力を光の翼に変換することで外に逃す。流石はあの人の娘といったところかな?」
「ありがとうございます、でも、アタシ……一からシックザールを作り直そうと思うんです」
「ほう?」
何かの参考になるかもしれないよ、とばかりにチナツへ話を振ったトワさんは、あいつの返答が想定外のものだったのか、小首を傾げて興味深げに相槌を打つ。
「今度リンファと戦っても負けないように、アタシ自身のウイニングロードを作り出せるシックザールを作り出すために……一からやり直そうって、そう思ったんです」
「なるほどねえ。それも一つの選択肢だから、トワさんがそれにどうこう言う権利はないよ。だから頑張りたまえよ、少女」
「はい!」
チナツは極めて明るく、トワさんの言葉にそう答える。
ガンプラを一から作り直す、か。
確かにそれも選択肢としてはありなんだと思う。ストライク焔は、もうできうる限りのブラッシュアップを施して、いってしまえばこれ以上伸び代が期待できない状態だ。
オーバーホールして細部まで作り込むって選択肢もあるけど、それも一から作るのと手間は大して変わらない。
要するにここから先は、チナツがその道を選んだように、俺がどうしたいか、どうしていくかを決める番だということだ。
考えろ。俺はストライク焔をどうしたい? ストライク焔とどう付き合っていく?
マフユが何か言いたげにこっちを見てきたのに、大丈夫だと視線で応えながら、考えを巡らせていた、その瞬間。
「ユウヤ──貴方、メガ粒子杯を優勝したカミキ・ユウヤでしょう?」
ロビーの隅っこから俺を呼ぶ声がしたかと思えば、そこにいたのは、深緑色のパーカーについているフードを目深に被って、迷彩色のズボンを着込んだ見知らぬ女の子だった。
俺のリアルネームまで知ってるってことは、何か因縁があるのかもしれないけど、生憎俺の方にあの女の子と一悶着あった記憶はない。
じゃあ人違いかと思ったけど、メガ粒子杯を優勝したカミキ・ユウヤなんて同姓同名の人物がいたならそれこそ奇跡だ。
「ああ、俺がユウヤだけど……あんた、何か用でもあんのか?」
「用ならある……はぁっ!」
「くっ、またリアルファイトかよ!? いや、あんたのその技、まさか……!?」
くるりと勢いよく身体を回転させてその勢いを乗せて放った蹴りが──次元覇王流、旋風竜巻蹴りが俺の眼前でぴたりと止められる。
「次元覇王流、旋風竜巻蹴り。今のに対応してみせるのは流石といったところだけど、反応がコンマ単位で鈍い」
「そりゃどうもな! で、結局お前は何がしたいんだ!」
「明日、ここに指定されている場所まで来なさい。本当の『戦い』が貴方を待っている」
「待てよ、いきなり何なんだよ!? せめて名前の一つも……」
「……ジェニ。だけどここでの名前は意味を持たないとだけ言っておく。逃げるつもりなら、来なくてもいい」
言いたいことだけを一方的に捲し立てると、ジェニ、と名乗ったダイバーはログアウトボタンに手をかけて現実へと解けていく。
結局、あいつが何をしたかったのかはわからない。
ただ、あの旋風竜巻蹴りの練度は凄まじいものだったし、その拳からはリンファに勝るとも劣らない闘気が伝わってきた。
「本当の戦い……?」
「……それって、まさか……」
傍で見ていたチナツもジェニの行動には理解が及ばなかったのか、小首を傾げて固まっていたけど、マフユは何か心当たりがあるのか、はっとした様子で目を見開いている。
本当の戦い。あいつの残した言葉に、一体どんな意味があるんだ。
「ちょっと失礼、少年」
俺がマフユに問いかけようとするのを遮るかのように、トワさんが、ジェニから一方的に投げつけられたメッセージを覗き込む。
「あいつについて、何かわかったんですか?」
「いや? ジェニって子のことはさっぱりだが……この指定されているアドレス、旧ヤジマ商事の廃倉庫だねえ」
ヤジマ商事。確か、GPDの全盛期においては他の企業の追随を許さない勢いで成長していた、GPD研究のスペシャリストだったはずだ。
でも、その勢いはGPDの衰退と共に衰えていって、今では多くの施設が売却されたり、潰れたりしている。
父さんたちが全国大会を戦い抜いたヤジマスタジアムだって、今は都営の総合体育館に変わっていたはずだった。
でも、なんでジェニはそんなところの廃倉庫に俺を呼び出したりしたんだ。
謎が深まる中で、恐る恐るといった調子で、マフユが沈黙を破って口火を切る。
「じ、GPD……」
「GPD? どういうことだ、マフユ?」
「多分だけど、その……あのジェニって人、ユウヤ君と……GPDで決着をつけようと思ってるの、かも……」
GPDは衰退した。それに伴って稼働できる筐体の数は加速度的に減っていったし、メーカーのサポートも今ではほとんど切れているはずだ。
なのに、GPDで決着をつける──俺の方からすれば、ジェニにとっての因縁も何も知らないけど、とにかく勝負したがってるってのはどういうことなのか。
「ユウヤ、アンタ行くつもりなの?」
チナツがそう問いかける。
確かに俺からすればジェニとの因縁なんて知ったことじゃないし、変なやつが喧嘩をふっかけてきた、で済ませていいことなのかもしれない。
だけど、ジェニの拳を、脚を通して確かに伝わってきた。あいつは俺と、本気で戦うことを望んでいる。
「ああ……どうやらあいつも本気みたいだからな」
「ふむ……なるほどなるほど。君が行くというなら止めはしないよ、少年」
「……トワさん」
「……ただし一つだけ忠告しておくことがあるよ。GPDはね」
──GBNと違って、戦ったガンプラにダメージがフィードバックされるんだよ。
トワさんはすれ違いざまに耳元でそう囁くと、ログアウトボタンに手をかけて現実へと解けていく。
「ユウヤ君……」
「ユウヤ……」
「心配すんな、マフユ、チナツ! 俺は……俺とストライク焔は、絶対に勝つ!」
多分、そういうことじゃないのはわかっている。
最悪、ストライク焔は壊れるかもしれない。そして、二度と修復できなくなるかもしれないと、そう心配してくれているのはわかっている。
だけど、本気で挑まれた勝負には、本気で応えなきゃいけない。師匠の教えだ。
GPD。最後の筐体は父さんたちが戦ってきた時と大分違ってるけど、同じ戦場に立つことができるという高揚感と、ストライク焔を壊してしまうかもしれないという恐怖の間で板挟みになりながら、俺は精一杯強がって、二人へにっこりと笑ってみせる。
風のように現れて、風のように去っていったジェニ。その因縁を解き明かすためにも、何より挑まれた勝負に勝つためにも。
何より、気持ちで最初から負けるわけにはいかないからな。
その少女は風を呼ぶ
Tipsはまた次回に(許可はいただいています)