ジェニが指定した廃倉庫まで自転車で行くのには、結構な時間がかかった。
もしも本当にマフユの推測通り、あいつがGPDで何かしらに決着をつけようと望んでいるのなら、それに応えるためにもストライク焔をいつものポーチにも入れてある。
錆び付いた鎖が千切れて垂れている廃倉庫にはどことなく不気味な雰囲気を感じるけど、この敷地に踏み込んだ時からビリビリと伝わってくるのは、もっと異質なものだ。
錆で汚れている正面のシャッターは微妙に、ちょうど人間一人が通れるくらいの大きさに開いている。
それは、「来い」というジェニからのメッセージなのかもしれない。
自転車を適当なところに停めて鍵をかけると、俺はストライク焔をポーチから取り出して、廃倉庫の中に足を踏み入れる。
「来たぜ、ジェニ! 姿を見せやがれ!」
元々ヤジマ商事の所有物だっただけあって、廃倉庫の中には古いゲーム機やらクレーンゲームの筐体やら、そういうものが溢れている。
唯一その中で異質な存在感を放っているのが、比較的新しめの布が被された何かしらの筐体と思しきものだった。
俺の呼びかけに応じたのかそうでないのか、壁にもたれかかっていた何者かががちゃり、とレバーを起動する音が響く。
薄暗かった廃倉庫の中にぼんやりとした明かりが灯って、布に覆われていた筐体が光を放つ。
「待っていたわ、カミキ・ユウヤ」
ジェニと思しきその黒髪の女の子は、筐体に被せられていた布を取り払うと、薄らぼんやりと照らされた口元に微かな笑みを浮かべる。
綺麗だとは思うけど、やっぱり俺の中にある記憶のどれともその顔立ちは符合しない。
それでも因縁をつけてきたってことは、ジェニの方に何かがあるのか、それとも。
「ここでは無粋な名前は必要ない。改めて名乗る。私はスミ……イノセ・スミよ、カミキ・ユウヤ」
「イノセ・スミ……?」
ジェニ改め、イノセ・スミと名乗った女の子は、その瞳に爛々と輝く闘志を宿しながら、真っ直ぐに俺の瞳を睨みつける。
悪いけど、その名前にも聞き覚えはない。
ただ、心のどこかで何か引っかかるものがあるのは確かだった。
なんだ。何が俺の中で引っかかっている?
眉根にシワを寄せて考え込むけど、答えは喉元まで出かかっているのに、中々形にならなくて、もやもやする。
スミ。イノセ・スミ──まさか。
「お前、まさか……!」
「やっと気付いたのね、鈍い男……そう。私はイノセ・ジュンヤの娘。お父さんの雪辱を晴らすために、このGPDで貴方と戦うために日本に戻ってきた」
イノセ・ジュンヤ。父さんの、師匠の兄弟子に当たる人で、今は何をやっているのかわからないけど、小さい頃に──本当に俺が物心つくかつかないかの頃に、会った記憶は微かに残っている。
ただ、師匠はジュンヤさんについての話をあまりしたがらない──というか、ジュンヤさん自身が自分のことについて口止めしているのかもしれないけど、とにかく、俺が知っているのは精々それぐらいのことと。
そして、かつての全日本ガンプラバトル選手権、準々決勝戦で戦った相手だということだ。
なるほど、ジェニ改めスミが決着をつけようとしているのは、その時の因縁なのか。
師匠からは何も聞いていない以上、ジュンヤさんがあの戦いのあと、どうなったのかはわからない。
でも、GPDの映像を見る限り、あの時のジュンヤさんは、勝利のためなら手段を選ばない、無明に堕ちていた。
スミもまさか、そうなってしまったのか。
だとしたら、俺にできることは。
ポーチから取り出したストライク焔を突きつけるように、俺は次元覇王流の構えを取る。
「スミ、お前の因縁が終わってないっていうんなら……無明に堕ちたっていうんなら、俺とストライク焔が、次元覇王流が相手になる!」
「私が無明に……? 面白いことを言う。私はただ、貴方を倒すことでお父さんの雪辱を晴らす! それだけよ!」
「その因縁はもう、終わってるんだよ!」
そうでなければ、たった一度とはいえ、ジュンヤさんがうちの敷地を跨ぐことはなかったはずだ。
だったら今のスミは過去に囚われた亡霊だ。終わったはずの戦いに固執して、自らの強さの本質を見失っている。
それを無明に堕ちたと言わずして、なんと言うのか。
「戦う者の間に言葉は無粋……だから」
「拳で語る!」
『それが、次元覇王流の極意だ!』
起動したGPDの筐体に、俺とスミはそれぞれのガンプラをセットする。
昔はGPベースとかいう、ダイバーギアのプロトタイプみたいな、個人データを登録するための機械が必要だったけど、時代の進化に伴ってその辺は簡略化されていったらしい。
あくまでも発進台にガンプラを乗せて、プラネットコーティングとかいうものの充填が完了したら、操縦桿で動かすだけ。
その操縦桿のインターフェースも、GBNに近いものになっている。
違いがあるとするなら、GPDは文字通り自分のガンプラが動くことと、そして。
──トワさんが言っていたように、戦いのダメージがガンプラにフィードバックされることだ。
形成されたバトルフィールドの中に降り立ったストライク焔を動かしてみた感覚は、インターフェース通りにGBNとそう変わらない。
とりあえずは慣らし運転も兼ねてレーダーを注視しつつ、ストライク焔は大量のデブリが転がっている砂漠のステージを飛ぶ。
とりあえず一通り動かした限りでは、関節に砂が詰まったりとかはしなさそうだ。
そして、慣らし運転を終えて着地したその時だった。
物陰に身を潜めていたのであろうスミのガンプラが、ゆっくりとその姿を現す。
「なっ、そのガンプラは……!?」
「プライドバーニングガンダム……私の誇りをかけた、雪辱戦のための機体」
「ビルドバーニング……師匠の、父さんのガンプラを!」
「そう、だからこそ。貴方の父を、カミキ・セカイを超える力を今ここで貴方に見せる! カミキ・ユウヤ!」
その機体は、師匠が使っていたビルドバーニングガンダムの脚部を、ブレイジングガンダムとかそんな感じの名前だった昔の有名ファイターのレプリカモデルに置き換えて、ジュンヤさんが使っていたディナイアルガンダムのような塗装を施したものだった。
ビルドバーニングの方もレプリカモデルには違いないだろう。だけど、その機体で俺に挑むということが、俺に勝つということが、スミにとっての誇りを証明する手段なのだとしたら、それは。
「上等だ! 俺にとって、あの時の父さんを……師匠を超えろってことなら真っ正面から勝ってやる! 次元覇王流、聖拳突き!」
「……次元覇王流、聖拳突き!」
二つの拳がぶつかり合って火花を散らす。
技の冴えという意味では、俺とスミの間にそこまで差は開いていないのかもしれない。
だけど、例えるならスミの拳は獣の牙だ。
俺の拳が教え通りの型通りに運ばれたものだとするのなら、スミのそれはあくまで実戦の中で磨かかれた、闘争心が形になったようなものだった。
だからなのかもしれない。
最初は互角にぶつかり合っていたストライク焔の拳が、次第に揺らぎ始める。
「……ッ、次元覇王流!」
「次元覇王流」
『旋風、竜巻蹴り!』
拳を解いて蹴りの態勢に移行、だけど、それを見計らっていたかのように相手も疾風竜巻蹴りを選んで、今度は脚がぶつかり合う。
この時俺は一つ失念していた。
相手の脚部はビルドバーニングそのままじゃない。ゴッドガンダムのプロテクターみたいなパーツが配置されているブレイジングガンダムを取り入れているということを。
「──閃光・竜巻蹴り!」
「うわあああっ!」
プライドバーニングの右足が紫色に光り輝き、ストライク焔の胴体を抉る。
コックピットへの直撃こそ免れていたけど、もしも当たっていたら、今頃。
「おおおおっ! ストライク焔、百二十パーセントだ!」
「バーニングバーストシステム……」
脳裏に浮かんだ想像もしたくない事態を振り払って俺は、今度こそ反攻に転じるために、バーニングバーストシステムを起動する。
GPDでも使えるかどうかは不安だったけど、どうやら使えるようだった。
そのことに感謝しつつ、俺は百二十パーセントまで出力を上げたバーニングバーストで、プライドバーニングの懐へと切り込んでいく。
「次元覇王流! 流星螺旋拳!」
「くっ……!」
今のは結構効いたはずだ。胴体に流星螺旋拳が直撃したことを確認して、俺はすかさず体勢を崩した相手を畳み掛けに行く。
「次元覇王流! 閃光魔術──」
「ふ、ふふ……」
「蹴りッ……!?」
「バーニングバースト……貴方がそれを使ってくるのは想定内。そしてそれは、こちらにもある!」
アズサさんが纏っていたファントムライトと似たような紫炎がプライドバーニングの背中から吹き出し、形成された粒子のフィールドのようなものが閃光魔術蹴りの初段を受け止めて、ストライク焔を弾き返す。
素体が粒子の放出に特化したトライバーニングじゃなく、ビルドバーニングの時点で完全にバーニングバーストを相手は、スミは使いこなしている。
だからこそ、プライドの名を自分のガンプラにつけたのかもしれない。
互いに百二十パーセントの出力で起動したバーニングバーストで俺たちは殴り合い、蹴り合い続けてこそいたものの、次第に機体に蓄積したダメージが、ストライク焔の動きを鈍らせていく。
「ぐっ……一撃が、重い……!」
「私の次元覇王流は実戦で磨かれたもの。ただ型をなぞるだけの貴方とは違う……!」
「いいや……違うね!」
「なに……!?」
繰り出されたスミの疾風突きがストライク焔の頬を掠めて、イーゲルシュテルンが誘爆する。
クロスカウンターで放った疾風突きが、プライドバーニングの頬を掠めて抉り取る。
確かにスミの次元覇王流は、破壊力に特化した、リンファを思わせる攻撃的なものだ。
そこに他の武術のエッセンスを取り入れているのも俺と同じだ。でも、スミがそう言った通り、確かに俺のそれは型通りに嵌ったものでしかないのかもしれない。
「だとしても、型は武術の基本! それを破るのは、型を極めてからのことだ!」
「それはカミキ・セカイの言葉?」
「ああ、師匠の言葉だ!」
型があるのとないのとでは大きく違う。
守破離。一つの道を極めるのなら、何事もまずはその教えを忠実に「守る」ことから始めなければならない。
例えどれだけスミの武術が実戦で鍛え上げられたとしても、その経験が力を与えているのだとしても、基本を極めていなければ、それは形無しになってしまう。
「そう、だったら見せる。型を超えた、私とプライドバーニングの本当の力を……!」
「なっ……!?」
スミは一瞬目を伏せたかと思えば、すぐさまに刮目し、クロスカウンターで崩れていた体勢を立て直して回し蹴りを放ってきた。
速い。そして早い。あの反応速度は。
考えている間もなく、今度は紫色の光を足先に纏った聖槍蹴りが飛んでくる。
「危ねえ……ッ……!」
「仕留め損ねたか……!」
「お前、アシムレイトを……!?」
「そう。百二十パーセントのバーニングバーストとアシムレイトの同調……それこそが私が実戦で身につけた、プライドバーニングと共に戦ったことで手に入れた力!」
自分に戦いの痛みが跳ね返ってくることも厭わずに、スミはアシムレイトを発動させると、バーニングバーストの出力と合わせて、手刀を放つ。
ただの手刀であれば、避けるのは容易かった。だけど、それはあまりの速さで四つに分裂したかのように見えて。
「ぐああああっ!」
「直撃、取った……!」
幻惑に翻弄されて動きを止めた、ストライク焔の胴体に直撃する。
まずい。これ以上胴体にダメージを受けたら、ストライク焔は。
俺は歯を食いしばり、目蓋を閉じる。
ストライク焔に存在している欠陥。それは、百二十パーセントのバーニングバーストによって発生する余剰出力を制御し切れていないことだ。
それがアシムレイトによって倍増したのなら、今のストライク焔ではまず耐えられない。
かといってこのまま黙っていれば、確実に俺は撃墜される。死力を尽くしてそうなったならいい。だけど痛みを恐れて、ガンプラが壊れることを恐れて負けたのなら、それはストライク焔にとっても屈辱なはずだ。
「ごめん、ストライク焔……それでも力を貸してくれ! お前は俺だ、俺はお前だ!」
そうして俺は、迷いを捨て去って、視界の奥に、心の底に潜り込み、揺らぐ炎の欠片が示す太陽を仰ぎ見る。
百二十パーセントのバーニングバーストとアシムレイトの同調。リンファとの戦いではできなかったことには成功していたけど、立っているだけで全身の骨が軋むような、ストライク焔の痛みが伝わってきた。
そう長くはもたないだろう。だから。
「次元覇王流! 聖拳!」
「聖拳!」
「疾風!」
「疾風!」
『突きぃぃぃッ!』
短期決戦で畳み掛けるべく、俺はプライドバーニングに向けて今出せる最高速で、最大の出力で拳を叩き込もうと試みた。
でも、そのことごとくが同じ技に阻まれて、拳はスミに届かない。それだけじゃない。
「ぐああああっ……!」
「この程度の痛みに、音を上げるなど!」
蓄積されていた戦いのダメージと、そして今も身を削り続けているストライク焔の痛みが流れ込んできて、全身が激痛に苛まれる。
それはスミも同じなはずだ。
なのに、平然と耐えているように見えるのが、実戦を経験してきた強さってやつなんだろうか。
「負ける……かぁっ!」
実戦とやらがどこまでで、何を相手にしてきたのかはわからない。それでも俺だって、今日までGBNを、メガ粒子杯をストライク焔と共に戦い抜いてきた意地がある。
歯を食いしばって、耐えて、耐える。
そうして、最後はにっこり笑ってやるんだ。
「次元覇王流! 流星螺旋拳!」
「……次元覇王流、流星螺旋拳!」
炎と光を纏った右の拳と、紫炎を纏った右の拳が唸りを上げてぶつかり合う。
骨が削れていくような痛みと、腕が千切れそうになる感覚に音を上げそうになるのを堪えながら、俺はただ、ストライク焔との同調に意識を傾けていた。
そうだ。まだだ、まだ終わっていない。
スミの流星螺旋拳に押されて、ストライク焔の拳が砕け散る。凄まじい痛みに操縦桿を手放したくなるのを堪えて俺は、エールストライカーに装備されているビームサーベルに右手を伸ばす。
「ぐうううっ、あああああッ!」
「傷口に、ビームサーベルを!?」
塩どころの騒ぎじゃない。
激しいという言葉でも足りない痛みに歯を食いしばりながら、失った拳の代わりにビームサーベルをその穴に突き刺して、プライドバーニングの右関節を、燃える炎のように揺らぐビームの刃で叩き斬った。
「……ッ……!」
「……悪りいな、ストライク焔……あと少しだけ、俺の無茶に付き合ってもらうぜ……!」
流石に肘から先を切り落とされる痛みがフィードバックされれば、さしものスミもポーカーフェイスを維持できないようだ。
もうストライク焔は限界を超えている。
フレームは軋みを通り越してヒビが入る音が聞こえてくるし、それは全身の骨に亀裂が入ったような痛みとして俺にも跳ね返ってくる。普通なら死んでるところだ。
それでも死んでないってことは、アシムレイトは要するに、どこまでいっても強烈な思い込みでしかない、ってことだろう。
プライドバーニングの方も、アシムレイトと百二十パーセントのバーニングバーストを重ねがけするのは無理があったのか、戦いのダメージが蓄積しているのか、あるいはその両方なのか、フレームが軋むような音を立てている。
「これが戦い、これがGPD……これがお父さんの見た景色……! だから、私はその雪辱を晴らしてみせる! カミキ・ユウヤ! 貴方をこのGPDで倒すことで!」
「やってみろよ、イノセ・スミ! お前に俺とストライク焔の拳で教えてやる! 次元覇王流の、その極意を!」
『はああああッ!!!』
互いに余裕がもう残されていないのなら、やることは一つだけだ。
最後の一撃に、全身全霊をかける。
泣いても笑っても、どのみちこれが最後なら、俺は。
俺は、最後までお前と一緒に笑っていたいんだ、ストライク焔。
『次元覇王流! 聖拳突きぃッ!』
クリアになった視界に、モニターを取り払ったかのような視界にプライドバーニングの胴体を収めて俺は、バーニングバーストの全てを乗せた左の拳を打ち込んだ。
一瞬だ。クロスカウンターとして放たれたスミの聖拳突きは胴体を逸れて、ストライク焔の頭部を打ち砕く。
だけど、その頃には俺のアシムレイトはもう解けてしまっていた。きっとそれは、スミも同じだろう。
胴体にパルマ・フィオキーナの光とバーニングバーストの炎を纏った拳が直撃したことで、プライドバーニングの上半身と下半身を繋ぐ軸がひび割れ、その胴体にも衝撃が浸透していたのか、上半身が砕け散る。
本当に一瞬の差だった。型通りに放たれた聖拳突きと、我流で磨き上げたことで威力こそ上がっていても、動きの癖のせいで僅かにタイミングが逸れてしまったことで生じた差だ。
【Battle Ended!】
【Winner:Prayer 2!】
「やって……やったぜ……!」
「私が、負けた……?」
そしてまた、過剰出力に耐えきれなくなったストライク焔も、バトルが終わったことで無理やり機体を維持していたプラネットコーティングが解けて、同じ痛みを共にした相棒が、ほとんどバラバラに砕け散っていく。
「ありがとう……ごめんな、ストライク焔……」
勝った。だけど、上手く笑えねえ。
勝利というにはそれは、あまりにも苦く、悲しさが残るものだったからだ。
その勝利はほろ苦く
Tips:
・イノセ・スミ/ジェニ(原案:「麻婆炒飯」様)……かつてGPDの大会でユウヤの父であるカミキ・セカイと激闘を繰り広げた兄弟子、イノセ・ジュンヤの娘。今は流しのストリートファイターとして戦っていた。しかし、どうしても因縁を晴らすべく日本に帰国して父の仇を取るためにユウヤのことを探し回っていたが入れ違いが続いていて、メガ粒子杯でユウヤが優勝したことでようやく巡り会うことができた模様。スミの母はジュンヤの戦いぶりを見て惚れ込み、次元覇王流に押しかけ入門していつしか結婚するという行動力の化身のような人物であり、その血筋はスミにもしっかりと受け継がれている。