トワさんからダイバーギアを通じた連絡が来たのは、ストライク焔の状態を見せた翌日のことだった。
すぐにはデータを用意できないとか言ってたのに、たった一日で揃えてみせたあたり、あの人は何者なんだろうか。
薄らぼんやりとそんなことを考えながらメッセージを読んでいると、宛先が俺だけじゃなく、チナツとマフユにも向けられていることに気付く。
【From:トワ】
【To:ユウヤ、チナツ、マフユ】
【Message:はろーやーやー少年少女。トワさんだよ。ストライク焔の改修に少女たちも付き合うんだろうと踏んでこのメッセージを送らせてもらったよ。ときに少年、君に必要そうなデータはこちらで揃えたから、少女たちと共にガンダムベース本店まで来たまえよ。トワさんはユニコーンガンダム立像の前で待っているからね。格好は来ればわかるさ、それではしーゆーあげいん】
リアルで呼び出しを喰らったのがスミの一件だっただけに、よもやまたバトルか、なんて一瞬身構えてしまったけど、そもそも今の俺はバトルに使えるガンプラを持ってない。
母さんに訊けばプチッガイ──で、合ってたよな──の一つくらいは融通してもらえそうだけど、なんか違う気もするし、そもそもプチッガイ自体、戦いに向いたガンプラじゃないしな。あれで次元覇王流が使えるなら見てみたいもんだ。
そんなわけで、応急処置できそうな破損箇所はマスキングテープでぐるぐる巻きにしてあるストライク焔を、完全に壊れてしまったパーツも含めていつものポーチに入れて、工具箱片手に外へ出る。
それにしてもガンダムベースか。存在は知ってたけど、いつもGBNにログインしてるのは家庭用からだったし、行ったことはなかったな。
なんだかんだで新しいところに行くのを楽しみにしている自分に苦笑しながら玄関を潜ると、細い腰に手を当てたチナツが、怒ったような表情で立っている姿が視界に飛び込んでくる。
「遅い」
「遅いって……まだ開店には間に合う時間だろ?」
「そういう意味じゃないわよ、女の子をあんまり待たせるもんじゃないって言ってんの」
「待っててくれたのか……そりゃ悪かった」
それなら連絡の一つもくれればよかったのに、と言うのは多分野暮なのだろう。
チナツが待ってると知ってたらもうちょっと早く家を出たのに──なんてのも言い訳だな。
少しご機嫌斜めのチナツに俺は素直に頭を下げて、最寄りの駅へと歩き出す。
「わかればいいのよ、わかれば」
「そりゃどうも……っと、チナツ、お前やたら気合い入った荷物持ってるけど、なんかあったのか?」
チナツの左手には大きめのバッグが握られていて、その中身はなんだか知らないけど、はち切れそうなほどに膨らんでいる。
ストライク焔を直すのを手伝ってもらえるのはありがたいけど、まさかそこまで気合いの入った準備が必要なんだろうか。
最低限の工具しか持ってこなかったし、今からでも引き返して色々取りに行くべきなのか?
「アンタのことだからどうせ最低限のものしか持ってこないと思って色々持ってきたのよ、それに、アタシも制作ブースに用はあるしね」
「おお、すげえ……ありがとな、チナツ」
首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮かべていた俺に、呆れた様子で肩を竦めながらチナツは小さくふん、と鼻を鳴らす。
なんだろうな、チナツが今は女神様に見えてきた。
素直に礼を言ったことに機嫌を良くしたのか、チナツの表情が今度はぱあっと明るい笑顔に変わる。
「ふん、そうよ、わかればいいのよ……ねえ、ユウヤ」
「ん、なんだチナツ? 用があるならなんでも聞くぜ!」
なんでもかんでもしてもらいっぱなしってのは性に合わない。ただでさえストライク焔を直すのを手伝ってもらえるってのに、工具とかも色々融通してもらえるんだ。
だったらチナツの言うことの一つや二つ、こっちも快く応えてやらなきゃ筋が通らない。
あいつが言うならジュースでもお高いパンケーキでもなんでも奢らせてもらう……金があるかどうかを密かに確認しつつ、俺は突然頬を赤らめてもじもじとそっぽを向いてしまったチナツに視線を向ける。
「……ん」
「うん?」
その横顔をしばらく眺めていると、どこか遠慮したような様子で、空いていたチナツの右手が控えめに差し出される。
これはつまり、どういうことなのか。
どういうこともなにも、そういうことだよと、反射的にすっとぼけたくなった俺を蹴飛ばすように、理性はそう主張して憚らない。
懐かしいな。
差し出されたチナツの手をそっと握って、その小ささや指の細さに、俺は昔を思い出す。
昔はよく、こいつも喧嘩してたっけ。自分が正しいと信じたことは貫いて、筋が通らない理不尽は決して見逃さず、相手が年上の男子でも果敢に挑みかかっては倒したあと、密かに泣いていたのがチナツだった。
いくらチナツに次元覇王流の心得があるといっても相手は年上の男子で複数人だ。
俺もよくその喧嘩に助太刀として首を突っ込んで、父さん……いや、師匠に、そして母さんにも怒られてたな。次元覇王流は無闇に振りかざすもんじゃないって。
その時は怒られるのに怯えてたチナツと手を繋いで一緒に帰ってたな。何もかも懐かしい……ってほど歳を食ってるわけじゃないけどな。
「……アンタにしては気が利くじゃない」
「なんか昔みたいだなって思ってさ」
「……ああ、そう。でも……今はいいわ。許したげる」
よくわからんけど許された。
俺が握った手に指を絡めて、チナツは肩にもたれかかってくる。
重い、って言ったら怒られるのは当然だとしても、あの頃とは色んなものが全然違うんだなって、改めて思い知った。
チナツ自身のこともそうだし、俺自身のことも、ガンプラのことも、GBNのことも。
そんなセンチメンタルを感じてしまうのは、多分良くないことなんだろうな。
それに、今はストライク焔を直す、というよりは作り直す、リビルドすることが目的なんだ。
だから、今はそんな感傷に見て見ぬ振りをして、俺たちはそれ以上言葉を交わすこともなく、最寄りの駅まで歩いていく。
それでもチナツは機嫌を悪くするどころか、緩み切った笑顔のままだったんだから不思議なもんだ。乙女心、ってやつはどうにも理解が及ばない。
だから唐変木とか言われるんだろうな、と苦笑しながら、俺たちは一路、トワさんたちが待っているお台場へと向かうのだった。
◇◆◇
「いつ来ても混んでるわね、ここ」
「凄え……まだ開店前だぜ?」
等身大のユニコーンガンダム立像がお出迎えしてくれるガンダムベース本店が入っている複合ビルの前、俺はその巨体と、開店前だというのに集まっている人々の間で忙しなく視線を往復させる。
お登りさん全開だけど、正直ここまでガンプラとかガンダムとかが人気だとは思ってなかったというか、いや、GBNのアクティブユーザーが二千万人だから知ってはいたけど実感できなかったというか、とにかくそんな感じなのだから仕方ない。
まさかここにいる人たちが全員ガンダムベース目当てってことはないだろうけど、ユニコーンガンダム立像の写真を撮ってたり、その前でガンプラを並べてたりする人たちを見てると、八割ぐらいはそうな気がしてきた。
そんな具合にチナツと手を繋いだまま、しばらくユニコーンガンダム立像を見上げていた、その時だった。
「ユウヤ君! ごめんなさい、お待た、せ……?」
「お、マフユか……ってどうしたんだ?」
いつもの袖の丈が盛大に余っているゴスロリドレスに身を包んだマフユがやってきたかと思えば、信じられないものをみたような表情で硬直する。
そして、フリーズしてたかと思えば、次の瞬間にはどことなく不満げに頬を膨らませて、眦に涙を浮かべながら俺たちに詰め寄ってきた。
チナツもそうだけど、万華鏡みたいに表情が変わるな。
そんなこと言ってる場合じゃないんだろうけど、現実逃避というかそんな具合に思考を逸らしてしまう。
工具とかが詰まっているのであろう大きなバッグを持ってきたマフユは、頬を膨らませたまま詰め寄ってくると、俺の右手に腕を絡ませて、どことなく抗議するような視線をチナツへと向ける。
こっちに視線を向けてきた野次馬がニュータイプの修羅場がどうのこうの、とか囃し立てているけど、それGBNでも聞いたぞ。なんなんだ一体。
「むぅ……」
「ふふん」
頬を膨らませるマフユと小さく鼻を鳴らすチナツ。その短いやり取りの間に一体どれだけの言葉が詰め込まれていたのかは想像もつかないけど、タダごとでないのは俺にもわかる。
どことなく険悪な空気を醸し出していた二人は視線を向け合うことで何かに納得したのか、マフユが渋々といった調子で小さく頷くと、俺の右手に絡めている腕に込めた力を強くして、身体を押し付けるようにしなだれかかってきた。
多分針の筵ってのはこういうことをいうんだろうな。通行人や開店待ちの客からの視線が痛い。
「なあ、チナツ、マフユ……ところでトワさんを見なかったか?」
このなんともいたたまれない空気を変えるために、俺はやや強引に引きつった笑みを浮かべながら二人にそう問いかけた。
メッセージには、来ればわかる的なことが書いてあったけど、休日だからか客の数が多いこともあって、それらしき人物を探すのにも一苦労だ。
俺の問いに、どことなく険悪な感じだったチナツとマフユは顔を見合わせると、小さく首を横に振る。
「全然。てかアンタと一緒だったんだからわかるでしょそんぐらい」
「私も、今来たばっかりだから……」
「それもそうか、仕方ないな……こうなったらダイバーギアでメッセージでも」
「ふふふ……その必要はないよ、少年」
人混みの中から聞き覚えのある声が飛び込んできたのは、そもそも両手が塞がってるからダイバーギアを取り出すのも難しい、というのに気付いた瞬間だった。
まるでタイミングを見計っていたかのように俺たちに近寄ってきたその人は、癖のある……というかほぼ寝癖であろう金髪をポニーテールに結わえて、白衣を私服の上から羽織っているという、GBNで見たのとほとんど同じ格好をしていた。
そして、人差し指で眼鏡のブリッジを持ち上げるその仕草。メッセージで来ればわかる、といっていたのにも納得がいく。
「はろーやーやー、少年少女。こっちでははじめましてかな? 今日も青春してるねえ」
「ええと……」
「何を隠そうトワさんがトワさんさ。キジマ・トワ……それがトワさんのリアルネームだよ」
隠すもなにも最初から全開にしてるようにしか見えなかったトワさんが、GBNと変わらないような格好で、ほして変わらない言動でふふふ、と不敵に笑う。
確かに来ればわかるといってたのには頷けるけど、それにしたってGBNとリアルでここまで変わらないとは逆に驚きだ。
まあ、あっちじゃ地球連合の軍服を着崩している以外はダイバーネームとダイバールックがほぼ現実そのままな俺が言えたことじゃないんだろうけど。
「はじめまして、トワさん。ええと……キジマ、ってまさか……」
トワさんのリアルネームを聞いたチナツは、驚愕したように何かを言い淀む。
キジマ。キジマ・トワ。脳裏でトワさんの名前を反復していると、俺も記憶のどこかに何か引っかかるものを感じて、首を傾げる。
なんだったかな、確実に聞き覚えはあるんだけど、ド忘れしちまったのか、思い出せない。
「ふふふ、そのまさかだよ少女。トワさんはキジマ・ウィルフリッド……君の父親と少年の両親とGPDの学生大会、その決勝戦で戦った男の、娘なのさ」
「キジマ・ウィルフリッド……」
確か、四代目メイジン・カワグチを目指していたんだったか襲名したんだったかは忘れたけど、その人は確かに師匠の、父さんのライバルだったはずだ。
スミの時といい、こんなところにも血脈に刻み込まれた因縁が転がっていることに、偶然という言葉では片付けられない作為性を感じながら、俺は改めて飄々とした笑顔を浮かべているトワさんの瞳を真っ直ぐに見据える。
「その顔はなにかを疑っているね、少年?」
「いや……気を悪くしちゃったら悪いんですけど、偶然にしちゃできすぎてるな、って」
スミは師匠とジュンヤさんの因縁を覚えていたから偶然じゃないとすれば、トワさんとの縁ができたのは偶然といえるのかもしれないけど、果たして本当にそうなんだろうか。
疑いの目を向ける俺に、大して気を悪くした様子もなくトワさんは悪戯っぽく笑う。
「ふふふ、君は本当に勘が鋭いねえ……最近話題の次元覇王流使い。それだけでトワさんにピンとくるものがあったのは事実さ」
「じゃあ、ペリシアにいたのも……」
「それは偶然だよ、あるいはトワさんたちの血脈がその運命を引き寄せたのかもしれないけどね?」
出来すぎに見えることだって、蓋を開けてみれば案外そんなものだったりするのさ。
トワさんは飄々とした態度を崩さずに肩を竦めて、何やら重そうなアタッシュケースを片手に歩き出す。
血脈の因縁。そして運命。
そんな漫画みたいなことが転がってるだろうかと思ったけど、現にトワさんが俺たちの全てを監視していたわけじゃない以上、その言葉は本当なのだろう。
「なんていうか、漫画みたいね」
「……ユウヤ君の周りには、凄い人が集まるんだ、ね……」
「いやあ……偶然だろ、きっと」
二度はともかく三度続けばそれは偶然じゃあないとか、ドラマの中ではそう言ってたけど、例えばダイスを振った時にゾロ目が何度も出ることだってある。
つまりはそういう出来すぎた偶然だって、ないとは言い切れないのだ。
事実は小説より奇なり、っていうしな。
「そろそろ開店だよ、少年少女」
「ああはい、今行きます! 行こうぜ、チナツ、マフユ」
「わかったわ」
「はい……」
できればその手を離してほしかったんだけどな。
結局エスカレーターに乗るまでの間、チナツとマフユは磁石で引っ付いたかのように、俺の手を握って、あるいは抱き寄せていた。
青春だねえ、と先を行くトワさんがしみじみ呟いていたけど、通行人の視線で針の筵になるのが青春なのかどうかは大いに疑問が残るんだけどな。
◇◆◇
トワさんの案内で辿り着いた制作ブースには開店と同時に数人の客が入ってたけど、俺たちが座るだけのスペースは確保されていた。
というか結構な人数揃えても対応できそうな辺りは流石のガンダムベース本店といったところだろうか。
一瞬感心してたけど、俺がここでやるべきことは一つだ。
机の上に持ってきた工具と、バラバラになったストライク焔を並べつつ、俺はトワさんが何やらアタッシュケースの中からタブレット端末を取り出すのを横目に見やる。
多分、あの中に俺に必要なデータとか、そういうのが入っているんだろう。
押し寄せてくる緊張に息を呑む。
「さてさて、GBNでも言わせてもらったけど、トワさんにできることは君の参考になりそうなデータを見せることやちょっとした手伝いぐらいだよ、少年。そこから先は……君だけの新たなガンプラは、君にとっての愛の中からしか生まれないのさ」
「俺の、愛……!」
「そうとも、愛さ。だからトワさんが君に見せるのは──きっと君がもっとストライクガンダムという機体を好きになる、そして『好き』の可能性を広げるためのきっかけさ。なぁに、心配はいらない。君ならきっと気付けるはずさ。君なら想像の翼をはためかせ、トワさんの想定を超えたガンプラを作り出してくれると期待しているよ、少年」
一息にそう言い切ると、トワさんはタブレット端末を操作して、ホロスクリーンを映し出す。
その中に収まっている映像は、どれもこれもストライクガンダムという機体が絡んでいるガンプラバトル、それもGPD時代のものだった。
作り上げて、壊して、また作り直す。その繰り返しだった先達の、その繰り返しを経て洗練されていったストライクガンダムの勇姿が収められた映像に、俺はただのめり込む。
自分の中に、新たな可能性が芽生えようとしている確かな息吹を、高鳴る心臓の鼓動に感じながら。
ヒロインレースと明日への息吹