ストライク焔の魂を連れた新機体、ストライクスフィーダを完成させた翌日。
善は急げとばかりに、学校から帰っていつもの稽古と風呂、夜飯その他を済ませた上で俺はストライクスフィーダをダイバーギアの上に乗せて、GBNへとログインしていた。
たった数日離れてただけなのに、随分と懐かしい気がしてくる辺り、俺もすっかりこの世界に対する愛着みたいなものは持ち合わせてしまったらしい。
「あらぁ、ユウヤ君じゃない! メガ粒子杯の決勝戦以来かしら? 見てたわよ、アナタの活躍」
「マギーさん!」
その声が聞こえたのは、とりあえずはマフユがいつも待ってる場所に行ってからフォースネストにワープするかと思って歩き出した時だった。
てっきり何か嫌なことでもあったのかって心配だったのよぉ、と、マギーさんは本当に心配そうな表情でそう迫ってくる。
なんというか、色々とキャラが濃い人ではあるけどこの人は純粋にいい人なんだろう。他人の不幸を肩に乗せられて、他人の幸せを喜べるやつこそ本当に強い。師匠の言葉だ。
「リアルで色々あって、その……新しい機体を作ってたんです」
「あら! それは……素晴らしいことばかりじゃないわね。でも悲しみを乗り越えて作ったガンプラなんでしょう? よければアタシにも見せてもらっていいかしら?」
「はい!」
俺はマギーさんの言葉に応えて、エリアを格納庫に切り替える。
そこには、十八メートルサイズに拡大されたストライクスフィーダが、出撃の瞬間を今か今かと待ち望んでいるように佇んでいた。
今日ログインしたのは他でもなく、ストライクスフィーダの初陣を飾るためだ。
チナツはまだ新機体の完成にちょっと時間がかかるからって言ってたし、今日はログインしないみたいだけど、その分スミ……こっちではジェニだったな──はガンプラを修理してたみたいで、ログインしてくれる旨を伝えてくれている。
マフユと合わせて一応三人は確保できている。そんな状況だった。
「そのガンプラ、燃えてる……」
囁くような声で、そんな言葉が耳朶に触れる。
聞いたことのない声の主は振り返った俺の背後、マギーさんの隣にいつの間にか立って、小首を傾げていた。
燃えてる。見た感じ物理的な意味じゃないよな。じゃああれか、こいつは、スフィーダは今、闘志に満ち溢れてる、ってことか。
「えっと……ガンプラの気持ちとかわかる人なんっすか?」
「うん……そのガンプラ、とっても喜んでる。生まれてきてよかったって、もっとあなたと一緒に戦いたいって、そう言ってる」
いつの間やらマギーさんの隣に立っていた銀髪の不思議な女の子は、柔和な笑みを浮かべると、ストライクスフィーダのツインアイを一瞥して、微笑みかけてくる。
嘘か本当かはわからない。ガンプラは喋らないから、この子の言葉を聞いたやつが、そんなの嘘だって思うのも無理はないだろう。
でも、俺にはどうしてかその言葉が嘘には聞こえなかった。根拠こそなくても、きっとこの子は本当のことを言ってくれているという確信があったのだ。
「あらぁ。サラちゃん、いつの間に……紹介するわね、この子はサラちゃん。フォース『ビルドダイバーズ』の一員よ」
「ビルドダイバーズ……聞いたことないですね」
「あら、そうなの? なら、調べる価値はあるって言っておくわよぉ」
ビルドダイバーズは、今をときめく超新星なんだから。マギーさんはウィンクを飛ばしながら、そう断言する。
それにしてもビルドダイバーズのサラか。あたたかくて優しそうな子だとは思うけど、なんか底知れない感じもして、不思議な感じだ。
「それにしても、額の赤いクリアパーツに翼を増やしたユニット……ふふ、これ以上語るのは野暮ね。いいガンプラを見せてもらったわ。この子のデビュー戦が楽しみね」
「ありがとうございます! ちょっとヒントをもらったり、手伝ったりしてもらいましたけど、こいつは今の俺にできることを詰め込んだつもりですから!」
「そうね、サラちゃんが言った通り……アナタと一緒に戦いたくてうずうずしてるみたい。まさしく燃え盛る愛の炎のようなガンプラね!」
組み込んだストライク焔のパーツも、一から表面処理と塗装をやり直す程度には気合と魂を込めて作ったのがスフィーダだ。
マギーさんほどの人にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
「それじゃまた、何かあれば!」
「ええ、デビュー戦、応援してるわよぉ!」
「ばいばい、ユウヤ……スフィーダ。頑張って」
俺はエリアをセントラル・ロビーに切り替えて、マギーさんと、ビルドダイバーズのサラって子の二人組と別れると、マフユがいつも待っている場所へと駆け出していく。
マギーさんたちにスフィーダを披露してた分ちょっとだけ遅くなっちまったけど、そこにはいつもと変わらず、マフユが壁にもたれかかっている姿があった。
「悪りい、マフユ。ちょっと遅れちまって」
「ううん、大丈夫……マギーさんたちとお話ししてた、の……?」
「ああ、スフィーダをお披露目してたんだ」
あの人には、ヤスとかいう変なやつから助けてもらった恩があるしな。
間接的とはいえ、トワさんを介してタイガーウルフさんに引き合わせてくれた人でもある。そう考えると、マギーさんの人脈の広さはGBNでも指折りなのかもしれない。
「そう、なんだ……それなら今日のフリーバトル……負けられない、ね……!」
「ああ! まずは募集に乗ってくれるかどうかだけど……」
「それなら、通知欄開けばいいんじゃない?」
聞き慣れた声と共に、ブロックノイズが寄り集まってテクスチャを再構成していく様子が目に映る。
そうして構築された姿は、礼服に銀のティアラと、いつものでかいツインテール。
意外なことに、そこに現れたのは後継機を作っているはずのチナツだった。
「チナツ、お前今日ログインしないんじゃなかったのか?」
「ガンダムベースで大体作業は終わってたから、ちょっと急ぎで仕上げたのよ。アンタと、その……一緒にデビュー戦したかったし」
微かに視線を逸らしながら、頬を赤らめてチナツは言う。
お互いに新しいガンプラをお披露目したいって気持ちはなんとなくだけどわかる。
そう考えると、スフィーダだけじゃなくてチナツにとっての新しいシックザールのデビュー戦だ。尚更負けられなくなってきたな。
「そりゃ嬉しいけど、ガンプラのクオリティとかは……心配ないか」
「よくわかってるじゃない。例え急ぎだって、アタシの辞書に妥協の文字はないわ」
俺の心配を吹き飛ばすように、チナツはとん、と心臓の辺りを拳で軽く叩いて笑ってみせる。
スフィーダを作る時に俺の手伝いと並行しながら新作を作っていたチナツだ。その言葉は信じていいのだろう。
それに、こいつが妥協を何よりも嫌ってるのは昔から知ってることだしな。何事にも、どんな状況にも全力で挑む。それがチナツという女だ。
「それじゃ一旦、フォースネストに移動するか!」
「アタシはそれで異存ないわよ」
「はい……っ!」
チナツとマフユの同意を得られたところで俺はフォースネストへの転移を選択、それに相乗りする形でチナツとマフユもダイバールックが解けて、セントラル・ロビーから転送されていく。
ゲームの中で再ログインするような感覚と共に俺もまた数秒の内に意識とアバターが再構築されて、人波に溢れていた景色が、戦艦の一室みたいな殺風景なものに切り替わる。
初期に支給されるものだけあってそれなりに手狭なそこには、既にログインと転送を済ませていたジェニが壁にもたれかかっている姿があった。
……なんというか、出会った頃とは違って随分ガーリーな服装で。
ポニーテールに括っていた髪は解いてるし、上着はフード付きのコートこそ羽織ってるけど、袖がないセーターの真ん中、ちょうど胸の谷間はハート型に開いているし、下の方はショートパンツだ。
なんというか、一念発起ってやつなんだろうか。その割には平然としていて、俺は少し困惑する。
「遅い。何をしていたの」
「悪りい。ちょっとした野暮用と待ち合わせだよ」
「そう……なら次は私にも連絡しなさい」
それが好きになる相手への礼儀というものでしょう、とジェニはよくわからない理屈を並べ立てたけど、要するに寂しかったのだろう。
そんな、確定事項みたいに言い切ったジェニの言葉に、チナツとマフユが顔を見合わせて、鏡合わせのように頬を膨らませる。
ファーストコンタクトの印象がよくなかったのはわかるけど、今は同じフォースの、トライダイバーズのメンバーなんだから打ち解けてほしい限りだ。ジェニもジェニで、誤解を招くような言い方はやめてほしい。
「誤解も何もそうなると決まっていること」
「決まってないわよ!」
「……そ、そうです……っ!」
「……ユウヤ、罪な男。だとしても私のお父さんとお母さんがそうだったように、運命は自らの手で勝ち取るもの」
それがお母さんの教え、とジェニはそう断言する。
ジュンヤさんに会った記憶は既に朧気だし、ましてやそのパートナーの記憶なんて皆無に等しいけど、なんというか、色々強烈な人だったみたいだな。
ジェニが思い込んだら一直線なのはそんな母親に似たからなのかもしれない。
「そうね、アンタもたまにはいいこと言うじゃない。アタシのウイニングロードはアタシが勝ち取る」
「……わ、私だって……っ!」
「そう。ところでユウヤ、フォース戦をするという話だったけど、具体的には何をするの」
チナツとマフユが叩き返した宣戦布告──そもそも何と戦うっていうんだ──を華麗に躱してみせたジェニは、何事もなかったかのようにそう問いかけてくる。
「とりあえず通知開けってチナツに言われてるから……っと、なんだこの数!?」
相変わらず開かない通知欄を開けてみると、そこにはフォース戦の申し込みと思しきものが、「GHC」の特務分隊と戦った時以上に殺到していた。
一通一通開封してたら夜が明けそうなぐらいに溜まってるのはあれか、メガ粒子杯の影響か。
唐変木だの朴念仁だの言われる俺でもそれぐらいは察しがつく。強いやつと戦ってみたい。噂の相手と一戦交えたい。好戦的なファイターならきっと、誰しもそう考えるだろう。
そう考えると俺も一角の強者として認められたってことなんだろうか。
それは素直に嬉しいけど、そこにあぐらを掻くわけにはいかない。
いくらメガ粒子杯で優勝を収めたからといっても、まだまだタイガーウルフさんやキョウスケさん、キョウヤさんのような「高み」には程遠いのが現実だ。
それに、いつだってチャレンジャーでいたいという気持ちで作ったのがストライクスフィーダなんだからな。
そんな具合にぴしゃりと両頬を叩いて気合を入れ直し、溜まっていたメッセージをスクロールする。
時間とか実力とかが合う適当なフォースが見つかればいいんだけど、そうなると申し訳ないけど古いものよりも新しいものを辿った方が良さそうだった。
「とりあえず最近来た申し込み、っと……」
「これなんかいいんじゃないの?」
「どれどれ、『鉄仮面ズ』……?」
「……そ、そこ……結構有名で強いフォースだ、よ……?」
「私はどれでも構わない。ユウヤの好きにして」
チナツが指定した鉄仮面ズなるフォースはマフユ曰く結構有名なところらしい。
清々しいまでに丸投げしてきたジェニを横目に苦笑を浮かべつつ、俺はとりあえずコンソールを開いて、wikiかなんかに載ってないもんかと「鉄仮面ズ」で検索する。
「なになに……? 『フォースメンバー全員が歴代ガンダムに出てきた仮面キャラのコスプレをしていて、ガンプラもそれに因んだものになっているが、一発ネタ止まりではなく高いランクを維持しているフォース』か……」
概要を流し読みする限り、マフユが言ってた通りの強豪って感じだな。
注釈にはあのアトミラールさんが「あのリーダーとはサシではやり合いたくない」とか言ってたなんてことも載せられている。確かアトミラールさんの順位って、三桁だったはずだよな?
そんな人に警戒されるレベルのフォースか。今の俺たちからすれば、確かに無謀な挑戦なのかもしれない。
だったら逆に考えればいい。スフィーダがどこまでやれるのか、今の俺がどこまで通用するのか、腕試しといってみるか!
「俺はチナツの案に賛成だけど、マフユはどうなんだ?」
ジェニがなんでもいいって言ってた都合、多数決に従うなら「鉄仮面ズ」と戦うってことになるけど、格上に挑むんだから、マフユの意見もちゃんと聞いておきたい。
俺に合わせなくても大丈夫だと、そう付け加えた上で、ぐるぐると宙を彷徨っていたマフユの視線を真っ直ぐに見る。
もちろん、マフユが嫌だと言ったら、別なフォースを探すつもりだ。
「うん、大丈夫……ユウヤ君が、いるから。私も……戦う、よ……!」
一分ほどの時間をかけて、マフユは息を呑むと、意を決したように小さく頷く。
「ありがとな、マフユ! それじゃあ『鉄仮面ズ』とフォース戦と洒落込むか!」
「いいわね、燃えてきたわ!」
「お、おーっ……!」
「……別に、なんでも誰でも構わない」
イベントバトルじゃなくて、あくまでもフリーバトル申請ということで、指定されていた待ち合わせ場所である、セントラル・エリアのバーに俺たちは再び転移する。
そうして、そこに待っていたのは。
「君たちが噂の『トライダイバーズ』かな。我々の挑戦状を受け取っていただけたようで光栄だよ」
機動戦士ガンダムF91に出てくる鉄仮面と、それを取り巻くように顎が割れているシャア・アズナブルや、小太りのミスター・ブシドー、そして微妙にパチモノっぽいハリー・オードのダイバールックをしたダイバーたちだった。
鉄仮面さんの再現度はめちゃくちゃ高いけど、なんというか他のメンバーは「あえてパチモノっぽく揃えてみる」というこだわりすら感じるレベルで絶妙に本物感がない。
そういうところが、ネタフォースとして名を馳せている理由なのだろう。
だけど、見た目に騙されちゃいけない。
いつだって勝負の場に持ち込まれるのは本質なのだから。
拳は正直で嘘をつけない。師匠の言葉だ。
その証拠に、鉄仮面さんから漂ってくるオーラは、紛れもなく強者に特有な、向かい風のような圧を感じさせるものだった。
「はい、俺たちが『トライダイバーズ』です! 今日は『鉄仮面ズ』の皆さんに胸を借りるつもりでここに来ました!」
「ほう……我々の実力を知って尚挑んでくるとは、好ましい」
「これが若さか……」
「ユニバース……」
「この気持ち! まさしく愛だ!」
鉄仮面さんが鷹揚に頷きながら呟いたのに同調して、他のメンバーもまたそれっぽいガンダムの名台詞を口にする。
いや、若さだの愛だのはともかくユニバースってなんだよ。
ロールプレイなのはわかっているけどどことなく気が抜けそうなそのテンションに引きずり込まれかけたけど、危ないところだった。
これも戦う相手の闘志を削ぐための番外戦術の一種なのかもしれない。
そう考えると、一層気合を入れ直さないとな。
格納庫でやったように、感触はなくても俺はぴしゃりと強く両頬を叩く。
「……多分あの人たち、何も考えてないと思うわよ」
「……あ、あはは……」
「それで、ここにいる四人が対戦相手?」
どこか呆れたようなチナツとマフユ、そして気合を入れ直していた俺を一瞥すると、ジェニが淡々と鉄仮面さんへそう問いかける。
「いかにも。我がフォースの精鋭を揃えてきたつもりだ。そちらが四人に増えているとは聞いていなかったがね」
「なんていうか……突然のことだったんで」
「構わないよ、ユウヤ君。むしろこれで人数差という条件は埋まった。誰の良心も傷めぬ公平なバトルだ」
鉄仮面さんはそう頷くと、フリーバトル申請へと手を伸ばす。
フォースの精鋭を連れてきてくれたってことは、それだけ俺たちの実力が高く買われてるってことだ。
それ自体は光栄だと思う。嬉しくもある。
だけど、それは相手が俺たちに相応のバトルを期待してくれてるということだ。
だったら無様な戦いをするわけにもいかないし、尚更負けるわけにはいかない。
鉄仮面さんから送られてきたフリーバトル申請を承諾して、合意が成立したことで、俺たちは格納庫へと転送されていく。
「いい、ユウヤ、マフユ、ジェニ。相手はガチのガチで固めたフォースよ。一筋縄じゃいかないわ」
「わかってる。油断するつもりはない」
「……私も、全力で頑張り、ます……!」
「ああ! スフィーダのデビュー戦だ、最初から全力で行くぜ!」
カタパルトにスフィーダの脚部が固定されて、シグナルが赤から青へと変わる。
これがお前の初陣だ。勝っても負けても、全力を尽くそうぜ、スフィーダ。
「カミキ・ユウヤ! ストライクガンダムスフィーダ、出るぜ!」
お決まりの出撃台詞と共に、俺たちはバトルフィールドに選ばれた漆黒の宇宙へと飛び出してゆくのだった。
スミちゃん大変身