流石に度を越した悪質な行為だと判断した俺たちは、バトル後に「シルク・ドゥ・イディオ」の団長と呼ばれていた男のログデータを運営に提出していた。
負けたら土下座でもなんでもするとか言ってた割にそそくさと姿を消して雲隠れしやがったようだけど、そっちの方がよっぽどダサいんじゃないだろうか。
愉快犯にしては悪質な、マフユだけを狙った精神攻撃。何がしたかったんだ、あの腐れピエロ共は?
「マフユ、落ち着いた?」
「……はい……色々ごめんなさい、チナツさん、ジェニさん」
「くだらない連中の言葉を真に受ける必要はない」
ぶっきらぼうな言葉ながらも、ジェニはマフユを気遣うような言葉をかける。
あいつらがどう思ってるかなんて、知ったことじゃない。
俺は、俺たちはマフユをフォースのお荷物だと思ったことなんて一度もない。だから気にする必要なんてどこにもないのに、それでも気にしてしまうであろうマフユをピンポイントで狙って心を折ろうと試みてる辺り、あいつらは何らかの狙いがあって動いていたと見ていいだろう。
やがて、通報が受理されたのか、悪質な行為だと運営も判断したらしく、人型サイズのガードフレームに抱えられて、「シルク・ドゥ・イディオ」のリーダーが不愉快な笑顔を浮かべたまま、セントラル・ロビーに連行されてくる様子が目に映る。
通報から逃げ回っていた割には随分と余裕ぶって見えるのも含めて不愉快だ。
それは俺だけじゃなく、チナツとジェニも感じているのか、どこか殺気立った雰囲気が、二人の背中からは漂っていた。
「クックック、グッドゲームだぜェ、『トライダイバーズ』?」
「戦いを侮辱する輩の言葉を聞くつもりはない」
「ジェニが言った通りだ、お前にもし敗者としての誇りがあるんだったら、俺たちの質問に答えろ」
なにがグッドゲームだ。相変わらずちゃらけた態度を取っている腐れピエロは、俺たちの反応を見て満足げに口角を吊り上げると、ふざけた笑顔を浮かべながら言い放つ。
「イヤだよバァァァァカ! オレってば、お荷物の介護に追われて大変だって事実を言っただけで通報された可哀想な身なんだぜェ? むしろそっちが謝るべきなんじゃないのォ〜?」
「この野郎……!」
懲りもせずにマフユを侮辱するような態度を取った腐れピエロに、思わず殴りかかる態勢を取っていたけど、それを引き止めるように、チナツは俺を羽交い締めにしていた。
「落ち着きなさい、ユウヤ! どうせこいつには運営から処分が下るわ、PKでアンタもしょっ引かれてちゃ世話ないでしょ!」
「これが落ち着いていられるか! こいつを百回はぶん殴らないと気が済まねえんだよ!」
これだけの状況で口で言っても聞かない上に反省の色も見せないと来たら、それはもう喧嘩を売っているのと同じことだ。
例えPKの汚名を被ろうと、マフユに言ったことだけは取り下げてもらおうと拳を固めた刹那、俺の前に立ったジェニが静かに首を横に振る。
「拳を振るう価値もない相手。ユウヤが損をするだけ」
「だとしても……!」
「殴られたところで反省するような相手じゃない。ああいう手合いは腐るほど見てきたからわかる」
ジェニは淡々と、だけど瞳の奥には確かな怒りを宿しながら冷静に俺の蛮行を諫めるような言葉を紡ぐ。
確かにあいつを百回ぶん殴ったところで、百万回ぶん殴ったところで、反省の言葉なんてものは出てきやしないのだろう。
それでも、こっちとしてはあの腐れピエロがマフユに言った侮辱だけはなんとしたって取り消してもらいたいのだ。
一触即発の空気に、通りすがるダイバーたちがぴりぴりと神経を逆立てる感覚が肌に伝わってくるような気がした。
悪い意味で今の俺たちは注目の的ってことなのだろう。
反省の欠片もなく、今もニタニタと人の神経を逆立てするような笑みを浮かべている腐れピエロをどうしてくれるかと、俺が怒りに囚われていたその時だった。
「残念ながら、そちらのダイバーが言う通りだよ」
確か「SDガンダムフォース」に出てくる「ガンダイバー」の姿をしたダイバーが、ガードフレームを二機従えて、セントラル・ロビーに姿を表す。
ガードフレームを従えてるってことは、運営関係者なのだろうか。
俺たちと、ガードフレームに拘束されている腐れピエロの間に立つと、そのガンダイバーは無機質な表情を保ったまま、淡々とあの腐れピエロに通告する。
「フォース『シルク・ドゥ・イディオ』……彼ら『トライダイバーズ』からの通報は受け付けさせてもらった。それ以前にも複数回の警告処分は行っていたはずだが、今回は規定の回数を超過した上に反省の色もないということで、アカウントを凍結させていただく」
「おいおい、そりゃあないんじゃねェの、運営さんよォ〜、オレはただ事実を言っただけだぜェ? そこのフォースが、『トライダイバーズ』がお荷物抱えて可哀想だってよォ〜」
「君の言うことが事実かどうかは関係ない。しかしその言動は特定個人に対する誹謗中傷と判断するに足りるものだ。加えて再三に渡っての警告無視。よって君のアカウントは無期限凍結する。この処分が覆ることはない」
ガンダイバーが指を鳴らすと同時にその処分が下ったのか、何か言いたげにしていた腐れピエロはテクスチャの塵に還って、強制的にログアウトさせられていた。
あのガンダイバー、それだけの権限を持ってるってことは相当運営の中でも高いポジションにいるんだろう。
そんな人がわざわざ出向いてきて直接アカウントの永久凍結を言い渡す辺り、あいつらに俺たちと似たような思いをさせられたフォースは少なからず存在していると考えると、なんだかやるせない気持ちになる。
「さて、騒がせてしまって済まなかったね」
「あの……すみません。ゲームマスター、ですよね?」
「いかにも私がゲームマスターだが」
チナツが小首を傾げて問いかけた言葉を、ガンダイバーもといゲームマスターは静かに首を縦に振って肯定する。
上の方どころか、運営のトップだった。
ゲームマスターが直々に出向いてきた辺り、やっぱりあの腐れピエロ共の罪状は相当なものだってことに間違いはないようだ。
「通報したアタシたちが言うのもなんですけど……本来であれば運営は個人間のトラブルには介入しない。そうですよね?」
「本来であればその通りだ。しかし、今回の件は今までに寄せられた通報の件数が極めて多かったのと、彼がこちらからの警告を再三に渡って無視してきたことに対する、ある種例外的な措置だ。ログデータを渡してくれた君たちには感謝しているよ」
「つまりあの腐れピエロ、それだけ多くの人に迷惑かけてたってことなんですか」
「平たく言えばそうなる。それでは私は運営業務に戻らせてもらうよ」
なんて野郎だ。罰が降った以上、これ以上言うのは野暮ってもんなんだろうけど、それでも怒りは治らない。
腐れピエロにやった時と同じように指を鳴らすと、従えていたガードフレームと共にゲームマスターはどこかへと解けて消えていく。
ブレイクデカールの件とか、色々調査してくれてるだろうに、わざわざ呼び出す形になったのは申し訳ないけど、こうして明確な違反には迅速に対応してくれる辺りはありがたい。
「……それにしても解せないわね」
「なにがだ、チナツ?」
「今回は偶然もあっただろうけど、違反行為にこれだけ早く対応してくれる運営が、マスダイバーを取り締まれてないのがよ」
確かに、言われてみればその通りだ。
ブレイクデカールを使ったであろう映像データだとかログだとかはサーバーに残ってるはずなのに、今の今までマスダイバーが検挙されたという話は、一件も聞いたことがない。
俺たちが遭遇しただけでも結構な数のマスダイバーがいて、そのログだって逐一観測しているだろうに、それでも誰一人として検挙されていないのは不自然にも程がある。
「聞いた話じゃブレイクデカールとここ最近発生してるバグは無関係じゃないって話なのに、それでも運営が動かない……なんだかイヤな予感がするわね」
「……ああ」
腐れピエロが捕まったことを喜ぶ、とまではいかなくともある程度溜飲が下がったのが元に戻っていくかのように、新しい不安の影が俺たちを包む。
最近は遭遇していないとはいえ、マスダイバーが日に日に多くなって、ブレイクデカールが末端にまで広がっているというのはこの前読んだ電子新聞に書いてあったことだ。
もしもブレイクデカールと、発生するバグが無関係でないのなら、マスダイバーの母数が増えれば増えるほど、それが引き起こされる回数もまた増えていく。
一体誰が、何の目的で。
考えても、答えは出てこない。
どっちにしても今は、マフユを侮辱したあの野郎のアカウントが永久凍結されたことに感謝すべきなのだろう。
「マフユ、さっきも言ったけどさ、あんなやつの言うことなんて気にするなよ」
「……ユウヤ、君……」
「マフユは俺たちの仲間だ。だから……上手く言えないけどさ、迷惑だとかそんなこと、思ってないからな」
むしろお互い迷惑をかけ合って、お互いにそれを解決していく方がきっと望ましい。
だから俺は、マフユにはっきりと、力を込めてそう言った。
仲間って、そういうものだろ? 少なくとも俺は、そう思っている。
「……ありがとう。私、頑張る、よ……」
「そう気負うなって、肩の力抜いてこうぜ」
「珍しくユウヤの言う通りよ。マフユは真面目だからなんでもかんでも背負い込んじゃうけど……少しぐらいはアタシたちに分けなさいよ」
チナツはフォローに入るように優しくマフユの肩に手を置いて、微笑みかける。
それにしたって珍しくは余計だろ、珍しくは。
「珍しくってなんだよ?」
「ふん、言葉通りよ」
「この野郎」
俺たちのやり取りを聞いていたマフユがおろおろと困ったように周囲を見ていたけど、こんなのは冗談というか、いつものじゃれ合いみたいなもんだ。
わかっているからこそ、ジェニもどこか呆れたような表情でこっちを見ているのだろう。
多分それぐらいの温度でちょうどいい。最近はメガ粒子杯の優勝者だとか、有名フォースを倒しただとか色々尾鰭がついてるけど、思えば俺たちは、階段を急いで駆け上がりすぎたのかもしれないな。
「名前が売れればいいことも悪いこともある、か……その通りだな」
「全くよ」
「……強い相手と純粋に戦える。それだけならいい」
相手だって勝ちたいから必死にやってて、策を弄したりもするんだろう。
でも、いつかもいったけど、俺としてはまたあの「度胸ブラザーズ」やコドウと戦ったときのように正面からぶつかり合って戦いたい。
フォース戦の依頼を受ける時はその辺を基準にしてもいいのかもしれないな。
「とりあえずフォースネストに戻ってバトルの相手でも探すか」
「アタシは賛成。マフユは?」
「……私も、それでいいかなって……」
「ユウヤが、将来のパートナーが決めたなら私はそれに従う」
淡々とそんなことを答えるジェニと、それに眉を逆立てるチナツといういつもの構図に苦笑しつつ、全員の同意を得たことで俺は三人を対象に選択してフレンドワープを決行する。
とりあえず目先の目標としては、正面からガチでやり合ってくれるフォースを探すことか。
◇◆◇
果たしてそんなノーガードでやり合ってくれるフォースがそう簡単に見つかるのかという話だけど、結論からいえば見つかった。
名前はメッセージ曰く「ケモノミチ」だとか。
なんでも、タイガーウルフさんの「虎武龍」をリスペクトしているフォースらしく、格闘術や剣術だけで、どんな相手とも真正面から戦うことをモットーにしているらしい。
その辺は「度胸ブラザーズ」とどこか似たところがあるな。
果敢に斬りかかってきたAGE-1ソーディアを流星螺旋拳の一撃でノックアウトして、実に戦力差三倍というハンデを少しでも埋めるために、俺は次から次に向かってくる相手を正面から迎え撃っていた。
『その胸借りるでごわす! ちぇええええすとおおおおっ!』
「おっと危ねえ! 次元覇王流、弾丸破岩拳!」
『ぬおおおおっ! 無念!』
息つく間もなく真っ正面から大上段に刀を構えて斬りかかってきたAGE-2ザンテツを打ち倒し、その後ろに控えていたガンダムマックスターに回し蹴りを放つ。
正直、キツいところはある。
なんせ相手の頭数はこっちの三倍だからな。だけど、これだけ戦ってて気持ちいい相手も久々だ。
「……次元覇王流、閃光魔術蹴り」
「たまには狙撃だけじゃなくて、ガンダム的には斬り合うのも一興ってやつね!」
ジェニのプライドマスターが閃光魔術蹴りで赤と白の配色を逆転させたシャイニングガンダムを打ち砕き、チナツのウイニングロードアストレイが、同じように「ちぇすと」の奇声を上げて斬りかかってきたソードストライクの胴体を両断する。
皆なんだかんだで鬱憤が溜まっていたのだろう。
それをぶつけるように俺たちは「ケモノミチ」のダイバーたちをちぎっては投げといった風情に片付けていく。
「なんと……これがメガ粒子杯優勝者が率いるフォースの実力! それでこそ、それでこそ俺たちが挑む意味がある! 行くぞマタドールガンダム!」
「レッドフラッグは使ってこないか! どこまでも潔いな、あんたたち!」
「最高の褒め言葉だ、ではフォース『ケモノミチ』が『ノリミチ』、いざ!」
手足と頭を収納して、闘牛の頭を思わせる形態に変形したマタドールガンダムがヒートホーンを赤熱化させて、スフィーダに向かって一直線に突進してくる。
後先を考えていない捨て身の一撃だ。躱すのは容易いだろう。
だけど、それじゃあ真っ正面からぶつかり合ってくれている相手に対して筋が通らない。
「行くぞ……俺たちも全力で迎え撃つ! お前は俺だ、俺はお前だ! イクシードチャージ発動! バーニングバーストシステム、出力百四十パーセント!」
瞳を閉じて目蓋の裏に太陽を仰ぎ見れば、俺とストライクスフィーダは一心同体となって、猛り狂う雄牛を迎え撃たんと、赤いマントの代わりに全身から炎を噴き上げる。
「次元覇王流! 流星螺旋拳!」
『ぬおおおおっ! これが我が道、獣道! 道がなければ創って拓く!』
『はあああああっ!』
右手に凄まじい衝撃が走るのもお構いなしに、俺は唇の端を吊り上げて不敵に笑う。
こんなに楽しい戦いなんだ、いつまでだって楽しんでいたくなるけど、勝負ってのはほぼ必ず、白黒がつくものだ。
互いに全力を出すからこそ、礼節を尽くして拳を交えるからこそ負けられない戦いがある。
それが今この瞬間だってことだ。
パルマ・フィオキーナの光とバーニングバーストの炎を纏った拳と、ヒートホーンがぶつかり合って火花を散らす。
百四十パーセントまで引き上げたバーニングバーストと互角にぶつかり合う辺り、この人が作ったマタドールガンダムは相当作り込まれているし、思いがこもっているのだろう。
拳を通して伝わってくる。どんなに不器用だとしても、どんなに不格好だとしても、茨の道を突き進んでいくというこの人の、ノリミチさんの覚悟が。
だったら俺もその覚悟に応えてこそだ。そうだろ、スフィーダ。
右手に走る痛みを堪えながら、歯を食いしばって俺は更に意識を深いところへと沈めていく。
「……見えた! バーニングバースト、出力百六十パーセントだ!」
『なんだと!? 戦いの中で進化する、これが……!』
「そうだ! 俺とスフィーダ、そして次元覇王流だ!」
『ふっ……見事だ……!』
出力を更に引き上げたバーニングバーストの一撃でマタドールガンダムを粉砕すると、押し寄せる、鉛のような疲労感に抗うように歯を食いしばって、俺は周囲の警戒に移行する。
ジェニとチナツが暴れまわってくれたのもあって、相手の数はかなり減っていた。
この分なら、二人に任せてても問題はないだろう。ただ、気になるのはマフユがどうなってるかだ──そんなことを考えていた、その時だった。
『速さならばこのレコードブレイカーも負けはしない! ちぇぇえええええすとぉおぉおおお!』
「きゃ……っ……!」
「マフユ!」
マフユのG-エクリプティカに、レコードブレイカーというらしい赤い機体が急接近して、ビーム・ザンバーを振り上げる。
トランザムに追いつく辺り、あの光の翼も相当作り込まれているのだろう。
俺が救援に向かおうと機体を反転させた、刹那。
「なんだ!?」
コックピットにアラートが鳴り響いたかと思えば、何かがバトルフィールドの中に割り込んできて、急速でマフユのG-エクリプティカへと向かっていく。
この感覚には覚えがある。あの時、「ゴールデン・ドリームズ」と戦っていた時の。
「……『シャドウロール』か! マフユ、気をつけ──!?」
『……』
夜の闇を切り裂いて現れた「シャドウロール」と黒いユニコーンガンダムペルフェクティビリティは、レコードブレイカーにガンダリウム合金製の棍を叩きつけて破壊したかと思えば、G-エクリプティカの両肩を掴んで、額と額を触れ合わせた。
なんなんだ、何が狙いなんだ?
攻撃するでもなく、ただ頭を軽くぶつけて、「シャドウロール」はそのまま夜の闇へと溶け込んで消えていく。
「マフユ、大丈夫か!?」
「……え……あ、うん……大丈夫だ、よ……?」
「ならよかったけど……何しに来たんだ、あいつ……?」
俺だけじゃなく、マフユもまた、意図がわからない「シャドウロール」の行動に困惑しているようだった。
無理もない。突然現れてやってきたかと思えばただ頭を軽くぶつけるだけで帰っていくんだから、前に戦ったあいつの行動から考えれば異常極まっている。
【Battle Ended!】
【Winner:トライダイバーズ】
チナツとジェニが残っていた相手にトドメを刺したことで、「ケモノミチ」とのフォース戦は俺たちの勝利に終わった。
だけどなんだか、せっかくの戦いに水を差された気分だ。
そしてあいつは、「シャドウロール」はわざわざ何をしにきたのか。
それが今はただ、心の奥にできたしこりのように、引っかかっていた。
その思惑は闇と共に溶けて