ガンダムビルドダイバーズ:トライ   作:守次 奏

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第五章が完結するので初投稿です。


Ep.50「フォニイ」

 マフユが、ブレイクデカールを使った。

 その事実は、俺とチナツを動揺させるのには十分すぎるものだった。

 ジェニはまだ「トライダイバーズ」に加入して日が浅いせいか、冷静に状況を俯瞰できてるみたいだったけど、俺たちはそうもいかない。

 

(違わないよぉっ! だって……ユウヤ君も……チナツさんも……ジェニさんも、皆凄いのに……お父さんと、お母さんも凄いのに……私だけ何も持ってない……私だけ、平凡で、皆の足を引っ張って……ユウヤ君には! できる人には! 私の気持ちなんて、わからないよぉっ!!!)

 

 あの時マフユが吐き出した言葉が、何度も脳裏でリフレインする。

 俺が、俺たちがどうこう思っているとかじゃない。きっとマフユは、言葉にしなかっただけでずっとそのコンプレックスを抱え続けていたのだろう。

 できる人には、わからない。その言葉から感じられる断絶は、痛みは、きっと俺が今想像しているよりも遥かに深く、切実なものなのだろう。

 

 重苦しい沈黙がフォースネストの中に漂って、空気が鉛を含んだように重たくなる。

 話をしようにも、マフユはもう「シャドウロール」とどこかに行ってしまったから、足取りを追うのも難しい。

 いつの間にか、フレンド欄からもフォースメンバー欄からもマフユの名前は消滅していて、そもそも今ログインしているのかさえわからない有り様だ。そうなったのも、全部。

 

「俺のせいだ……」

「ユウヤ……」

「俺が、マフユの本当の気持ちに気付いてやれなかったから……本当はずっと辛くて苦しくて、バトルどころじゃなかったんだって、わかってやれなかったから……」

 

 そうだ、全ての責任は俺に帰結する。

 チナツが気遣うようにそっと肩へと乗せてくれた手が重い。

 慰めてもらっているんだろうけど、それがただ俺を惨めにさせて、そう感じてしまう自分に嫌悪感が沸々と湧き上がってくる。

 

 リーダーの俺が本当であれば、誰より早くマフユの気持ちに気付いてやらなきゃいけなかったんだ。

 チナツのせいじゃない。ジェニのせいじゃない。ただ俺が、俺が悪いんだ。

 頭を抱えて、フォースネストの机に蹲る。それまでにどうすればよかったとか、あの時ああしていればよかっただとか、後悔ばかりが心の奥底から溢れ出してきて止まらない。

 

「……それで、ユウヤ。貴方はどうするの」

「……ジェニ」

「時間は戻ってくれない。私は貴方に落ち度があるとは思わない。だけど、マフユがブレイクデカールを使って、フォースを抜けた事実は変わらない」

 

 だから、これから貴方はどうするつもりなの。

 淡々と、だけど、俺という人間の器を見定めるように、失望させてくれるなよ、とばかりにジェニの鋭い視線が突き刺さる。

 確かにジェニが言う通りだ。俺が悪いと言い続けたところで、そこにマフユがいないのなら、その言葉が届くことはない。

 

 だったら、これからはあいつが言った通りに俺はこれからどうするのか、どうしたいのかって話だ。

 正直な話、それを考えられるような頭じゃないところはある。今だって絶え間なく沸き起こる後悔と自己嫌悪に苛まれて、すっかり脳内メモリはキャパオーバーを起こしている。

 でも、そんな状態でも一つだけわかることが確かにあった。

 

 それは、マフユがもうこのフォースにはいないということと、「シャドウロール」と一緒にどこかへ消えてしまったという事実だ。

 そこから推測するなら、GBNの中では「シャドウロール」の足跡を追いかけることが、マフユを見つけることにも繋がるだろう。

 でも、どうやって追いかければいい。

 

「『シャドウロール』……あいつを追えば、マフユは見つかるかもしれない」

「そうね、最後に一緒に行動してた以上、その可能性は高いわ。でも……『AVALON』や『ルミエル・ナイツ』、『ザ・シルバリィ』が本気出して追いかけても見つからないようなやつの足取りなんて……」

 

 チナツががくりと肩を落としながら呟いたように、それはあまり現実的な手段じゃないことぐらいは俺にもわかる。

 でも、他にどうやってマフユを探せばいい。会って話をしなければきっとこの問題は解決しない以上、どうにかして話をつけなきゃいけないのに。

 俺とチナツが頭を抱えていると、ジェニが被っていたパーカーのフードを鬱陶しげに払って、小首を傾げながら言葉を紡ぐ。

 

「……ユウヤは、マフユのリアルを知っているはず。なら、直接訪ねて訊くのも手段」

「……その手があったか!」

 

 GBNで会えないなら、リアルであって話をつける方法もあるだろう。

 幸い、俺はマフユの住所を知ってるし、自転車を飛ばして行けばすぐだ。

 状況を冷静に見られている分、ジェニの視界は俺たちよりも遥かにクリアだ。今はそのことに感謝しつつ、善は急げとばかりに俺はログアウトボタンに手をかけた、刹那。

 

「……話してくれるとは限らない。それでもいいの」

 

 ジェニがそれを制止するように、冷徹な視線で俺を見据えて鋭く言い放つ。

 GBNで話しづらいことでもリアルなら、って訳にはいかないことぐらい想像はつく。

 実際、ジェニが言う通り、マフユが話してくれない確率の方が圧倒的に高いのかもしれない。だとしてもだ。

 

「……わかんねえ、でも今は少しでも可能性があるなら、賭けてみたいんだ」

 

 だとしても、話をしようとしなければ何も始まらない。もしもマフユが口を閉ざしてしまったら、その時は。

 その時は、どうすればいいのか。

 新たな不安が胸をよぎる。もしもリアルで話してくれなかったら、俺たちは今度こそ完全に手がかりを見失ってしまう。

 

 でも、そんなことを考えたって何も始まらない。まずはやってみなきゃわからないんだ。

 

「……そう。ユウヤがそうするなら止めはしない」

「ジェニ……」

「重ねて言う。私はユウヤが悪いとは思わない。ブレイクデカールに手を出したのはマフユの問題。だから……難しい」

 

 無明に堕ちた戦士を救うのが難しいように、一度深みに嵌まってしまえば、抜け出すのは容易なことじゃない。

 ジェニはぶっきらぼうながらも俺を気遣うようにそう言ってくれた。

 失敗したとしても気に病むな、と、そういう意味も込めているのだろう。

 

「ありがとうな、ジェニ……だけどこれは、やっぱり俺の問題だから」

「そう」

「だから、ケリをつけに行く」

 

 ジェニと、そして腕を組んで俯いていたチナツにそれだけ伝えて俺はログアウトを選択する。

 現実へと解けていく、どこまでも上るエレベーターに乗せられたような感覚と共にリアルへの帰還を果たした俺は、よそ行きの服に着替える間もなく、軒先に止めてある自転車に向かってひた走った。

 途中ですれ違った母さんが何事かを問いかけようとしたのも遮るように、俺はペダルを漕いで家を出る。

 

 夜の空気が溶け出したように、しとしとと雨が降っていた。

 傘も雨具も持たないまま、ただ俺は、髪や服が濡れるのも厭わず、一心不乱に前へと進む。

 待っていてくれ、マフユ。今、謝りに行く。それで済む話じゃないのもわかっているから、どんな償いだってする。だから。

 

 だから、どうか心を閉ざさないでくれ。言葉を閉ざさないでくれ。

 そう願って、俺はペダルを漕ぎ続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「頼む、門を開けてくれ、マフユ! こんな時間に済まない、でも俺、お前に謝りたいんだ!」

 

 そうして辿り着いた高級住宅街の中でも一際大きなマフユの家の前門で、インターフォンを鳴らしながら俺は呼びかけ続けていた。

 だけど、いつものように控えめな言葉が返ってくることはなく、鉄の門は固く閉ざされたままだ。

 勢いを増した雨に濡れながら、俺はインターフォンについている監視カメラに向けて頭を下げる。

 

 どうにか、たった一言でもいい。

 ただ、俺が悪かったと謝らせてほしいんだ。

 その結果、マフユが俺を許さないってんなら構わない。これ以上フォースにいたくないと言うんなら構わない。だからどうか、話だけでも聞いてくれないか。

 

 祈るように目を閉じて、俺はインターフォンの前で頭を下げ続けていたけど、返答はなく、ただ静かに降り頻る雨がアスファルトを叩く音だけがいやにはっきりと聞こえてくるだけだった。

 時折通り過ぎていく誰かから後ろ指を刺されたり、妙なやつを見るような目で見られたりするのも構わない。これは俺が、俺自身の意思でやっていることなんだから。

 たった一度、たった一言でもいいと待ち続けること二時間近く、何度かインターフォンを押し直したりもしたけど、結局マフユからの回答は、拒絶の二文字に還元されていた。

 

「……マフユ……」

 

 謝ることすら許さないという意味なのか、俺の顔も見たくないということなのか。

 それがマフユの意思なのだとしたら、俺にはもう、できることなんて何もないんじゃないか?

 それを認識した途端、膝から力が抜けたかのように崩れ落ちて、俺は呆然と天を仰ぐことしかできなかった。

 

 祈りが届くことはなく、降り頻る遠い雨に押し流されて消えていく。

 曇った夜空に星はなく、人工の明かりだけが頼りなく俺を照らしていた。

 まるで願いをかける星など、祈りが通じる場所などどこにもないとばかりに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ダイバーギアを通じて、一通のメッセージが届いたのはその翌日だった。

 雨の中で濡れ鼠になっていたせいで危うく風邪を引きそうになっていたというのに、母さんが何も訊かないでくれたのは優しさなのだろう。

 幸い体調を崩すこともなかった俺は、それがマフユからの連絡かと思って、どこかで期待を抱きながら、メッセージを大慌てで開封したけど、そこに書いてあったのは全く違う人からの、全く予想外な内容のものだった。

 

【From:クジョウ・キョウヤ】

【To:ユウヤ】

【Message:やあ、ユウヤ君。久しぶりだね。まずはメガ粒子杯バトルカイの優勝おめでとう。あれから、GBNを楽しめているかい? 多分訊くまでもないんだろうね。前置きはここまでにして、早速本題に入らせてもらうよ。君と『トライダイバーズ』に伝えたいことがある。近々、遣いの人間がコンタクトを取るだろう。その時はよろしく頼む。全てのダイバーが、変わらずGBNを楽しむために……】

 

 キョウヤさんからの、チャンピオンからの名指しでの呼び出し。

 マフユの件も大事だけど、これもフォースで共有しない訳にはいかないだろう。

 早速ストライクスフィーダをダイバーギアに立たせて、俺は大慌てでゴーグルを被り、GBNへとログインする。

 

 緊急案件ってことでチナツとジェニには今すぐフォースネストに来てくれとメッセージを飛ばしておいた。

 リアルでの連絡先というか住所がわからないジェニが来てくれるかはわからないけど、チナツは来てくれるはずだ。

 果たしてそんな期待は、セントラル・ロビーに降り立ってからすぐに実現することとなった。

 

 二分かそこらで、ログインとフレンドワープを同時に行ったのであろうチナツとジェニが、目の前でダイバールックを形成していく。

 

「来てくれたのか、チナツ、ジェニ!」

「そりゃ緊急案件って聞いたら来ないわけにはいかないでしょ?」

「ユウヤが来いと言った。だから来た」

「ありがとな、早速だけどフォースネストにワープさせてくれ、用件はそこで話す!」

 

 チナツとジェニを対象に含めてフレンドワープ、相変わらず狭苦しい宇宙戦艦の一室みたいな部屋に俺たちは集まって、チャンピオンから、キョウヤさんから届いたメッセージをスクリーンに映したものに視線を向ける。

 

「全てのダイバーが変わらずGBNを楽しむために、ね……なんか大事っぽいわね」

「……チャンピオン。クジョウ・キョウヤが直々に私たちを指名してきた。私はともかくユウヤ、チナツ。多分貴方のネームバリューが見込まれてる」

 

 ジェニが言う通り、俺たちがメガ粒子杯本戦まで残って、有名フォース「鉄仮面ズ」を討ち倒したという話が出回っていて、それをキョウヤさんが拾ってくれた可能性は大いにある。

 それ自体はありがたいことだと思う。

 だけど、俺たちはマフユがブレイクデカールを使ったという問題、そして「シャドウロール」と共に消えていったという問題を抱えている状態だ。正直キャパオーバーも甚だしい。

 

「マフユはどうだったの?」

「……ダメだ。答えてくれるどころか、門を開いてもくれなかった」

「そう……なら、『シャドウロール』を追って直接訊くしか……」

 

 俺がその問いかけに首を横に振ると、チナツは珍しく弱気な表情でそう呟く。

 恐れていた最悪の可能性。『AVALON』すらも足取りを追えないようなマスダイバーを探して回らなきゃいけないという途方もない絶望が現実になってしまった。

 がっくりと肩を落とす俺とチナツに、ジェニは理解できないといったように小首を傾げながら、キョウヤさんからのメッセージを投影したスクリーンを向けてくる。

 

「あの『シャドウロール』を探すなら、この状況は利用できる」

「どういうことだ、ジェニ?」

「簡単に言う。今、私たちは『AVALON』とコンタクトが取れる状態。つまり、『シャドウロール』の件について、情報を持っているチャンピオンと直接話ができるかもしれないということ」

 

 そうか。言われてみればその通りだ。

 確かに俺たちだけで闇雲に探し回るよりは、少しでも「シャドウロール」を知ってそうな誰かに話を聞くというのは悪くない。

 でも、チャンピオンが、キョウヤさんが話を聞いてくれるかどうかはまた別な話だ。

 

 だけど、可能性はある。

 昨日は可能性に賭けてダメだったかもしれない。

 なら今日こそは、というつもりはないけど、少なくともキョウヤさんが直接コンタクトを取ってきたということは、少しぐらい相手に対話の意思があると見てもいいだろう。

 

「ありがとな、ジェニ。ちょっとキョウヤさんに返事をしてみる」

「……これぐらいは当然のこと。だけど、ユウヤ」

「なんだ、ジェニ?」

「……貴方はどうしたいの?」

 

 俺は。マフユを探して、会って、どうしたいのか。ジェニは尖ったナイフのような視線で、試すように俺の両眼を射抜く。

 その答えなら決まっている。俺は、謝りたい。できることならマフユともう一度、「トライダイバーズ」としてやり直したい。

 それが身勝手なエゴだと言われても構わない。だけど、マフユがもしもその言葉を否定しなければ、きっとやり直せるはずなんだ。

 

「俺は、もう一度皆でやり直したい。マフユに謝って……ブレイクデカールを使ったことが罪だっていうなら、それは俺たちも一緒に背負っていく」

「……本当にそれだけ?」

「……どういう意味だ?」

「……今はそれでいいかもしれない。マフユにもしも会えたなら、私たちの言葉だけじゃない。貴方自身の言葉がなければ届かない」

「俺自身の、言葉……」

 

 ジェニの言葉が、俺の胸を深く抉るように突き刺さる。俺たちの言葉。俺の言葉。

 今はまだ、と言ってくれている辺りはジェニの優しさなのだろう。

 だから、猶予が与えられている内に俺はきっと見つけなければいけないんだ、「俺たちの言葉」じゃなくて、「俺の言葉」を。




本物の答えは闇の中に
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