『なにが悲しんでいるだ……お前になにがわかる! ぬくぬくと、愛されて育ったお前たちなどに! 私のなにがわかるというんだぁッ!』
ガンダリウム合金製の多節棍を振り回しながら、激昂した「シャドウロール」が咆哮する。
愛されて育った。それは、思わずあいつの口をついて出てきた言葉だったのだろう。
愛に飢えているからこそ愛を嗤い、楽しみに飢えているからこそ楽しみを嗤う。
他人から奪い取ることでしか、嘲笑うことでしか幸せを感じることができないのが、あいつの育った環境のせいだというなら、そして今も苦しんでいるというなら、それは呪いだ。
確かに俺は「シャドウロール」のことをなにも知らない。
わかるのは、拳をぶつけ合って伝わってきた悲しみだけだ。助けてほしいと、心から楽しみたいと、心から笑いたいと願っているあいつの心が悲鳴を上げていることだけだ。
だとしても、理由なんてそれで十分だろう。
多節棍を振った隙を狙って、黒いペルフェクティビリティの左腕を、その手首を蹴り上げる。
あれだけ重いものを振り回してるんだから、本来なら関節にくる負担も相当なものだ。それを狙って、俺は「シャドウロール」から厄介な多節棍を引き剥がしていた。
「ああ、俺はお前のことを何も知らない! だから、もっと聞かせてくれよ……その拳で!」
『ほざくなぁッ!』
展開状態になったアームドアーマーVNを振りかざして、「シャドウロール」はストライクスフィーダを引き裂こうと試みる。
だけど、その攻撃は大振りすぎだぜ。
当て身の要領で、リンファと戦ったときの記憶を頼りに見様見真似の鉄山靠を見舞えば、黒いペルフェクティビリティは体勢を大きく崩して、錐揉み回転で宙を舞う。
『ふざけるな……ふざけるなぁッ! 私は、私は弱くない……この力でお前たちを潰して、GBNを潰して、それでようやく笑えるんだ!』
「いいや、違うね! 俺たちを潰したって、GBNを壊したって、お前の渇きは満たされない!」
『知ったような口を聞くな!』
黒いペルフェクティビリティは咆哮と共にその背中からアームドアーマーDEを分離させて、オールレンジ攻撃を仕掛けてくる。
その制御は恐らくオートになっているのだろう。円運動を描いているんだから間違いない。
でも、死角からメガキャノンをぶっ放し、時にはアームドアーマーDEそのものが質量弾として飛んでくるんだから厄介なのには変わりなかった。
そして、多節棍を取り戻した本体が、俺とストライクスフィーダを粉々にしようと大きくそれを振りかぶった。
だけどそれも、今の俺には見えている。
ストライクスフィーダの視界が、真なるアシムレイトを通じてダイレクトに感じられている今、そして限界を超えたバーニングバーストを発動している今、どれだけ攻撃が速かろうと、どれだけ威力があろうと、受け流すべきところは、手に取るようにわかっていた。
「噴ッ……!」
『チッ……受け流したか……!』
パリィと化勁の応用だ。
ガンダリウムの棍による一撃を、衝撃を殺しながら弾き飛ばすことで、被害を最小限に抑える。
それでも腕が痺れるような痛みが伝わってくる辺り、あの棍の威力は油断ならない。ブレイクデカールで強化されてるんだから尚更だ。
「いいか、『シャドウロール』! お前の渇きを満たすにはな、GBNをぶっ壊しちゃいけねえんだよ!」
『戯れ言を……!』
「GBNは……色んなやつを受け入れてくれる世界なんだ! 武道にしか興味がなかった俺だって、この世界で仲間と一緒に遊んで、戦って! そうする内に、ガンプラバトルだけじゃなく、この世界そのものが好きになってたんだ!」
思い出すのはいくつもの出会い。マギーさんに助けてもらったことや、ジョーさんとトッドさんと拳を交えたこと、そしてチナツと喧嘩したこと、フェスで皆と楽しんだこと。
ペリシアではトワさんに出会って、ガンプラへの「愛」を知った。
メガ粒子杯では、立ちはだかる強敵たちと拳を交えたことで、コドウとの友情が生まれて、カールには色々とやきもきさせられて、リンファとはプライドをかけて全力でぶつかり合って、俺にとっての「強さ」を知った。ジェニとは、スミとは過去の因縁を清算するために戦って、「痛み」を知った。
そしてきっと、落ちてきたマフユを助けたところから、俺の旅路は始まったんだと思う。
皆に支えられて、俺はここにいる。
それはきっと、俺だけじゃない。チャンピオンのキョウヤさんがフォースを組んでいるように、ロンメルさんが、アトミラールさんが戦略や戦術を探究するように、誰もが誰かに支えられて、誰かを支えて、この世界は、GBNは成り立っているんだ。
「だから、お前の悲しみを癒すのは壊すことじゃねえ! この世界を……人の善意を受け入れるんだ! 悪意だけに呑まれて、誰かを嘲笑っていたって、幸せになんかなれるもんかよ!」
『ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァッ! 親に愛されて育ったお前になにがわかる! 実の娘を悪事の手駒にするような親を持ったこともないお前が、欲しかったクリスマスプレゼントなんて一度も貰えたことがなかった、適当なものを体裁のためだけに押し付けられた私の苦しみを! 私の……私の悲しみを、理解なんてできるものかぁッ!!!」
「だったら! 伝えてくれよ!」
振り回されるガンダリウム合金製の多節棍を打ち払いながら、俺は「シャドウロール」に、そのあだ名に、その影に覆い隠された女の子の、本当の名前に向けて呼びかける。
力になれるかどうかなんてわからない。無責任だと言われたって構わない。
だけど、話を聞いてやることぐらいは、少しでもその痛みと悲しみを肩代わりしてやることは、俺にだってできるんだ。
「お前の痛みを、お前の悲しみを、お前の苦しみを! この世界は、GBNは受け止めてくれるところなんだよ!」
『それがどうした! 今更喋ったところで私の過去が消えるものか! 私の取りこぼした幸せが……私が奪われた幸せが……戻ってなんかくるものかぁぁぁっ!!!』
あいつが、「シャドウロール」が振り上げたアームドアーマーVNの一撃が、その悲しみを乗せてストライクスフィーダへと振り下ろされる。
だけど今度は、避けなかった。
ストライクスフィーダの左腕が引き裂かれ、胴体にも深々とその爪痕が刻まれて、俺自身もまた、身を捩りたくなるような痛みに苛まれる。
『何故避けない! 馬鹿にしているのか!?』
「逃げねえって決めたんだ……お前がそこまで苦しんでるなら、お前がそこまで悲しんでるなら、俺はその悲しみと拳で向き合う!」
『知ったような口を聞くなぁぁぁッ!』
叫びと共に薙ぎ払われた多節棍の一撃を、俺は残った右手に出力を集中させることで受け止めていた。
コックピットには既にイエローコーションが明滅していて、これ以上戦えば危険だと、どこそこが不全を起こしているという通知がコンソールに明滅している。
それでも、言った通りだ。俺はもう「シャドウロール」の悲しみと苦しみから逃げたりなんかしない。
その全てを受け止めて、その上で、この拳で伝えるべき全てを伝えるために。
内部出力が、イクシードチャージによる排熱限界を超えて高まっていく。
百六十パーセントから百八十パーセントへ、そして俺が仰ぎ見た、赫く輝く太陽のように、二百パーセントへとその出力は到達する。
「……そうだな、過ぎちまった幸せは……お前が取りこぼしちまったもんは、戻ってこねえ」
パルマ・フィオキーナの光と限界を超えたバーニングバーストによる炎を纏った拳が、ガンダリウム合金製の多節棍をぐしゃり、と握り潰す。
全身の骨が軋むような、内側から身体を灼かれているような感覚が、ストライクスフィーダから伝わってくる。
この熱さが、この痛みがお前の抱えているものだとしたら、紛れもなく今の俺はお前だ。今のお前は俺だ。
アシムレイトの限界点、ガンプラとの完全な同調と、二百パーセントまで引き上げられたバーニングバーストの力は、俺自身も想像していなかったほどに強烈で、今も内部フレームが軋みを上げている。
だとしても今はその痛みすら愛おしい。
ストライクスフィーダの怒りが、そしてストライクスフィーダの悲しみが、アシムレイトを通して伝わってくる。あの「シャドウロール」の闇を払えと心に囁く。
「だけどな! 今お前がGBNを破壊すれば、これから手に入る幸せを壊すことになるんだ! 過去はどうしようもねえ、変えることなんてできねえ! だったら……変えられる未来に目を向けろ! お前が痛くて、つらくて、苦しいんなら、俺がそれを背負ってやる! お前の思いの捌け口になってやる! だから!」
『だから、なんだ! 未来の幸せだと……!? 私は……私が欲しかったものは……っ……!』
「拳を交えればダチになれる! 確かにお前がマフユにブレイクデカールを渡したことは許せねえ……だからこの戦いで、この拳でおあいこだ! そっから先のことはその時に決めりゃいい!」
誕生日プレゼントだろうがクリスマスプレゼントだろうがなんだろうが、ダチになったら贈ってやる。
あいつがそれを望むんなら、俺がダチになってやる。
全部が全部許せるわけじゃないとしたって、それでもおあいこにすることぐらいはできるはずだ。
あいつは、「シャドウロール」はマフユにブレイクデカールを渡した。俺は「シャドウロール」の過去を知らなかった。
だったらあいつの過去を知った今、未来に向けて歩き出すことだってできるはずだ。
許せないことがあったって、それを呑み込んで、壊すんじゃなくて作る未来だって、手を取り合う未来だって選べるはずだろう。
『私は……私は、ただっ……!』
本当は、適当なビジネス書なんかじゃなくて大きなクマのぬいぐるみが欲しかった。
本当は、いつも同じことが書かれているクリスマスカードじゃなくて、その年ごとに成長した自分に向けた言葉が欲しかった。
本当は、殴るんじゃなくて頭を優しく撫でてほしかった。
慟哭する「シャドウロール」は、涙を零しながら、アームドアーマーVNを収納状態にして殴りかかってくる。
この悲しみと苦しみを止めてみせろと、できるのなら解き放ってみせろとばかりに慚愧と慟哭を拳に乗せて、真っ直ぐぶつけてきたのだ。
だったら俺も、真正面から応えるしかねえよな。
オートで攻撃を命じられているアームドアーマーDEが放ったメガキャノンが右足を破壊するのも厭わずに、俺は拳を構えてブレードドラグーンをパージする。
機体の中で行き場をなくしていた余剰出力が揺らぐ炎の形になって、ブレードドラグーンをマウントしていたところから、さながら翼のように焔を噴き出す。
それはさながらファントムライトのように、もう一基のアームドアーマーDEが撃ち放ったメガキャノンを弾き飛ばし、撃ち落としていた。
「次元覇王流! 聖拳突きぃッ!」
『私は……私はぁぁぁぁッ!!!』
二百パーセントのバーニングバーストが噴き出す炎、そしてパルマ・フィオキーナの光を纏った拳が、ブレイクデカールで強化されたサイコ・フィールドを纏うアームドアーマーDEとぶつかり合い、激しい火花を散らす。
右腕のフレームが軋む音が聞こえる。
ストライクスフィーダが感じる痛みが、右腕を駆け抜けていく。だけど。
「負けねえ……負けるわけにはいかねえ! ここでお前の悲しみを払うためにも! マフユを助け出すためにも、俺は負けられねえんだ! ストライクスフィーダ! 連れて行ってくれ! 俺の魂を! ストライク焔の魂を! そして、『シャドウロール』の哀しみを!」
『……ッ……!』
「弱くたって……力がなくたって……人は助け合って生きられるんだ! 例えどれだけ綺麗事だと言われたって構わねえ! 俺は選ぶんだ! 壊すんじゃなくて作り上げる未来を! だから……お前の悲しみはここに全部置いていけ、『シャドウロール』! ストライクスフィーダが、俺の拳が、全部受け止める!」
あいつがどれだけ苦しかったことか。
あいつがどれだけつらかったことか。
あいつじゃない俺には、その全部を理解してやることは難しいのかもしれない。
だとしても、たった一欠片だけでいい。
もう二度と、あいつが誰かを嗤って生きなくていいように、あいつが誰かの幸せを踏みにじって生きていかなくていいように、悲しみを俺もぶつけられる形で背負う。
だから、応えてくれ。ストライクスフィーダ。俺の、俺たちの魂を乗せたガンプラなら、ガンダムなら、あいつの心に巣食う闇を、呪いを討ち祓ってくれ!
『私……は……』
「お前は……もう『シャドウロール』じゃなくていいんだ! 生きろ! 生きるんだ! 痛みと苦しみを誰よりも知ってるなら、きっと誰より優しくなれる! その殻を……脱ぎ捨てるんだ!」
アームドアーマーVNが砕け、そこから黒いペルフェクティビリティがひび割れていく。
鮮血のような色をしていたサイコフレームが、安らぎを感じさせる青緑へと変わって、ブレイクデカールが放つどす黒いオーラは、「シャドウロール」がその役目から解き放たれたかのように宇宙へと溶ける。
ストライクスフィーダの拳がやがて、黒いペルフェクティビリティの右腕を完全に打ち砕くと同時に生まれたクラックが広がって、出力に耐えられなくなった機体は崩れるように自壊していった。
「最後に、聞かせてくれよ……『シャドウロール』じゃない、お前の名前を」
『……私は……私は、ミリア……お母さんにもらった、たいせつな、なまえ……っ……』
「ミリア……お前は確かにいろんな人の大事なものをぶっ壊しちまったかもしれねえ……だけど、ここからやり直すってんなら、俺は……少なくとも俺だけはお前を許す。さっきも言ったけど、この拳で今までのことは全部おあいこだ」
正直に言ってしまえば、「シャドウロール」のことを、ミリアのことを憎む気持ちがないかと訊かれて首を横に振るなら、それは嘘になる。
だとしても、ここで俺があいつを許さなければ、何も始まることはない。
憎しみ合い、妬み合い……誰かを傷つけ合うことは簡単だ。だけどそうせずに、どこかで引き金を引かない未来を誰かが選ばなければ、悲しみは終わらないんだ。
だからここで、俺が終わらせる。
ミリアの哀しみを。あいつが本当に欲しかったものの重さを、「愛」の重さを受け止めて、前に進んでいく。
きっとそれが、俺にできる精一杯だから。
『ユウヤ……私は……貴方が、羨ましかった……貴方たちが……羨ましくて、仕方なかった……』
「ああ……」
『ごめんなさい……ごめんなさい、私……っ……私は……っ……』
ただ、愛してほしかっただけなのに。
ミリアはそう呟いてはらはらと涙を零す。
愛されないことの悲しみ。愛してほしいと願うが故に生まれてくる憎しみ。俺には、全部は理解できないけれど。
だったらその全てを、ここに置いていけばいい。これで全部だ。これで最後だ。
もう誰も傷つけるな。もう誰も嗤うな。
俺が願うのは、ただそれだけだ。
『……マフユは資源衛星に増援として控えてる』
「ミリア……」
『これが私にできる精一杯の償い……ごめんなさい、ユウヤ……ごめんなさい、皆……』
「……ありがとうな、ミリア。もし……この世界がぶっ壊れなかったら、その時はまたガンプラバトル、やろうぜ」
『ユウヤ……』
「きっと、GBNの皆がお前のことを受け入れてくれるとは限らない。だけど、さっきも言ったけど……少なくともここに一人は許すやつがいるんだ。今度はブレイクデカール抜きで……全力でぶつかり合おうぜ、ミリア」
その方が、きっと楽しいからな。
涙と共にブロックノイズとなって、黒いペルフェクティビリティは、「シャドウロール」はその役割を終えたかのように解けていく。
きっと、ミリアなら変われるさ。根拠はないけど、今はただそう信じたい。
そして、あいつが教えてくれたことが本当なら、マフユは恐らく次の増援として現れるのだろう。
マスダイバーたちの対処に当たっていたチナツとジェニが戻ってきたのを確認して、俺は操縦桿をきつく握りしめる。
ここからが、俺の戦いだ。そして、俺に残された課題を、精算する時が来たのだ。
資源衛星から増援として現れた機影を見据えて、俺は静かに固唾を呑み込んだ。
その中に、マフユのG-エクリプティカの姿があることを認めて。
対峙する運命