チャンピオンから、キョウヤさんからの連絡があったのはあの日、サラと言葉を交わしてから数日後のことだった。
なんでも、有志連合としてあの戦いに参加したほぼ全員に呼びかけているとか、そんな感じらしい。
有志連合のこと自体はともかくとして、俺たちが再び集められるのは他でもない、サラについてのことだろう。
それぐらいは想像がつく。
サラを消滅させる修正パッチが当てられる日は、レイドバトルの開始日だと公式から発表されている。
あの時言った通り、GBNとあの子の命を両方助ける方法が見つかったのかどうかについて、少なくとも俺たちもなにかできないかと調べてみたけど、あまりにも専門的すぎて無理だった、というのが結論だ。
あんなことを言った手前、それが見つけらなかったというのは気が引けるどころの話じゃないけど、それはそれとして、呼ばれたからには行かなきゃいけない。
「……本当に運営は、サラちゃんのことを消すつもりなのかしら」
「消さなきゃ、GBNが崩壊する……運営の立場に立ってみれば、そうするしかねーのはわかってる。でも」
「……あんな小さな子を消して……私たちは……」
一路「AVALON」のフォースネストに向かう俺たちは、すっかり消沈しきっていた。
マフユが呟いた通り、俺たちが昨日触れたのは、サラは、ただのバグなんかじゃない。
生きたいと願っている一つの命だ。それを消したあとに、はいそうですかと笑ってGBNが楽しめるもんか。
だけど、このまま放っておけばGBNそのものが滅びてしまうことも、また事実には違いない。
振り上げた拳を下ろす先を見失ったような、やるせない感覚を抱きながら、俺たちは「AVALON」のフォースネストへのワープを選択する。
そうして意識と仮想の躯体が再構成された中で目に飛び込んできたのは、やっぱりというかなんというか、どことなく殺気立ったような、あるいは困惑しているような警備係が小声で何やら言葉を交わしている光景だった。
「お待ちしていました、『トライダイバーズ』。クジョウの元まで案内させていただきます」
「あ、はい……いつも丁寧にどうもっす、エミリアさん」
「お気になさらず。これが私の役目ですので」
眼鏡のブリッジに人差し指と中指を当てて押し上げるエミリアさんはいつも通りって感じで、警備係たちに比べれば動揺してないように見える。
それを非情だと感じる心がないかと訊かれて、首を横に振れば嘘になるのだろう。
だとしても、エミリアさんにはさっき俺たちへと言ったように、エミリアさんの役割がある。
有志連合の長を務めるトップフォースの副隊長が、揺らぐわけにはいかないってことだ。
相変わらず長い廊下を歩きながら、すれ違う「AVALON」の隊員たちも警備係とどこか同じように困惑している様子を横目に見て、俺はエミリアさんに聞こえないよう、溜息をそっと噛み殺した。
でも、その様子を見てどこか安心したところもある。
皆が皆、望んでサラを消そうとしているわけじゃない。
中にはそういうやつだっているんだろう。ただのバグだと、データの塊だと割り切って削除してしまえばいいと。
それがGBNにとって最善の選択なのはわかっている。だけど、それは本当に……俺たちに、ダイバーにとって最良の選択肢なのか?
俺たちにはわからない。
チャンピオンも……キョウヤさんも、同じように悩んでいるんだろうか。それとも、覚悟を決めて、汚名を被るつもりでいるんだろうか。
その答えは、この扉の向こうにある。
エミリアさんが開けてくれた扉を潜った応接間にいたのは、チャンピオンだけじゃなく、ロンメルさんも、そしてあのゲームマスターも一緒だった。
「待っていたよ、『トライダイバーズ』。早速で悪いが、君たちに持ちかけたのは他でもない……」
「……サラの話、ですか」
サラ、という名前が俺の口から飛び出た途端に、柔和な雰囲気を纏っていたロンメルさんの視線に、ゲームマスターの背中に緊張が走る。
なるほどな。運営は当然として、ロンメルさんはもう既に覚悟を決めてきた側ってことか。
だったら俺から言うことはなにもねえ。血も涙もないだとか、そう罵ることぐらいはできるのかもしれないけど、ロンメルさんはきっと、そんな軽い気持ちでここにいるわけじゃない。
一人の人間が覚悟を決めたってんなら、それがよほどの過ちでない限りは口を挟むべきじゃない。父さんの、師匠の言葉だ。
サラを消そうとしていることは間違いなのかもしれない。だけど、消さずにいれば、GBNもそのまま消滅する。
そんなヤマアラシのジレンマの中で、GBNを、この世界を守ると決めたのがロンメルさんの「答え」だってんなら、俺たちがそれに口を挟む権利はない。
「わかっているなら話は早い。単刀直入に言おう。君たち『トライダイバーズ』に私は、再び結成する有志連合に参加してもらいたいと考えている」
「有志連合……」
キョウヤさんが言ってること自体はわかる。でも、再びその集まりができて、今度はなにをするんだ?
そんな疑問を抱いた俺が首を傾げると同時に、今まで俯いて黙り込んでいたチナツが前に歩み出て、毅然とチャンピオンに問いかける。
「チャンピオンの申し出はわかりました。でも……アタシたちが有志連合に参加するメリットと、その目的がわかりません」
「……失礼なのはわかってます。目的を、聞かせてくれます、か……?」
「俺からもお願いします、チャンピオン!」
マフユもまたチナツに追従する形でそう言い放って頭を下げる。
俺もそれに倣って、深々と礼をする。
キョウヤさんは二人の様子にふむ、と小さく頷くと、ロンメルさんとゲームマスターを一瞥し、二人が構わないとばかりに目を伏せたのを確認して言葉を紡ぎ出す。
「わかった。状況がわからないのでは君たちも混乱するだろうからね……現在、我々有志連合はサラ君の身柄を確保している」
「それって……」
俺はソファに腰掛けているゲームマスターを横目で見遣ると、キョウヤさんへと視線を戻して身を乗り出す。
まさか、サラを消滅させる予定を早めるだとか、そんなことはないのかもしれない。
けど、チャンピオンとゲームマスターが組んでいるなら、なにかの思惑があってもおかしくはないはずだ。
「そう警戒しないでほしい。我々有志連合がサラ君の身柄を預かっているのは、レイドバトルの期日までにサラ君とGBN、その両方を救える手立てを探している意味合いもある」
「サラと、GBNの両方を……それはあるんですか、キョウヤさん!」
「落ち着いてくれ、ユウヤ君。我々もまだそれについては探している最中だ。だから、少なくとも……レイドバトルの期日までの間であれば、我々有志連合はサラ君を運営に引き渡さず、消させないことを保証する。それが君たちに提示できる最大限のメリットだ」
「……」
すぐに首を縦に振れるような内容じゃない。レイドバトルの期日まではあと数日ってとこで、裏を返せばそれまでの数日間だけはサラの命を保証するけど、その後は容赦をするつもりはない、ということだ。
だけど、俺たち三人じゃ、サラとGBNの両方を助ける方法を見つけられなかった。
だったらせめて、あと数日の命だとしても、サラを生かしておく。それだけでも有情だ、って話なんだろう。
ここで噛み付くことは簡単だ。だけど、俺たちには手札がない。
言ってしまえば、サラを消したくないと思っているだけじゃ、チャンピオンを、ロンメルさんを、そしてゲームマスターを説き伏せるだけの材料にはならないってことだ。
想いだけでも、力だけでも。大好きなガンダムSEEDの言葉が、重たく両肩にのしかかってくる。
力がなければ想いを貫き通せない。想いがなければその力は暴力になる。
だけど、その両方が綺麗に揃ってくれることは滅多にない。
想いを取るか、力を取るか。きっとロンメルさんも、キョウヤさんも、苦渋の選択の末に、妥協案として、数日間だけサラを生かす、という答えを選んだのだろう。
そして、俺たちには力がない。
サラを生かして、GBNも救えるだけの力が。
もしもその方法があるんだったら、俺はそっちに賭けたいと思っている。だけど、たった数日でそんな方法が見つかるのかどうかで考えれば、その答えはわかりきったことだろう。
「……わかりました、俺たち『トライダイバーズ』は有志連合に参加します」
「ユウヤ……!」
「落ち着け、チナツ。キョウヤさんも、サラとGBN……両方を救う方法を探してくれてる。だったら俺は、その可能性に賭けたい」
夢物語だと笑いたければ笑え。それでも俺は、サラの命を奪ってまでGBNを守る、という選択肢だけは選びたくない。
どっちも助ける。その方法が砂漠の中に落とされた一粒のダイヤモンドを探すぐらいに過酷なものだとしても、あと数日という猶予でそれが見つかる可能性に賭ける。
だからこそ、サラが運営に引き渡されない内に、それを探す。そのために有志連合へと参加するのだ。
「それが君たちの答えというわけかね?」
「はい。俺は……有志連合に所属します。だけど、サラの命を諦めたりなんかしません。ロンメルさん」
「……若さか。しかし、感情論で世界は救えない。もしもキョウヤや君たちがサラとGBNの両方を救う手立てを見つけ出したのなら、私もそれに従うつもりだ。だが、君たちが有志連合に所属するというのなら……その手立てが見つからなかった時の覚悟も問われる。それだけは言っておこう」
専門的なことはなにもわからない。
プログラミングだってハローワールドが精々な俺たちに、サラを救う手立てが見つけられる可能性は限りなくゼロに等しいと、ロンメルさんはわかっているからこそ釘を刺してくれたのだろう。
俺たちは、キョウヤさんに一礼すると、踵を返して「AVALON」のフォースネストを去る。
必ず、なんとしても見つけなきゃいけない。サラを助ける方法と、GBNを助ける方法、その両方を。
決意を込めて、俺は固く拳を握り締めた。
諦めたりなんてするものか。そんな道理は、俺たちの無理でこじ開けてやるんだ。
◇◆◇
そう意気込んで啖呵を切ったはいいものの、中学生が三人で考えたところで文殊の知恵になるわけもなく、俺たちは日数だけが減っていくのに連動して、精神がすり減っていく日々を送っていた。
サラが消える。そのことばかりが俺の、マフユの、チナツの頭を埋め尽くす。
メッセージが届いた通知音がぴこん、と間抜けに響いたのは、言葉もなく剣呑な雰囲気がフォースネストに渦を巻いていた、その時だった。
「ユウヤ、メッセージ来てるわよ」
「ああ……でもこんな時に誰からだ?」
ウィンドウを開いてメッセージを確認すると、その送り主は「ビルドダイバーズ」とかいうフォースからだった。差出人は「リク」って名前らしい。
リク。そういや有志連合戦の時にそんな名前のダイバーがいたような気がする。
前にガンダムベースで会った三人組の中にもリク、って名前の男子がいた気がするけど、多分偶然だろう。
藪から棒にいきなりなんだと首を傾げながらもメッセージを読んでみれば、そこに記されていたのは、思わず目を疑うような内容だった。
【From:BUILD DIVERS】
【To:トライダイバーズ】
【Message:初めまして、「トライダイバーズ」の皆さん。俺はフォース「BUILD DIVERS」のリーダーをやってる、リクっていいます。突然の連絡ですみません。最近話題になってる「サラ」のことについて、俺たちから皆さんに伝えたいことがあります。GBNとサラ、その両方を救うための方法が見つかりました。詳しくお話したいので、どうか俺たちのフォースネストまで来てくれませんか】
サラと、GBNの両方を救う方法が見つかった。それが本当なら、願ってもないことだ。
もちろんこれが嘘の可能性もある。だけどそれは運営の発表と同じで、相手に嘘をつくメリットがない。
マギーさんが言ってたことを思い出す。俺の記憶が確かなら、サラは「ビルドダイバーズ」の一員だったはずだ。
「ユウヤ君……」
だったら、尚更そうだろう。
マフユが心配そうな視線を向けてくる。だけど俺は、それを真正面から受け止めて、力強く頷き返す。
「ああ、大丈夫だぜ。マフユ。リクってやつのことを……俺は信じる。信じたい。もし本当にサラとGBN、両方を救う方法があるなら、それに賭けたいって気持ちは嘘じゃねえ」
「アンタならそう言うと思ってたわよ」
「チナツ」
「当然! アタシもそれに乗るわ! サラちゃんと会った時間は、言葉を交わした時間は短いかもしれないけど……それでもあの子は生きてるって、生きたいってそう願ってた!」
「……うん……あの子は泣くのを堪えてた。私もいっぱい泣いてきたからわかる……だから、ユウヤ君」
「ああ……行こうぜ、チナツ、マフユ!」
二人の意思も確認できて、同意が得られたってんならあとは行くだけだ。
どれだけ俺たちが頑張っても見つからなかったその答えに「ビルドダイバーズ」が辿り着いたなら、それを信じて進む。
それがどんな茨の道であったとしてもだ。
◇◆◇
「初めまして、『トライダイバーズ』の皆さん。俺、リクっていいます。今回はいきなり連絡したのに、来てくれてありがとうございます」
その「ビルドダイバーズ」が所有しているフォースネストが存在するエリアまで出撃した俺を出迎えてくれたのは、ジャージの上に胸当てをつけているダイバールックの男子だった。
なんだろうな、こうして面と向かって会ったのは初めてなはずなのに、全然そんな気がしないのは不思議なもんだ。
リクが差し伸べてきた手を握り返しつつ、俺は記憶を辿っていく。
「初めまして、リクさん。俺はユウヤ。カミキ・ユウヤです」
「カミキ……? あの、違ったら申し訳ないんですけど、もしかして、俺たち……ガンダムベースで会ったこと、ありませんか?」
リクさんは俺の手を握ったまま、きょとんと目を丸くしてそう問いかけてくる。
リク。ガンダムベース。
その二つが符合するような出来事なんてあったかと記憶の引き出しを片っ端から開け放っていけば。
「もしかして……ミカミ・リク、なのか?」
「やっぱり! はい、俺、ミカミ・リクです! あの時の!」
そういえばストライクスフィーダを作るためにガンダムベースに行った時、会ったことがあったな。
まさかGBNの、有志連合戦の立役者がその時のミカミ・リク本人だとは思ってもいなかったけど、世の中珍しいこともあるもんだ。
ってことは、その隣にいる帽子と眼鏡の男子がユキオさんで、ピンク髪に猫耳の女の子がモモカさんってとこか。
まあ、リアルの事情をあれこれ聞き出すのも野暮だからこれ以上は言わないでおこう。
「奇妙なこともあるもんだな……ああ、ガンダムベースでも言ったけど、俺のことはタメで構わないぜ、リク!」
「わかった。じゃあ俺もそうするよ、ユウヤ!」
もう一度固い握手を交わして、俺たちはそんな運命の悪戯に唇の端を吊り上げて笑う。
ただ、ここに来た本題はそっちじゃない。
握手を解きつつ、俺はリクの真っ直ぐな瞳を見据えて問いかける。
「それで、サラとGBNの両方を救う方法が見つかったって、本当なのか?」
「うん、だけど……確率は高くない。今の段階では五パーセント。それでも可能性はあるって思って、手当たり次第に色んなフォースにアライアンスを組んでくれませんかって、声をかけてたんだけど……」
「大体が有志連合側に回っちまってた、ってことか……」
サラとGBNを両方が救えたとしても、その成功確率が五パーセントと聞かされると、確かに説得材料としては弱いだろう。
でも、リクが言った通りに可能性はある。
だったら、俺の心は変わらない。俯くリクの肩に手を置いて、俺は力強く言葉を紡ぐ。
「わかった! 俺たち『トライダイバーズ』は……申し訳ないけど、有志連合に加盟しちまってる。だけど、有志連合にいても、俺たちはサラとGBN、両方を救う方法を見つけたお前たちに全部を賭けて、出来ることならなんだってやる!」
「ユウヤ……」
「アライアンスとして協力はできねえかもしれねーけど……有志連合の中にいたって、俺たちにできることは必ずあるはずだ! 例え汚名を着ることになったとしてもだ!」
俺の言葉が意味するところはただ一つ。その方法が失敗すればGBNがどうなるかはわからないけど、有志連合の連中に後ろ指をさされるであろうことは承知の上だ。
それでも、チナツとマフユは静かに、だけど力強く頷いて俺の言葉に乗ってくれた。
ありがてえ限りだ。いい幼馴染といい彼女を持って、俺はとことん幸せ者だよ。
「その通りだよ、『トライダイバーズ』、そして『ビルドダイバーズ』。そこに希望があるのならば、死中に活を見出すのみだ」
「アトミラールさん! 来てくれたんですね!」
俺たちが決意を固めた直後に部屋のドアを開いたのは、あの「GHC」を率いるアトミラールさんだった。
よく見ると、その隣には巫女服を動きやすいように改造した女の人と、その人に隠れるようにしがみついている薄紫色の髪をした女の子もいる。
アトミラールさんの家族なんだろうか。いや、詮索するのは野暮か。
「残念ながら我々『GHC』も既に有志連合へと組み込まれてしまったがね……だが、我々にも意地と覚悟がある。ユウヤ君。君と気持ちは……この心は同じだと言っておこう」
「それじゃあ……!」
「我々は稀代の大罪人になるか、或いは英雄になるのやもしれんな……と、冗談はともかくだ。リク君。寡兵にはなるかもしれないが……僕たちも君に協力させてほしい」
アトミラールさんがそう言ったのに続く形で、ドアの向こうで待機していたのであろう何十人かのダイバーが、一斉に部屋になだれ込んでくる。
言い分はそれぞれだったけど、概ね皆、サラを消すという選択肢には反対だってところは同じだった。
中にはクジョウ・キョウヤは自分の獲物だと主張してた子供もいたけど、まあそういう理由があってもいいよな、うん。
「これで役者は揃ったってわけか……燃えてきたな!」
「ああ、絶対に……サラを助け出すんだ!」
盃を交わすように、拳と拳を軽くぶつけ合って、俺とリクはそれぞれの決意を固める。
ああ、そうだ。あの小さな命を消させなんかするもんかよ。
絶対に、不可能を可能にしてやるんだ。俺の拳で、俺たちの力で。
交わる旅路