やっぱりというかなんというか、シャフランダム・ロワイヤルで得られたダイバーポイントとミッションで得られたダイバーポイントの数字には大きな開きがあった。
あの時は戦いに夢中で気付かなかったけど、相手に格上がいたのも大きいのかもしれない。
ただ、得られるものが多いということは失うものもまた多いということだ。
「ハイリスクハイリターンか……」
「何ぶつぶつ呟いてんのよ」
その翌日。食い終わった弁当が眠気を加速させる昼休み、声がどこからか降ってきたかと思って俯いていた顔を上げれば、そこにいたのは今日も飽きずに髪の毛をデカいツインテールに結わえているチナツだった。
何と言われても、大したことじゃない。
「ダイバーポイントの話だよ、ミッションよりもやっぱ対人戦の方が多く貰えるんだなって」
「そりゃ当たり前じゃない」
──っていうか、ミッションだけでランク上げするとかただの苦行よ?
チナツは呆れたように溜息をつく。
ちらりと唇の端から覗く、鋭く尖った八重歯は今日も健在で、なんだか大型犬を見ているような気分になる。
「何見てんのよ」
「いや、別に……なあ、チナツ。ミッションだけでCランクに上がるってどれくらいかかるんだ?」
「ミッションだけでC? アンタ本格的に苦行でも始めたいわけ?」
「だよなあ……」
GBNはCランクからが一人前らしいが、一人前になるのに楽な道なんてものは、どこであれなんであれ用意されていないのが世の常だ。
常に小さいことを積み重ねていくか、リスクとリターンを天秤にかけた上でチャンスを掴み取りに行くか。
それなら、ある程度操作の基礎は覚えてきたし、対人戦で腕を磨くのも悪くはないのかもしれない。
「ところでアンタどこまで行ったの?」
「Eだけど」
「ふーん……ま、アタシならCまで連れてくなんてお茶の子さいさいってやつだけど……ア、アンタがどうしてもっていうならその……キャリーしてやってもいいわよ?」
キャリー。聞き慣れない単語だけど、話の流れから察するに俺を手っ取り早くCランクに上げるためにチナツが手伝ってくれるとか、そういう話なのだろう。
確かにその申し出はありがたいかもしれない。でも。
「悪りいけど、パスで」
「はあ!? なんでよ!?」
「なんつーか、こう……チナツって確かAランクだろ? そこまで行ったやつに連れてってもらったんじゃ、一人前にはなれない気がしてさ」
マフユと一緒に遊んでいるのはどうなのかという話だけど、なんというかまあ、あれだ。
マフユにキャリーしてもらってるというよりは、一緒に遊んでるだけって感じだから、要は気持ちの問題なのかもしれない。
師匠曰く、強い者からヒントを得ることや助けをもらうことは決して恥ずかしいことではないらしいけど、一応のメンツというかなんというか、俺にだってそういうこだわりの一つや二つ、存在しているのだ。
「この修行バカ、もう知らないわよ」
「いや、気持ちはマジでありがたいんだけどさ」
「……ふんっ。そんなお世辞言われたって嬉しくないんだから」
どうなら本格的に拗ねちまったみたいだ。
キャリーじゃなくて一緒に遊ぼう、ぐらいの提案だったらこっちとしても吝かじゃないんだけど、こうもあからさまにキャリーしてやるからありがたく思え、みたいにやられると身構えてしまうのも仕方ない。
臍を曲げて教室を出て行ったチナツの背中を見送りながら、俺は再び机に突っ伏す。
でも、気を悪くしちまったんだし、チナツにはあとで謝っておくか。
などと考えている間にも上空を元気に旋回している睡魔に負けた俺は、五時限目の予鈴を聞き届けることなく眠りの淵に落ちてしまった。
◇◆◇
「マフユ、右行ったぞ!」
「……うん、ユウヤ君……!」
苦行と呼ばれるほどの試行回数を重ねるか、それともリスクとリターンを天秤にかけてチャンスを掴み取るか。
その二択に対して俺が下した結論は後者の方だった。
そろそろストライク焔を動かすのにも慣れてきたし、対人戦で経験値を積むのも兼ねて、格上と当たる可能性がデカいシャフランダム・ロワイヤルに潜り続ける。
マフユには負担をかけてしまってないか心配だったけど、それでも健気についてきてくれるんだから、ガンダムのことを教えてくれたのも含めて本当に頭が上がらない。
今度菓子折りの一つでも持って行った方がいいんだろうか。
薄らぼんやりとそんなことを考えてしまった、刹那。
『フハハハハ! 甘い、甘いぞ少年!』
「抜かったか!」
戦いの中で戦いを忘れてしまったことに反省しつつも思考回路を二秒で切り替えて、俺は懐に飛び込んでくる、トリコロールカラーのガンダムシュピーゲルの一撃を、ビームシールドを展開することでいなす。
シュバルツ・ブルーチーズというらしい、原作のファイターをリスペクトした格好のダイバーは、その選択肢は悪手だとばかりに宙返りをすると、手にしていたビームマシンガンを放り捨て、どこからか取り出したビームネットをストライク焔に被せてきた。
『フハハハハ! これでは動けまい! 今こそ我が必殺の……!』
「そっちこそ、詰めが甘いってんだよ!」
食らっちまった落ち度は俺のものだ。
だが、ビームネットを被せられたってだけなら、それだけならストライク焔の力でどうとでもなる。
パルマ・フィオキーナを展開してビームネットを強引に引きちぎると、俺はスラスターを全開にして跳躍、大技の構えを取ったガンダムシュピーゲルの懐に、そのままパルマを叩き込む。
『なんとぉっ!? やるな、少年……!』
「あんたこそな……!」
でも、大技の構えを咄嗟に解いてコックピットへの直撃を避けた辺り、このブルーチーズとかいうダイバーは相当できる方らしい。
ボクシングの構えをとって、ジャブでワンツー。しかし、それにも対応してガードと攻撃を巧みに切り替えるシュピーゲルは、格闘方面でも手練れのようだ。
──だけど。
「あんまりストライクに構いすぎたな!」
『なんとッ! このシュバルツ・ブルーチーズ、一生の不覚ッ……!』
この戦いはタイマンじゃなくて五対五だ。
確かにシュバルツ・ブルーチーズさんの技量は俺も舌を巻くものがあったかもしれない。
それでも、目の前の獲物に気を取られて、レーダーを見ていなかったのは、多人数が入り混じる戦いじゃ致命的だ。
後衛として陣取っていたEx-Sガンダムのビームスマートガンから放たれた閃光が、ガンダムシュピーゲルの半身を溶かす。
そして、その隙を見計らって俺は今度こそパルマ・フィオキーナを起動した貫手で、シュピーゲルのコックピットをぶち抜いていた。
『フッ……確か君は、ユウヤといったか』
「ああ、ブルーチーズさん」
『今度相見えた時は再び拳で語り合おうぞ!さらばだ!』
マシンガン持ってた割にはやたらと潔い辞世の句を遺して、トリコロールのガンダムシュピーゲルが爆散する。
これで戦況は四対三。こっちが四であっちが三だから、盤面としては有利に持ち込めた──そのつもりだった。
「なんだ、うわあああっ!」
「リョールさん!」
俺を援護してくれたEx-Sガンダムのダイバー、リョールさんが断末魔を上げる。
恐る恐る背後を振り返ってみれば、そこにあったのは、ビームサーベルで串刺しにされ、コックピットをぶち抜かれていたEx-Sガンダムの姿だった。
『ふふん……背後にも警戒しないからこうなるのよ!』
「ミラージュコロイドか……!」
「ユウヤ君!」
Ex-Sガンダムを仕留めた犯人であるところのネブラブリッツガンダムは再びミラージュコロイドで姿を消して、じりじりとストライク焔との距離を詰めてくる。
マフユの方は空中でカオスガンダムに釘付けにされているし、もう一人のジェスタ・キャノンも敵の後衛として陣取っているザメルを引き付けてくれている都合、あのネブラブリッツの相手をするのは否が応でも俺ということになる。
ミラージュコロイドは厄介な武装だ。
全身を透明化させることができるなんて聞いた時はそんなのアリかよ、と思ったもんだけど、それでも対策がないというわけじゃない。
俺は地面に落ちていたビームピストルを拾い上げると、おおよその「あたり」をつけてトリガーを引き絞った。
『しまった、牽制に!』
「へっ、バッチリ見えたぜ……今の機動!」
だが、無敵の兵器なんてものは基本的にガンダム世界には存在しないし、存在していたとしてもGBNがゲームである以上、バランスの都合でその最強ぶりが完全に再現されることはほぼないといってもいい。
ミラージュコロイドの弱点。
それはひとえに、スラスターの軌道まではごまかせないことや、地面を踏み締めて歩いていれば巻き上がる土煙までもが透明になるわけじゃないということに尽きる。
それでも、割り出せるのはあくまでおおよその位置だ。
そこから相手がどう動いてくるのか、距離を詰めてくるのか、遮蔽物に隠れることで静止して一旦状況のリセットを図るのかはわからない。
ただ、あのネブラブリッツがEx-Sガンダムを撃破したやり口から見れば、得意としているのは背後からの奇襲と見て間違いないはずだ。
だったら、やれる可能性はある。
ビームピストルを両手に構えたまま微かに屈み込んで、俺はマフユがカオスガンダムを、ジェスタ・キャノンがザメルを抑え込んでくれていることを信じて、「待ち」の構えを取った。
「来るなら来やがれ……! 来い……っ!」
最初から仕掛けてくることは期待していない。この程度の挑発に乗るような相手なら、もっとわかりやすい攻撃を仕掛けてくるはずだからだ。
そして、その予感は当たっていた。
虚空から突如として現れたランサーダートが、ストライク焔のコックピットを目掛けて飛来する。
だが、これは撒き餌だろう。
肩や太腿にランサーダートが突き刺さることを覚悟で俺は、そのまま姿勢を維持してコックピットへの直撃弾だけを頭部バルカンで叩き落とす。
──ビンゴだ。
ランサーダートに少し遅れて、闇から溶け出すかのように姿を現したネブラブリッツは、トリケロスからビームサーベルを展開し、全力で突っ込んでくる。
『まさか、読まれて……っ!?』
「右手は動く……だったらぁッ!」
ビームピストルの下部からビームの刃を最大出力で発振し、俺は胴薙ぎにネブラブリッツのコックピットを切り裂いていた。
だが、相手が突き出してきたビームサーベルも頭部にその先端が突き刺さって、イエローコーションがコックピットの中に鳴り響く。
「使えねーのは左腕とメインカメラの半分……まだやれるな、ストライク焔!」
ネブラブリッツの沈黙を確認すると、俺はビームピストルを携えたまま跳躍し、マフユのG-エクリプティカが引き付けてくれていたカオスガンダムの背後から奇襲をかける。
「でやああああっ!」
『サヴァリーがやられたか! だが!』
それでも反応が間に合っている辺りは流石としかいいようがない。ビームピストルの下部から発振された刃を爪先のビームサーベルで受け止めて、カオスガンダムは余力を失っていたストライク焔を強引に振り解く。
『悪いがこれでチェックメイトだ!』
「……っ! ユウヤ君は……!」
『何っ……!?』
「マフユ!?」
「……ユウヤ君は、やらせないんだからぁ……っ!」
機動兵装ポッドが放ったビームを両肩のGNドライヴに受けながらも、マフユはノーガードでカオスガンダムに両腕を失ったG-エクリプティカの機体を突っ込ませる。
その結果、相手はライフルも取り落として大きくバランスを欠いた状態で錐揉み回転、地面に墜落しそうになっていた。
これはチャンスだ。
『ノーガードで突っ込んできたところでぇっ!』
マニュアルで動かしているのであろう機動兵装ポッドが、G-エクリプティカのコックピットに照準を定める。
「きゃあっ……!」
マフユも離脱を試みたのだろうが、中心を撃ち抜かれたGNドライヴは黒煙を上げるだけで、そこから緑色の粒子を吐き出すことはない。
だが、それでも。
「マフユが身体張ってチャンスを作ってくれたんだ! ここでやらなきゃ男が廃る!」
俺が体勢を立て直すだけの時間は十分に稼げていた。
錐揉み回転していたカオスガンダムに狙いを定め、パルマ・フィオキーナを起動。そして、今できる全力を叩き込むために、エールストライカーのスラスターを全開にする。
「次元覇王流! 疾風突き!」
今は速く。何よりも疾く。ただ、風のように!
音を置き去りにして、ビームを纏った拳がカオスガンダムのコックピットを一撃で貫く。
パルマ・フィオキーナのビームを纏っていなければ、恐らくVPS装甲で防がれていたかもしれない。
だが、それは今、たらればの話だ。
『不覚を取ったか……ザミー、あとは頼んだぜ……』
「はあっ……はあっ……!」
どうにかカオスガンダムを撃破して戦力比は三対一まで持ちこめていたが、マフユは実質戦闘不能で、俺のストライク焔もほとんど中破状態。
ジェスタ・キャノンは頑張ってくれていたようだが、流石に重装甲のザメルを相手にタイマンを張るのは分が悪かったらしい。
長い砲身をハンマーのように叩きつけられ、ジェスタ・キャノンが縦にひしゃげて潰れていく。
「……こいつはピンチだな……」
「……っ、はい……」
レーダーからジェスタ・キャノンの反応は消失。ザメルは中破状態だがその装甲はほとんど健在という始末だ。
幸いなのは砲身を犠牲にしてくれたことぐらいだろうか。無機質なモノアイがぎょろりとこちらを向く。
「やれるか、マフユ?」
「……その、一つだけ……お願い、があります……」
「なんだ?」
「……その。支えてください……私の腰を、G-エクリプティカを……!」
「おうよ!」
ザメルに備え付けられたミサイルランチャーがその射程に俺とマフユを捉えて、発射された。
着弾すれば大破は免れないだろう。
そうなったらあとは俺たちの負けだ。
──だとしても。
「こっちは最初っから負けるつもりでやっちゃいねえんだよ! マフユ!」
「……は、はい……っ! お願い、ヴェスバーっ!」
G-エクリプティカのサイドアーマーとして装着されていたV2アサルトガンダムのヴェスバーが、ミサイルの発射とほぼ同時に火を噴いた。
極限まで出力を絞り込んで、貫通力に特化したビームは、ザメルの巨体──そのコックピットを確実に照星へと収めて、撃ち放たれる。
ここまで来たら、あとはお祈りだ。
人事は尽くした。できることは全部やった。だったらあとは、天命を待つしかない。
祈るように、通信ウィンドウに映ったマフユが目蓋を閉じて、眦に涙を滲ませる。
俺はただ、ミサイルと、光条の行方を見届けようと刮目する。
果たして、勝利の女神はどっちの頬っぺたにキスをしてくれるのか──
【Battle Ended!】
爆音と硝煙が吹き荒れる中、戦闘の終了を告げる機械音声が無機質に鳴り響く。
コックピットの中ではレッドアラートがやかましく瞬いていたが、それでも。
【Winner:Your team!】
最後に笑ったのは、俺たちだったようだ。
通信ウィンドウ越しにマフユが感涙に口元を覆い、俺もまた、小さく拳を固めてガッツポーズ。
「やったな、マフユ……!」
「はい……はいっ……! ユウヤ君が、いてくれたから……!」
「マフユがいてくれたから……!」
──勝てた。
同じ言葉を呟いて、俺たちは一頻り笑っていた。
ダイバーランクがEからDに上がったことも忘れて、ただこの戦いを生き抜いた喜びを分かち合いながら、噛み締めていたのだ。
一人じゃなくて二人なら