GBNでダイバーランクがDまで上がるとどうなる?
答えは簡単、フォースが組める……らしい。
らしいというのは昨日、シャフランダムでの激戦で疲れ切っててランクが上がったことすら忘れてて、今朝方慌てて調べたからあやふやになっているところだ。
「フォースかぁ、フォースなあ……」
母さん謹製の朝食を胃袋に収めたせいか朝の眠気がぶり返してきて、俺は欠伸を噛み殺すので精一杯だった。
それはともかく、フォースっていうのはいわゆる他のVRMMOにあるようなギルドとかクランとか、そういうやつのことらしい。
フォースを組まないメリットはそんなにない。なんなら一人でもフォース自体は作れるからぼっちフォースでもいいから作っておけ、とか攻略サイトには要約するとそんなことも書いてあった。
要するに一人前の一歩手前、初心者を卒業した半人前がDランクってことになるのかもしれないな。
「つっても、戦ってたのがほとんど格上だったからマジで実感ねえんだよな……」
シャフランダム・ロワイヤルは闇鍋の底と恐れられていることもあって、基本的にはマッチングにダイバーランクは勘案されているものの、初心者層からは敬遠されている。
だから必然的にあの魔境に潜るのは上級者がほとんど、ということになってしまうのだ。
Eランクに上がりたての俺を相手にBランクとかCランクが寄ってたかって押し寄せてくるもんだから、いい修行にはなったけど、あんまり心臓には良くないってのが最終的な結論だった。
幸いマフユとパーティー組んでたし、引いた味方もちゃんと頑張ってくれたからよかったけど、味方ガチャとか呼ばれてるだけあって、そういう事故もあるそうだ。
まあそんなことに出くわさなかっただけ運が良かったと思っておこう。
しかし、それにしたってフォースか。
組んだ方が得だとはわかってるけど、現状組む理由があんまりないんだよな。
マフユと遊ぶだけならパーティー申請だけで現状事足りてるし、なら別に急いで作る必要もないんじゃねーかな、なんてことを考えていた時だった。
ちょうど薄らぼんやりしながら隣にあるチナツの家を通り過ぎた辺りで、制服の襟首を掴まれる感覚がぼやぼやとした眠気を吹き飛ばして喉仏が痛みを訴える。
「ってえ、何しやが……」
これで見ず知らずの誰かがやってきたんなら喧嘩の一つでも売られたんだと思うことにしたのだが、振り返ってその下手人の顔を拝んでみれば、それはもう眩しいくらいに笑顔を浮かべたコウサカ・チナツその人だった。
「アンタ……GBNは一人でやるんじゃなかったの……?」
「痛ぇな……藪から棒になんだよ、急に?」
「とぼけるんじゃないわよ!」
とぼけるも何も一人でGBNをやってるとは一言も言ってないし、あれか? キャリーを断った件でキレてるのか?
でもそれについては謝ったはずだし、と真面目にチナツがここまでブチ切れてる理由を考えてみたが、まるで出てこない。
「勘弁してくれよチナツ、キャリーの件ならマジで気持ちはありがたかったんだ」
「それとこれとは関係ないわよ! アンタ、何知らない子と一緒にGBNやってんのよ!」
「知らない子って……マフユのことか?」
「マフユだかマナツだか知らないけど、アタシが散々誘ってもやんなかった癖にその子とやるのはいいってこと!?」
あー、うん、なんだ。
率直にいってよくわからん。でも、チナツがこれだけキレ散らかしてるってことは、マフユと一緒に遊んでたのはこいつの中では一線を超える行為だったらしい。
いや、そんなこと言われても正直困るんだけど。
「大体どこで知ったんだよ、そんなこと」
「そんなことじゃないわよ! 昨日の夜にログインしてみたら、ライブモニターにデカデカとアンタとそのマフユって子が映ってたんだから!」
そういやセントラル・ロビーにはリプレイや今やってる試合を映すためのモニターがあるんだったか。
それで昨日、俺とマフユがシャフランダムに潜っていたことがチナツにバレた……いや、隠してた訳じゃないんだからバレたってことはないんだろうが、筒抜けになっていたということらしい。
眦に涙を浮かべてぷるぷると怒りに震えているチナツは怒髪天を衝くといった勢いだ。
それでもこれに関して俺はともかくとしても、マフユは悪くないだろう。
フレンドと一緒にゲームをやるなんて、そんなに珍しいことでもない。なんなら別に、キャリーとか抜きに一緒に遊びたいってだけならチナツとGBNをプレイするのだって吝かじゃない。
でもきっと、そういう話じゃないんだろうな。
感情が良くも悪くも表に出やすいのがチナツという人間のいいところであり悪いところでもある。
少し怒りっぽいのもそうだ。チナツと喧嘩するのは久々だけど、こういう時はいつも、言葉で語り合うよりもわかりやすいことで折り合いをつけていたはずだ。
「わかったよ、チナツ」
「何が」
「……GBNで決着つけようぜ。マフユのこととか、俺のこととか……説明しても今のお前じゃ納得しないだろ」
言葉が通じなければ、拳で語り合う。
流石に思春期に入ってからはそんなこともしなくなったけど、まだまだ小さかった頃は互いに次元覇王流を習っていたこともあって、よく道場で喧嘩に決着をつけていたことを覚えている。
「……それ、本気なの?」
「おう、その方がお互いすっきりするだろ?」
「……ふん……わかったわ。じゃあ今日の夜八時。セントラル・ロビーの中央で待ってるから。アタシが勝ったらそのマフユって子のこととか、洗いざらい全部吐いてもらうわよ」
「わかった。じゃあ俺が勝ったら……どうすっかな。とにかく、出来る限りの説明だけはさせてもらう」
言葉より先に感情を処理してしまわないと、伝わらないこともある。
感情を処理できない人間はどうのこうのとマフユの家で見た「機動戦士ガンダムF91」ではそんなことを語ってた眼帯のキャラがいたけど、感情をちゃんと処理できる人間の方が世の中珍しいんだ。
だったらストレスもフラストレーションも、ガンプラバトルにぶつけちまえばいい。
生身で戦ったら、流石にもう体格差とか、力の差で怪我をさせてしまうかもしれないけど、少なくともGBNならその辺は平等だ。
無論、俺とチナツの実力に大きな隔たりがあるのはわかっている。
わかってはいるけど、誤解されたままじゃ終われない。だから、拳を交えて語り合うのだ。
ふん、と小さく鼻を鳴らして、チナツはつかつかと早足で通学路を歩き去っていく。
果たして勝てるかどうか。
チナツがどんなガンプラを使ってるのかもわからない今、俺にできそうなことはなんだろうか。
そんなことを考えながら、不機嫌な幼なじみの背中を追いかけるように俺も、通学路を歩くのだった。
◇◆◇
「……とまあ、そんな感じで今日の八時にフリバすることになったんだよな」
「……え、Aランクの人と……?」
「ああ」
今日はちょっと集中したいことがあるから、と師匠こと父さんと、母さんにちゃんと伝えた上で夜飯等々を早めに済ませて、俺は約束の二時間前、夜六時にGBNへとログインしていた。
なんの偶然かはわからないけど、いつものところにマフユも立っていて、ちょうどいいからと事情を説明していたのだが、チナツがAランクであることを伝えると、マフユはたちまち顔面を蒼白にしてしまった。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで……Aランクなんて……そんな……」
「そんなに悲観することねーと思うけどなあ」
「Aランクは……魔境を一歩抜けた先なの、ユウヤ君……」
「魔境?」
「うん……大体のダイバーがここで燻るか脱落するかって言われてるのがBランク。そこを抜け出せた人は、今の私なんかより、ずっとずっと強いんだよ……?」
どうやら俺が知らないだけで、GBNにもそういう、いわゆる中級者と上級者を分かつ壁のようなものは存在していたらしい。
Bランクといえば、昨日戦ったカオスガンダムのダイバーとか、シュバルツ・ブルーチーズさんのデータを見る限り、あの人たちがそうだったはずだ。
そこから頭一つ抜けた強さ。
ずっとリアルで顔を合わせているから正直なところ実感は湧かないけど、チナツはそれだけの強者ってことになる。
そして、五対五じゃなくてタイマンで決着をつけようって話になってる辺り、ブルーチーズさんを仕留めた時みたいに「周りの状況を利用する」のは難しそうだ。
「言われてみりゃ、無茶な約束したかもしれないな……」
「……わ、私……謝るから……その……チナツって人に、ちゃんと……」
「でもさ、チナツもなんていうか、不器用なんだよ」
「……不器用……?」
「ああ、チナツは昔っから感情が表に出やすくてさ、小さい頃はよく喧嘩してた。だからさ」
だから、GBNで喧嘩をすることであいつの感情をすっきりさせて、話し合いはそれからにしようってだけのことだ。
俺が負けたら洗いざらい吐いてもらうとは言われているけど、勝ったとしても結果は同じなんだから、多分変わらない。
そしてできれば、俺はチナツとマフユにも仲良くなってほしいと思っている。
今はなんの接点もないかもしれないけど、袖擦り合うも縁の端くれってやつだ。もしかしたらいい友達になれたりするのかもしれない。
なんてことを語っている俺は、マフユからすれば相当呑気に見えたのかもしれないな。
ごくり、と固唾を飲んで、マフユは怯えるような仕草を見せる。
「……でも、ユウヤ君……私……」
「マフユは悪くねーって。これはあくまで俺とチナツの問題なんだ、こう言っちゃなんだけど、本当、子供の喧嘩みたいなもんなんだよ」
チナツだって今頃多少冷静になってるかもしれない。
それはそれとしてわだかまりを残しておくよりは、全部ぶちまけてすっきりさせた方がいいってだけの話なのだ。
怯えるマフユを宥めている内に、時刻はもう七時を回っていた。
シャフランダムで慣らし運転をするのも悪くないかと思ってたけど、この時間だと中破でも修復が間に合わない。
だったらあとはぶっつけ本番だ。
とはいえ、あと一時間暇を持て余してるってのもなんかこう、もにょもにょするというかなんというか。
「なあマフユ、この辺で適当に時間潰せる場所とかないか?」
「時間潰し……?」
「ああ、流石に一時間も突っ立ってるのは暇だなーって思ってさ」
「なら、その……ロビーの二階とか、夜景が見れるから……あ、でも、カフェとかもあるし、どうしよう……」
「マフユが行きたいとこでいいよ」
GBNについて俺はまだまだ素人もいいところだ。バトル漬けになってたせいで、観光とかそっちのけだったからな。
その点、マフユはそういうことも詳しそうだから、聞いてみたってわけだ。
「……じゃあ、そ、その……あ、でも……」
「でも?」
「……私といたら、そのチナツさん、また怒っちゃうんじゃ……」
「んー……まあそうか」
なんで自分じゃなくてマフユなんだ、みたいなことは言ってたし、チナツの怒りの矛先がマフユにも向いてないとは限らない。
そういうところで察しが悪いからあいつを怒らせてしまったんだろうかと俺は後悔したけど、それが先に立ってくれないから後悔は後悔なのだ。
だったらその過ちを認めて、今回の喧嘩ですっきりさせればいい。
「まあでも、突っ立ってるだけじゃ流石に暇だし、夜景ぐらいは見ていいんじゃないか?」
「……そう、かな……」
「あいつが怒ったら全部俺のせいにしてくれて構わねー、だからとりあえず行ってみようぜ!」
「……わ、待って、ユウヤ君……!」
マフユの手を引いて、俺はセントラル・ロビーの二階に繋がるエスカレーターへと駆け出していく。
GBNの景色は現実と比べても遜色がないぐらいに精巧に作られていて、そこにあるのは架空の空であるはずなのに、現実と同じように確かな手触りを持って感じられるのだ。
実際、二階に上がってみて見えた夜景は、都心の高層ビルから見渡した景色と遜色ないぐらい綺麗なものだった。
「すげえ……GBNって、こういう楽しみ方もあるのか……!」
「うん……夜景を見たり、お散歩したり……楽しい、よ……?」
「今度はそういう観光スポット巡りとかするのも悪くないかもな」
バトル以外にはまるで興味がなかった俺でも、心がどこかざわめき立つのを感じている程度には、やっぱりGBNのグラフィックはよくできている。
想像を超えた世界。師匠がどこまで考えてたかはわからないけど、多分戦いだけじゃなく、こういう景色を見るのもそこには含まれていたのかもしれなかった。
◇◆◇
「お二人で夜景見てたら五分遅刻したですって? いいご身分ね」
「それについては本当に俺が悪かった」
景色に見惚れること小一時間、見事に集合時間を五分オーバーしたことで、全方位に不機嫌オーラを撒き散らしていたチナツは、俺を親の仇みたいに睨みつけながらそう言った。
残念なことにぐうの音も出ない正論だ。
平謝りする他にない。
俺はチナツに頭を下げて、全力で詫びる。やらかしたのが俺である以上、とにかく頭だ、頭を下げるのだ。
「……まあいいわ、その辺も引っくるめて訊きたいとこだったから」
不機嫌さを隠そうともしないチナツのアバターは現実をベースにこそしているものの、その頭上には銀のティアラが飾られていて、礼服のような衣装と合わせて、どことなく物語の中から抜け出てきたお姫様を思わせる。
いや、おしとやかな姫様がここまで露骨に顔を顰めて歯を食いしばってる図は中々想像できないけど、笑ってたらよく似合ってると思う。多分。
「それじゃあ、遅れちまったけど」
「ええ、始めましょ、フリーバトルを」
互いにウィンドウを操作した上で申請を送って、俺たちは格納庫へと別々に転送されていく。
『その……ユウヤ君、気をつけて、ね……?』
「おう、油断大敵だからな!」
今回マフユを待たせるだけでも暇だろうから、ギャラリーモードで観戦してもらうことについては事前に合意を取り決めている。
ナビのような役割を果たしてしまわないか、という俺の心配に対しても、チナツは「それぐらいハンデとして認めてあげるわ」なんてことを言ってたぐらいだから、多分問題はないんだと思いたい。
チナツと戦うに当たってのルールは一つだけだ。
バーリトゥード、なんでもあり。
要するに飛び道具を使おうが何しようが、GBNの規約に違反しない限りは自由ってことだ。
……要するに、いつも通りってことだな!
コックピットに乗り込んで、カタパルトから飛び出したストライク焔が、エールストライカーの翼を広げて夜の空を滑っていく。
Aランカーの実力がどんなものかはまだ未知数だ。それを測るって意味でも、チナツとの戦いで得るものは多そうだ。
ただ。
「勝っても負けても、ちゃんと説明しねーとな……」
一応こればっかりは責任が俺にあるんだから、そこだけは果たさないとな。
そんなことを考えながら、俺は夜の荒野で半球状に展開されているバトルフィールドへと突入していくのだった。
激情トライアングル