バトルフィールドに飛び込んでからしばらく発生する無敵時間が切れてすぐさま、歓迎の挨拶が光条となって飛んでくる。
『ユウヤ君……!』
「あっぶねえ……なぁ!」
まだストライク焔のセンサーが有効な範囲では相手を、チナツを捉え切れていない。
つまりこの弾は、アウトレンジから飛んできたもの、平たくいえば狙撃ってことになる。
チナツがどんなガンプラを使っているかはわからないけど、とりあえず狙撃を使えるってんならやることは単純明快だ。
「端まで追い詰めてぶん殴る……!」
『今のを避けるなんて、相変わらずバカみたいな反射神経ね』
「誰がバカだ!」
『アンタよこのバカユウヤ!』
ポップした通信ウィンドウの向こう側でチナツが吼える。
遅刻した件は本気で悪かったと思ってるけど、ここまでご機嫌斜めなのも珍しい。
なんて、言ってる場合じゃないか。
コーションの点滅より早く回避を先行入力、飛んでくる高速のビームを紙一重で回避しつつ、俺は峡谷を遮蔽物の代わりにして、一旦着地を挟む。
昔のゲームでいうところの画面端まで追い詰めて集中砲火を喰らわせるのが対スナイパーにおける常道だ。
とはいえ、相手がこっちのレンジの外から手出しできる武装を持っている以上、空中で堂々と位置を晒してるのもまた自殺行為に他ならない。
とりあえずは身を隠して、考えをまとめるんだ。
狙撃はどこから飛んできた? どれぐらいの速度でポジションを変えられる? 相手はこっちの正確な位置を把握しているのか?
頭の中で一つずつ問題を整理して、俺は気合を入れるようにぴしゃりと両頬を叩く。
「よし、大体わかってきた……!」
『……ど、どうするの、ユウヤ君……?」
「決まってんだろ、とにかく接近してぶん殴る!」
俺のストライク焔にできることはそれに尽きる。
相手の射撃戦に付き合わず、こっちが得意な格闘戦に引き摺り込む。単純なようでこれが案外難しかったりするのだが、そうすることでしか今のところ勝ち筋はない。
ビームピストルも作っちゃいるけど、これはあくまでも中距離から近距離に詰めるための布石だ。
だったら、あの正確無比な狙撃を掻い潜る方法は──
『ユウヤ君!』
「っ、危ねえ!?」
もうポイントを変えたのかよ。
紙一重で着弾した狙撃を回避できたのはマフユの警告があったおかげだ。
一人だったら今頃俺は作戦を練っている内にお陀仏というなんとも締まらない結末に終わっていただろう。
『ふーん……今のも避けるのね』
「紙一重で危なかったけどな!」
こうなると足を止める行為が危険だ。
遮蔽物に身を隠すメリットはいくつかあるけど、同時にデメリットも存在しているのが世の中だ。
まず、視界が遮蔽されている以上、弾がどこから飛んでくるのかわからない。
スナイパーの位置を割り出す方法はいくつかあるけど、センサー系がクロスレンジに最適化されているストライク焔ができるのはたった一つだけだ。
そして、峡谷という地形の必然として、谷間は、モビルスーツサイズに拡大されたガンプラが通過するにはとてつもなく狭い。
だったら、もうやることは決まっている。
ひたすら足を止めずに、弾道から狙撃ポジションを割り出して反撃を試みる。それだけだ。
『無理だよ、こんな……ユウヤ君……』
「諦めんなよ、マフユ! 例えどんなに無理ゲーでも……やってみなくちゃ勝負はわかんねえんだからな!」
『はっ! その余裕、いつまで続くか見ものね!』
「もちろん、お前をぶっ倒すまでだ!」
潔く啖呵を切って飛び出したはいいものの、狙撃ビームを見てから回避するのは至難の技だ。
何故って、コーションが点滅するわずか前に回避コマンドを先行入力するという、尋常じゃない集中力が要求されることを常にやらなきゃいけないからだ。
とにかく狙撃を喰らわずに飛んできた方向からおおよその位置にあたりをつけて、俺は機体を加速させた。
『狙撃の精度が……落ちて、る……?』
「思った通りだな!」
狙撃ってのは避ける方も集中力を要求されるけど、やる方だって神経を使うものだ。
俺はやったことがないから聞き齧った話でしかないのがあれだけど、要するに安定した姿勢できちんと狙いをつけて撃たなければいけないらしいから、ポイントを移動しながらとなると難しいらしい。
もちろん、そういう戦い方に対応したマークスマンとかいうスタイルもあるらしいけど、明らかにアウトレンジから撃ってきた以上、チナツは違うはずだろう。
狙撃が崩されたと見るや否や、弾幕を張るのをやめたのは流石のAランクといったところか。
身を隠していたはずのチナツが、今度はこっちに高速で接近してくるのを、ようやくストライク焔のレーダーが捉えていた。
「なんだよ、狙撃はもうおしまいか?」
『ふん、効かないってわかってることをいつまでもやってやるほどアタシは優しくないのよ!』
「いいねえ、それじゃあタイマン始めるか!」
『残念だけど、それもお断りよ!』
モニターが拡大して投影したチナツのガンプラは、ガンダムアストレイをベースにしたものだった。
鮮やかなオレンジ色をフレームにあしらって、背中にはデスティニーガンダムから持ってきた翼がある。
ウェポンラックには対艦刀と、さっきまでこっちを狙っていたのであろうロングビームライフルが長距離長射程ビーム砲の代わりに懸架されていて、ようやくそこで俺はチナツの戦闘スタイルに合点が行った。
「狙撃もできるオールラウンダーってことか!」
『そういうことよ! アンタは格闘戦でアタシをぶちのめせると思ってるみたいだけど……その思い上がりを叩き潰してやるわ!』
アストレイの肘に、本来はシールドを装備するためのハードポイントが設けられている部分に取り付けられたビームブーメランを引っ掴むと、チナツは機体を側転させながら、それをこっちに投擲してくる。
SEEDを見ていなかったら、危なかった。
俺は投げられたブーメランの「戻り」を回避しつつ、接近してきたチナツのアストレイにビームピストルを撃つ。
『ユウヤ君、今のって……』
「ああ、知ってると思うけど、ビームブーメランは戻りにも攻撃判定があるんだよ」
実際、ガンダムSEEDの劇中じゃ「行き」は回避したけど、「戻り」で撃破されていたパターンが結構あったはずだ。
『そっか……でも、チナツさんもすごい……あんなに、多い武装の特性を、ちゃんと……』
「ああ……どうやら楽には勝たせてくれなそうだな……!」
ひらりひらりと舞い踊る蝶のようにビームピストルを回避すると、チナツはとうとう堪忍袋の尾を切らしたのか、背中から対艦刀……アロンダイトを引き抜いて、デスティニーのウイングユニットから「光の翼」を発生させた。
『楽に勝つ? そもそも……アンタに勝ちって選択肢は最初っからないのよ!』
「次元覇王流! 疾風突き!」
『甘いのよ!』
クロスレンジに飛び込んできたアストレイを迎撃するために放った左の拳は、ミラージュコロイドが作り出す残像に吸い込まれて空を切る。
そして、その隙を見逃さないとばかりに逆手で切り返してきた対艦刀が、ストライク焔の左腕を切り飛ばす。
「クソッ、残像か!」
『バカ正直な左ストレートじゃ、アタシのシックザールは撃ち抜けないのよ!』
そして、切り下されるアロンダイトの一撃をビームシールドで防いだのまではよかった。
ただ、その細身の機体からは考えられないほどのアストレイのパワーは、ストライク焔を吹き飛ばし、岩の柱に叩きつけていた。
なんつー馬鹿力だ。
姿勢を立て直しながらも、イエローコーションが鳴り響くコックピットの中で、俺は引きつった笑みを浮かべる。
『……ユウヤ君、大丈夫……っ……!?』
「ああ……今のはさすがに効いたぜ」
『サレンダーする? するってんなら聞き入れてやらなくもないけど』
冗談じゃねえ。
切り返した啖呵をふん、と鼻で笑い飛ばすと、チナツのアストレイがじわじわと、対艦刀をその手に携えながらこっちに向かってくる。
ただ実際、それが強がりだったとしても、勝負を諦めてサレンダーするなんてチョイスは最初から俺にはないのだ。
それはいいとして、どう戦う?
重要なのは、さっきの一撃を貰ったのは体勢を崩していたからってだけで、ストライク焔がパワー負けしたわけじゃないってことだ。
もしも逆転のチャンスがあるとしたら、そこにしか光明はない。
ただ、左の前腕が斬り飛ばされてしまった以上、こっちもフルパワーで戦えるわけじゃないのなら、選択肢は限られてくる。
だったらどうする、だったらどうなる。
考えている時間はねえ。チナツは腰にマウントしていたビームライフルを手にすると、その引き金を躊躇いなく引いてこっちににじり寄ってくる。
とりあえずはビームを避けながら空中に距離を取ったかと思えば、それを待っていたとばかりに左のウェポンラックにマウントされていたロングビームライフルが撃ち放たれた。
とりあえずはビームシールドを展開、なんとかその一撃を防ぐことはできたけど、ストライク焔は空中で大きく姿勢を崩してしまう。
──まずい、やられたか!?
一瞬、本気でそう思った。
ただ、警戒していた次弾は飛んでこない。
何があったのか、エネルギーでも切らしてたのか連射が利かないものだったのかはわからないけど、命拾いした。
とにかくこの隙をなんとか活用して、もう一度距離を詰める他にない。
「次元覇王流! 聖槍蹴り!」
『ちっ、連射が効かないとこを……!』
スラスターを全力で噴射して、当てるためじゃなく、距離を詰めるための飛び蹴りを放つ。
チナツのアストレイが回避行動をとってくれたおかげで、何とか距離を詰められた。
ここから反撃といきたいところだけど、あのアロンダイトは厄介だ。
エールストライカーのスラスターを全開にして、俺はチナツが身動ぎしている間に機体を懐に飛び込ませて、右腕の接続部を狙った貫手をぶちかます。
「パルマ……フィオキーナだ!」
『くっ、装甲が薄いとこを……さっきから!』
ガンダムアストレイにはちょっとした弱点がある。それは、軽量化による機動力を追求しすぎたあまり、フレームのほとんどが露出していることだ。
要所は装甲で覆われているものの、それも発泡金属という耐久力に劣るものが使われているせいで、アストレイは機動力の代償として防御面に大きな難を抱えている。
つまりは一発でも攻撃を貰えば致命傷になりかねない紙装甲って話だった。
チナツのシックザールとかいうらしい機体も、デスティニーのバックパックとロングライフルを背負っている以外は、ベースのアストレイからはそう大きな改造が施されていない。
人体に近い可動域を目指して作られたアストレイにデスティニーのパワーを足し合わせることで、機動力と火力を両立させる発想は確かにいいところに目をつけている。
それが今は命取りになっているけどな!
パルマ・フィオキーナで右腕を脱落させたチナツのアストレイは、近寄るなとばかりにハイキックを放つ。
『こんの……離れなさいよ!』
「いいや、離れない! このまま畳み掛ける!」
『ふざけたこと言ってぇッ!』
見たところ、デスティニーガンダムからパーツを持ってきている都合、あのアストレイのハンドパーツはデスティニーのそれに置き換えられている。
相手もパルマ・フィオキーナは使えるってわけだ。
それを示すかのように、左の掌からビームを展開したチナツは、掌底の要領で左手を振り上げた。
パルマ・フィオキーナの光がストライク焔のメインモニターに突き刺さり、半壊にまで追い込んでいく。
それでもまだだ、まだストライク焔は倒れちゃいない。
「次元覇王流! 疾風突き!」
『ざっけんじゃないわよ!』
繰り出した右の拳がアストレイの頬を打ち砕く。カウンタークロスとして放たれたチナツの拳が肩アーマーを砕く。
ノーガードでの殴り合いに、武器は無粋だとばかりに、通信ウィンドウに映っているチナツの唇は不敵な弧を描いていた。
控えめにいっても戦況はいいとはいえない。
はっきり言ってピンチってやつだ。
そんなことはわかっている。わかっているからこそ、俺は。
『ユウヤ、君……?』
「ははっ……楽しくなってきたじゃねーか!」
『強がりを!』
「そうだ、強がりだ! こんな時だからこそ……ピンチだからこそ、笑うんだ!」
チナツのアストレイが繰り出してきた蹴りを膝で受け止めて、コマンドサンボの要領で俺もまた蹴り返す。
しかし、残っていた左の拳から展開されたビームシールドが直撃を阻む。
さっきから狙撃ビームを撃ちまくってたあいつのエネルギー容量にどれだけの余裕があるかはわからないけど、一発でも当たったんなら、その分だけエネルギーを削れたってことだ。
このまま殴り合いの持久戦を続けるのも悪くはない。
ただ、繰り返す拳と脚の応酬で、いつしかコックピットに明滅するイエローコーションは、レッドアラートに姿を変えていた。
見る影もなくストライク焔はボロボロになっているのだろう。でも、それはチナツのアストレイも同じはずだ。
『次元覇王流の免許皆伝取っただけはあるわね……!』
「そっちこそ、武器をなくしてでも戦うなんて、ガッツあるじゃねーか、チナツ!」
『はっ、アタシは負けるのが大嫌いなのよ!』
「ああ、知ってる!」
ハンドスプリングで距離を離したチナツのアストレイが、残っていた全てのエネルギーを放出するように、光の翼を展開する。
あとは、抜き打ちで勝負をしようってことだろう。
俺もまた、エールストライカーのスラスターを全開にして、神経を極限まで尖らせていく。
単純な直線距離での加速力ならチナツに分があるのは確かだろう。なら、俺が取るべきものは先手じゃなくて後の先だ。
──来る。
脳髄が痺れるような緊張が、予感と共に迸る。
その予感を形にしたかのように、先に動き出したのは案の定、チナツのアストレイだった。
『はああああッ!』
「勝負、だああああッ!」
残像を背後に展開して、アストレイが飛ぶ。
掌からパルマ・フィオキーナを放たずに抜き打ちにこだわっている辺りは素直だというかなんというか、チナツらしくて潔いと思う。
だとしてもそれはそれ、これはこれだ。俺だって、負けるつもりは全くない。
「次元覇王流! 流星……螺旋拳!」
アストレイが繰り出した左の拳をあえて身体で受け止めながら、俺はガラ空きになったその胴体に、今できる全力を叩き込んだ。
『っ、きゃああああっ!』
「うおおおおっ!」
パルマ・フィオキーナの光を纏って回転した拳はドリルのようにアストレイの装甲を貫いて、コックピットまで到達する。
だが、ストライク焔も無事ではない。
半身を砕かれて、頭部も失って、それでようやくクロスカウンターが決まってくれた──というより、チナツがプライドを優先していなかったら、負けてたのは間違いなく俺の方だったはずだ。
【Battle Ended!】
【Winner:ユウヤ】
それでも勝利は勝利と受け入れるか、まだまだ至らないとこだらけだと反省するか。
マフユのナビゲートがなければやられてたことも含めて考えれば、後者なのだろう。
爆炎の中に佇むストライク焔のコックピットで、俺はまず勝利を収められたことに胸を撫で下ろしつつも、まだまだ「強さ」の高みには至らないというほろ苦い実感を噛み締めていた。
本気だからこそ、負けられない