全ての始まり ヘリオポリスにて
1.
少年は永い夢を見ていた。
少年は夢の中で過酷な人体改造を施され、その力と引き換えに自由を奪われていた。
少年は終わりの見えない大戦を終わらせる切り札として──モビルスーツの生体CPUとして戦いに身を投じ、平和と自由を尊ぶ国を滅ぼした。
少年はその後も自由を求めて同じ境遇の仲間達と共に各地を転戦したが、その最期は悲惨だった。帰る場所を喪い、禁断症状で発狂した末に少年は業火に呑まれて死亡した。
少年にとって幸運だったのは、それが夢だったことだ。
あまりにもリアルな夢に少年は絶叫しながら飛び起きた。そしてそれがどうやら単なる悪夢だったらしいことに感謝した。
そして──少年は絶望した。
自らがモビルスーツの生体CPUとしての適性を見出され、狂った研究者達にこのロドニアの研究所で改造された日に戻ってしまったことに気付いたからだ。
まるでゲームの中で死亡し、リトライを選択した時のように。
しかし少年の放り込まれた世界には、少年が求め続けていたものはどこにもなかった。
僕はただ、自由が欲しいだけなのに……。
その厳重な偽装工作が施された格納庫では、喧しい警報が鳴り響いていた。遠くでは何かが爆発し、激しい銃撃戦が繰り広げられている。
ここは地球圏全土で未曾有の世界大戦が続く中、代表首長が“中立宣言”を掲げたオーブ連合首長国が保有する宇宙コロニーだ。
「世界を滅ぼしてみてぇよな……」
少年は頬に付いた血を拭うと、口笛混じりに呟いた。
そしていかにも有害そうな色をした液体の詰まったアンプルを開封すると、中身をごくりと飲み込んだ。
爆風で僅かに揺れている短い赤髪と、蒼い大空のような瞳。
地球連合軍の情報部から支給された黒を基調としたパイロットスーツに、通常のものと比較して一回り大型のヘルメットは、まさに外敵を排除する役割を与えられた兵隊アリといった出で立ちだ。
そんな少年の消化器官から吸収された人工麻薬が血液を媒介に循環し、あちこちにマイクロ・インプラントが埋め込まれた肉体を活性化させる。
「そうだろ、相棒」
クロト・ブエルは“オロール”と呼ばれていたザフト兵の亡骸を背景に、目の前で静かに沈黙している灰色のモビルスーツを見上げた。
型式番号〈GAT-X370〉──分類上X300番台フレームに数えられる高機動強襲用モビルスーツ“レイダー”だ。
以前の世界線では無気力で反発的な態度を取っていたクロトだが、同じ事をやってもこのままでは同じ人生だ。
そう考えたクロトは自ら2度目の人体改造に志願し、前世と比較して大幅に上回る能力と理性を獲得した。そんな彼が対ザフト戦線に投入される時期は、本来“オーブ解放作戦”で初実戦を飾る従来の歴史と比較して大幅に前倒しされたのだ。
デビュー戦となるグリマルディ戦線で、クロトはザフト製OSを魔改造した所謂“生体CPU専用OS”なるものを搭載した漆黒のジンに乗り込んだ。
そして15機のモビルスーツを討ち取る暴れっぷり──メビウス・ゼロでジン5機を撃破した“エンデュミオンの鷹”も涙目な戦果を示したクロトはブルーコスモスの召喚した悪魔だとか噂され、一躍その地球連合軍の上層部では有名人に。
その飼い主であるブルーコスモス盟主は「なんかイイ感じじゃん!」ってことで、地球連合軍第八艦隊司令官──デュエイン・ハルバートンに接触した。
そしてオーブの国営軍需産業モルゲンレーテ社と共同で地球連合軍初のモビルスーツ“G兵器”の開発を行っていたハルバートンに圧力を掛け、本来は存在しない6番目のモビルスーツの製造を実現させたのだ。
イージスの後継機とはいえ、後に量産機として少数生産されるレイダーの設計はイージスと並行する形で進められており、それがアズラエル財団の資金提供を得たことで前倒しに実行されたのである。
突然攻め込んできたザフトの攻撃でコロニー各所から火の手が上がり、クロトも釣られてテンションが上がった。
たった1人で厳重な包囲網を突破してユニウスセブンに核ミサイルを撃った奴は、こんな気持ちだったんだろうな。
クロトは自分の変貌に驚愕している監視役の研究員に、哀れなザフト兵から奪った拳銃を突き付けた。
──他人の身体を散々弄り回しておいて、本気で見逃して貰えると思ったのか?
無惨な姿に変わった研究員の亡骸からアンプルと錠剤を取り出してポケットに詰め込むと、クロトは自分を待ち望んでいるかのように佇むレイダーに乗り込んだ。
既にOSは未完成なナチュラル用OSではなく、身体能力の関係でコーディネイターであろうと容易に操作出来ない生体CPU用OSに切り替わっている。
これで準備は万端だ。
「やらなきゃやられる──」
慌てて駆け付けた地球連合軍はもちろん、本来ヘリオポリスを守らなければならないオーブ軍もザフトの攻撃で次々撃破されている。
地球連合とプラントの間で行われている戦争に対して、オーブは中立の立場を掲げているが、それは決して一枚岩というわけではない。
特にこのレイダーの開発に関わっている勢力は地球連合寄りらしいが、それにしてもザフトの連中は少しやり過ぎだ。
中立国がどちらかの勢力と共同研究を行うことくらいは、前史時代にもよくあったことだろうに。たかだか数十万人殺されたからと無関係な国を含めて数億人単位を餓死させて恥じない連中に、良心とやらを期待するだけ無駄だということらしい。
ただ1つ正しいのは、ナチュラルもコーディネイターもクソだということだ。
「それだけだろうが!!」
遥か遠くで爆音が響き、コロニーに大穴が開いた。奪取に失敗したG兵器を破壊するため、外部に取り付いていたザフトが増援を送り込んだようだった。
各種センサーが起動し、神経接続で脳内に無数の情報が叩き込まれる。
そして突然動き始めたモビルスーツを認識し、自分の獲物だとばかりに群がろうとする無数のジンを視界に捉えたクロトは獰猛な唸り声を上げた。
唯一かつての相棒と異なる鈍い灰色の装甲が鮮やかな漆黒に変わり、頭部のツイン・アイが真紅に煌めいた。
コクピットのメインディスプレイにGeneral Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System(単方向分散型神経接続による汎用自動演習合成システム)の文字が表示され、機体のセキュリティが完全に解除される。
「やられないけどね」
さぁゲームの始まりだとばかりに、クロトは凶悪な笑みを浮かべた。
2.
《クルーゼ隊長! 敵はヴェサリウスを狙っているようです!》
《ほう……。これがG兵器の力かっ!》
クルーゼはレイダーの放つ正確無比な銃撃を紙一重で躱すと、シグーのメインウェポンである重突撃機銃を立て続けに連射した。
独断でヘリオポリス宙域で地球連合軍の新型機動兵器“G”の強奪任務を遂行中、その目標の1つだった正体不明のモビルスーツがクルーゼ隊を強襲したのだ。
対モビルスーツの実戦経験はもちろん、あらゆる面でザフトを上回っている前代未聞の襲撃者にクルーゼ隊は苦戦を強いられていた。
お伽噺に登場する人面鳥のような凶悪なモビルスーツの雰囲気は、コーディネイターに対するナチュラルの激しい憎悪と憤怒を示しているようだった。
それは泣く子も黙る仮面のトップガン、ラウ・ル・クルーゼすらも思わず気圧される程だった。それはかつてグリマルディ戦線で目撃した“悪魔”の姿を思わせた。
既に二桁に迫る数のジンが撃破されている。
このままでは最悪の事態も有り得ると判断したクルーゼが迎撃していなければ、レイダーはクルーゼ隊の運用母艦であるヴェサリウスを捉える地点にまで迫っていた。
同じ“G”の奪取に成功した優秀な少年兵達ですら、目の前で繰り広げられている惨劇を理解出来ずに罵声を上げた。
《さっきから何なんだよ、あのモビルスーツは!?》
《あのクルーゼ隊長が防戦一方? どうなってやがる!》
《イザーク! ディアッカ! クルーゼ隊長が引き付けている間にヴェサリウスに!》
地球連合軍の新型機動兵器“デュエル”“バスター”“ブリッツ”の奪取に成功した若き3人の隊員達は眼前に現れた漆黒の襲撃者に驚愕した。
それは未完成なナチュラル用OSに苦戦し、動かすのがやっとな彼等とは異次元の操縦精度を誇る漆黒の襲撃者だった。
コーディネイター社会のプラントでは成人扱いだが、まだ十代半ばの彼等とそれほど年齢の変わらないクロトの叫びが戦場に木霊する。
《はははははは! 蒼き清浄なる世界の為にィ──!!》
クロトは大量に摂取した人工麻薬と敵に完全包囲されている絶望的な状況に、いよいよテンションが最高潮に達した。
両肩の機関砲から放つ正確無比な銃撃でジンのコクピットに大穴を空け、更にそれを躱した敵の腰部を破砕球で打ち砕く。
やがてレイダーの頭部に取り付けられた砲口が煌めき、そこから放たれた真紅の高出力ビームが数機を纏めて貫いた。そして地獄と化したヘリオポリス宙域に、モビルスーツ達が無数の花火を咲かせた。
所詮は下等種族のナチュラルを取り囲んでいるにも関わらず、仕留めるどころか次々仲間達を討ち取られている事実にクルーゼ隊は恐慌状態に陥っていた。
《やるじゃないか!》
そんな中、唯一クルーゼは視界外から迫る破砕球の軌道を先読みして回避し、更に右腕の2連装機関砲から放たれる銃撃を防御する。
無理に攻撃を行わず、しかし撤退せず絶妙な距離を保つことでクルーゼは拮抗状態を創り出していた。
だが多くの部下を討ち取られ、クルーゼの駆る“シグー”も大抵の物理攻撃を無力化するPS装甲に対して有効な兵器を装備していない。
数の暴力で苦戦することはあっても、その反対は初めての経験だった。
今まで圧倒的数で勝る地球連合軍に対してザフトが互角に対抗出来たのは、質で大きく上回っていたからだ。
クルーゼはそれを意趣返しする目の前のパイロットと、それを十全に引き出すモビルスーツの存在に賞賛すると共に、かつて戦場で目撃した“悪魔”の存在を思い出した。
いよいよ連合も本気を出したということか。
静かに嗤いながら急降下で破砕球を躱したクルーゼの後方から、ヴェサリウスを発進した真紅のモビルスーツが姿を現した。
それは先程目標の機体を奪取して帰還すると、他には目もくれず猛烈な勢いでOSを書き換えていた少年兵だった。
崩壊するヘリオポリスを見て、母親を喪ったユニウスセブンでも思い出したか。
何にせよアレを除けば世界最高峰の才能を有するコーディネイターと、ブルーコスモスが造り出した生体CPUの一騎討ちだ。
ここから先は見物だなと飛び退いたクルーゼの脇を、藍色の髪と翡翠の瞳を悲壮に輝かせる少年兵──アスラン・ザラが駆け抜けた。
《なんなんだよテメェはァ!!》
玩具を取り上げられた気分になったクロトは咆哮すると、突如目の前に現れたイージスに向かって全力で破砕球を投擲した。
アスランは斜めに掲げたシールドで攻撃を横滑りさせ、殆ど速度を落とさないまま一気に距離を詰めながら右腕にビームサーベルを展開する。
クロトは右腕のシールドで斬撃を受けると、腰部の大型クローから小型のビームクローを展開して斬り付けた。
今はレイダーに有効な光学兵器を搭載したG兵器だろうと関係ない。それどころかむしろ楽な筈だ。
本来は初対面の機体で十分な慣熟訓練を行っている自分に対して、OSを書き換えただけの連中がまともに対抗出来る訳がないのだから。
しかしアスランは絶妙なタイミングでスラスターを逆方向に噴かせると、クロトの放った斬撃を紙一重で回避する。渾身の一撃をイージスに避けられたレイダーは前方に頭を垂れるような形に体勢を乱した。
《貰った!!》
好機と見たアスランは足先にビームサーベルを発生させると、まるでサッカーボールキックの要領で蹴り上げた。それに反応したクロトはイージスの膝を押さえ込むような形でレイダーを突進させ、不可避の状況で放たれた一撃を防御する。
そして密着状態を維持しながら頭部の高出力ビームを放とうとして、アスランが急降下しながら放った膝蹴りを受けて攻撃を中断した。
《チッ!》
不発に終わった高出力ビームの影響でバッテリー残量が30%を切り、コクピット内部に1度目の警告音が鳴る。
戦闘の最中にバッテリーが切れると命取り──まして外見でそれが一目瞭然なPS装甲のモビルスーツなら尚更だ。少々遊び過ぎたらしいと悟ったクロトは2連装機関砲で牽制しながらザフトの去ったヘリオポリス内部に機首を向けた。
《アスラン!》
《はい! ──逃がすか!》
2人の様子を窺っていたクルーゼは重突撃機銃を連射しながら距離を詰め、アスランも巡行形態に変型したイージスを加速させながら大口径エネルギー砲を連発する。
《舐めんなァ!!》
しかしレイダーは追跡者を遥かに上回る程の加速力を示した。
初期GAT-Xシリーズで唯一の大気圏内単独飛行を実現したレイダーは、兄弟機のイージスを上回る機動力を有していたのだ。そして一切機体の速度を落とさないまま、神懸かり的なスラスター制御で全ての攻撃を回避した。
《なんだと!?》
アスランは目の前で見せられた光景に絶句した。
レイダーの示した絶技は頑丈な肉体を持っているコーディネイターですら、負荷で命を落としかねない滅茶苦茶なものだった。
これでは手強いパイロットどころか、命知らずの異常者だ。
《次はやらせて貰うよ!!》
《くっ……! クルーゼ隊長! 奴の追撃許可を!》
クロトのあからさまな挑発にアスランは怒りを露わにした。
あんな危険人物をこのまま見逃して、先程ラスティが奪取に失敗したストライクと合流させてはいけないと叫びそうになった。
《止めておけ、アスラン》
《ですがっ!》
《ヘリオポリスには例のミゲルを退けた奴もいる。深追いは危険だ》
先程からクルーゼ隊と戦闘を続けていたレイダーのパワーは限界寸前だろうが、未知数の戦闘能力を秘めた強敵であることは間違いない。
それに加えて追い掛けた先には“黄昏の魔弾”の異名を持つミゲル・アイマンを退けたもう1機の新型機動兵器“ストライク”の存在もある。
イージス単独では危険だというクルーゼの言葉に、あくまでその部下の1人に過ぎないアスランに反論する余地はなかった。
アスランが鋭い眼光で睨み付ける中、やがてヘリオポリス内部に悠々逃走を開始していたレイダーの姿が見えなくなった。
《くっ……》
同じGTA-X300系フレームの機体の中でも、通信・分析能力に加えて高水準の機動力・火力を両立したイージス。
イージスを上回る圧倒的な推進力・機動力を誇り、それを用いた一撃離脱戦法を得意とするレイダーと、それを平然と操縦する地球連合軍のパイロット。
それもどうやら、ブルーコスモスを狂信者している同世代の少年だ。少し交戦しただけだというのに、ソイツは心底狂っているということが如実に伝わった。
中立国のコロニーで新型機動兵器を製造する大胆不敵さに加えて、戦闘能力だけならザフトのエースに匹敵する少年兵の存在。
どうやら自分達は恐ろしい連中を相手にしているらしい。
《今は連中から奪取したモビルスーツの解析が最優先だ。奴との再戦はそれからだ》
《……分かりました。隊長》
どうやら自分はまだ先程の光景に動揺しているらしい。アスランは額に片手を当てながら通信回線を切ると、大きな溜息を漏らした。
それはアスランがモルゲンレーテの襲撃した際に遭遇した、ダークブラウンの髪をした幼馴染みの姿だった。
キラ・ヤマト。どうしてお前があんな所にいて──
オーブ連合首長国はコーディネイターを積極的に受け入れている中立国だ。
そのコロニーであるヘリオポリスに、同じコーディネイターである幼馴染みが在住していたことは理解出来る。ザフトの襲撃に巻き込まれ、避難しようとしてモルゲンレーテの中を彷徨っていたこともまだ理解出来る。
しかも
再会する瞬間まで弟のような存在だった幼馴染みの少年が、何故か髪を伸ばした女性的な姿に変貌していたことを思い出しながら、アスランは先行するクルーゼを追ってヴェサリウスに向かい始めた。
3.
逃走に成功したクロトは地球連合軍の友軍信号を発信しながら、ヘリオポリス内部の物資を回収していたアークエンジェルに着艦した。そして周りにクルーが集まる中で、ヘルメット外してレイダーから飛び降りた。
既に精神状態をトップギアに叩き込んでいた人工麻薬の効力は薄れており、いわゆるニュートラルな状態に戻っていた。クロトは外壁から現れた自分を恐る恐る取り囲んでいるクルー達の前で気怠げに嗤う。
(……まさかコイツに乗ることになるとはね)
強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦“アークエンジェル”。
ヘリオポリスで極秘裏に建造されていたG兵器の運用母艦であり、以前にクロトが乗っていた強襲機動特装艦“ドミニオン”の姉妹艦である。
地球連合軍において対モビルスーツ戦を想定した初の艦であり、両艦首に陽電子破城砲を採用するなど強力な火力を有している他、ラミネート装甲の使用によってビーム兵器に対しても極めて高い防御力を誇る不沈の傑作艦だ。
加えてG兵器の運用母艦であることから、最大で第2小隊規模のモビルスーツを艦載可能とし、艦内にはG兵器専用の整備設備を有している。また変換率80%を誇る高性能な太陽光発電装置を備えている他、大気圏内でも運用可能な万能艦だ。
正史においては当初大西洋連合軍に所属しているが、アラスカ防衛戦で捨て駒にされたことが原因で軍を脱走し、その後は脱走先のオーブ軍に協力した。
そして最終的にプラントのシーゲル派と手を結んで、三隻同盟を自称する武装集団の主力として地球連合軍の前に立ち塞がった忌まわしき船だ。
とはいえ現時点のアークエンジェルはこの付近に存在する唯一の友軍であり、この船に乗艦出来なければクロトは地球に帰ることすら出来ないのだ。
「──私は第2宙域、第5特務師団所属のナタル・バジルール少尉。貴官の所属は?」
聞き覚えのある声に、クロトは怪訝な視線を向ける。
それはいきなりレイダーから降りて来た正体不明の少年兵を警戒する、堅物そうな雰囲気を纏った女性士官だった。
クロトは真面目くさった口調で回答すると、懐のポケットに仕舞っていたドッグ・タグを差し出した。
「地球軍第1機動艦隊所属、クロト・ブエル少尉です。本日追加召集された〈GAT-X370〉のテストパイロットです」
「しょ、少尉ですって?」
クロトの思いもよらない言葉に、ナタルと周囲の人間は顔を見合わせた。
地球連合軍に配属されるには士官学校を卒業する必要があるため、どんなに若い軍人でも20代前半だ。どう見ても10代の少年にしか見えないクロトが軍人に、それも少尉の階級を持っていることは通常有り得ないのだ。
「ええ。一応は」
とはいえ全ての個人情報を抹消され、ロドニアのラボで人体実験の被検体として扱われる人生を送っていたクロトにとっては些細な問題だった。
地球連合軍の上層部に存在するブルーコスモス賛同者達は飛び級だ、特例だと適当な理由を用意し、アズラエルが用意したモビルスーツの生体CPUであるクロトの運用を円滑にサポートするための環境を用意したのだ。
もっとも単なる軍属ではなく、一般的な士官として扱うのであれば相応の能力と功績が求められる。しかし2度にわたる人体改造と洗脳教育を受けた事で突出した能力を獲得し、グリマルディ戦線で功績を挙げたクロトはその基準をクリアしていたのだ。
「しかし、まさかこんな子供が2人も……」
「2人? 僕以外にも似たような奴がいるんです?」
「はい。先程、この船の副長を務めておられるラミアス大尉がストライクを回収されたのですが、どうも大尉の代わりにストライクを操縦していた子が、コーディネイターだなんだと騒ぎになっていまして」
「そうですか。それは問題ですね」
心配しなくとも僕の知る“少尉”は忠実にアークエンジェルを守りますし、反対に貴女は僕と一緒にこの船を沈めようとしていたぞ。
クロトは大仰に肩を竦めると、深刻そうな表情を浮かべた。
地球にも少なからずコーディネイターは存在するが、エイプリルフール・クライシス以降は迫害を恐れてプラントや中立国に移住した者が殆どで、日に日にブルーコスモスが影響力を増している地球連合軍に志願するコーディネイターは絶滅危惧種だからだ。
「ええ。ブエル少尉も、御同行をお願いします」
「畏まりました」
クロトはナタルの後ろで含み笑いをしながら、ストライクを動かした“少尉”が副長や同級生らと共にいるという格納庫の奥に向かった。
型式番号〈GAT‐X105〉──通称“ストライク”。
それは汎用性の高いX100系を採用し、異なるフレームを採用したX200系、X300系からのフィードバックを行ったことで最も洗練された機体として完成した装備換装型のモビルスーツだ。
唯一ザフトの奪取から免れたこのモビルスーツはヘリオポリスに住む学生であり、地球軍の志願兵としてパイロットに就任した“ヤマト少尉”の相棒としてアークエンジェルを守り抜き、ザフトのアフリカ戦線を大幅に後退させた傑作機だ。
その活躍の裏には“少尉”の卓越した技量もあったが、コーディネイターに守られたという屈辱的な事実を隠蔽したい大西洋連邦の意向が働いたことで、最終的にオーブ領海付近で戦死した少尉に関する全ての情報は抹消されたのだ。
クロトがその存在を知っていたのは、クロトが訓練で使用していたシミュレータに少尉の遺した戦闘データの一部が流用されていたことが理由だった。
あくまで民間人であるにも関わらずザフト軍と渡り合った天才パイロットとはいえ、所詮は中立国に住むコーディネイターだ。
平和だなんだとくだらない思想に浮かれる、鼻持ちならない優男に違いない。先程自分が葬り去ったコーディネイター達のように。
後々面倒になるかもしれないから、さっさと殺してしまうか。
「……は?」
そう思っていたクロトは、いきなり鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。そして馬鹿な事を考えていた自分を殴り飛ばしたい気分になった。
「──君、コーディネイターだろ?」
「は、はい……」
クロトの目の前に現れたのは、アークエンジェルの乗組員達に突撃銃を突き付けられて半泣きになったダークブラウンの髪を伸ばした少女だった。
本来は自分達が行っていた“G計画”の被害者である少女に対して、間接的な加害者である軍人達が色めき立っている姿は滑稽だった。
まさか。まさか。まさか。
まさか
クロトは思わず目を白黒させた。
「──な、なんなんだよそれは! コーディネイターでもキラは敵じゃねぇよ! さっきの見てなかったのか! どういう頭をしてるんだよ、お前らは!」
少女を庇おうとする気の強そうな少年や、困惑している眼鏡少年。その後方で身を隠している陰気な少年でも誰でもいい。
頼むから冗談だと言ってくれと叫びそうになったクロトの前で、少女の近くに陣取っていた妙齢の女性士官が静かに口を開いた。
「全員、銃を下ろしなさい」
クルー達は上官命令に納得いかない様な表情を浮かべながら、少女とその同級生達に向けていた突撃銃を下げた。
「ラミアス大尉、これは一体?」
自分の背後で愕然としたまま沈黙しているクロトに気付かず、ナタルは不審な少女コーディネイターを庇う上官──マリュー・ラミアスに疑問を投げ掛ける。
「ヘリオポリスは中立国なのよ。戦禍に巻き込まれるのが嫌で、ここに移ったコーディネイターが居たとしても不思議じゃないわ。そうよね。キラ・ヤマトちゃん?」
「ええ。……私は第一世代のコーディネイターですから」
マジっすか。
どうやら本当にこのキラ・ヤマトと呼ばれた内気そうな少女が“少尉”らしい。
自分の抱いていた勝手なイメージが一瞬で粉砕されたクロトは、頭に手を当てながら引き攣ったような笑いを浮かべた。
「両親はナチュラルってことか。……いや、悪かったなぁ。とんだ騒ぎにしちまって。俺はただ聞きたかっただけなんだよね」
「フラガ大尉……。貴方という人は」
軽薄そうな表情の青年士官──ムウ・ラ・フラガに対して、マリューは僅かに怒りを露わにした。ムウはそんなマリューの声色に気付かず、ナタルの背後で硬直しているクロトに目を向けた。
「ところでいったい誰なんだ、その赤毛の坊主は?」
「……彼は第1機動艦隊所属のクロト・ブエル少尉。追加召集されたレイダーのテストパイロットだそうです。レイダーも少尉が先程回収されました」
「そうかぁ。俺は第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ」
「私は第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
クロトは彼女の意外な姿に動揺していた精神を立て直すと、特例で士官に抜擢された優秀な少年士官の演技を始めた。
「早速で申し訳ないのですが、僕も上官と船を失いまして。地球に戻るまでの間、アークエンジェルの乗艦許可を頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論よ」
思い通りの展開に、クロトはほくそ笑んだ。
何せザフトの襲撃を受けて艦長を含むクルーの大半を喪ったアークエンジェルには人員が全く足りていない。特に戦闘面においてはメビウス・ゼロが修理中でストライクも彼女以外に操縦出来ない現状では、クロトを排除する理由などなかったのだ。
一方でムウは何か不穏なものを感じたのか、格納庫に収容されるレイダーに視線を遣りながら言った。
「……ここに来るまでの道中、G兵器のパイロットになる筈だった連中のシミュレーションを結構見てきたが、のろくさ動かすにも四苦八苦してたぜ。もしかして坊主もそっちの嬢ちゃんみたいにコーディネイターってワケじゃないよな?」
ムウの疑問も当然だった。
モビルアーマー乗りのムウはもちろん、モビルスーツパイロットの適性を見込まれた正規兵ですら、現段階ではOSが未完成なG兵器の操縦は困難なのだ。
反コーディネイターが盛んな大西洋連邦でも、コーディネイターは一定数存在する。
プラントに恨みを持ち、地球軍に若くして志願したコーディネイターがいたとしても決して不思議ではないのだ。
「あー……」
ムウの問い掛けと共に、クロトは周囲から突き刺さる様な視線を感じた。
特にキラの方向からは縋り付く様なものを感じる。大方、自分と同じコーディネイターなのではないかと思っているのだろう。
なんて馬鹿な奴なんだろう。自分は地球連合軍とブルーコスモスが共同開発したモビルスーツの生体CPUだというのに。
クロトの唇から笑みが零れた。
「僕は“ブルーコスモス”です」
ブルーコスモス。
それはアズラエル財団が後援していた環境保護団体の名称であり、コーディネイター技術が公開されてからは反プラント、反コーディネイター思想主義団体の総称と、その支持者を指し示すようになった言葉だ。
実際に“蒼き清浄なる世界の為に”をスローガンに、合法的なロビー活動から非合法のテロに至るまで様々な反コーディネイター運動を行う上に、今では地球連合軍にも絶大な影響力を持つようになった危険集団がブルーコスモスなのだ。
クロトの明け透けな返答に周囲の者達は凍り付いた。特にキラは顔面蒼白になり、その場で俯きながら震えている。コーディネイターであるキラにとってクロトは、危険思想の支持者を自称する危険人物以外の何物でもないからだ。
アークエンジェルの乗組員達も複雑な表情を浮かべた。自分達が所属する大西洋連邦軍を乗っ取りつつある危険思想集団の一員が、まさに目の前にいるのだから。
「……おいおい。コレって聞いたらマズいヤツか?」
「ええ、あまり話すことでもないので」
キラ・ヤマトがコーディネイターだったことよりも、クロト・ブエルがブルーコスモスだったことの方が余程アークエンジェルにとって重大な問題だ。
これは面倒な事になったと悪びれるムウに対して、クロトはまるでたわいない世間話をしている年相応の少年のように嗤った。
クロトくんが乗り換えるなら
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レイダーのまま(鋼の意思)
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核搭載レイダー(あっ……)
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フリーダム(自由が欲しかった!?)
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ジャスティス(大穴)
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ブロヴィデンス(!?!????)
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その他