逆襲のクロト   作:皐月莢

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初の前後編です。


低軌道会戦 前編

 18.

 

 遂に第8艦隊との合流を果たしたアークエンジェルの格納庫にて。クロトはストライクの中を覗き込むように身を乗り出していた。

 

「第8艦隊と合流したのに、どうしてこんなに急ぐ必要があるんですか?」

「レイダーに何かあった時に備えて、ストライクも使えるようにしておかないといけないからね」

 

 キラはストライクのOSを調整しながら、不満そうに唇を尖らせた。

 その原因は明白だった。

 第8艦隊の旗艦“メネラオス”に保護されることが決定したキラは、クロトがストライクを操縦する可能性に備えて急ピッチで調整を行っていた。

 基本的なプログラムはレイダーのものを流用したが、可変機として造られたレイダーのOSを通常機として造られたストライクで運用することは出来ない。

 またレイダーのOSは生体CPUの運用を前提に設計されている。そのためキラにも構造上理解出来ない部分が複数存在し、その修正には時間を要していた。

 

「これじゃあ性能が低下しちゃいますよ?」

「しょうがねーだろ。僕はコレでないと上手く動かせないんだし」

 

 こんな滅茶苦茶なOSで、誰よりも正確にモビルスーツを操縦出来るなんて。キラは呆れたように溜息を吐くと、要望に応えて更に細かい最終調整を進めた。

 自分はキラと異なり、咄嗟にOSの書き換えなど出来ない。どんな些細な問題点でも未然に潰しておかなければならないのだ。

 一段落終えたクロトが伸びをすると、背後から女性の声が聞こえた。

 

「出来れば……。あのまま誰かがって、思っちゃうわよね?」

「何かありましたか、大尉?」

 

 こんな時にいったい何の用だ。クロトはうんざりした表情で視線を向けた。するとマリュー・ラミアスが気まずそうに佇んでいた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと、キラちゃんと話したくて……」

「えっ?」

 

 キラが不快感を露にすると、マリューは苦笑した。

 

「そんな疑うような顔しないで。……ま、無理もないとは思うけど」

「はぁ……」

 

 疑うも何も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 少し前まで学生だった自分にストライクの操縦を命令していたのは、いったい誰だと思っているのだろうか。

 キラはマリューに不審な視線を向けた。

 

「私自身、余裕がなくて。貴女とゆっくり話す機会を作れなかったから。……その、一度、ちゃんとお礼を言いたかったの。貴女には本当に大変な思いをさせて。……本当に、ここまでありがとう」

「いえ。私なんて全然……」

 

 同世代のナチュラルなのにパイロットとして活躍しているクロトと比較したら、自分の働きなど気休めみたいなものだ。

 

「ううん。いろいろ無理言って、頑張って貰って。……感謝してるわ」

「やめて下さい。そんな……」

 

 マリューが頭を下げると、見かねたキラは慌てて駆け寄った。こんな人気の多い場所で謝罪されても気まずいだけなのだ。

 

「口には出さないかもしれないけど、みんな貴女には感謝してるのよ? こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど。……頑張って!」

「はい。……短い間でしたけど、お世話になりました」

 

 キラは両手を差し出したマリューと握手を交わした。

 アークエンジェルはザフトの襲撃でクルーの大半を失い、護衛部隊もムウ、テストパイロットもクロトを除く全員が戦死した。

 巨額を投じて開発したG兵器も大半が奪取された最悪の状況下で、彼女も彼女なりに最善を尽くそうとしていたのだ。

 マリューは安堵の表情を見せると、クロトとキラに視線を向けた。

 

「……そうそう。ハルバートン准将が少尉と貴女に話があるみたいなの。悪いけど、このまま付いて来てくれる?」

 

 

 

 デュエイン・ハルバートン准将。

 地球連合軍第8艦隊の司令官であり、G兵器開発の責任者だ。そして数少ない非ブルーコスモス系の将校としても知られる人物だった。

 クロトは人払いされたアークエンジェルの会議室で、腕を組んだまま冷ややかな視線を向けるハルバートンと対面していた。

 

「──お初にお目に掛かります。地球軍第1機動艦隊所属のクロト・ブエル少尉です」

 

 クロトが恭しく敬礼すると、ハルバートンは静かに口を開いた。

 

「君があの《エンデュミオンの悪魔》。……そしてアズラエル財団の」

「はい。モビルスーツの生体CPU。──“ブーステッドマン”の完成品です」

 

 クロトはまるで自己紹介するような口調で言った。

 そして自分は消耗品だと公言する少年兵を目の当たりにして言葉を失うハルバートンを嘲笑するように笑うと、更に言葉を続けた。

 

「お構いなく。閣下がG兵器を開発されても、それを扱えるパイロットがいなければ何の意味もないでしょう? 盟主様からも、閣下に感謝をと言付かっています」

 

 クロトは仰々しく畏まりながら言った。

 元々ハルバートンが構想していたG兵器開発計画には、イージスの兄弟機であるレイダーの開発予定などどこにも存在しなかった。

 そしてそのテストパイロットとして、アズラエルの番犬と称されるクロトが捻じ込まれることなど微塵も想定していなかっただろう。

 そんな暴挙を実現する為に、アズラエルは関係者に対する献金・上層部に対する圧力などの超法規的措置を実行した。

 地球連合軍の司令官とはいえ、あくまで1軍人に逆らう余地などなかったが、それ故にハルバートンはクロトの殊勝な態度に不気味なものを感じた。

 

「君は……?」

 

 ハルバートンが怪訝な表情に変わると、クロトはにやりと嗤った。

 

「僕は1人でも多くのコーディネイターを抹殺し、地球連合軍を勝利に導くためだけに造り出された存在です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 僕はお前たち地球連合軍を許さない。

 クロトはハルバートンに無言で怨嗟の念を送ると、アズラエルが用意した新たな指令書と小包に入った荷物(人工麻薬と中尉の階級章)を受け取った。

 そして会議室を退出すると、部屋の外で待機していたキラと遭遇した。荷物の中身を確認していると、面談が終了したキラはクロトの顔をじっと見た。

 

「あの人と何を話してたんですか? ……何か、クロトさんに怒っていたような」

「別に大したことじゃねーよ。閣下は自分のG兵器開発計画に首を突っ込んで来た盟主様を嫌ってるんだ」

「はぁ……」

 

 もうすぐ彼女ともお別れだ。

 ハルバートンとの面談を終えたクロトは、まだハルバートンと話があるというマリューを残し、キラと共にメネラオス行きのシャトルに向かっていた。

 

「そもそもさぁ。君は本当に降ろして貰えるの?」

「……はい。私の降船には反対する人も多かったみたいですけど、あの人の一存で降ろして貰えることになったそうです」

「くくっ。それは良かったな」

 

 クロトは嘲るように嗤った。

 自分の様な例外的な存在を除けば、現段階でG兵器をあれほどの精度で操縦出来る者は連合の中でもいないだろう。

 他にもキラの優秀な能力やお人好しで御し易い性格を考慮すれば、なんだかんだと理由を付けて残らせようとしていた者が内外に存在しても不思議ではない。

 つくづく地球連合軍ってのは度し難い連中だ。

 クロトが含み笑いを浮かべていると、キラは怪訝そうに見詰めた。

 

「……本当に、良いんでしょうか?」

「良いんだよ。大西洋連邦が壊滅しようが、地球連合が解体されようが、中立国の君には何の関係もねーだろ?」

 

 相変わらずキラは何か勘違いをしているようだ。

 オーブが中立を保っている限り、地球に大量破壊兵器を撃ち込むような状況にならなければプラントと全面戦争には至らないのだ。それが政治というものだ。

 キラはクロトの身も蓋もない暴言に顔をしかめると、不意に口を開いた。

 

「戦争が終わったら、また会えますか?」

「僕は会いたくないね」

 

 いきなり妙な言葉を口にするな。クロトは咳払いすると、きっぱりと拒絶した。

 

「ええっ?」

 

 キラは声を裏返らせた。まさか即答で拒絶されるとは思ってもいなかったのだ。一方のクロトは、まるで駄々を捏ねる子供に言い聞かせるような口調で言った。

 

「あのさぁ。今回みたいな任務がない限り、僕がオーブに行くわけないだろ? 仮にまた任務があったとしても、それは地球軍がオーブを侵攻する時だけだよ」

「……オーブは中立国ですよ?」

「そんなの分からないよ。例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。だから君と再会するとしたら、それは戦場だ」

 

 このままクロトの予定通りに進めば、パナマ基地を喪失した地球連合軍はザフトに反転攻勢を仕掛けるためオーブに侵攻を開始する。

 その際に連合軍の主力部隊を率いるのは、他ならぬクロト自身だ。

 もしもキラと再会する機会があるとするなら、今回の経歴を買われてオーブ軍に入隊した彼女と相対する状況だ。

 クロトはそんなキラと平常心で戦える自信がなかった。だからもう会いたくないという言葉は決して嘘偽りなどではなかった。

 

「そうなんですかね……?」

 

 キラは不満そうな表情に変わった。

 単に戦争が終われば遊びに来て欲しいというだけの話が、どうしてそんな物騒な内容になってしまうのか。

 

「あ! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 そんな中、クロトとキラの姿を捉えた少女が駆け寄って来た。

 

「どうしたの?」

 

 キラが少女に話し掛けると、少女は折り紙で作った花を2人に差し出した。

 エルと名乗った少女はフレイと同様に、避難用のポッドで母親と共に漂っていた所を偶然アークエンジェルに救助されたヘリオポリスの住民だった。

 エルは今までアークエンジェルを守る為に奮闘していたキラ達に折り紙の花を渡して感謝を伝えるため、今までずっと探していたのだった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今まで守ってくれてありがとう!」

「ふふふ。ありがとう。……ほら、クロトさんも」

「そうだね。……ありがとう」

 

 この第8艦隊は本日クルーゼ隊の襲撃を受け、地球に降下したアークエンジェルを除く全艦を喪失する致命的な大敗を喫してしまうのだ。

 最悪な結果を思い出したクロトは思わず顔を引き攣らせた。そしてエルから手渡された折り紙の花を受け取ると、ポケットの中にそっと仕舞い込んだ。

 

 19.

 

「たとえ非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えばそれは犯罪となる。それを回避するための措置として日付を遡り、君達はあの日以前に志願兵として入隊したこととしたのだ。なくすなよ?」

 

 メネラオスに向かう通路の一角で、サイ達はナタルに声を掛けられた。

 地球連合軍第8艦隊、アークエンジェル所属の志願兵。それがキラ達に与えられた便宜上の身分だった。

 たとえ非常事態だとしても、民間人が戦闘行為を行うのは重大な犯罪だ。

 ハルバートンはそれを回避するための臨時措置として、書類上キラ達はヘリオポリス襲撃が行われた以前の日から志願兵だったことにしたのだ。

 それを示す証拠が、ハルバートンの手配した除隊許可証だった。

 

「私達、軍人だったんですか?」

「書類上はな。これがキラ・ヤマトの分だ。尚、軍務中に知り得た情報は除隊後とはいえ守秘義務がある。余計なことは誰にも話さないように」

 

 ミリアリアは不思議そうに首を傾げた。

 確かにアークエンジェルのCICで手伝いをしていたとはいえ、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 実際には単なる戦闘行為どころか、地球連合軍の中でも極一部しか知らない特殊任務に協力していたのが実情だったが、ナタルにそれを告げる義理はなかった。

 

「あの」

「君は戦っていないだろう? 彼等と同じ措置は執られてないぞ?」

 

 フレイは何かを言いたげな雰囲気で視線を向けたが、話を遮られたナタルは素っ気なく突き放した。

 確かに彼女はCICを訪れたこともあったが、生粋のお嬢様だったからか艦内の業務を手伝ったことはなかった。だから除隊許可証の用意はなかったのだ。

 一人前に除隊許可証だけは欲しいということか。

 ナタルが呆れたように肩を竦めると、フレイは首をぶんぶんと横に振った。

 

「いえ。……そうではなくて。……私、軍に志願したいんですけど!」

 

 サイは思いもよらないフレイの言葉に困惑した。

 ナタルも同感で、突如意外な言葉を口にしたフレイを怪訝な目で見詰めた。

 

「ふざけた気持ちで言ってるんじゃありません。父が討たれてから……。私、いろいろと考えました」

 

 彼女が戦死したジョージ・アルスター事務次官の娘だったのか。

 ホフマンはナタルを制すると、フレイの真意を確かめるために問い掛けた。

 

「はい。フレイ・アルスターです。……父が討たれた時はショックで……。もうこんなのは嫌だ、こんなところに居たくないと、そんな思いばかりでした。でも艦隊と合流して、やっと地球に降りられると思った時、何かとてもおかしい気がしたんです」

「おかしい?」

 

 ナタルは首を傾げた。彼女はそんな愛国心に溢れた少女だっただろうかと疑問に思ったからだ。

 

「これでもう安心でしょうか? これでもう平和でしょうか? ……そんなこと全然ない! 世界は依然として戦争のままなんです。自分は中立の国に居て、全然気付いていなかっただけなんです!」

 

 フレイは一気に言葉を捲し立てた。

 もちろん無策に残ろうとした訳ではなかった。父を喪い天涯孤独となった自分には雑用くらいしか出来ないことなど重々理解している。

 しかしこのアークエンジェルには彼が乗り合わせているのだ。ナチュラルの少年兵でありながら、コーディネイターを圧倒する正真正銘の化け物が。

 

「父は、戦争を終わらそうと必死で働いていたのに、本当の平和が本当の安心が……戦うことによってしか守れないのなら。……私も、父の遺志を継いで戦いたいと。私の力など少尉とは違って何の役にも立たないのかもしれませんが……」

 

 生温い艦長達と違って、()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()。そして1人でも多くのコーディネイターに、自分と同じ様な報いを受けさせてやる。

 あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 他の連中はこのまま退艦したとしてもむしろ好都合だ。自分が彼に差し出せる物は精々この身体位しかないのだから。

 そう思ったフレイに、意外な者達から賛同の声が届いた。

 

「……フレイの言ったことは、俺も感じてたことだ。少尉みたいに、同い年で活躍している人がいるのに。それに、彼女だけおいていくなんて出来ないしさ」

 

 サイを先頭に、彼等は受け取ったばかりの除隊許可証を一斉に破り捨てた。

 その行為は再びアークエンジェルのクルーに戻ることを意味していた。その異様な光景が目に留まったのか、クロトと別れを済ませたキラが息を切らせながら言った。

 

「ど、どうしたんですか? 皆で何を……」

「これ、持ってなさいって。除隊許可証」

 

 キラはミリアリアから手渡された唯一無事な除隊許可証を握り締めたまま、唖然とした表情を浮かべた。

 

「俺達さ、アークエンジェルに残ることにしたから」

「何かあっても、ザフトには入んないでくれよな」

「……そ、そんな……」

 

 フレイは信じられない光景に呆然なったキラを置き去りにすると、サイ達を連れてアークエンジェルの艦内に戻り始めた。

 

 ──可哀想な、キラ。

 

 フレイは囁くような声で呟いた。

 どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 相手はキラにとって初恋の幼馴染みで、キラ自身もラクスと友好関係にある少女だ。

 少なくともラクスを連れ出したタイミングなら、彼女に身の安全を保証させる形で確実に投降することが出来たはずだ。

 その答えは簡単だ。

 キラは彼等を守る為に戻って来たのだ。あの少年兵のように圧倒的な実力もないくせに、自尊心だけは立派な連中を守るために。

 どうやら彼等にはそれが分からないらしい。自分の暴挙にサイが同調しなければ、それに他の連中が賛同しなければ、たぶんキラはアークエンジェルを降りていただろう。

 無力な彼等を守るために、キラは再びイージスのパイロットと殺し合う状況になったのだ。そしてキラと惹かれ合っている少年兵も、このまま無事で済むとは思えない。

 だからせめて、私だけは同情してあげる。

 

 ──可哀想な、キラ。




本作ではフレイのターゲットはクロトですが、本人はキラちゃんしか見てないので実質ノーダメです。

キラちゃんは(自主規制)

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