逆襲のクロト   作:皐月莢

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本話はFREEDOM編の内容に一部触れています。ご注意ください。


フリーダムキラー

 彼女はスピーカーから流れる歌声を消した。

 瞬く間に空気は殺伐としたものに変わり、焼け付くような緊張感と高揚感が胸の奥から沸き上がってくる。

 突如無音に変わった世界で、彼女は歌の続きを自然と口にした。まるで昨年世界を騒がせたどこかの誰かに似た調子の、ポップで軽快なメロディーの歌を。

 漆黒の宇宙。

 ここはジャンク屋達がどれだけ回収しても追い付かない、スペースデブリの蔓延している廃棄された軍事基地だ。

 アルテミス。

 それは地球連合に加盟していたユーラシア連邦の誇る宇宙要塞の名だ。

 クルーゼ隊の襲撃を受けて陥落した後、紆余曲折を経て再度奪還に成功したユーラシア連邦軍は大西洋連邦に対抗するため、民間企業アクタイオン・インダストリー社と共同でユーラシア連邦初のモビルスーツ“ハイペリオン”を共同開発した。

 合計3機製造されたハイペリオンは“特務部隊X”のモビルスーツとして運用され、ドレッドノート強奪事件など第1次大戦の裏側で様々な武力介入を行った。

 しかしXメンバーの大規模な脱走、ユーラシア連邦の衰退など様々な状況が重なってアルテミスは最終的に放棄されることが決定し、かつてその難攻不落さから“母の腕の中”と呼ばれたこの地は“亡者の墓場”となっていた。

 そして現在は“フリーダムキラー”を自称するテロリストが、無数のモビルスーツを率いて通りがかった民間船を拿捕し、乗組員達を人質に立て籠もりを行っていた。

 

「ザフトの支配下にあるコンパスを解散しろ」

 

 などと主張し、アルテミスに残されていた設備で大々的に発信していたが、事態を憂慮した世界平和監視機構は一連の行動をブルーコスモスの起こしたテロと断定し、付近にいた彼女を刺客として差し向けたのだった。

 結果として一触即発を保ったまま、状況は膠着状態を保っていた。アルテミスに満ちている静かな殺気が全てを覆い隠すように包み込んでいた。

 我思う故に、我在り。何が本当なのかは分からないけれど、今私がこの歌を呟きたい気持ちだけは真実のはずだ。

 

「♪」

 

 彼女は静かに巨大デブリを蹴り、機体をゆっくりと前に進めた。

 艶やかな黒髪と、星空のように澄んだ紫色の瞳、誰もが振り返るような可憐さと、歴戦の戦士を思わせる精悍な雰囲気が印象的な少女の外見は、赤いパイロットスーツで覆い隠されている。

 自分はいったい何者なのか。彼女は考えない日はなかった。

 最高の日も。最悪の日も。どうでもいい日も。どうでもよくない日も。

 彼女には名前がなかった。

 もちろん彼女を第二のスーパーコーディネイターを造る為の被検体として研究していたユーラシア連邦の研究員が付けた、奇妙なコードネームはあったが。

 ファーストネームはカナード。

 いわゆる虚構──スーパーコーディネイターとして誕生しながらも、失敗作として生まれたことを示す名だ。贋作だった故に過酷な運命から逃れられたことを示す、彼女の本質を示す名前だった。

 ファミリーネームはパルス。

 瞬間的な能力は成功作にも匹敵する能力を示したことで研究員の関心を引き、失敗作でありながら唯一生存を許された彼女の立場を示す名前だった。

 失敗作とはいえ、平均的なコーディネイターを遥かに凌駕する知性を付与された彼女は自らに付けられた名前の意味を、物心が付いてほどなく理解した。

 やがてモルモット扱いに耐えられず、謎の男の手引きによって脱走に成功した彼女は自らの存在意義を賭け、成功作であるキラ・ヤマトを倒すため、ユーラシア連邦軍の特務部隊“X”に身を置いた。

 やがて狂気に身を委ねた彼女は奇妙な少年と出会い、命と引き換えに自分を守ろうとした彼に諭されて復讐心を捨てた。

 その後、地球連合に回収された彼女は“ファントムペイン”の一員として洗脳され、彼はカーボンヒューマンの素体として生涯を終えた。

 それは取り返しの付かない過去で、どうしようもない残酷な現実だ。唯一思い出せないのは、彼が最期に遺したたった1つの言葉だけだ。

 

〈“フリーダムキラー”の反応はないな。全く何を考えているのやら〉

 

 少女が操縦するモビルスーツのスピーカーから、スクランブル出動を余儀なくされた彼女の支援者であり、元上官である金髪の男の楽しそうな声が届いた。

 

〈くだらない冗談は年齢のせい? 〉

〈そうかもしれん。……だが、ここからが本題だ〉

 

 ラウ・ロアノークはカナードの刺々しい言葉に苦笑した。彼女のこうした男勝りな性格は成功作の妹よりも、むしろもう1人の妹に似ている。

 ニュートロンジャマーで入念な電波阻害が行われたこの状況下で、秘匿通信を盗み聞き出来る者は存在しない。カナードの見詰めるモニター画面の中で、現状の地球圏における勢力図を指し示している世界地図が表示された。

 

〈君は“ファウンデーション”を知っているか? 〉

〈……たしか、ユーラシア連邦から独立した新興国だっけ〉

 

 ラウはカナードの返答に満足した様子で頷いた。

 C.E.75年。

 第2次連合・プラント大戦の傷跡が世界各地に色濃く残る中、最も被害を受けたユーラシア連邦を中心とした大規模な独立運動が勃発した。

 第2次大戦時にギルバート・デュランダルの支援を受け、ユーラシア連邦に所属するコーディネイターが主導したその運動は、地球上における唯一のコーディネイターを中心とする国家の建国を成功させた。

 世界各地に散らばっていたコーディネイターを大々的に受け入れることで、新興勢力でありながら強大な国力を獲得した彼等は、オーブと並んで今後の世界情勢を左右する第三勢力になるかもしれないと噂されていた。

 

〈では、ブルーコスモスの復権は? 〉

〈知ってる。……また大変なことになりそうだってね〉

 

 カナードは再びデブリを蹴って機体をゆっくりと前に進めながら、うんざりだと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

〈大義はどうあれ、第2次大戦の犠牲者はナチュラルが大半を占めているからな。彼女が表舞台に上がろうと、そう簡単に収まるものではないだろう〉

 

 ラウは皮肉混じりに言った。

 第1次連合・プラント大戦と、第2次連合・プラント大戦。大局的にはどちらも引き分けだが、実態としてはコーディネイター陣営の圧勝だ。

 ギルバート・デュランダルがユニウスセブン落下テロ事件に関与した疑いも、ロード・ジブリールの暴走を掴んでいた疑いも、戦後処理を行った際に抹消された。

 今や戦後の地球連合を主導する立場にあるオーブ連合首長国も、現当主のカガリを除いた有力者の大半はコーディネイターだ。

 コーディネイターはナチュラルを疎み、ナチュラルはコーディネイターを憎む。

 そんな果てしなき憎しみの連鎖は今も拡大する一方で、それを終わらせる手段は誰も持っていない。

 あの“平和の歌姫”ラクスですら、例外ではない。

 類い希なる能力を先天的に獲得したコーディネイターである彼女に、ナチュラルの苦悩など理解出来る訳がない。そう非難する者は少なくなかったのだ。

 

〈それで、本題は? 〉

〈そうそう。“世界平和監視機構”についてだ〉

 

 ラウは顎に手を当てて楽しそうに言った。

 世界各地で起こる戦乱を鎮静化するため、プラント・大西洋連邦・オーブ連合首長国の共同で世界平和監視機構“コンパス”が創設された。

 その初代総裁にラクス・ディノ。

 更に実行部隊のトップとして、ラクスの婚約者でありオーブ軍准将であるアスラン・ディノが就任した。

 他にシン・アスカ、ルナマリア・ホーク、ムウ・ラ・フラガなど、各陣営から推薦を受けたエースパイロット達が構成員として名を連ねている。

 ユーラシア連邦で起こった騒動の関係で、元々関係者だったカナードは暫定的にターミナルへの出向が決定したが、それはあくまで一時的な措置だった。

 

〈どうやらファウンデーションは君達を危険視しているようでね。今回の事件にも彼等が関与しているのではないかと私は睨んでいる〉

〈あの妙な連中が? 〉

〈あぁ。本物のフリーダムキラーがこんな真似をするわけがないとは、連中も分かっているはずだ。だが、奴等はメディアを通して彼の排除を求めているそうだ〉

 

 フリーダムキラー。

 それは第1次連合・プラント大戦で伝説的な成果を残し、第2次大戦でも伝説的な戦果を挙げたフリーダムを死闘の末に撃破したクロト・ブエルの異名だ。

 もちろん本物のフリーダムのパイロットは前大戦でオーブ軍のフラグシップ機“アカツキ”を駆り、ネオ・ジェネシスの破壊に貢献したキラ・ヤマトだ。しかし戦後処理に携わった関係者の間では、それは公然の秘密となっているのだ。

 

〈だったら偽者の正体は? 〉

〈恐らくカーボンヒューマンの生き残りといったところだろう。可能であれば生け捕りが望ましいが、難しいかもしれないな〉

 

 全盛期の力を取り戻した“超越者”を倒したクロトの戦闘能力をコピー出来たのであれば、いくらカナードであろうと対抗出来る相手ではない。

 場合によっては撤退も選択肢の1つだとラウが口にしたところで、カナードは鼻で笑うように応答した。そして標的を見据えると、背部のメインスラスターを起動させた。

 

〈余裕だろ。私は──〉

 

 崩落した格納庫の一点で、眩い炎が発生した。

 

〈っと! 〉

 

 鶏冠状の頭部センサーを搭載した薄緑色のモビルスーツが、要塞攻略用のミサイルランチャーを発射した。

 一転して急上昇したカナードの遥か足下に、無数のミサイルが着弾した。壮烈な爆炎がコンクリート製の床を呑み込み、撒き散らされた鉄屑が周囲に破壊をもたらした。

 

〈ジンの反応を確認! 〉

〈奥にも反応があるぞ! 〉

 

 ラウの緊急通信と同時に、節電のため薄暗い灰色だったVPS装甲が白と赤を基調とした鮮やかな色に染まる。

 型式番号〈CAT1-X1/3E〉──“ハイペリオンイータ”。

 戦後、アズラエル財団がアクタイオン・インダストリー社から入手した“ハイペリオン”の設計データを基に、パワーエクステンダーやVPS装甲といったC.E.75年現在の最近技術を導入して開発した試作機だ。

 ビームライフルの直撃を受け、無造作にミサイルランチャーを構えていた2機のジンはアルテミスに散乱する宇宙塵の1つと化した。

 その背後から現れた新手のモビルスーツが銃撃を開始したが、数秒前に仲間を殺されたとは思えないジンの無機質な挙動にカナードは違和感を抱いた。

 

〈テロリストは1人じゃなかったのか!?〉

〈フリーダムキラー以外はAIだ! 奴を逃がすな!〉

 

 銃撃。銃撃。また銃撃。

 カナードはハイペリオンを加速させながら、まるで軍隊蟻のように死を恐れず向かってくるモビルスーツ群にビームマシンガンを連射した。

 そして仲間を盾に弾幕を突破するモビルスーツに向かって、腰部にマウントしていた小型のビームブレイドを抜いて突貫する。しかしジンの放った無数の弾丸は、ハイペリオンの前腕部から展開したモノフェーズ光波防御シールドに阻まれて届かない。

 カナードが弾丸のようにモビルスーツ隊の中心部を駆け抜けた直後、胴体が泣き別れした機体は次々に爆散した。

 

〈ガラクタ人形に頼ってないで出て来いよ、雑魚野郎〉

 

 背部ユニットから伸びた超高インパルス砲“アグニ”から発射した極大の閃光が、崩落したアルテミスの外壁から現れたモビルスーツの横に大穴を開けた。

 お前に囚われた人質の安否など、私には関係ないことだと言いたげに。

 

〈僕を知っているの?〉

 

 ノイズ混じりに聞こえてくる聞き慣れた少年の声。

 それと同時に真上から降って来た破砕球を回避し、カナードは上空に現れた赤黒いモビルスーツに視線を向けた。

 型式番号〈LF-GAT-X370〉──“フラムレイダー”。

 秘密結社“ライブラリアン”がレイダーを再設計したモビルスーツであり、第2次大戦の最終盤の混乱に紛れてラウが取り逃がしてしまった機体の1つだ。

 

〈さぁな。お前みたいな偽者のことなんか知るか〉

〈君も、僕を偽者だって言うんだね〉

 

 挨拶代わりに放たれたビームにモノフェーズ光波防御シールドを合わせ、カナードはレイダーの口部から放たれた高出力ビームを無力化した。

 

〈当然だ。アイツは私の義弟だからな〉

 

 カナードの言葉に戸惑ったのか、ハイペリオンに向けていた銃口を下げた。

 

〈……知らなかった。フリーダムキラーには姉がいたのか〉

 

 どうやら完全にイカれてしまったテロリストという訳ではないらしい。カナードは少年を試すような口調で言った。

 

〈お前の目的はなんだ?〉

〈……コンパスの解散だ〉

〈それは無理な話だ。頭の悪さはアイツより上だな〉

 

 数秒間の逡巡後、少年は静かに応答した。

 

〈僕は望んで偽者に生まれた訳じゃない。君がフリーダムキラーの姉だと言うなら、さっさと本物を連れてこい〉

 

 少年の真剣な声に、不意を突かれたカナードは大笑いした。

 世間的にはクロト・ブエルはフリーダムキラーだが、実際にはフリーダムのパイロットを騙っていた不届き者を始末しただけだ。

 本物に劣等感を抱いているこの大馬鹿野郎は、かつてキラ・ヤマトを倒そうとした自分によく似ている。

 

〈悪いが、交渉の余地は無しだ。これ以上面倒なことが起こる前に、私がお前をとっ捕まえてやる! 〉

 

 カナードはメインスラスターを最大出力で始動させると、少年の放った無数の銃撃を振り切るような勢いで後方に回り込んだ。

 そのままビームブレイドを抜刀して右腕を狙うが、反射的に掲げた左腕のシールドで攻撃を防御されてしまう。変形と同時に振り下ろされたビームクローをバックステップで避け、展開した超高インパルス砲を発射した。

 赤黒い閃光が左脚を大きく抉り取ったが、胴体を避けて狙った僅かなタイムラグがレイダーの無力化を失敗させた。

 

〈邪魔をするな! 〉

 

 するとハイペリオンの動きが止まった一瞬の隙を狙って、少年の投擲した破砕球が正面に迫った。

 反射的に展開したモノフェーズ光波防御シールドを擦り抜け、対ビームコーティングの施された質量兵器の一撃がコクピットブロックに衝突した。

 強烈な打撃を受けたカナードは失神したが、ヘルメットをコクピットシートに叩き付けられた衝撃でカナードの意識は瞬時に覚醒した。

 

 ──人と人は、想いの力で繋がっているんだ。

 

 誰かの声が、脳裏で聞こえたような気がした。

 

〈あー……。思い出した!! 〉

 

 カナードは血の混じった唾液を呑み込みながら、瓦礫に叩き付けられたハイペリオンを飛翔させた。再度少年の放った破砕球を紙一重で回避しながら、カナードはどうしようもなく孤独な少年との距離を詰める。

 横薙ぎに振るわれた大型クローは、わずか数十センチメートル先で停止している。

 ハイペリオンの右前腕部から展開した極小範囲のモノフェーズ光波防御シールドが、ゾロアスターの最高神を冠するビームクローを寸前で阻んでいた。

 

〈私はカナード・パルスだ! 〉

 

 カナードが咆哮するように叫ぶと、白羽取りした大型クローを破壊した。

 すると少年はレイダーを後退させて距離を取ろうとしながら、周囲に伏せていた無数のモビルスーツにハイペリオンを撃たせようとした。

 しかしカナードとの距離は離れるどころか、反対に引き寄せられてしまう。

 

〈何っ!?〉

 

 カナードは破砕球とレイダーを繋いでいた強靱な高分子ワイヤーを、回避と同時に左腕で掴んでいたのだ。

 こうなれば相討ちだ。

 少年はバランスを崩しながらも、コクピットを庇うようにシールドを構えた。

 一方で強引に距離を詰めたカナードは、ハイペリオンの各所に取り付けられたモノフェーズ光波防御シールドを最大出力で全面展開した。

 超至近距離で放たれた攻防一体の指向性ビームがレイダーの頭部を吹き飛ばし、更にAIの放った無数のミサイルが次々直撃した。

 物理攻撃を受けてパワーダウンしたレイダーの装甲は灰色に変わり、主人の異常を察知したモビルスーツ群は一斉に沈黙する。

 これでフリーダムキラーの起こしたテロ事件は、犠牲者無しで見事解決だ。

 

〈ナイスファイトだ、カナード君〉

 

 ラウは民間人を救出するため、周辺に展開していた元ユーラシア連邦軍の傭兵部隊に作戦成功のメッセージを打電すると、どこか可笑しそうな口調で呟いた。

 カナードは息苦しいヘルメットを無造作に脱ぎ捨てると、かつて肩を並べて戦った戦友達に手を振った。




PV4と勢力図、あらすじが公開されたのでFREEDOM編に向けた短編を執筆しました。

クロトがコンパス所属だとシナリオが破綻しそうなので、今回の1件で追放されました。(何もしてないけど
もちろんキラちゃんもクロトと共に離脱したので、コンパスのメンバーは以下の通りです。

世界平和監視機構(暫定

初代総裁:ラクス
隊長:アスラン
隊員:シン、ルナマリア、アグネス
未定:オルガ、シャニ、ムウ、レイ(療養中?
追放:クロト(ターミナル出向予定
離脱:キラ、カナード(ターミナル出向

……端から見たらコンパスという名のザフト地上部隊に見えますね。このメンバーで世界平和監視機構を名乗るのは無理があるでしょ。

今回登場したハイペリオンイータの詳細設定は考え中です。他にもオリジナル機体を色々と考えてますが、とりあえずアカツキフリーダム(仮)は登場させる予定です。

フラムレイダーの出番はこれで終了ですが、要はライブラリアンの開発したレイダー改修機です。
破砕球にビームコーティング、肩部の速射砲をMS形態でも使えるように改造したストライクレイダーのジェネリック版でもありますね。
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