予めご了承ください。
飛翔する襲撃者
「……何をやってるんだ、僕は」
少年は溜め息混じりに呟いた。
コクピットシートの傍らに置かれたエナジードリンクの容器を手に取った。
癖っ毛のある短い赤髪に、碧眼が印象的な少年は、上層部に支給された白と青のパイロットスーツに身を包んでおり、そのヘルメットの中心部では白い翼を広げた蒼い星──世界平和維持機構の刻印が施されている。
そのバイザーを開放すると、少年は中身を一息に飲み込んだ。
この妙に甘ったるくて刺激的な味は、どこか“γ-グリフェプタン”に似てる気がする。しょせん
そんな憂鬱な思考が、スーパーミネルバ級強襲揚陸艦“ミレニアム”から発信された
『ミレニアムから
『こちら
ノイズ混じりに届けられる声に、クロトは意識を傾けた。
コンパスの実行部隊の総司令官であり、オーブ軍准将、ザフトの指揮官相当を示す“白服”も兼任しているアスラン・ディノは苛立った声で続けた。
『
『連中がイカレてるのは今に始まったことじゃねーだろ。アスカ隊は?』
ブルーコスモスが創り出した人間兵器“生体CPU”。
かつてその1人だったクロト・ブエル2佐は、一足早くミレニアムを出撃した新進気鋭のモビルスーツ小隊の名を挙げた。
『アスカ隊は現在敵の主力部隊を迎撃しているが、敵の侵攻を食い止めるだけで精一杯だ。後方にはデストロイの反応も確認した』
クロトは予期せぬ事態に、嫌な予感を抱いた。
シン・アスカを隊長に、ルナマリア・ホークと元同僚のアグネス・ギーベンラートの3名で構成されたアスカ隊は、ブエル隊と並んでコンパスの誇る最強の双剣だ。
そんな彼らが苦戦している上にデストロイまで姿を現した事実は、敵の侵攻が想像以上に大規模であることを示していた。
だったらやるしかない。
『了解。──
『ケッ。ガキ共のお守りはメンドーなんだよな』
『テメーだけいいトコどりってか。だったら俺達も勝手にやらせてもらうぜ』
容姿端麗だが軽薄そうな金髪の少年オルガ・サブナックと、ダウナーでオッドアイが印象的な緑髪の少年シャニ・アンドラスは吠えるように嗤った。
『僕達の本分を忘れるな。勝手な行動は許されていない』
クロトは後方に従えた紺色の火力支援型モビルスーツと、同型機だが濃緑色の突撃・強襲用モビルスーツに鋭い視線を向けた。
『了解』『りょーかい』
それぞれ“
ここはプラント経済特区に指定された、アフリカ共和国オルドリン自治区だ。
ほんの数時間前まで平和な日常にあったこの街は、まるで天災が降り掛かったように無秩序な破壊に晒されていた。
ダガーが地上を爆進し、ウィンダムが蝗のように上空を埋め尽くす。そしてその最後尾には、全高50メートルを超える漆黒の巨人が君臨していた。
誰もが天を仰いで絶望する中、数奇な出会いの末に自由を手に入れた
戦火に染まる薄赤い空を、1つの影が切り裂いていた。
円盤型のバックパックに取り付けられたホバースラスターを展開し、前傾姿勢で疾走するその機体は、モビルスーツでもなければモビルアーマーでもない。
型式番号〈GFAS-X1〉──“デストロイ”。
第2次連合・プラント大戦の最中、ユーラシア連邦の軍事企業が開発したこの機動兵器は戦略兵器級の戦闘力を有していた。
しかし機体制御、火器管制システムの複雑化に伴い、パイロット本人の高度な空間認識能力・操縦技術を要求するデストロイを運用出来る者はいなかった。ナチュラルでありながらザフトのエースパイロットに上り詰めた
『──こちらは世界平和監視機構“コンパス”。攻撃部隊に告ぐ。ただちに戦闘を停止せよ。繰り返す──』
クロトは降下を開始したライジングレイダーのコクピットから、公共回線を通じて地上の攻撃部隊に語り掛けた。
彼等の正体はブルーコスモスに忠誠を誓う、元ユーラシア連邦軍の軍人達だ。
第2次連合・プラント大戦の停戦協定が結ばれ、ネオ・ブルーコスモスに穏健派が吸収されたことで先鋭化した彼等は武装解除を拒絶し、“蒼き清浄なる世界”の為にたびたび破壊活動を繰り返していたのだ。
『ただちに戦闘を停止せよ!!』
戦場に響き渡るクロトの咆哮に、一部のダガーやウィンダムは気圧されたように動きを止める。
それは“フリーダムキラー”クロト・ブエルの存在は、ナチュラル至上主義を掲げるブルーコスモスにとって異端の存在だったからだ。
ナチュラルでありながら人類史上初の絶滅戦争で衝撃的な戦果を残し、無数のコーディネイターを退け続けた絶対強者。
僅か2年後に起こった2度目の絶滅戦争では奇跡の復活を遂げ、ギルバート・デュランダルと
そして逃れられない
半年前に起こったアルテミス事件の責任を取る形で情報機関“ターミナル”に出向する傍ら、ブエル隊の小隊長としても活躍するクロト・ブエルの存在感は、コンパスの初代総裁ラクス・ディノや、その設立に尽力したオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハにも決して劣らない。
唯一の例外である“彼女”を除いて。
『この裏切りモノがああアアアッ!!! 死ねッ!! 死んでしまえェ──!!』
デストロイの生体CPUである彼女は、友軍すら巻き込む形で背部フライトユニットに装備された4基の
単純な火力だけなら一撃で艦隊を壊滅させるほどの破壊力を誇る極大の閃光が放たれ、クロトは対ビームコーティングの施された高分子ワイヤーで接続されたモーニングスター状の質量兵器を振り回した。擬似的なビームシールドが前方に発生させ、クロトごと逃げ惑う人々を蹂躙するはずだった強烈な一撃をその場で減衰・霧散させる。
狂ったように喚き散らす少女の声は誰の目にも手遅れなほど理性を喪っており、以前クロトが対峙したネオ・ロアノーク機のような洗練されたものはなかった。
『クロトさん!!』
先程まで怒りと焦燥感に包まれていたシン・アスカは、“イモータルジャスティス”の中で安堵の声を上げた。
そして再攻撃を開始した攻撃部隊のモビルスーツの間に割り込むと、右腕で構えたシールドで彼等を守りながらビームライフルを連射する。
やはりあの人が来ると、同じ隊長のはずなのに別格であることを実感させられる。
そんな頼もしさと情けなさの入り交ざった複雑な反応は、何もシンだけに限ったものではなかった。
『やっとフリーダムキラーのお出ましって訳ね。──援護しなさい、シン!』
アグネス・ギーベンラートは対峙していたダガーを円盤状シールドで次々両断すると、誰の物真似なのか頭部を撃ち抜いて敵を無力化しているシンを嘲笑しながら言った。
このコンパス専用機である〈ZGМFー2027/A〉──“ギャンシュトローム”は“グフイグナイテッド”の後継機で、近接戦闘に特化したモビルスーツだ。
近接戦闘も得意としているが、あくまで万能機であるジャスティスを援護する必要などない。2人が口論になりかけた次の瞬間、アグネスに迫りつつあったダガーの軍勢が強烈なビームを受けて一斉に薙ぎ払われた。
『何やってんだお前らァ!!』
その小馬鹿にしたような声は、オーブ軍の主力量産機“ムラサメ”の強化改修機から発せられたものだった。
第2次大戦後、モルゲンレーテは老朽化の目立つこの機体に近代化改修を行い、それぞれのパイロットに最適化したストライカーパックを装備することで大幅に戦闘能力を向上させることに成功したモビルスーツをコンパス専用機として用意したのだ。
そんな“ムラサメ改・
『うらあああああああぁ!!』
同じく“ムラサメ改・
なぜザフトの士官アカデミーを赤服として卒業したアスカ隊よりも、まともな教育など一切受けていないブエル隊の方が協調出来るのだろうか。
シンは隊長としての器量の差、部隊としての練度の差のようなものを感じながら、単独でデストロイと対峙しているクロトに視線を向けた。
型式番号〈STTSー910〉──
総合的な性能はシンの駆る
アスカ隊は指揮官のアスランから、多くの避難民を収容している政府施設の防衛、及び市民の避難・誘導を指示されている。オルガ、シャニの両名はその援護を命じられたのだろう。
つまり、
デストロイは両腕を分離すると、それぞれの指からビームを掃射しながら左右に展開した。
レイダーは機体を変形、加速しながら軌道を完全に見切ったように紙一重で躱した。そして獲物を狙う猛禽類のように片方のアームを腰部の大型クローで掴むと、その内部に取り付けられた
破壊されたアームの爆風を受けて僅かに体制を崩したレイダーの脇腹からアームが迫るが、一瞬前に射出されたシールドブーメランがそれを迎撃した。
そしてデストロイに搭載された無数の兵器が不気味に発光するが、クロトの反応はそれを上回っていた。
レイダーは全身に搭載された火砲を一斉に展開すると、発射寸前だったデストロイの武装を同時に破壊・無力化した。
トドメとばかりに加速を付けた
『お前さえ……お前さえいなければ……!』
レイダーがシールドブーメランを最大出力で展開した瞬間、デストロイの生体CPUはクロトに呪詛を吐いた。ドマ、エーロン、ライハの時と同様に、たびたび生体CPUの脱走に悩まされていたブルーコスモスは最悪の事態を防止するため、レイダーに無力化されたデストロイを外部操作で自爆させたのだ。
ビームシールドの内側から、クロトは憎悪の視線を向けながら爆散する少女の姿を視認した。
「ちえっ、俺の出る幕ねーじゃん」
あの凶悪な敵を、ものの数秒で撃破か。
事情を知らないシンがクロトの示した圧倒的な実力に驚嘆していると、形勢不利を悟ったブルーコスモスは隣接している旧市街カナジに向かって撤退を開始した。
僅かに空気が弛緩する中、オルドリン守備軍からの通信が入った。
それは彼等が撤退するカナジにロード・ジブリールが潜伏していることを示す内容だった。
「ジブリールが!?」
ロード・ジブリール──それは第2次連合・プラント戦時にブルーコスモスの盟主だった男だ。
戦後、大西洋連合に拘束されていたジブリールは、ミケール大佐を中心とする旧ユーラシア連邦軍の手で解放され、停戦協定に不満を持ったナチュラルの支持を受けているブルーコスモス残党軍の旗頭に上り詰めたのだ。その戦力は大戦時とは比較にならないが、それでも他のテロリストとは比較にならない大規模な戦力であり、デストロイといった戦略兵器をも保有している。
もしも本当にジブリールがいるのなら、ブルーコスモス残党軍を退けた今は願ってもない好機なのかもしれない。
そう考えたオルドリン守備軍は、撤退する攻撃部隊を追ってカナジ市街に突入を開始した。
やっちまえ──。思わずそう叫びそうになった瞬間、クロトの声が激しい追撃戦の開始された市街地で響き渡った。
『警告します! 直ちに進軍を中止してください! ジブリールはここにはいません!! ブルーコスモスの流した
一転して自治区の境界線を越えたオルドリン守備軍が、コンパスの介入で戦力の大半を喪ったブルーコスモス残党軍に襲い掛かった。
ジンに撃たれたダガーの爆発で巻き込まれた誰かが宙を舞い、ウィンダムが躱したビームの先で誰かが蒸発する。要塞攻略用の大型ミサイルを受けた建物が吹き飛ばされる。
『これ以上の戦闘継続は、市民への被害が!』
クロトは守備軍を制止しようとするが、復讐心に囚われた彼等には届かない。
これは先程までオルドリン自治区で行われていた虐殺行為と、いったい何が違うというのか。平和だった街は破壊され、罪のない無数の市民が傷付けられる。
そして
「……どいつも、こいつも……」
舌打ちするクロトの脳裏に、ある男の言葉が蘇った。
クロトは邪念を振り払うように頭を振ると、執拗に攻撃を繰り返す守備隊のモビルスーツ隊に襲いかかった。彼等の武器を次々に斬り飛ばし始めたレイダーに対応出来る者はいなかったが、ブルーコスモスとの連戦で心身共に消耗していたクロトを、オルドリン守備軍の嘲るような声が襲った。
『お前も本当はブルーコスモスなんだろ! 俺達の邪魔をするな!』
思わず怒りが沸騰し、クロトは反射的にビームライフルの照準をコクピットに向けた。
慌てて再照準しようとする一瞬の隙を突き、レイダーのコクピットを狙ったジンの右腕を──ジャスティスの放ったシールドブーメランが切り裂いた。
というわけで種自由編です。SEED FREEDOMの二次創作は読みたいけど今更100話も読めない兄貴姉貴は、以下の点だけ理解すれば大丈夫だと思います。
・逆行したクロト・ブエルがヘリオポリス襲撃に巻き込まれ、アークエンジェルに乗艦する。
・キラ・ヤマトちゃんが可愛い。
・キラについてはストライクのパイロットとしか知らず、女の子だったことに戸惑う中で、最終的に保護者が激怒したりアスランにトールされかける。
・色々と辻褄を合わせるため、ムルタ・アズラエルが存命。なお妻と娘はクロトのファン。
・ラウがムウの代わりにネオと化し、今も顔が老けたオッサンとして暗躍中。
・前倒しで登場したステラが種編でラスボスになり、カナードはステラ枠で登場する。
・クロトは生体CPUの力を喪失したが、SEED因子の力に覚醒している。
クロトはパイロット組の中では最上位の役職なので、キラの役割も兼任しています。
【挿絵表示】
阿井上夫先生に描いて頂いた種自由編のイラストです。問題のパイスーキラちゃんが楽しみで夜しか眠れません。