C.E.73年。
人類史上2度目の絶滅戦争となった第2次連合・プラント大戦は、ユニウスセブン落下テロ事件“ブレイク・ザ・ワールド”と、その報復措置であるプラント殲滅作戦“フォックストロット・ノベンバー”に端を発する形で始まった。
大戦末期、プラント議長ギルバート・デュランダルは人類最後の救済策として、個々の遺伝子に応じて最適な役割を強制することで競争のない世界をもたらす“
それは彼の個人的な理想に端を発したものだと囁かれていたが、真相はそんな単純なものではなかった。
彼にとっての“
しかしそれはかつて生体CPUとしての運命を強いられたクロトにとって、到底許容出来るものではなかった。
デュランダルが、そして復活した“超越者”アル・ダ・フラガが自らの野望を成就する為に生まれた犠牲を、そして運命計画デスティニープランによって生まれるだろう犠牲を、たとえこの世界が混迷に向かうとしても見逃すことなど出来なかった。
激戦の末にギルバート・デュランダルとアル・ダ・フラガは敗れ、最後の悪足掻きと思われたメサイア要塞の落下も、オーブ・連合軍を中心とする有志達の奮闘で阻まれた。
そしてC.E.75年。
世界は平和を取り戻したかのように思われたが、人々は何も変わらなかった。
ナチュラルはコーディネイターを妬み、コーディネイターはナチュラルを蔑視する。2つの人類間に存在する憎しみの連鎖は、今も世界各地に広がり続けていた。
「クロト・ブエル2佐以下6名、乗艦許可を願います」
クロトは疲れた表情で言うと、思い出したように敬礼した。
かつて自分が焼いたオーブ連合首長軍の肩書きに、形式的な意味以上のものがあるとは思えなかったからだ。
小隊長としては同格だが階級は下のシン、クロトの部下として扱われているオルガ、シャニたちも、クロトに続けて敬礼する。それを受けて艦長のマリュー・ラミアスは、未だ敬礼も覚束ないクロトの様子に微笑んだ。
「許可します。だいぶお疲れみたいね?」
クロトは近海で展開していたアークエンジェルに乗艦していた。コンパスの旗艦であるミレニアムは大気圏外に展開しており、帰投するには整備と補給が必要だったのだ。
戦後、大西洋連邦軍から提供されたアークエンジェルは、現在ミレニアムと共に世界平和監視機構“コンパス”に所属する専用母艦の1つだ。
「
「それは言えてるぜ。クロトの3倍はウルセーからな」
更衣室に続いている廊下を歩きながら、シャニ・アンドラスとオルガ・サブナックは下品に嗤った。
第2次連合・プラント大戦終了後、停戦協定を成立させた最大の立役者カガリ・ユラ・アスハの主導でプラント、大西洋連邦、オーブは『平和維持のための実行力を保有した非国家、非遺伝子差別的な能動的組織』──世界平和監視機構“コンパス”を設立した。
その初代総裁にはラクス・ディノが就任し、実行部隊の総指揮官にはプラント時代からの婚約者であり、先日正式に入籍したアスラン・ディノが就任した。
そしてクロトもラクス、カガリ両名の推薦を受け、オーブ軍からの出向という扱いで参加した。
オルガ、シャニはクロトと同様にオーブ軍で、シン、ルナマリア、アグネスらはザフトからの出向。
そしてマリュー・ラミアス、副艦長兼パイロットのムウ・ラ・フラガを除いたアークエンジェルとそのクルーは、大西洋連邦軍からの出向だ。
コンパスの活動内容は多岐に渡っており、その主な活動内容は国際的な救難活動、復興支援だ。
しかしクロト率いるブエル隊、シン率いるアスカ隊に課せられた主な任務は、世界各地で頻発するブルーコスモス、旧ザラ派、旧デュランダル派の起こすテロ活動の鎮圧だった。
それは第2次連合・プラント大戦で最大の被害を受けたユーラシア連邦でユーラシア南部の小国“ファウンデーション”が事実上の独立を勝ち取る“ファウンデーション・ショック”が起こったことが主因だ。
プラント、大西洋連邦と並ぶ三大勢力だったユーラシア連邦の権威失墜は、元々不安定だった世界情勢を更に混乱させる事態に発展しており、世界各地で大規模なテロ活動が頻発していたのだ。
そうした状況下で成立した世界平和監視機構コンパスには、世界中から注目の視線が集まっていた。
「アークエンジェルの情報解析班の報告でも、ジブリールは不在だったみてーだ。……やっぱ目的はザフトの国境侵犯か」
クロトが天を仰ぐと、シンは硬い表情で言った。
「なんでそんなことを?」
「いつもの手口だ。ヤツの思惑通り進めば、今の国際世論は反プラント派が優勢になる可能性が高い。そうなればブルーコスモスの完全復活だ」
「
「そりゃそうだろ。いつまで義勇軍気分なんだよ」
ブルーコスモス残党軍で構成されたテロリストと、ザフトで構成されたオルドリン守備軍。
同じ市民を巻き込んだ戦闘行動であっても、その意味合いはまるで異なる。
まして第2次連合・プラント大戦後は他国に倣って階級制を導入し、これまでの個人主義的な体質を改善しようとしているザフトにとっては尚更だった。
プラント陣営の不用意な行動は、そのまま第3次連合・プラント大戦に繋がるかもしれないのだ。
「だけど……! だからってアイツら、こんなこといつまで続けるんすか!?」
シンは拳を握り締め、怒りで声を震わせた。それはここ最近、ブルーコスモス残党軍が導入し始めた戦術に対するものだった。
彼等はプラントを支持する居住地・施設に対して、モビルスーツ隊単独での奇襲攻撃を仕掛けているのだ。
それは母艦を用いない都合上、事前に察知することが極めて難しい上に、投入されるデストロイ、ペルグランデといった戦略兵器が攻撃の威力を最大化させる。たとえ作戦が失敗に終わったとしても証拠は部隊の壊滅と同時に隠滅される上に、意図的なフェイク・ニュースによってプラント側を誘導する。
挑発に乗ったプラント側が国境侵犯・戦闘行為に踏み切ることがあれば、その過失を彼等の
正攻法では通用しない程にブルーコスモスが弱体化したという楽観的な見方も可能だが、非人道的な作戦が繰り返されていることには変わりない。
「ジブリールとそのシンパが捕まるまでだろ。……
シンは前を歩くクロトの背中を見た。
未曾有のエネルギー危機を引き起こし、地球人口の1割が犠牲になったとされる"エイプリルフール・クライシス”。世界各地にコロニーの残骸が降り注ぎ、単純な人的被害はそれを遥かに上回るとされる"ブレイク・ザ・ワールド”。
クロトのように天涯孤独の身となり、ブルーコスモスに利用されている子供達は無数に存在するのだろう。
「そうそう、さっきは助かった。あのまま撃たれてたら面倒なことになってただろーし」
クロトは思い出したように言った。
ラクス率いる世界平和監視機構の絶対的エースパイロットを、暴走したザフト軍が撃てば国際問題に発展するだろう。
プラントとオーブの間には間違いなく深刻な対立が発生するだろうし、場合によっては組織の崩壊も招きかねない。主要な構成員はコーディネイターが占めており、影では“第二のザフト軍”などと揶揄されているコンパスが成り立っているのは、クロトが参加しているからだ。
良くも悪くもザフトの出向組に過ぎないシン・アスカと違って、ラクス、カガリの両名から信頼厚い元生体CPU、クロト・ブエルは替えの効かない存在なのだ。
「……何言ってんすか。俺はキラさんにアンタのことを頼まれてるだけですよ」
この人はそんな重圧に、1人耐え続けているのだろう。たとえ
シンは不意に込み上げたものを噛み殺すと、ぶっきらぼうな口調で言った。
「ふーん、良かったじゃない。なんだかんだでずっと気まずかったんでしょ?」
休憩室のテレビで国際ニュースを見ていたルナマリアは、顔を綻ばせているシンを横目にチャンネルを変えた。
〈オルドリン自治区での被害者は死者428名に上り、これでブルーコスモス残存勢力によるテロの死傷者は5000名を超えました〉
「別に気まずいってことは……。でも俺なんて、全然信用されてないんじゃないかって思ってたからさ。……結局、あの人は1人で戦ってばかりだし」
シン達には常に後方守備や避難誘導を指示し、1人で戦うことが殆どだ。
実行部隊の総指揮官として現場に出られないことが多いアスランの代わりに“ジャスティス”のパイロットを任されているが、信頼されているとは到底思えない。
「そうねー。ハインライン大尉はおかげで被害が抑えられてるって言ってるけど、私達はなんなのよって思う時はあるわね」
「俺、あの人と一緒に戦えると思って、コンパスに入ったのにさ。……だから、もっと役に立ちたいっていうかさ」
「それはしょうがないんじゃないの? だって──」
クロトが真の意味で背中を預けられるのは、1人だけだろう。そう言い掛けたルナマリアを、不意に現れたアグネスの言葉が遮った。
「あんたなんて信頼するワケないでしょ。“
「“レイダーキラー”?」
聞き慣れない言葉に、シンは首を傾げた。
「あら、知らなかったの? 旧式の機体を倒したからって、皆にチヤホヤされてるって評判だったのよ?」
確かにシンはレイダーを倒したことがある。あの時の自分にとって、レイダーは敵だと思っていた。両親の仇だと、ミネルバの敵だとしか思っていなかった。
なぜクロトがオーブを撃たなければならなかったのか、なぜ再び戦場に現れなければならなかったのか、考えたことなんてなかった。
「アグネス!」
ルナマリアは声を荒げるが、アグネスは小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「悪いこと言わないから譲りなさいよ、ジャスティス。あんたが持ってても宝の持ち腐れでしょ? アカデミーじゃ技術も評価も私の方が上だったじゃない」
アグネス・ギーベンラートはシンやルナマリア、レイと
「前からおかしいと思ってたのよね。あんたが
反論出来ないシンを横目に、怒りが頂点に達したルナマリアは皮肉たっぷりに言った。
「ディノ司令に相手にされないからって、次はブエル隊長? アンタも懲りないわねぇ」
彼女は昔からそういう人間だ。自分を飾るのに相応しい男を見付ければ、彼女がいようと構わず手に入れようとする。そしてそれ以上の男が現れると、あっさり捨ててしまう。
なにせ当のルナマリアも、アグネスに彼氏を奪われたことがあるのだ。付き合うなら絶対にエリートがいいと、男を品定めしていた当時の自分は泣き寝入りするしかなかったが、それでも未だに忘れられない苦い過去だ。
「どういう意味?」
「言葉通りよ」
惚けたような表情で聞き返すアグネスに、ルナマリアは大袈裟に肩を竦めた。
アグネスはアスランの代わりとして、ディノ夫妻とアスハ代表首長から全幅の信頼を置かれ、“レイダー”のパイロットとして有名なクロトを狙っているのだ。
しかしそれはラクスからアスランを奪う以上に無駄な努力だろう。
「やーねぇ。
「キープくん?」
忠告しようとしたルナマリアを嘲笑うように、アグネスは囁くような声で言った。
「もしも私と司令の間に、
「……アンタねぇ。いい加減にしなさいよ」
訂正。この女は一回痛い目に遭った方がいい。なんなら今すぐにでも。ルナマリアが拳を握り込んだ瞬間、話には無関係なオルガが部屋に入って来た。
「おっと、取り込み中か?」
「すみません! アスカ隊の3人で、昨日の反省会をしてまして」
アグネスはオルガの姿を確認すると、まるでルナマリアやシンの存在など忘れたかのように話し掛けた。
何かを手に入れるためには、まずは周囲を狙うのが重要だ。こうした些細な好印象の積み重ねで、アグネスは目を付けた男達に気に入られてきたのだ。
「ところで……ブエル隊長は? 隊同士の親睦を深めるために、隊長にも参加して貰えると嬉しいのですが」
猫撫で声のアグネスに、オルガはまるで興味なさげに言った。
「アイツは“ターミナル”に報告があるからって、オーブに戻ったぜ」
クロトはコンパスの情報支援組織である非政府組織“ターミナル”の諜報員を兼任している。まさにパイロットだけをやっているわけにはいかないということだ。
アグネスは心の中で舌打ちした。隊同士の親睦も何も、クロトがいないのであれば何の意味もないではないか。
「そうですか。ではまた次の機会に」
しかし機会はいくらでもある。
上手くクロトに気に入られることが出来れば、シンに代わって自分が隊長に選ばれるだろう。
そうなれば次の標的はアスランだ。
2度の大戦で活躍した同世代のエースパイロット──“レイダー”“ジャスティス”の2人を同時に弄んだ女になれる機会など、そうそうないかもしれないのだから。
アグネス評
アスラン:本命
クロト:対抗、キープくん
シン:クソガキ
その他:雑魚
こんなアグネスちゃんですが、中盤ではアスラン級の見せ場を用意していますのでお楽しみに……。
コンパスではチヤホヤされると思ったけど、誰も相手にしてくれないなら暴れるしかないでしょ。