逆襲のクロト   作:皐月莢

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自由の代償

 その組織には名前があった。

 それは組織が唯一否定する“終末(ターミナル)”を意味すると共に、様々な情報・人材が集結する“終着点(ターミナル)”を示す言葉だ。

 この組織は初代プラント議長シーゲル・クラインが発足したレジスタンス組織を前身に、各国上層部の非戦派が戦争を調停、介入する組織の必要性を認識したことから結成された。

 大戦後、地球圏の二大勢力となった地球連合・プラントの非戦派有力者はもちろん、ジャンク屋組合、D.S.S.Dなど民間組織の有力者も加入する大所帯となり、今では世界各国の情報機関に匹敵する情報力を有している。

 どの陣営にも属さず“自由”と“平和”を掲げて活動を続けるその組織は、やがて誰が名付けた訳でもなく“ターミナル”と呼ばれるようになった。

 オーブ連合首長国の首都、オロファト。

 内閣府官邸のほど近くに設立された情報支援組織“ターミナル”──オーブ支部にて。

 オーブ支部代表、ミヤビ・オト・キオウに先日起こったオルドリン自治区襲撃事件の調査報告を完了したクロトは、1人会議室を後にした。

 最終的に400名を超える犠牲者が発生した事実と、世界各国から非難の声が寄せられるコンパスの現状に酷く気が沈んでいた。

 廊下を歩きながら、クロトはふと窓の外に目をやった。夕日が地平線に姿を消してから相当の時間が経っており、それは今の混迷する世界情勢を現しているようだった。

 

「──あら、クロト様。もうお戻りになられたのですか」

 

 クロトが視線を向けると、廊下の向こうにラクス・ディノの姿があった。コンパス総裁として世界各国との折衝を連日続けている彼女の顔には、疲労の色が濃く出ていた。しかし、クロトを見つけた彼女の顔には、それを感じさせないほど優しい微笑みが浮かんだ。

 

「先日はどうもありがとうございました。ラメント議長からも、表向きは支持出来ないが感謝すると」

 

 ラクスの穏やかな声には、共に苦労を分かち合っている旧友に対する深い理解が込められていた。

 

「この前の評議会選では、急進派が勢力を拡大したんだっけ?」

「はい。ジャガンナート国防委員長は反コンパスを公言されていらっしゃいますし……。ザフト内部からも、コンパスの行動を疑問視する声が上がっているようです」

 

 先に自分達を攻撃したのはブルーコスモス──ナチュラルだ。

 なぜコンパスは被害者であるザフト──コーディネイターまで攻撃するのか。なぜあんな未だブルーコスモスと繋がりがあるかもしれない下等種族(ナチュラル)を、ラクスは重用しているのか。

 実質的な戦勝国であるプラントには世界規模の戦争が終わった今も、ナチュラルとの融和を否定するコーディネイターは無数に存在するのだ。

 

「コンパスの行動っていうか、僕の行動だろ?」

 

 クロトは皮肉っぽく言った。

 ザフトの攻撃に晒されたカナジからも、ザフトの侵攻行為に対応の遅れたコンパスへの非難の声が上がっている。なぜコンパスは──クロトは同胞のナチュラルを守る前に、自分達は優秀だなんだと息巻いているコーディネイターの連中を守るのかと。

 

「そうは言っておりませんわ。──それに現場で戦う皆様の代わりに頭を下げるのが、わたくしの仕事ですから」

「……悪い」

 

 クロトはラクスの繊細な配慮に、居心地の悪さを感じて謝罪した。

 現場判断での武力介入に、ザフトに対する明確な攻撃行為。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 キラの親友として、異性の友人として彼女との交友関係はアークエンジェルで邂逅したときから続いており、彼女の言葉はいつも希望と安らぎの光に満ち溢れていた。

 そんなラクスの瞳の内側に、クロトは闇に呑まれ掛けている自らの姿を見てしまった。

 

「……最近、分からなくなってきた」

「クロト様?」

 

 初めて耳にしたクロトの深刻な言葉に、ラクスは怪訝な表情に変わった。

 

「目の前の敵を殺せと囁く自分と、それを否定する自分。全てを投げ出したくなる自分と、それを否定する自分──」

 

 身寄りのない子供達を戦場に投入し続けるブルーコスモス、感情に任せて暴走し続けるザフト軍。

 わざわざ()()()()()()()()()()()()必要などあるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか? 

 ナチュラルとコーディネイター。

 構造上解決する手段のない人種間対立が蔓延するこの世界で、自分はこれからも戦い続けなければならないのか? この終わりの見えない戦いから逃げ出す自由はないのか? 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とどう違うのか? 

 かつて──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、こんなにも窮屈なものだったのか? 

 

「どっちが本当の自分なのか、ってね」

 

 クロトの視界は曖昧になり、その言葉は僅かに震えていた。

 ラクスは隣で項垂れている友人の姿に顔を曇らせたが、すぐに明るい表情を取り戻すと、クロトの肩に優しく手を置いた。

 

「相当お疲れのようですわね。キラが待っているでしょうから、帰ってあげて下さい」

 

「そうしたいところだけど、この後はハインライン大尉とのオンラインミーティングが──」

「大尉にはわたくしの方から言っておきますので、帰ってあげて下さい」

 

 彼女の言葉には、キラとクロトの2人を想う感情が込められていた。

 

「……ありがとう、そうする」

 

 クロトはラクスの言葉で自宅に戻る決心を固めると、目尻を拭いながら廊下を後にした。

 外の自販機で缶コーヒーを購入し、無言で一服する。

 正面玄関に施された黄色と赤の交差点(ターミナル)を示す刻印を見ながら、エネルギー切れ寸前の脳細胞に糖分とカフェインを投入すると、日付が変わる寸前の街中を歩き始めた。

 

 この世界では善悪の観念は力で決定されるといった言説が、当たり前のように蔓延している。

 

 たとえばこの世界ではしばしば身寄りのない子供達が生体CPUとして戦場に投入されるが、それが本気で問題視されることはない。

 なぜなら一般的なナチュラルとコーディネイターの能力は凡人と天才以上の差があり、薬漬けにした改造人間を投入しなければ対抗出来ないからだ。

 たとえばこの世界ではしばしばお遊び半分の少年少女がエリートとして戦場に投入されるが、それが本気で問題視されることはない。

 なぜなら彼等は大人も子供も揃って自分達は生まれながらの天才だと認識しており、下等種族のナチュラルに本気で負けるなど思っていないからだ。

 始まりのコーディネイター、ジョージ・グレンは自身を()()()()()()()()()()()()調()()()だと自称して作成方法を公開した末に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に暗殺された。

 プラントの初代最高評議会議長にして議会穏健派のシーゲル・クラインは報復措置で地球上の人口を1割減少させた末に、かつて公私を共にした親友の放った凶弾で倒れた。

 ナチュラルでありながらコーディネイターを凌駕する天才、アル・ダ・フラガは自身の命を永遠とするため1人の少女を造らせた末に、()()()()()()()()()()()()に討たれた。

 遺伝子学者ギルバート・デュランダルは戦争のない世界を望み、コロニー・メンデルで行っていた遺伝子研究から()()()()()である“運命論”を思い付いた。

 それは後にそれぞれの遺伝子から導き出される最適な道を歩ませる“運命計画(デスティニープラン)”に発展し、大量破壊兵器を用いて全世界に強制執行する寸前にまで発展した。

 このコズミック・イラには、そうしたどこかに理性を置き忘れてしまったような連中が蠢いている。そんな世界を守るために最期まで奉仕し続けることが、クロト・ブエルに自由の代償として課せられた責務なのか。

 

「……」

 

 帰宅したクロトは家の扉を静かに開け、微かな灯りの中へと足を踏み入れた。

 リビングのスイッチを入れると、部屋は柔和な光で満たされた。そして待ちくたびれてしまったのか、ソファで深い眠りに落ちているキラの姿が目に入った。彼女の穏やかな寝息が、部屋に心地よい静けさをもたらしていた。

 クロトはしばらく立ち尽くし、ソファで不自由そうに眠っているキラの顔を見つめた。

 テーブルの上にはキラが愛情を込めて用意したのだろう料理が山のように並んでおり、彼女の並々ならぬ努力が窺えた。

 しかし優先しなければならないのは、食事やシャワーなどではなかった。

 クロトは静かにキラのそばへと歩み寄ると、ソファで眠っている彼女を優しく抱き上げた。彼女が目を覚ますことなく、安らかに眠り続けるよう最大限の注意を払いながら、キラを寝室へと運んだ。彼女をベッドに横たえて毛布をかけてやると、再び深い眠りに落ちたキラはすぅすぅと寝息を立て始めた。

 キラを寝室に連れて行った後、クロトはリビングに戻ってテーブルに並べられた無数の料理に目を向けた。

 いったいどれだけの時間をかけて、自分の好きな料理を準備してくれたのだろう。

 クロトはキラの努力と愛情に感謝しながら順に手を付け始めた。

 少し前までの自分なら、キラの分まで完食することも出来たのかも知れない。最終的に半分以上残してしまったクロトは、食べきれなかった料理を冷蔵庫に収納すると、再びキラの寝顔を思い浮かべながらソファに腰掛け、机の上に広げたノートパソコンを起動した。

 モニターに表示されたのは、明日カガリに提出する“ファウンデーション”に関する中間報告と、その資料として取り寄せた“運命計画”のデータだった。

 小国でありながらユーラシア連邦軍を退ける程の軍事力を誇り、未だ全世界で大戦の傷跡が色濃い中、奇跡のような復興を成し遂げた後も飛躍的な成長を続けている新興勢力だ。

 その復興の影には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()傑物であり、若年ながら宰相のオルフェ・ラム・タオの手腕が大きいという。

 ターミナルはナチュラルもコーディネイターも区別しない地上の楽園──ファウンデーションの躍進に“運命計画(デスティニープラン)”を秘密裏に運用している可能性を疑い、複数の諜報員を導入してその現地調査を進めているのだ。

 もちろん運命計画(デスティニープラン)の運用は違法ではないが、その事実が公表されれば国際社会の火種になる可能性は否定出来ない。

 全人類の遺伝子を解析し、その適性に応じて全てを予め決定する社会システム──運命計画(デスティニープラン)

 それは究極の能力主義社会であり、ある意味で公平かつ個々人の幸福を最大化する社会と言えるだろう。しかしその強制執行にはロゴスを手玉に取っていたギルバート・デュランダルでさえ、国内世論をも敵に回しかねない大量破壊兵器を必要とした。

 もしもファウンデーションが本当に運命計画(デスティニープラン)を秘密裏に国内で運用しているのであれば、その影には──。

 クロトはソファに深く腰掛けたまま、静かな眠りに落ちていった。




ラクス「どうしましょう……」

ハインライン「我に新兵器有り!(専用パイスー)」
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