夜明けを告げる朝の日差しが部屋に差し込んだ。
心地よい柔らかさに包まれて目を覚ましたキラは、周囲の光景に違和感を抱いた。
待ちくたびれてソファで眠ってしまったはずの自分が、どうしてベッドで眠っていたのだろうか。
きっとクロトが運んでくれたのだ。
リビングから漏れる淡い光で、その理由に気付いたキラは深い愛おしさに満たされながら、ドアをそっと開けた。
クロトはソファに身体を預けたままの体勢で、静かに眠りこけていた。キラは部屋に入ると、まだ自分の体温が残っている毛布を優しく肩に掛けた。
しばらくの間、あどけなさが残る少年の寝顔を眺めていたが、久しぶりに帰宅した少年の為に朝食を作ろうとした。
彼は夜遅くまで、カガリに依頼されたファウンデーションに関する中間報告を作成していたらしい。
電源が入ったまま放置されているノートパソコンを閉じようとしたキラは、画面に表示されている
デュランダルの示した未来を否定した以上、人々に新たな希望を示すことが自分の責務ではないのか?
クロトは自らの手で彼を撃って以来、そんな答えの見えない呪縛に囚われ続けている。
第2次連合・プラント大戦後、
そんな彼を少しでも支えることが出来れば──。
そんなつもりで希望した情報機関ターミナルへの出向も、結果的にクロトの負担を増やすだけだった。
およそ半年前に起こった“ジャスティス強奪事件”以来、最前線に出る機会が激減したアスランに代わって、柔軟な対応を要求される現場指揮を任されることも多くなった。
なぜ自分達を撃つのか。
なぜ彼等を撃たないのか。
そんな心無い批判に晒される機会も増えた。
これまでどんな逆境も乗り越えてきた彼は、たぶん周りの者にとって不撓不屈の超人に見えているのだろう。
だけど、私は知っている。このままでは、彼の優しさが彼の心を壊してしまうことを。本当の彼は、心優しい平凡な少年だから。
──
キラは冷蔵庫から取り出したトマトを切っている最中、不意に芽生えた薄暗い感情を口に出そうとして、すぐに否定した。
そして寸分の狂いもなく、綺麗に等分されたトマトを見た。
脳裏に刻まれた過去の記憶が鮮明に蘇る。
自らの正体──1人のヒトとして、1人の女性として、先天的に世界最高の能力を付与された唯一の成功作“スーパーコーディネイター”。
キラの両親“ユーレン・ヒビキ”“ヴィア・ヒビキ”は、コロニー・メンデルで世界最先端の遺伝子研究を行っていた第一人者だった。
育ての両親の話では、彼等も人類の進歩や幸福を想って、最初は研究に取り組んでいたらしい。
事の発端は、顧客の要望に基づいたコーディネイターを作成するため受精卵に遺伝子操作を行う中で、本来反映される筈の形質が発現しない例が見られたことが原因だった。
遺伝子調整の失敗が原因で、生まれた直後に捨てられてしまう子供たち。
そんな彼等の存在を生み出さないために、両親は人間の母体という不確定要素の影響を排除する為に“人工子宮”を開発しようとしていた。
しかし、それは彼等の──特にユーレンの最後の良心を壊してしまったのだろう。
次第にそれらは自己中心的な功名心を叶える為の研究に発展し、罪の無い無数の胎児が人工子宮を完成させるための生体サンプルとして実験の犠牲になった。
人工子宮の研究が行き詰まる中で、彼等はナチュラルでありながらコーディネイターの能力を凌駕する超人アル・ダ・フラガから多額の資金提供とその卓越した遺伝子サンプルの提供を受ける代わりに、そのクローンであるラウ・ル・クルーゼを生み出した。
後にクローンの寿命問題──厳密には不完全なクローニングに由来する遺伝性疾患──が発覚し、また太古から続く秘密結社“一族”の末裔だった彼は特定人物を再現する“カーボン・ヒューマン”の技術を入手した。彼を忠実に再現する素体を用意するために、アルはユーレンに新たなクローン“レイ・ザ・バレル”とその番となる少女“キラ・ヒビキ”を造らせた。
その過程で生まれたのがスーパーコーディネイターの失敗作──“カナード・パルス”だ。
最終的にアルは一族のデータベースに保存されていた彼の生体・記憶情報を残して死亡し、両親もキラの誕生直後にブルーコスモスの襲撃を受けて消息を絶った。
またブルーコスモスはより優秀な戦闘用コーディネイターを作るためのサンプルとして、キラの行方を追っていた。
しかしプラントの前身である政治結社“黄道同盟”に所属する傍ら、ブルーコスモスの上層部とコネクションを築き始めていたラウの暗躍と、既存の戦闘用コーディネイター“ソキウス”を凌駕する戦闘特化型生体CPU“ブーステッドマン”の完成に伴い、その追跡調査は破棄されることになった。
それまで平凡な一般人として暮らしていたにもかかわらず、ザフト軍屈指のエリート部隊として知られていたクルーゼ隊を幾度も退け続け、最終的に“ブーステッドマン”の中でも最高傑作と評されたクロト、体調不良にも関わらずアカデミーの最終試験で歴代最高の成績を残したアスランの両名をも圧倒する戦闘能力を獲得するまでに至ったのは、その“スーパーコーディネイター”としての才能が理由なのだろう。
その気になれば“フリーダム”を託された時のように、クロトと共にコンパス総裁としての重圧に日々晒されているラクスを支えることも出来る筈だ。
だけどこの世界を心底恨んでいた彼が、その復讐心を捨てたのは──。
キラは周囲の物音で目覚めてしまったのか、ソファの上で寝惚け眼を擦りながら欠伸をしたクロトに穏やかな笑顔を浮かべた。
久しぶりに訪れた2人きりの朝食を楽しんだキラは、クロトと共に日帰りのツーリングを提案した。
再構築戦争以前の時代にクルーザータイプとして製造され、後にその技術を携えた日本人移民者が昨年リバイバルして大ヒットした
キラはクロトの背中から伝わってくる熱に、深い安心感と安らぎを感じた。
また少し体重が落ちたんじゃないか。
不安を掻き消すように瞳を閉じると、力強いエンジン音と爽やかな風がこの世界の喧騒から自分達を切り離してくれるような気がした。
彼らの目的地はとある山の麓に形成された火山湖だった。
湖畔に到着してバイクを降りると、キラはその雄大さに圧倒された。かつての火山が残した力強さが、今もこの地でひっそりと息づいているようだった。湖面に映る鮮やかな青空は、未来の希望を示しているようだった。
昔はたびたび噴火を起こしていたらしいが、今では美しい自然に囲まれて穏やかに眠っている。
「この世界も、いつかこんな風になれるかな」
キラが仄かな願いを口にすると、クロトは彼女の隣で黙って頷いた。
湖畔の静寂が2人を優しく包み込んでいた。
昼食を終えたキラはクロトと共に湖の周りを散策しながら、あちこちに残されている火山の痕跡を探索した。
手慰みに拾った小石を湖面に投げると、遠くまで波紋が広がった。その光景はどんな小さな行動でも、やがて世界を変えられるようにキラは感じた。
そのまましばらくハイキングを楽しんだ後、早めの夕食を取った2人は帰路に付いた。
バイクが最後の交差点を曲がり、彼らの住む街の景色が目の前に広がると、クロトは静かな口調で言葉を紡いだ。
「ジブリールは、ユーラシア連邦国境付近のエルドアに潜伏しているらしい。その逮捕に協力したいと、コンパスにファウンデーションから親書が届いたそうだ」
このまま永遠に続けばと思っていた時間が終わったことを理解したキラは、クロトの背中で瞳を閉じた。
「ラクスとアスランは前向きに検討しているらしい。だけど僕は連中の正体を見極めるため、明日からファウンデーションに向かう」
世界各国がその行方を追っているロード・ジブリールの居場所を、ファウンデーションだけが正確に掴んでいることなど本当に有り得るのだろうか。仮に真実だったとして、そんな重要機密を世界各国から厳しい視線を向けられているコンパスに提供することなど有り得るのだろうか。
しかしそれが事実であればこの先行きの見えない世界情勢を落ち着かせる可能性が存在する以上、ラクスは彼等の申し出を受け入れるだろう。
それこそファウンデーションがデュランダルの遺した
「僕に出来るのは戦うことだけだ。だから……」
仮にファウンデーションがデュランダルから受け継いだ情報網を通じてジブリールを操作しているとすれば、その狙いは今後自分達の前に立ち塞がるだろうコンパスの殲滅だ。
最悪の場合、コンパスはブルーコスモス残党軍とファウンデーション軍を同時に相手取ることになるだろう。
半年前に起こった“ジャスティス強奪事件”の際に目の当たりにした、ジャスティスを圧倒する運動性能とPS装甲と同等の強度を有しながら、ビームを無力化する新型装甲。
そしてそんな世界最強のモビルスーツを自由自在に操る、ファウンデーションの若き近衛師団──“ブラックナイツ”。
彼等の戦闘能力はデュランダルの直属兵“コンクルーダーズ”の絶対的なエースパイロットだったシンはもちろん、アスランにも決して見劣りしないだろう。
だから僕がやらないといけないんだ──。
その瞬間、自宅に到着したバイクは静かに止まった。
ヘルメットを脱いだクロトはキラの瞳の中に、自らを覆う闇を照らそうとする光を見た。
「少し焦り過ぎなんじゃないか?」
カガリは思い詰めた様子で執務室に現れたラクスの顔を見た。
オーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハはコンパスの発起人であり、時にはアドバイザーとして会議に参加することもある。そんなカガリはラクスとは以前からの盟友であり、この世界の行く末について語り合ったこともある仲だったが、どんな時でも気品に満ち溢れていたラクスの面影はなかった。
──やはり原因はコレか。
カガリはテーブルの上に広げられた1枚の書類に視線を向けた。
それはファウンデーションの若き女王──アウラ・マハ・ハイバルから届いた親書であり、この書面に記された内容がラクスを悩ませているようだった。
「ですが、かの国はジブリールの所在をかなり正確に掴んでいるようです。協力する意義はあると思うのですが」
カガリは背後から口を出した少年を嗜めるように視線を向けた。
「そうだな。だがトーヤ、物事には裏と表があるんだ」
オーブ首長家の一員であるトーヤ・マシマは、その類稀な聡明さを買われてカガリの秘書をしている。
かつて自分がウズミに託されたオーブ代表首長の役割を果たせなかった苦い過去を踏まえて、カガリは未来の代表首長候補としてトーヤに帝王教育を施しているのだ。
この争いが絶えない世界では、いつ自分も愛する父のように命を落としてしまうのか分からないのだから。
「裏と表、ですか」
カガリは怪訝そうな顔で呟いたトーヤに頷いた。
どうして
それは激化する情勢に伴い、当時のオーブ軍は防衛戦力の強化として高性能な量産型モビルスーツを求めていたが、オーブ単独での開発に苦戦していたからだ。結果的にモルゲンレーテはG兵器からモビルスーツ本体の開発データを取り込むことに成功し、それはオーブ解放作戦で活躍した“М1アストレイ”“ムラサメ”の開発に繋がった。
どうして
それは非人道的な人体改造を施されることで、その身体能力を極限まで向上させていたからだ。当時のクロトの能力を忠実に再現するのは、当の本人ですらSEED因子を発現した一時的な覚醒状態でなければ不可能らしい。
この世界には
いまさらそんな単純なことが分からないラクスじゃないだろう。カガリは目の前の少女を支配している焦燥感に、どこか違和感を抱いた。
「見返りは、コンパスへの参加だそうです。……おそらくは、それをきっかけに国際社会から独立国としての承認を得るつもりなのでしょう」
ユーラシア連邦軍の侵攻を退けて事実上の独立を果たしたファウンデーションとはいえ、それを承認する国はほとんど存在しない。
各地で“ファウンデーション・ショック”と呼ばれる大規模な独立運動が沸き起こり、著しく弱体化したとはいえ、ユーラシア連邦はプラント、大西洋連邦に匹敵する超大国の一角だ。
世界各国にニュートロンジャマー・キャンセラーが普及し、これまで人々を苦しめていたエネルギー危機の解決と共に今まで封印されていた核の力が復活した状況下で、ユーラシアとの全面的な対立を望む国などいないだろう。
そうした中でファウンデーションはロード・ジブリールの首を土産にコンパスに参加することで、世界各国からの支持を取り付けようとしているのだ。
「だからこそ慎重に進めるべきなんじゃないのか? アイツの中間報告にも、ファウンデーションは秘密裏に“
「……確かに私達はデュランダル議長の示した未来を否定しました。ですが、その可能性に惹かれる人達までも否定することは出来ないと思います」
クロトの抱いている懸念は、あくまでこれまでの調査で得られた断片的な情報から導き出された推測に過ぎない。
デュランダルの示した、それぞれの“運命”に全てを委ねることで社会全体の幸福を最大化する“
特に才色兼備のコーディネイターとして造られ、おそらく“
ある意味でせいぜい優秀な戦士程度の評価しか得られないだろうクロトとは、“
とはいえ、我ながら嫌な考え方をするようになったものだ。カガリは髪を掻き上げながら、深い溜息を吐いた。
キラちゃんの圧倒的なヒロインパワーでこのあとロマンティクスしてるかもしれないし、してないかもしれません。
なんとレイダーって名前のバイクがあったので、アスランのアスラーダ的な感じで採用しました。
・カラミティ(ヒットせず)
・フォビドゥン(マウンテンバイク)
なので、クロトは他の二人よりも明らかに主人公適性があるようです。……なんで?
また本作ではフリーダム強奪事件が存在せず、代わりにジャスティス強奪事件が発生しています。