カガリの眉は怒りで寄せられており、その瞳は火を噴きそうな程に輝いていた。
彼女は黒いロングコートに身を包んだクロトと、黒い拘束着のような衣服に身を包んだキラを、まるで獲物に噛み付く獣のような視線で睨んだ。2人のファッションセンスが致命的なのは今に始まった話ではないが、今はそれどころではない。
「お前、いったいどういうつもりだ?」
クロトは無表情を装いながら、誤魔化すように視線を上に反らした。
「ハッキングに疎い僕じゃ、現地の情報収集も限界があるからね。……
オノゴロ島のモルゲンレーテ本社敷地内に秘匿された、広大な秘密ドック。
それはモルゲンレーテの最高責任者であるエリカ・シモンズや、オーブ軍の重鎮レドニル・キサカなど、モルゲンレーテに出入りする技術者・軍人の中でもごく限られたメンバーしか存在を知らない施設だ。
そこではクロトも全貌を把握している訳ではないが、前大戦で活躍した“ストライクレイダー”や“インフィニットジャスティス”、“デスティニーSpecⅡ”が収容され、新型動力のテスト機として修復・改修が行われている。
他にも“ハイペリオンイータ”“レジェンドSpecⅡ”の整備が行われているなど、武装中立を国是としているオーブ連合首長国にとって、決して表沙汰に出来ない軍事機密が隠されている場所だ。
「
キラはおどけたような口調で笑った。その笑顔は、数日前までの不機嫌さを隠そうとしなかった彼女の姿からは考えられないものだった。
実際、キラもただ我儘を言ってカガリを困らせている訳ではない。
昔からプログラミングを得意にしており、戦争に巻き込まれるまでゲーム感覚で様々なセキュリティシステムを解除するなど天才ハッカーだった彼女は、これからクロトが現地で行う情報収集においても十分な戦力として期待出来るのだ。
「……お前、あまり
カガリは苦言を呈するように言った。その言葉にはクロトに対する信頼と、それを上回る呆れのような感情が入り混じっていた。
キラ自身もターミナルの諜報員とはいえ、モビルスーツを除いた戦闘に関してはここ数年最低限の軍事訓練しかしていないカガリにも劣る悲惨な有様だ。
相手がキラでなければ、クロトも決して同行を許さないだろう。
この不安定な世界情勢を解決するための打開策として、コンパスとファウンデーション軍が共同でジブリールを確保する大規模作戦が進められている。
そうした状況下で、コンパスの情報支援組織であるターミナルが共同戦線の舞台裏でファウンデーションの実態を嗅ぎ回っていた事実が発覚すれば、ここ最近世界各国から批判に晒されているコンパスの立場は更に悪化するだろう。
それだけファウンデーションの現地調査を実行するのは、政治的な意味でも現実的な意味でも、かなりの危険性を伴う任務なのだ。
「分かってる」
クロトの諦めたような声に、カガリは真相を悟った。
本来短慮に見えて意外と冷静なクロトの欠点は、キラの意向に弱いことだ。
たとえば第2次連合・プラント大戦時に、クロトがセイラン家の傀儡状態だったカガリを救うために厳重なオーブ軍の包囲網を突破して“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”を実行したが、それはキラがクロトに依頼したものだった。
状況次第では1国の軍を敵に回す行為だった上に、実際に小競り合いまで発展した当時のことを思えば、今回の決断はむしろ平常運転なのかもしれない。
「まぁいい。……準備が終了次第、残りの2人も現地に送り込む予定だ。だからコンパスが入国したタイミングで、お前達もラクスと合流するように。それが絶対条件だ」
任務の重要性を強調しながらも譲歩を示すカガリに、キラは顔を綻ばせた。
かつて彼女自身もアンドリュー・バルトフェルド率いるザフト北アフリカ駐留軍がバナディーヤに本拠地を構えていた際に、彼等と共に物資の購入と情報収集を兼ねて潜入した経験がある。
当時はブルーコスモスに忠誠を誓う生意気な少年兵、ヘリオポリスで自分を避難ポッドに押し込んだ馬鹿な少女だと思っていた2人が、まさかこれほど大事な存在になるとは思わなかった。
若干感傷的になったカガリに、クロトは重要な内容を思い出したように言った。
「そういえばこの半年、アルテミス宙域でファウンデーション系列企業の不自然な動きがあったらしいけど、そっちで資金の流れは追えるか?」
「あぁ、レイの報告書だな。この前の事件は、それを誤魔化す目眩ましだった可能性があると。……分かった、こちらでも調査を進めておく」
カガリは小さく頷いた。
レイ・ザ・バレル──今はレイ・ロアノークと名乗る少年も、健康面の問題からコンパスの参加要請を辞退したが、ターミナルの諜報員として活動しているのだ。ナチュラルでありながらザフトのアカデミーを首席で卒業した能力と、ある程度の未来予測を可能にする超人的な先読み能力は今も健在だ。
「これは単なる勘らしいが、連中がデュランダルの息が掛かった連中だと考えると、最悪のシナリオも有り得るかもしれないと」
「……そうか。だったら私も“コイツ”の完成を急がせないとな。過ぎた力は争いを生むが、力無き想いもまた争いを生むからな」
カガリは金色に光る2機のモビルスーツに視線を向けた。
型式番号〈ORB-08〉──“エクリプスアカツキ”。
それぞれ光学兵器の反射に特化した“盾”、殲滅力に特化した“矛”の2機が存在する特殊専用機だ。隠密性を高めるためミラージュコロイドステルスを採用し、防御面では鏡面装甲“ヤタノカガミ”を全面に採用することで、大量破壊兵器に国土を狙われる事態を想定して極秘裏に開発中の新型モビルスーツだった。
それは新型動力のテスト機という大義名分が存在する“ストライクレイダー弐式”ら以上にオーブの権威を失墜させかねないものだったが、けっして綺麗事だけでは生きられないこの世界では必要悪の存在なのだ。
ラクスはコンパス旗艦“ミレニアム”に設けられた総裁専用室で目を覚まし、一瞬で現実世界に引き戻された。
そして先程まで広がっていた得体の知れない光景が、現実ではなく悪夢だったことを理解した。
しかし心臓は早鐘のように、今も激しく鼓動を打っていた。呼吸も息が切れそうなほど荒く、不規則になっている。
ここ数日は、いつも同じような夢を見る。
夢の中の自分は深い霧の中を歩いていて、酷く傷付いた彼を懸命に探している。
ようやく彼を見付けたと思ったら、
彼の鮮血で赤く染まった彼女が、そんな醜い自分をじっと見ている。
これが、私の運命──?
まるでこの世の業を封じ込めた
食堂で朝食を取る気分にもならず、ミレニアムから外に出たラクスは、船を収納している広大なモルゲンレーテ本社の大型ドックを見渡した。
あちこちで顔見知りの技術者達が作業に取り組んでいる姿は、夢の中で見た不吉なものと対照的な光景であり、ラクスの心にわずかな安堵感をもたらした。
「──フェルミオン誘導方式はまだ使い物になりません。マイクロメーターサイズの障害物でドッキングセンサーにエラーが出るなどありえませんよ!」
通信機能付きの赤い片眼鏡を掛けた金髪の青年は一息に捲し立てると、気難しそうな表情で溜息を吐いた。
「お疲れ様です、ハインライン大尉」
ラクスは青年の苦労をねぎらうように声を掛けた。
彼の名はアルバート・ハインライン。コンパス実行部隊の旗艦ミレニアムの技術責任者として、コンパスの保有するモビルスーツ、その他各種武装の整備・新兵器の開発を一手に取り仕切る技術士官だ。彼の技術士官としての役割は、立場上予算と戦力が限られているコンパスでは計り知れないほど重要な存在なのだ。
「設計者の私がやるしかありませんね。まったく、開発部の無能さには呆れます! レイダーへのセットアップとアジャストにも時間が必要なのに! 自律制御プログラムのバグも頭が痛い!」
まるで早送りのような言葉使いと、人当たりの悪さを隠そうともしないアルバートに技術者達が従っているのは、彼はそれが許されるほどの天才だからだ。
かつてプラント国防委員会管轄の下、新型モビルスーツや戦艦の開発を行っていた“ハインライン設計局”の中心的存在だった過去を持ち、あの“フリーダム”“ジャスティス”の開発にも携わったことで有名な彼は、この場に存在する技術者達にとって神に近しい存在なのだ。
アルバートは前大戦で活躍した“ストライクレイダー”の開発にも関与しており、ラクスも大戦以前から技術者として全幅の信頼を寄せている。
しかしその天才性が彼と他者の間に不要な軋轢を生むことだけが、ラクスの唯一の懸念だった。“ジャスティス強奪事件”以来、指揮官としての業務と技術者の業務に専念している天才がいることだけが、アルバートにとって幸いだった。
「しかし、
「プログラムは俺が。大尉はセンサーの方を頼みます」
「それは助かります、准将」
アルバートは別方向から現れたアスランに敬礼すると、再び作業に取り掛かった。
彼が最低限の敬意を払うのは、ミレニアムの艦長であるコノエを除けば、ラクスとアスラン、かろうじてキラとクロトの4人くらいだろう。
それ以外の人間は、彼にとってただの無能に見えているらしい。
「せっかくの休暇だというのに、夫婦揃って熱心なことですな?」
背後からの声に、ラクスは振り向いた。
すると軍人とは思えない柔らかい物腰と、飄々とした雰囲気の青年が悠然と立っていた。
彼の名はアレクセイ・コノエ。
かつてプラントで教鞭を執っていたこともある男で、コンパスには志願して参加した人物だ。先の大戦でミネルバの艦長を務めたタリア・グラディスのように華やかな戦績を残した訳ではなかったが、徹底したリスク管理や合理的な戦力運用で高く評価されたことから、ラクスもまた艦長として厚い信頼を寄せている。
「……私達は、何も守れていませんから」
終戦から1年以上が経過したというのに、世界は何一つとして変わっていない。今日もどこかで戦いが起こっており、人々の日常が、自由が、未来が日々奪われている。
かつてマルキオ導師は、向かう場所、しなければならないことは自ずと知れるものだとラクスに言った。
だけど現実の自分は大事な友人達に守られてばかりで、向かう場所も、しなければならないことも分からないままだ。
「ところで私は前の大戦で“レイダー”を見たことがあるのですが、これではむしろ……」
コノエはレイダーの背部に取り付けられた巨大な翼のような武装を見て、怪訝そうな表情で言った。
コンパスの主力モビルスーツである“ライジングレイダー”は広大なコンパスの活動範囲に対応するため“ストライクレイダー”の運用データを基に設計された可変フレームを採用しており、それは“イモータルジャスティス”にも採用されている。
またコンパスでは同フレームを採用した新型“フリーダム”の開発も並行して実施された。最終的に開発計画は凍結されたものの、同フレームを有する兄弟機として設計された3種のモビルスーツはそれぞれのメインスラスターの形状で区分されるようになった。
大型可変ウィングを採用した機動性重視の機体が“レイダー”、リフターシステムを採用した運動性重視の機体が“ジャスティス”、機動兵装ウィングを採用した万能型が“フリーダム”と分類されている。そして目の前の機体は紛れもなく“レイダー”でありながら──
「“フリーダム”なのでは?」
「えぇ、私もそう思います」
ラクスはコノエの口にした疑問に頷いた。
現在コンパスが開発を進めている新型機動兵装ウィング“プラウドディフェンダー”を装備した“ライジングレイダー”は、レイダーの名前を冠する一方で、コンパスの定義上は“フリーダム”に区分される。
第1次連合・プラント大戦中盤以降、常に猛禽類の翼を連想させる大型可変ウィングを自由自在に操作し、これまでクロトは強大な敵と戦い続けてきた。
そんなクロトに託す新たな追加装備として相応しいのか? どこかこの新型装備にコノエも違和感を抱いているのだろう。
それに“プラウドディフェンダー”に搭載された精神感応広域放電システム“ナルカミ”、ディフェンダーと合体することで出力制限が解除され、大幅に威力が上昇する収束重核子ビーム砲“ディスラプターツォーン”など、クロト単独ではその真価を発揮出来ない新兵器が複数採用されている。
その致命的な欠点を解消するために“ライジングレイダー”はメインシートの右横に任意でサブシートを展開する限定複座式のコクピットシートを採用したが、それは単独での高機動強襲戦を最も得意とするクロトとレイダーの姿からは遠く掛け離れている。
「ですから──」
ラクスは深く息を吸い、言葉を続けた。
「この“フリーダム”──“
種編、種運命編と封印されていたラクス様の闇が……。
要はドッキングしたら機体の名称が“レイダー”から”フリーダム“に変化します。ちょっと違いますが、ズゴックがアーマーパージしたらジャスティスと呼ばれるようになるのと同じイメージです。
この展開を思い付いたため、FREEDOM編にもかかわらずフリーダム系の機体は没となりました。
もちろんクロトでは性能を引き出せないので、専用のパートナーが必須です。設定的には精神リンクの関係でラクス1択ですね。
どけ! 私がキラちゃんですわ! ……マイティインフィニットジャスティス? いえ、知らない子ですね。