逆襲のクロト   作:皐月莢

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ファウンデーションの光と闇

 ユーラシア大陸南部に、ファウンデーションと呼ばれる王国が存在する。

 歴史はあるが小さな国土しか持たないその国は、かつて地球連合でも最大勢力を誇ったユーラシア連邦の一部だった。

 第2次連合・プラント大戦が終結し、世界を覆っていた戦火が徐々に収まりつつあったある日、ファウンデーションはユーラシアからの独立を宣言した。

 大戦終結以前からザフトの支援を受けていたこともあり、国際社会の予想を覆して見事独立を勝ち取ったファウンデーションはコーディネイター、ナチュラルといった人種を問わない能力主義政策を掲げた。

 結果として未だ激しい人種差別に苦しめられていたコーディネイターや、そうした前時代的な思想を嫌うナチュラルといった優秀な人材の集約に成功し、新興国ながら技術と経済の両面でめざましい発展を遂げ、なんと宇宙進出の動きも始めているなど驚異的な成長を続けている新興国だ。

 

「少し前まで独立戦争があったとは思えねーな」

 

 クロトは雪解け水の注ぎ込む湖を見ながら、囁くような口調で呟いた。

 この美しい湖を取り巻くような形で形成された巨大な大都市は、ファウンデーションの首都“イシュタリア”だ。

 中心部には近代的な摩天楼が建ち並んでおり、頂上が見えないほど巨大なビル群はどれも太陽を浴びて光り輝いている。

 独立戦争の時はユーラシア連邦軍の侵攻を受け、この首都も相当の被害を受けたと報道されていたが、その傷跡は殆ど残っていなかった。

 その復興具合は大西洋連邦の最大都市“デトロイト”や、ユーラシア連邦の首都“モスクワ”にも決して劣らない程だった。

 

「……意外とフツー?」

 

 キラは湖で優雅に泳ぐ白鳥の群を眺めながら、不思議そうに言った。

 謎に満ちた新興国ファウンデーションの実態を調査するため、若い2人組の観光客に扮して潜入したクロトは、キラの言葉とは真逆の印象を抱いた。

 

「あぁ。普通に見せ掛けてるって感じだねぇ」

 

 光多いところに、影もまた強くなる。

 どれほど輝かしい大都市であっても、その恩恵に預かれない者達が暮らす貧民街は必ず存在するのだ。

 それは環境の悪い未開発地域だったり、設備の老朽化に伴い放棄された地域だったりと理由は様々だが、基本的に例外はない。

 再構築戦争終結時に国連の制定した統一歴“コズミック・イラ”が始まって以来、その例外に当て嵌まるとすれば火星開発用コーディネイター(マーシャン)が居住する“火星開発コロニー群”くらいだろう。

 しかしそうした社会の暗部は、このイシュタリアにおいて巧妙に隠されている。

 

 ──まるで持たざる者に、施す必要などないと言いたげに。

 

 行き交う人々は誰もが余裕などなさそうで、いつも何かに追われているような足取りだ。巡回している憲兵達の眼光は鋭く、哀れな獲物を狙っているようだった。

 自分達はそんな雰囲気など一切気付かない呑気な観光客だと示すように、クロトとキラは緊張感のない表情で歩いていた。

 

「お兄さんたち、どこから来たの?」

 

 モールの露店で雑貨を売っていた老婆が彼らに尋ねた。彼女の目は、目の前の年若い観光客に対する期待で満ちていた。

 

「僕達はこのナチュラルとコーディネイターが共存する国を見に来たんです。……彼女は、コーディネイターだから」

 

 クロトはすらすらと答えた。キラは隣で微笑みを浮かべながら、この先行きの見えない世界情勢の中でファウンデーションのような国が存在することの意義について話し始めた。

 老婆はキラをじっと見つめた後、まるで何も分かっていない馬鹿な小娘だと言わんばかりに鼻で笑った。

 

「そっちのお兄さんが大事なら、悪いことは言わないから移住だけは止めときな」

「え?」

 

 不審そうに首を傾げたキラに、老婆はまるで周囲に聞かれないように囁くような声で言った。

 

「この国では()()()()()()()()()()()()()()()のさ。ナチュラルが全員立派な才能があるってんなら、ブルーコスモスなんざとっくにいないって分からないのかねぇ」

 

 下品に笑う彼女の声は朗らかだったが、それだけに明確な事実を2人に告げていた。

 この国が本当に遺伝子の適性で人を選別しているのなら、その調整を施された分だけコーディネイターが上位に立つのは必然だ。かつてジョージ・グレンはナチュラルに敗れることもあったが、もしも彼が特定の競技に専念すれば必ず頂点を取れるだろうと囁かれた。

 ラウ、レイのようなコーディネイターとしても最上位の才能を有しているナチュラルはもちろん、クロトのように得意分野でコーディネイターに対抗出来るナチュラルすら、この世界には滅多に存在しないのだ。

 そうした状況下で少数のコーディネイターが要職を占め、ナチュラルの大半が人間扱いされていないこの国が、はたして両者が共存している状態だと言えるだろうか。

 

「それに反対する者たちはいないんですか?」

「さぁね。レジスタンスの連中はコンパスに訴えるって息巻いてるみたいだけど、ブラックナイツが黙ってないだろうね」

「ブラックナイツ……」

 

 クロトはぼそりと呟いた。

 幼いファウンデーション女王、アウラ・マハ・ハイバルを守護する7人で構成される親衛隊だ。

 それぞれ宰相と国務秘書官を兼任するオルフェ・ラム・タオとイングリット・トラドールを除いた5人が一騎当千のモビルスーツ“ブラックナイトスコード”のパイロットであり、実質的に警察の役割も兼任しているファウンデーション軍は、その下部組織として位置付けられているのだ。

 

「あぁ。軍は全員ブラックナイツの言いなりだ。女王様もそうだけど、アンタ達とほとんど変わらない子供のくせにさ」

 

 クロトはこの事情通らしい老婆に感謝した。

 そして値札よりも多めに紙幣を渡すと、キラが視線を遣っていた革製の財布を購入した。サービスだと言って付けてくれたアクセサリーを受け取り、僅かに顔を緩ませたキラを連れてその場を立ち去った。

 

「たぶんスラム街の地下区画、かな。そこから監視の目も行き届かないだろうし、万が一発見されても対処しやすい……かも」

「だったら探ってみる価値はあるかもねぇ。そっちは事前にセキュリティシステムをハッキングして、周辺情報の確保と逃走ルートの指示を頼む」

 

 滞在拠点であるミドル・クラスのシティホテルに戻ったクロトは、妙に匂いのキツい虎製のブレンドコーヒーを飲みながら言った。高濃度のカフェインを接種出来る珈琲風のドリンクだと思えば決して悪くない気もするが……、キラを除いた周囲からの評判は散々らしい。

 

「分かった」

 

 おそらく運命計画(デスティニープラン)に反対するレジスタンスたちが、どこかで拠点を構えているだろう。彼等と接触することに成功すれば、謎に満ちたファウンデーション王国の実態を調査する何かのヒントになるかもしれない。

 たとえばファウンデーションを統治しているハイバル家は旧世紀時代からその記録が存在する由緒ある王家だが、その情報は大戦の混乱に紛れて大半が散逸したらしい。そうした断片的なデータ群を現地で収集・解析する中で、いくつかの不可思議な事実が浮かび上がり始めていた。

 まず現女王アウラ・マハ・ハイバルは数年前、ハイバル家の遠縁であるカイドゥ家から先王の養女となって王権を継いだ人物だ。

 しかしカイドゥ家のデータには、該当する年に出生した女児の記録が存在しない。その一方で、約50年前に同じ名前を付けられた女児が生まれている。カイドゥ家には同名を名乗る風習があるわけでもないし、その女児に関する記録も不自然なくらいに残っていない。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように。

 

「ついさっき、カガリから口座記録の調査結果が。……想像以上の結果だったって」

 

 キラはノートパソコンを手早く操作し、画面の一点を指さした。

 オーブには前世紀時代に西ヨーロッパの小国が運営していたものに着想を受けた高度な守秘性を特徴とする銀行が存在し、それは自給自足を可能とする地熱発電、積極的なコーディネイター受け入れによる技術革新と並んで、歴史の浅いオーブ連合首長国の経済発展の原動力になった。

 それは第1次連合・プラント大戦で見られた大西洋連邦とサハク家の癒着問題など負の側面を有しており、そうした国内外からの追及を受けて近年は影響力を喪いつつあるが、それでも匿名性・守秘性においては他の追随を許していない。

 その不正が証明されない限り犯罪者であろうと保護される顧客情報を請求するには、たとえ情報機関ターミナルであろうとオーブ代表首長級の承認が必要なのだ。

 

「……おいおい」

 

 かつて“禁断の聖域”“遺伝子研究のメッカ”などと称された地──コロニー・メンデル。

 およそ40年前に到来した第1次コーディネイターブームと宇宙開発の活発化に伴って建造された研究用コロニーで、一般的なコーディネイター作成を行う傍ら“戦闘用コーディネイター”やその集大成と言われた“戦友(ソキウス)シリーズ”、“スーパーコーディネイター”といった特殊なコーディネイターの開発が行われていた。

 更に宇宙圏でも禁忌とされたクローンの作製を実行した他、あのギルバート・デュランダルが研究員として勤務し、後に彼が全世界に強制執行しようとした“運命計画(デスティニープラン)”を構想した曰く付きの場所でもある。

 画面に表示されたあまりにも不穏な文字に、クロトは天井を見上げながら溜息を吐いた。

 

 

 

 かつて母はこう言った。

 世界は貴女のもので、そしてまた貴女は世界のものなのだと。生まれ出てこの世界にあるからには、と。

 私は誰にも縛られずこの世界を生きる権利がある一方で、そんな私も世界の一部に過ぎない。だからこの世界を生きる私達は、互いの自由意思を尊重し合うべきなのだと。

 本来仲間だった者達にすら尊厳を踏み躙られ、自由を求める道が完全に閉ざされてなお、決して報われない愛に殉じようとした貴方。

 定められた運命を拒み、抗う自由を選んだ貴方。

 貴方を見つけて、私は幸せになりました。

 だから貴方にいてほしい。

 だけど彼女と違って、私にそんな資格は──。

 

 強襲揚陸艦ミレニアムの一角に存在するトレーニングルームで、ラクスはひとり汗を流していた。その姿は、普段コンパス総裁としての役割に徹する彼女からは想像もつかないものだった。

 しかしルナマリア・ホークに投げ掛けられた声が、その集中を不意に断ち切った。

 

「あれっ? 総裁とこんな所で会うなんて珍しいですね」

 

 ラクスの心は瞬時に現実へと引き戻され、彼女の顔は世界各国で熱狂的なファンを獲得した“平和の歌姫”を連想させる慈愛に満ちた微笑に変わった。

 

「もしかして、ダイエット中ですか? だったら専用のマシンを使った方がいいですよ」

 

 ルナマリアの気さくな提案に、内心ラクスは安堵の息を漏らした。自分がここで訓練に励んでいる姿が外に知られれば、必要以上の憶測を呼びそうだったからだ。

 

「へぇー。アカデミーに入った頃のシンより、ずっと上手いんじゃないですか?」

 

 さらに興味を示すルナマリアの言葉に、その後ろから現れたシンは少し頬を膨らませた。

 

「それってどういう意味だよ、ルナ」

 

 ラクスは彼らの初々しい恋人らしい掛け合いを眺めながらシミュレーターを離れ、機器の設定履歴を消去しようと手を動かした。

 するとそれを見たルナマリアは、興味深そうに口を開いた。

 

「それって、司令と大尉が開発中の“プラウドディフェンダー”でしたっけ?」

「はい、その通りです。大尉とアスランで頑張ってくださっていますが、センサーとプログラムの調整に苦戦しているようですわ」

 

 ラクスは彼女の問いに対し、僅かに苛立った心を落ち着けるように穏やかに言った。するとルナマリアは好奇心が尽きないのか、新たな質問を投げ掛けた。

 

「複座式になるかもって噂は本当ですか?」

 

 ラクスは困った顔で深く考え込んだ後、静かな声で言った。

 

「あくまで可能性の1つですが……。もしもの時は、私も何かお役に立てることがあればと思っています」

 

 現状“プラウドディフェンダー”が完成したとしても、その実用化には目処が立っていない。

 その戦略兵器級の戦闘能力を有している新型装備を実戦に投入するには、使用者に超人的な精神感応力と空間認識能力が必要であり、それは現パイロットのクロトはもちろん、アスランどころかキラですら使用出来ない代物だ。

 自力制御プログラムを用いた補助にも限界があり、専用のサブパイロットを用意しなければ技術革新(ブレイクスルー)が必要だ、というのがハインラインとアスランの結論だ。

 戦力・人員の限られているコンパスにサブパイロットを用意する理由などないし、主砲として搭載した収束重核子ビーム砲──“ディスラプターツォーン”の出力制限完全解除には、コンパス総裁として組織の全権を握るラクスの承認が必要だ。だったらラクス本人の搭乗も──といった冗談みたいなアイデアが、本気で検討されている状況下だったのだ。

 

「わざわざ総裁がそんなことしなくても、()()()()()()()()()()んじゃないですか?」

「そうですよ。総裁にもしものことがあったら……」

 

 シンとルナマリアの提案に、ラクスはどこか言語化出来ない葛藤を抱きながらゆっくりと反問した。

 

「……キラに?」

 

 今更のような疑問を投げかけるラクスに、ルナマリアは軽口混じりに提案した。

 

「はい。総裁が頼めば、キラさんも了承しますって。だってあの人、“フリーダム”のパイロットだったんでしょ?」

「そうそう。あの人なら大丈夫ですって」

 

 かつて“ストライク”──そして“フリーダム”のパイロットとして、第1次連合・プラント大戦において名実ともに最強と謳われたパイロット。

 その腕前は第一線を退いても全く衰えていない。

 事実、2年後に起こった第2次大戦では“ストライク”で当時空中戦闘において最優秀と評された“セイバー”を撃破し、後にオーブ軍の最終兵器として投入された“アマテラスアカツキ”を駆って“デスティニー”らと対等に渡り合うなど、その健在ぶりを遺憾なく発揮した。

 ましてクロトのサブパイロットとしては、少なくともラクスよりもよほど妥当な人選だと言えるだろう。

 

「……私は、これ以上キラを巻き込みたくないのです」

 

 ルナマリアとシンはラクスの反論に、彼女の親友想いの心に打たれたように頷いた。

 そんな中、アスランはトレーニングルームに作業服姿で姿を現した。難題だった課題の1つをクリアしたのか、彼の声には充実感に満ちた雰囲気が漂っていた。

 

「聞いているとは思うが、明日には休暇を返上してオーブを出港する。お前達も熱心なのは結構なことだが、今日くらいは外出するといい」

 

 アスランの殊勝な言葉に、シンとルナマリアは応える様子を示すように敬礼した。そしてラクスの存在に気が付いたアスランは取り繕うような苦笑を浮かべると、何気ない調子で付け加えるように言った。

 

「さっき代表から聞いたんだが、キラの奴もファウンデーションに向かったそうだ。……まったくアイツは、いつまで経ってもしょうがないやつだな」

 

 その言葉を耳にした瞬間だった。

 ラクスは自らの内に潜む心の闇を──決して許されてはならない仄暗い感情の存在を自覚した。

 




ファウンデーションの首都に観光客として潜入調査? ……お2人とも楽しそうですわね。

相変わらず闇が深過ぎるラクス様ですが、作者の想像以上にインパクトがありましたね。

もしもアスキラが成立すれば、完全に脳を破壊されたクロトくんをラクス様が介抱する展開だったでしょうが……。

その世界線のキラちゃん、ちょっと邪悪過ぎません?
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