20.
地球に降下するアークエンジェルを援護する地球連合軍第8艦隊と、それを阻止しようと強襲したクルーゼ隊の戦闘は早くも佳境を迎えていた。
そんな中、双方の最優先目標であるアークエンジェルは第8艦隊が構成している密集陣形の最奥で降下準備を行っていた。
機体全面にPS装甲を採用した初期GAT-Xシリーズは、単独での大気圏突入能力を有している。後に量産機に相当する制式仕様においても大気圏突入能力を発揮するレイダーであれば、問題なく単独で降下出来るだろう。
レイダーに乗り込んだクロトは、マリューに通信回線で呼び掛けた。
〈出撃許可を! 出し惜しみする必要はないでしょう? 〉
〈本艦への出撃指示はまだありません! 中尉は引き続き待機して下さい! 〉
このままでは戦況は悪化する一方だというのに、ハルバートンはいったい何を考えているのだろうか。
〈僕が出ないでG兵器をどうやって抑えるつもりなんですかねえ? 〉
クロトは手元のモニターを殴打すると、呆れたように呟いた。
現在第8艦隊が有している主な機動兵器は、地球連合宇宙軍の主力量産機である“TS-MA2”メビウスだ。
モビルアーマーでありながら高度な運動性を誇り、熟練したパイロットであればザフトのモビルスーツとも渡り合える機体だ。
しかしそれはせいぜいジン、あるいはシグーを想定した状況だった。
バッテリー機であるメビウスの装備はいずれも実弾兵器であり、レイダーと同様にPS装甲を採用したG兵器に通用する武装を保有していない。
そしてG兵器は装甲以外の性能においても、一般的にメビウスの3~5倍の戦力に相当すると言われるジンを凌駕している。
いわば裸の子供が、鎧を着た屈強な戦士と殴り合う様な行為だ。万が一にもメビウスに勝機などないのだ。
本来はアークエンジェルの指揮官というよりも、PS装甲の開発に携わった技術士官だったマリューに分からない訳ではないだろう。
そんな状況でクロトが出撃を禁じられているのは、このままアークエンジェルをアラスカ基地に降下させようとするハルバートンの意思か、それとも自尊心か。
師弟揃って反吐が出そうなほど生温い。今の自分達はヘリオポリスの避難民を収容している状況だと理解しているのだろうか。
〈……ま、いいですよ。許可が下りないなら、勝手に僕は出ますから〉
クロトは肩を竦めると、不意にレイダーを起動させた。そしてカタパルトに繋がっている隔壁に右腕の連装機関砲を向けた。
〈坊主!? いったい何をやってる!? 〉
クロトの暴挙に格納庫で待機していた整備班は恐慌状態に陥った。
ちまちま交渉するのも面倒だ。
ブルーコスモス盟主の直属兵がモビルスーツで出撃しようとすれば、この船に止められる者など存在しないのだ。
〈見たら分かるでしょう? 目の前にザフトがいるなら、1人残らず葬り去るのが僕の使命ですから〉
一瞬の沈黙が走った後、マリューは大きな溜息を吐いた。
このまま本当にクロトが障壁を破壊したら、ただでさえ困難な大気圏突入が不可能になってしまうからだ。そしてクロトは、冗談抜きでやりかねない人物だ。
〈……分かりました。出撃を許可します! 閣下とは私が話を付けるわ! 〉
やがて障壁が開くと、クロトはカタパルトに繋がる通路を進み始めた。
思わぬ窮地を乗り切ったCICのクルーが安堵に包まれる中、ナタルはクロトの言動に釘を刺す様に言った。
〈フェイズスリーまでには帰還するように! スペック上は大丈夫でも、試した者はいませんので、中がどうなるかは分かりません! 高度とタイムは常に注意するようお願いします! 〉
理論上、大気圏投入の負荷に外部装甲が耐えられる公算は高かった。しかし機体の内部がどんな状況に陥るかは別問題だった。
コクピット内の温度が急激に上昇し、最高司令部の息が掛かったクロトが死亡するような事になれば元々肩身の狭い第8艦隊の立場は悪化する可能性が高いのだ。
〈分かってますよ。
しかし妙な気分だ。どうして世界を滅ぼすため全てを捨てた自分が、それを阻止するかもしれない第8艦隊を守るため自ら戦おうとしているのか?
クロトは自己矛盾する感情に気付き、自嘲するように嗤った。
〈中尉……? 〉
まさかクロトは
〈41〉
第8艦隊の置かれている状況はまさに最悪だった。
メビウスを約120機保有する第8艦隊に対し、クルーゼ隊の保有するモビルスーツ数は約25機。数の上では圧倒的だったが、その実体は真逆だった。
一般的に3~5倍の数を揃えれば互角だという原則は、パイロットの技量が一定水準に到達している場合の話だ。
練度の低い新人で大部分が構成されている第8艦隊に対して、クルーゼ隊はザフト軍屈指の精鋭部隊だ。まさに七面鳥撃ちだった。
そしてイージス、バスター、ブリッツ、デュエル。
ヘリオポリスで奪取された4機のモビルスーツは、それぞれ既存のモビルスーツを圧倒的に上回る性能を見せ付けていた。
これまで劣勢なアークエンジェルが単独で幾度も退けていたことから、その戦力はどこか過小評価されていた。
しかしその真相は、クロトとキラが彼等を封じ込めていたからだったのだ。
遺伝子操作で超人的な力を獲得している彼等には、こちらも人智を超えた存在を投入しなければまともに対抗出来ないらしい。
「くっ……」
ハルバートンは唇を強く噛み締めた。このままでは全滅するどころか、アークエンジェルを降下させる時間を稼ぐことすら不可能だ。
そんな時、メネラウスの下にアークエンジェルから意外な通信が入った。
それはクルーゼ隊の攻撃に晒されている第8艦隊を離脱し、降下シークエンスに移行するという内容だった。
〈自分達だけ逃げ出そうという気か! 〉
一見すると臆病者とも取れるマリューの発言に激怒するホフマンに対し、マリューも理路整然と反論した。
『敵の狙いは本艦です! 本艦が離れなければ、このまま艦隊は全滅です! アラスカは無理ですが、この位置なら地球軍制空権内へ降りられます! 突入限界点まで持ち堪えればジンとザフト艦は振り切れます。閣下!』
いったい誰に似たのか。
ハルバートンは苦笑すると、マリューの提案を許可した。そしてクルーゼ隊の侵攻を阻止するため残存部隊を左右に展開した。
アークエンジェル以外に降下は不可能だが、高度限界点までの支援は可能だ。後は送り狼を通さないようにギリギリまで身体を張るのが自分達の仕事だ。
〈……それから、中尉を出撃させました! 大気圏突入ギリギリまで、第8艦隊を援護するそうです! 〉
その直後だった。後方から漆黒の人面鳥の様なモビルアーマーが現れた。
するとメネラオスに迫りつつあったジンは、恐るべき精度で放たれた無数の銃撃を浴びて瞬く間に爆散した。
悍ましき人面鳥は姿を変え、禍々しい凶戦士の姿に変貌する。そして左腕で投擲したスパイク付きの金属球が弧を描くと、更に1機のジンを粉砕した。
「なっ……!?」
それは僅か数秒の早業だった。
レイダーが第8艦隊を苦しめていたジンを短時間で2機も撃墜した事実にハルバートンは思わず絶句した。
〈──ははははは!!! ははははは!!! 〉
公共回線で戦闘区域中に、全てを嘲笑う様な高笑いが木霊する。
〈出て来ましたよ、アスラン! 〉
〈ああ。お前達は下がってろ! 〉
アスランに緊張が走り、クロトと対峙したザフト兵は瞬時に理解した。
何故このレイダーのパイロットが友軍の地球連合軍にすら、“悪魔”などと呼称された上で存在を秘匿されているのか。
それはクロトが愚かで野蛮なナチュラルなどではなく、お伽噺に登場する
「……あれが……! あんなものがブルーコスモスの秘密兵器だというのか!」
レイダーはスラスターを全開で噴かせると、ビームクローを展開した。そして重突撃機銃を連射しながら逃げ惑うジンの胴体を抉り取り、呆気なく爆散させる。
先程まで圧倒的多数のメビウスを一方的に葬り去っていたジンが、レイダーの前ではまるで赤子の様だった。
『だから言いましたよねえ?
クロトは健在なメネラオスを見て、憎悪を漂わせながら言った。
そして機体を変形させると、最も間近で第8艦隊と交戦していたG兵器の一つ──デュエルに突撃を開始した。
『この俺が、2度も3度もナチュラルごときにコケにされてたまるかっ!』
イザークはシールドの上から強烈な打撃を叩き込まれた。咄嗟にビームライフルを発射するが、まるで影を撃ったように躱される。
やはり先程まで蹴散らしていたナチュラルとは別次元の能力だ。どうやってアスランはこんな化け物のような奴と戦っていたのだろうか。
更にビームライフルを連発した。しかしレイダーは変幻自在の軌道で避けると、その足を止めるどころか肩部の機関砲を連射した。
余計なバッテリーの消耗を嫌ったイザークは上方に躱すが、レイダーはMS形態に変形すると再度左腕で破砕球を射出した。
『チィッ!』
所詮は質量兵器だ。PS装甲を採用したデュエルなら数発耐えられるだろうが、機械系統に異常を引き起こす可能性がある。
イザークは斜めに加速して破砕球を避けると、ビームサーベルを抜いた。クロトは不完全な体勢のまま、一直線に迫り来るイザークを迎撃した。
右腕の2連装速射砲が火を噴いた。
イザークは左腕で構えたシールドを前方に突き出すと、PS装甲を利用してクロトの放った速射砲の嵐を強引に突っ切った。
更に背後から飛来する破砕球を避けながら斬り掛かった。
クロトは左腕一本で破砕球を回収すると、同時に右裏拳を放ったような体勢でビームサーベルを受けた。そのまま更に踏み込んでビームクローを展開し、その場で半回転しながら横薙ぎに斬り付けた。
イザークはシールドを合わせて防御すると、頭部の機関砲を展開した。何かが光ったような感覚に襲われた。
『イザーク!!』
横から現れたイージスがレイダーを蹴り飛ばした。その瞬間、デュエルの装甲を超至近距離で放たれた高出力ビームが掠めた。
『余計な真似を……!』
イザークの背筋に冷や汗が走った。
流れの中で放たれたクロトの攻撃に全く反応出来なかったからだ。アスランが咄嗟にレイダーを蹴っていなければ、自分はあっさり戦死していたのだ。
『油断するな。俺達は“悪魔”と対峙しているんだぞ……!』
アスランもイザークと同様だった。
ナチュラルでありながら、ザフトの士官アカデミーで歴代1位の成績を残した自分と互角以上に渡り合う戦闘能力。
正気とは思えない言動と、異常なまでの攻撃性。大胆不敵な操縦技術。
そして何より理解出来ないのはその人間性だ。
ラウの話では、奴はブルーコスモス盟主のお気に入りらしい。
その一方でラクスと友好関係を築き、キラとも親密な関係だという。あまりにも理解不能な存在に対して、アスランは的確に表現することが出来なかった。
奴の正体は
そんな馬鹿げた発想すら頭に過りながら、アスランは再度迫り来るレイダーにビームライフルを向けた。
キラは猛烈な速度でキーボードを叩いていた。
もちろんそれはストライクのOSを書き換えるためだった。一部の有用なプログラムは残した上で、自分では使いこなせない危険なプログラムは消去し、以前よりも数段洗練されたOSに修正を開始していた。
ムウは今も待機を強いられている。そんな中でクロトは格納庫の障壁を破壊する脅迫まで行って第8艦隊を援護するため出撃したらしい。
クルーゼ隊の猛攻を受け、壊滅状態に陥る中で孤軍奮闘するクロトを見ていると、このまま手をこまねいている理由は何処にもなかった。
〈艦長! ……ギリギリまで俺達を出せ! 何分ある? 〉
〈何をバカな! ……俺達? 〉
ムウの奇妙な言葉にマリューは反応した。確かに稼働出来る機体は2機だが、動かせるパイロットは1人だけだからだ。
〈カタログスペックでは、ストライクも単体で降下可能です! せめて私だけでも出撃させてください! 〉
〈キラちゃん!? どうして貴女が……? 〉
メネラウスに移乗したはずの少女の姿がモニターに表示された。意外な人物がアークエンジェルに戻って来た事に、マリューは一瞬言葉を失った。
〈バスター、アークエンジェルに接近して来ます! ブリッツも反応を消失! 2機の動きは連動していると思われます! 〉
〈レイダー、尚もイージス、デュエルと交戦中! 呼び戻せません!! 〉
ミリアリアの報告がCICに木霊した。
遂にバスター、ブリッツの2機が最終防衛網を突破し、アークエンジェルを射程に捉える位置まで突出したのだ。
アークエンジェルを守るラミネート装甲はビーム兵器には耐性があるが、バスターやブリッツの最大火力はいずれも実弾兵器だ。重要箇所に被弾すれば、そのまま撃沈される可能性は高かった。
レイダーは遥か前方でイージス、デュエルと交戦中だった。喉元まで敵に迫られた状況で呼び戻しても事態が悪化するのは明白だった。
〈……分かりました。ストライク、メビウス・ゼロの出撃を許可します!! 〉
マリューは初めて闘志を露わにしたキラに、不穏な気配を僅かに感じた。
〈時間がない! アスランとイザークがヤツを抑えている間に、さっさと足付きを落とすぞニコル!! 〉
〈分かっています、ディアッカ! 〉
ディアッカは叫んだ。
地球の引力に引っ張られ、遂にバスターの操作に支障をきたし始めていた。
しかし大気圏内の飛行能力を持つレイダーにとって、この程度の低重力など些細な問題に過ぎない。いくらアスランとイザークの2人でも、このままクロトを抑え続ける余裕などないだろう。
あと一歩だ。
ディアッカが照準を合わせようとした瞬間、突如アークエンジェルからメビウス・ゼロが発艦した。
『させるかよっ!!』
『グゥレイトッ! この状況で出て来るとは、諦めの悪い奴だぜ! お前は足付きに取り付け、ニコル!』
ムウは有線式のガンバレルを展開し、バスターの前方に弾幕を形成した。
たった1機で相手取れるのは自分だけだ。ディアッカは急上昇してリニアガンの嵐を回避しながら、収納していたビームライフルを構え直した。
『分かりました! ……ストライクまで!?』
ミラージュコロイドを解除したブリッツに、緑色の閃光が降り注いだ。
メビウス・ゼロと同様にストライクも出撃したのだ。それも重力下において短時間の飛行を可能にする高機動戦闘用パックを装備した状態で。
「ここまで追い詰め……退くこと……元はと言えば……悪魔め……」
クロトの放った破砕球が艦橋に直撃し、ガモフは大爆発を起こした。艦長のゼルマン以下CICのクルーは全滅し、遂に戦闘能力を完全に喪失した。
高度限界点を間近に控える中、決死の覚悟を決めたゼルマンの意思を尊重し、クルーゼがイージスとデュエルに撤退命令を下したからだ。
デュエルは命令を無視して戦闘を続行しようとしたが、G兵器最速の機動力を持つレイダーに付いて行けずにあっさりと振り切られた。
ガモフの直掩機だったジンも必死に応戦したが、イージス、デュエルという枷から解き放たれたレイダーを止める術などなかった。
もはや死に体のガモフに出来る事は、慣性のまま眼前のメネラオスに決死の突撃を敢行することだけだった。
「刺し違えるつもりかっ!?」
「すぐに避難民のシャトルを脱出させろ! ここまで来てあれに落とされてたまるかっ!」
もはやこれまでだ。慌てるホフマンに対し、死を悟ったハルバートンはヘリオポリスの避難民を乗せたシャトルを射出した。
先程から
しかしこのままメネラオスと運命を共にするよりは、助かる可能性が高いだろう。ハルバートンが迫り来る死に覚悟を決めた瞬間だった。
〈──まだ諦めるには早いですよねぇ? 〉
クロトの放った通信がCICに届いた。
すると
全く理解不能な光景だった。
「無理だ!! 離れろ!!」
こちらからの声は届かないとハルバートンも理解していたが、それでも大声で叫ばずにはいられなかった。
〈滅殺ッ!!! 〉
クロトはレイダーのメインスラスターを全開で噴かせた。
そして
レイダーは交通事故に巻き込まれた犠牲者のように吹き飛ばされた。
ジンが嫌な音を立てて粉々に爆散する中、唯一PS装甲のお陰で軽傷で済んだレイダーの前でガモフが停止した。
「と、止めた……?」
ハルバートンは目の前の信じ難い光景に唖然とした。するとこちらの声が聞こえているかのように、クロトの嗤い声が通信回線で送られた。
〈──無理を無理と言うことくらい誰にでも出来ますよ。それでもやり遂げるのが優秀な人物ってヤツです〉
クロトがガモフの特攻を阻止した、その直後だった。
〈よくも邪魔を……! 逃げ出した腰抜け兵がぁぁ!! 〉
イザークは再三に渡る撤退命令を無視し、キラと交戦していた。目の前で見せ付けられたクロトの圧倒的な戦闘能力に加え、自分と互角に渡り合うストライク。
何もかもが許せなかった。
イザークは目の前を横切ったシャトルにビームライフルを発射した。哀れなシャトルは一瞬で船体を貫かれ、爆炎を上げながら吹き飛んだ。
救援に向かっていたストライクは爆風に巻き込まれ、大きく体勢を崩した状態で落下を開始した。悲痛な叫び声を上げるキラと、それを見て鼻で嗤うイザークの声がクロトの耳に木霊した。
キラちゃんは(自主規制)
-
無
-
控えめ
-
普通
-
巨
-
爆