逆襲のクロト   作:皐月莢

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月光の舞踏会

 満月が空を照らし、その光がファウンデーションの壮麗な宮殿を柔らかく包み込む夜、女王アウラは会談を終えたコンパス代表団を歓迎するため、豪華な舞踏会を開催していた。

 金色に輝くシャンデリアが放つ煌びやかな光が会場全体を明るく照らし出し、参加者たちは絢爛豪華なドレスやタキシードに身を包み、メロディに合わせて優雅にダンスを披露していた。

 会場の壁には鮮やかな色彩の絵画が掲げられ、精巧に彫られた柱は空間に洗練された美しさを与えていた。それは秘密裏に実行されている“運命計画(デスティニープラン)”に基づき、先天的な才能で評価が下されているファウンデーション王国の歪な政治体制を示すようだった。

 この華やかな舞踏会が行われている最中、クロトは不思議な引力に導かれるように、静寂に包まれた美しい庭園へと足を踏み入れていた。

 そこでは月明かりの下、コンパス総裁にして信頼出来る戦友のラクスと、ファウンデーションの若き宰相オルフェが、何やら重い空気の中で対峙していた。

 

「僕は、貧困も差別も存在しない世界を作りるために生を受けたのですよ。そして貴女も──

 

 ラクスの顔からは彼女の普段の落ち着きや優雅さが喪われており、代わりに見たことのないほどの緊張が彼女を覆っているようだった。

 一方のオルフェは確固たる余裕を漂わせており、二人の間には何か深刻な問題があることが感じ取れた。

 そしてクロトの視線に気付いたオルフェは無言で歩み寄ると、その真紅が引き始めた瞳を興味深そうに見詰めながら謎めいた口調で言った。

 

「世界に闇をもたらした襲撃者。君のような存在には、この場に立つ資格などない」

 

 その場に意味深な言葉を残すと、オルフェは嘲るような笑みを浮かべながらゆっくりと庭園の影へと消えていった。

 

「すみません。この世界の未来についてお話しさせて頂いている内に、少し熱くなってしまわれたようで」

 

 遅れて現れたラクスはオルフェに鋭い視線を送っていたクロトを宥めるように、穏やかな口調で語った。

 しかし彼女の声には微かに震えており、その背後にある不安が伝わってくるようだった。

 クロトはオルフェから感じた強烈な敵意に懸念を深める中、再度ラクスは何もなかったことを強調しながら微笑んだが、やはりその表情はどこか強張っていた。クロトの近くにいることで感じる居心地の良い温もりが、かえって不安をもたらしていた。

 

 

 

 ──世界に闇をもたらした襲撃者。

 

 庭園を離れたはずのオルフェは、実は庭園の隠れた場所から、アコードとしての高度な感知能力を駆使して、クロトとラクスの動きを細やかに監視していた。

 彼の瞳には、ラクスの心の奥底から無意識のうちにクロトの精神世界へと伸びる精神の触手が映し出されていた。その昏い闇を帯びた異形の触手は、2人の間に形成された深い精神的リンクを介して、クロトの精神を静かにその支配下に引き込んでいるようだった。

 先程と合わせて()()()()()()オルフェを焼き尽くそうとした圧倒的な力は、まるで捕食者が獲物を絡め取るかのように、クロトの意識に巧妙に影響を与えているように見えた。

 

「──そういうことか」

 

 なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 

 この謎に満ちた難題の答えは、かつてラクスがアークエンジェルで偶然接触した“レイダー”──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 もちろんこれは無意識の力の発露であり、ラクス自身もまだアコードとしての覚醒は不十分なようだが、これならば明日の作戦でも十分活用出来る。

 おそらくラクスの精神的な不安に反応して現れるこの絶大な力を利用し、グリフィンと合わせてアスランとクロトを同時に暴走させることに成功すれば、コンパスのユーラシア連邦領内に対する侵略行為を実行させるための強力な手助けになるだろう。

 そうなれば大義を喪ったコンパスは“ブラックナイツ”の手で崩壊すると同時に核の炎が放たれ、この世界は我々の手中に収まるだろう。

 オルフェは自らの計画が思いがけない形で順調に進行していることを理解し、満足げに微笑んだ。

 

 

 

 普段よりもナチュラルメイクで、肌の調子も上々。

 月光に照らされて輝く彼女の肌は、今宵の月明かりにも負けないほどの艶やかさを放っていた。

 毛先にほんのりとダークブラウンを乗せたヘアカラー、これもばっちりだ。

 念入りに手入れされた彼女の赤髪は、繊細に計算された色合いで、さりげなく彼女の魅力を引き立てていた。

 そして、今日はおとなしめのリップ。控えめだけど、確かな存在感。

 艷やかな彼女の唇には、落ち着いた深みのある色が添えられ、彼女の洗練された美しさをさらに際立たせていた。

 アグネスの目的は一つだった。

 それはこの一夜を利用して、コンパスが誇る“フリーダムキラー”、クロト・ブエルの心を射止め、彼の恋人である“フリーダム”──キラ・ヤマトから彼を奪い取ることにあった。

 クロトは“レイダー”のパイロットとして、わずか21歳にしてオーブ軍の地位を勝ち取った実力者だ。

 それはかつて地球連合軍の生体CPUに過ぎなかった彼が自らの力で確固たる地位を築いたことの証であり、実質的な評価は准将のアスランをも上回っているだろう。

 他の男性と比べて小柄で、容姿も特別際立っているわけではないが、それは自分を際立たせるにはむしろ好都合かもしれない。

 それにあの実在すら疑われていた、本物の“フリーダム”の恋人であるということ。更にオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハと血を分けた姉妹という、まるで御伽話のような経歴を持ったキラから恋人を奪うことができれば、それはアグネス自身の価値を、彼女以上だと証明出来たことを意味するだろう。

 クロト・ブエルは極めて多忙な日々を送っている。

 彼はコンパスの誇る精鋭部隊“ブエル隊”の隊長でありながら、情報支援組織“ターミナル”の諜報員としても活動しており、連日世界各国を飛び回っている。

 だから彼に彼女と過ごす時間はほとんどないはずだ。

 アグネスは、この状況は自分にとって絶好のチャンスだと確信した。

 自分には相手がどんな相手を求めているかを見極め、それに自然と演じることが出来る特別な“擬態”の才能がある。だから目的のために手段を選ばなければ、クロトを射止めるのはそれほど難しいことではないはずだ。

 唯一の問題はキラの存在だが、その対策は十分に練っている。

 だいたい、自分は月軌道艦隊で“月光のワルキューレ”と称えられるほど、技量も容姿も超一流の人間なのだ。

 たとえキラが昔は強かったとしても、今は第一線から退いた過去の人間だ。先程初めて実際に会ったが、あんな地味女にこの私が負けるものか。

 アグネスは自分自身に言い聞かせると、獲物を狙う狩人のように冷たい瞳で、舞踏会の会場を行き交う人々の中から今回の標的であるクロトの姿を探し始めた。

 しかし、どれだけ注意深く見渡しても、彼の姿はどこにも見えなかった。

 僅かな苛立ちを覚えつつも、アグネスは諦めず、次の計画へと思考を巡らせた。

 その時、アグネスは目の前でアスランとラクスが優雅に踊りを披露している姿を視界に捉えた。

 彼らはまるで絵に描いたような完璧な夫婦を演じていたが、その実態は彼女にとって虚飾で彩られた仮面夫婦に過ぎなかった。彼らの存在など、アグネスの計画している野望の前では何の障害にもならなかった。

 まずはクロトの心を掴んだ後で、ゆっくりとアスランの心も手中に収めてやる。

 しかし、アグネスが会場をさらに巡っても、クロトの姿を探し出すことはできなかった。途中で、"フリーダム"を探しているというシュラに声をかけられるも、彼からクロトの居場所について何か有益な情報を得ることはできなかった。

 最終的にルナマリアの情報に基づき、アグネスは立食エリアの片隅でオルガとシャニが食事中らしいテーブルへと向かった。

 テーブルの上は様々な贅を尽くした料理で溢れかえっており、オルガとシャニは夢中でそれらに手を伸ばしていた。

 少し離れた所で彼らの様子を探っていた、アグネスの存在にはまるで気づいていない様子だった。

 オルガ・サブナック。

 シャニ・アンドラス。

 二人はコンパスの精鋭部隊“ブエル隊”に属するメンバーだ。

 クロトと同じく元生体CPUの過去を持ち、コンパスに所属するまではオーブの暗部を一手に引き受ける特殊部隊に所属していたらしい彼等は、ナチュラルながらもコーディネイターと同等以上の戦闘能力を誇っていた。

 そんな彼らは、同僚のアグネスにとっても難敵だった。特に彼らの性格の悪さと好戦的な気質は、アグネスがこれまでいいように利用してきた男性たちとは一線を画していた。クロトの度し難い遅刻癖や子供っぽささえ、彼らと比較すればまだ可愛げが有ると感じられるくらいだった。

 

「ねぇ、あんたたち隊長を見なかった?」

 

 心を落ち着けるように深呼吸を一つすると、アグネスは穏やかな声で彼らに声をかけた。

 シャニは警戒の色を隠せずに硬直したが、オルガは興味をそそられたように笑みを浮かべ、アグネスを見返した。

 

「……知らねーよ。たぶんその辺で迷子になってんじゃねーの?」

 

 シャニの誤魔化すような返答に対して、オルガは軽薄な口調で嗤いながら言った。

 

「どうせ明日に備えて、格納庫で整備でもしてるんだろ」

 

 その悪戯っぽい顔つきと意味ありげな振る舞いはどこか違和感を抱かせるものだったが、アグネスにとっては次の行動を決定するための重要な情報提供だった。

 

「やっぱり隊長ってそういう人なのね。あんたもたまには役に立つじゃない」

 

 アグネスはオルガに軽い皮肉を交えた感謝の言葉を述べた後、迅速にその場を離れた。

 そして人目を引かないように舞踏会の賑やかさを離れて王宮に隣接した湖に浮かぶミレニアムに戻ると、人気のない静寂に包まれた格納庫へと向かった。

 夜はまだ始まったばかりで、若い男女の間に何が起こっても不思議ではない時間帯だ。

 夜の静けさが深まる中、アグネスは強い期待感で満たされながら慎重に格納庫へと続く扉を開けた。

 するとオルガの言葉どおり、“ライジングレイダー”の傍らで作業をしているクロトの姿が目の前に現れた。

 幸運にも休憩中のようで、近くに整備士やキラの姿はなかった。まさに千載一遇の機会だ。

 アグネスはクロトの好みに合わせて選んだ夜食を携え、集中して作業に没頭するクロトの背後に静かに近づいた。そして自然体でありながら計算された魅力を放ちながら、クロトの作業スペースへと足を踏み入れた。

 

「隊長、お疲れのところすみません。夜食をお持ちしました」

 

 アグネスの声には緊張感に満ちているどころか、むしろ穏やかなものだった。

 クロトはアグネスの突然の訪問に一瞬驚きの表情を浮かべたが、直ぐにその親切を素直に受け入れて感謝の言葉を返した。

 これはチャンスだ。

 アグネスはクロトが最終調整に集中している作業台の隣に静かに立ち、手に持っていた夜食のトレイをゆっくりとテーブルの上に置いた。

 そして距離を自然に縮めることに成功すると、アグネスの存在に気付いたクロトの視線を捕らえ、意味深な質問を投げかけた。

 

「どうしてあんな人がいいんですか? あの人、隊長の優しさに付け込んでるだけじゃないんですか?」

「……何が言いたいんだよ?」

 

 クロトは彼女の問いに対して不機嫌そうに返答した。

 アグネスはこの反応と視界の端に捉えたキラの存在に作戦の成功を確信すると、さらに追い討ちをかけるような口調で提案した。

 

「私を見て下さい。──あの人を、見返してやりましょう」

 

 そしてクロトに対して自信満々に微笑むと、唇を近づけた。しかしアグネスの唇がクロトに触れる寸前で、突如突き出された手がアグネスを拒絶した。

 

「な、なんなんだいきなり!?」

 

 クロトの反応は強い混乱と驚きに満ちていた。

 誰だって、自分にキスされたら喜ぶはずなのに。アグネスはこの拒絶にショックを受けたが、それでも決意は微塵も揺るがなかった。

 

「私なら愛する人を戦場に送り出して、自分はただ安全なところで見てるなんてことしないわ!」

 

 再び彼にアプローチを試みるアグネスに対して、クロトは明確な拒絶の意志を示した。

 しかし間接的な部下である自分、あるいは異性に対する生来の甘い気質からか、強く突き放すことを避けているようだった。

 こうなったら力尽くでモノにしてやる。

 クロトの小柄な身体に体重を預けて強引に唇を奪おうとしたアグネスは、いきなり何者かに自分の腕が捻り上げられるのを感じた。

 

「いたっ!?」

 

 アグネスが突然の驚きと痛みに顔を歪めながら振り返ると、そこにはキラが立っていた。

 キラの手には愛情を込めて準備された夜食があり、その行動にはクロトに対する深い思いやりが感じ取れた。アグネスはキラの顔に浮かんでいる強い驚きと困惑の感情を察知すると、挑発的な態度で自分の行動を見せ付けようとした。

 しかしキラの動作は、アグネスの予測を遥かに超えるものだった。

 彼女はアグネスを脇に押しのけると、まだ何が起こったのか理解できていないクロトに近づき、迷うことなく彼の唇を奪った。

 キラの柔らかな唇がクロトと触れ合い、二人の間で情熱的なキスが交わされる中、アグネスは自分の計画の失敗を痛感し、深い挫折感に打ちのめされた。

 思わぬ形で計画が狂ったことを理解したアグネスがふと視線を後方に向けると、オルガとシャニがこの出来の悪い喜劇を楽しむかのように、声を上げて笑っているのが見えた。

 その更に後ろの入口付近では、銀髪の青年が気まずそうな表情で立ち去る姿があった。




クロトは昔からラクスの支配下だったようです。(大嘘

確かに種運命編でもラクスを狙う暗殺者を迎撃したり、ラクスが用意したレイダー、ストライクレイダーに乗ったりとそれなりに根拠はありますね。

ところで人前で接吻とは、破廉恥だぞフリーダム!
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