「──昨日行われた会談でロード・ジブリールの行方が判明したが、その正確な居場所までは掴めていない。しかしユーラシアから提供された情報によると、ジブリールの右腕と言われるミケール大佐がエルドア地区に残された要塞跡地を拠点としていることが分かった」
いよいよメンバーの緊張が高まる中、ミレニアムの会議室でクロトの静かな声が響き渡った。
パイロットスーツに身を包み、緋色の髪と鋭い碧眼の“フリーダムキラー”が、本日決行される合同作戦の概要を淡々と説明していた。
「今回の作戦はコンパス、ファウンデーション、ユーラシアの合同作戦という体裁だけど、実際に軍事行動を行うのはコンパスだけだ。手元にある僕の報告書にも記載したように、コンパスは両国を全面的に信用しているわけではないし、向こうも同意見だろう。さっき行われた作戦会議でも、軍事境界線を越えた場合はユーラシアに対する侵攻行為とみなしてただちに攻撃すると警告を受けたばかりだ」
コンパスはプラントの手先であり、プラントはジブリールの確保を大義名分にユーラシアの領土を奪い取ろうとしている。
実際にそれは前大戦でデュランダルが実行した作戦の一つで、先日コンパスが介入したオルドリン自治区もそうした手法で成立したプラント経済特区だ。コンパスの構成員も大半はコーディネイターで、数少ないナチュラルもクロトやマリューなど、地球連合を見限って脱走した者が多くを占めている。
そんなユーラシアの懸念を否定することは誰にも出来ないし、むしろエルドア地区に対する軍事行動を容認しただけでも大幅な譲歩ということなのだろう。
会議の場で敵意を隠そうともしなかったユーラシア将校の視線を思い出しながら、クロトは真横に視線を向けた。
そこには壇の横手にどっしりと腰掛けたアスランの姿があった。
同じくパイロットスーツに身を包み、藍色の髪と切れ長な翠眼の“人類最強”と称される男は、クロトの言葉を肯定するように頷き返した。
「ファウンデーション側の軍事境界線上には先行したファウンデーション軍が展開しており、ユーラシア側も同様に大部隊を展開している。一般市民の避難誘導と国境線防衛は両軍に任せて、僕達はアークエンジェル、ミネルバを中心としたモビルスーツ部隊で敵の拠点を制圧、無力化する」
クロトの端的な作戦指示に、シンは確認するように言った。
「で、俺達は何を?」
「僕達の目標はジブリールの確保だ。基本的には僕とアスランが先行するから、シンは4人を率いてその支援を。敵は確認出来るだけでも“デストロイ”以下、十分な戦力を保有している。シキシマ隊、マホロバ隊とも連携し、徹底して叩くこと。以上だ」
「そりゃ楽でいいぜ」
「俺等じゃうっかりヤっちまうかもしれねーからなぁ」
ブリーフィングが終了し、立ち上がったシャニとオルガは張り詰めた緊張感を和らげるように、軽口を叩きながら笑った。
「ジャスティスにもだいぶ慣れてきたのにすまないな、シン」
アスランは思い出したように歩み寄ると、シンへの謝罪を表した。
シンは今回現場でモビルスーツ隊の指揮を執るアスランに“イモータルジャスティス”を譲り、前線指揮を執るアークエンジェルの支援を担当するミネルバから回してもらった“インパルスSPEC2”に乗ることが決定したのだ。
それは最新型のバッテリーを搭載・VPS装甲に割り振る電力を最適化するなどアップデートを行った他、新機能としてシルエットフライヤーの遠隔操作が可能になり、戦場に射出された各シルエットをパイロットの意思で任意のタイミングで使用出来る高性能機だ。
しかし最新鋭機である“イモータルジャスティス”と比較すると、やはり総合性能では一歩劣っている。ある意味で降格処分とも取れる、屈辱的な措置だと言えるだろう。
「別に構いませんよ。俺は一時的に預かってただけですし、アイツはアイツで愛着があるんで」
しかしシンは特に気にした様子もなく応えると、昨夜の衝撃的な光景を思い出しながらクロトの顔を見た。
全てを諦めたような表情でキラに連行されていた昨日の彼と、コンパスの誇る双翼の片割れである今日の彼とのギャップに、頭が混乱していたのだ。
「……ところで、あのあと本当に大丈夫だったんすか? 俺もルナと喧嘩したばっかなんで、あんま人のことは言えませんけど」
クロトは少し眉を寄せながらもシンの心配に答えると、後方にちらりと視線を向けながら言った。
「あぁ、部屋に戻った時はそれどころじゃなかったから。……アグネスの方も何かあったのか?」
普段は自己主張の強いアグネスが、この重要なミーティングの中でも最低限の発言以外は沈黙を続けていた。
この重要なミーティングの中で、通常ならば自己主張が強いアグネスがそうした態度だったことに、昨日彼女の本性を知ったクロトは内心動揺していたのだ。
シンはクロトの問いに少し間を置いてから、顔に手を当てて呟くように言った。
「俺もわかんないっす。ジャスティスの件で馬鹿にしてくるだろうと思ってたんすけど、どうも様子が変で。……やっぱキラさんのおかげっすかね?」
「キラは怒らせると怖いからな」
「全くだ」
士官アカデミーの次席が、情報機関の諜報員とはいえ戦闘訓練を受けていない少女に圧倒されたことが余程ショックだったのかもしれない。
シンの返答にクロトとアスランは小さく笑うと、足早に会議室を退出した。
戦場の空は、炎と煙で満たされていた。
前線で指揮を執るアークエンジェルとその護衛艦ミネルバの防空火器が猛烈に火を吹き、地上から放たれる対空ミサイルを次々に迎撃していく。
混沌とした戦闘が続く中で、クロトは前を飛ぶジャスティスから通信を受けた。
〈シン、アグネスは敵モビルスーツの無力化を!
クロトはブランクの影響など微塵も感じさせないアスランの命令を受け、後方を飛ぶシャニとオルガに鋭く指示を飛ばした。
〈
コンパスの目標は、あくまでロード・ジブリールだ。
どうやらこのエリアはブルーコスモス残党軍の補給拠点らしい。
エルドア地区に出現した“105ダガー”“ストライクダガー”ら旧連合製モビルスーツ群は、地上に設置された対空兵器と協調して反撃を開始していた。
近接戦闘を得意とするインパルスとギャンが敵に襲い掛かり、砲撃能力に長けた
それを振り切るような勢いでクロトはジャスティスを追い、敵の攻撃を巧みに回避しながら反撃を加えていく。
機体を自在に変形させて舞うように敵の照準をかわし、一瞬の隙をついては敵モビルスーツを破壊し、余裕があれば武装やセンサーを撃ち抜いて無力化する。
作戦は意外なほど順調に進行していた。
密かに警戒していたユーラシア連邦軍やファウンデーション軍も、今のところ不審な動きを見せる様子はなかった。
しかし攻略目標の岩山に建設された難攻不落の要塞跡地を視界に捉えた瞬間、突如として不吉な予感を覚えたクロトは機体を急上昇させた。
「!」
その直後だった。
レイダーの足元に、周囲を一瞬にして薙ぎ払う絶大な光の奔流が走った。
空は一瞬にして赤く燃え上がり、地上から放たれる対空ミサイルの雨がさらに激しさを増す中、炎の中から漆黒の巨人──デストロイがその姿を現した。
クロトは寄せ集めのパーツで修復された傷だらけの戦略兵器に、心中で舌打ちをした。
その廃棄寸前の見た目に反して、計り知れない砲撃能力を秘めているデストロイの攻撃に巻き込まれ、後方の友軍モビルスーツが次々と炎に呑まれた。その遥か後方の市街地が瞬く間に火の海に変わり、戦場の空は更に赤く染まった。
しかしその真の恐怖は圧倒的な戦闘能力だけではなく、その背後にある暗い真実にもあった。
本来まともな人間では操縦出来ないデストロイが戦力として投入されたということは、ブルーコスモス残党軍は深刻な戦力不足を補うために、またも罪のない少年少女を洗脳して生体CPUに改造されたことを示す残酷な現実に、クロトの心は深い痛みと怒りで満たされた。
〈蹴散らすぞ! 〉
アスランの声が通信を通じてクロトの耳に届くと、レイダーとジャスティスは網目状の光線を紙一重で避けながら破壊と恐怖の象徴であるデストロイの巨体に攻撃を開始した。
静かな怒りを抱いたクロトはシールドブーメランを射出しながら突進し、それに合わせてアスランも同様にブーメランを放った。
レイダーのシールドブーメランがビームシールドを突破し、残っていた右腕を斬り裂いた直後、ジャスティスのブーメランが頭部を斬り飛ばした。
鮮やかな連携を示した二機は上下に別れてデストロイの懐に飛び込むと、パイロットを収納している胴体部分のコクピットブロックを避ける形で無力化しようとした。
「──ッ!!」
しかし追い詰められたデストロイが自爆装置を発動させると、僅かに反応の遅れたクロトは巨大な爆発に巻き込まれた。
反射的に手元に引き戻したシールドブーメランからビームシールドを最大出力で展開して機体を守るが、それでもクロトの身体に鈍い激痛が走った。
この凶行はブルーコスモス残党軍が、洗脳した生体CPUたちを敗北の際に自爆させるように“条件付け”していたことを物語っていた。もしもデストロイのパイロットがコンパスに回収されれば、残党軍の内部情報が漏洩する恐れがあったからだ。
ブルーコスモス残党軍の卑劣な戦術に激しい怒りを感じる中、クロトはさらなる異変に直面した。
「…………?」
目の前を飛行していたジャスティスが突然、おかしな動きを見せ始めたのだ。
通常の機敏な操作から一転、ぎこちない動作に変わり、攻略目標である要塞跡地への攻撃を突然放棄すると、ジャスティスは急旋回し、ユーラシア連邦の国境へと向かい始めた。
この明らかに異常なアスランの行動の変化は、クロトはにとって全く理解できないものだった。
そしてその矢先、アスランの焦った声がコクピット内部に響き渡った。
〈ジブリールを発見した。
この突然の報告に、クロトは衝撃を受けた。
直ちにレーダーを確認するも、ジャスティスが一直線に進む方向にジブリールの姿はどこにもなかった。アスランの機体の奇妙な挙動と、その報告の意味する内容が掴めなかった。
〈ちょっと待て。こっちのレーダーには何も……〉
〈呑気なことを! 奴が逃げるぞ! 〉
クロトが言いかけると、アスランは再び叫んだ。
ジブリールが要塞跡地を脱出し、音速に近い速度で飛行するジャスティスを先行して逃走しているのであれば、戦闘機やモビルスーツに乗っている以外に考えられない。クロトが再度レーダーと視界で周囲を確認しても、アスランが言及したような機影は一切確認できなかった。
〈何を寝惚けたこと言ってんだよ!! 〉
クロトは反論しようとするものの、アスランのジャスティスは見る見るうちに加速し、呼びかけには一切応じなかった。
〈警告! ジャスティス、貴機はユーラシア連邦領域に接近しつつある! 速やかに進路を変更せよ! 〉
〈
ユーラシア国境に展開する連邦軍が最終警告を発する中、合同作戦の司令部が設置されたミレニアムのCICでは、アスランの予期せぬ行動による混乱が広がっていた。
彼らはアスランが暴走した事態を受け入れられず、その背後にある原因を突き止めようと躍起になっていた。
しかしその間にも、ジャスティスは止まることなくユーラシア連邦の国境に向かって移動を続けていた。この異常事態に直面し、クロトは目の前の戦場を離脱してアスランの追跡を決意した。
やがて国境線の手前に設けられた軍事境界線に辿り着いたクロトは、ユーラシア側の国境付近に展開する連邦軍が、アスランのジャスティスに向けて警告射撃を行う光景を目の当たりにした。
しかしアスランはそれを完全に無視すると、進路を変えることなく前進を続け、遂に国境侵犯という重大な犯罪行為を犯した。
それを明白な侵攻行為とみなし、ユーラシア連邦軍が本格的な射撃に踏み切る中、アスランはこれをブルーコスモス残党軍の攻撃だと錯覚したかのようにジャスティスの全砲門を開放した。
〈どうして分からないんだ!!〉
アスランは叫ぶと、ジャスティスの全身から複数のビームを発射し、目の前に立ち塞がるユーラシア軍のモビルスーツを無力化しながら更に侵攻を開始する。
「…………!」
モニターに表示される理解不可能な光景に、クロトは思わず呆然となった。
その直後に、コンパス総裁でありアスランの妻でもあるラクスから、コンパス小隊長のクロトに向けた緊急通信が届いた。
〈止めて下さい……アスランを……〉
そのスピーカー越しにも焦燥と不安の混ざったラクスの声を聞いた瞬間だった。
クロトは未知の衝撃に包まれ、視界がぶれた。
とっさに頭を振り、突然起こった意識の混濁から抜け出そうと試みたが、まるで何者かに掴まれているかのように頭が重く感じられた。
モニターに映るジャスティスの姿が、まるで分身したかのようにぼやけ、接近しているはずなのに遠ざかって見えるような錯覚に陥った。
──何だ……?
クロトは突如、自分が血の海に立っている幻覚を見た。
目の前には悲しげな表情のキラがいて、その隣で勝ち誇るような顔をしたアスランがキラの肩に手をかけて悠々と連れ去っていく。
二人を追おうとしても足は動かず、血の海から手を伸ばした少年少女が彼に縋り付いていた。そしてその幻覚の中心では、ラクスが血涙を流しながら彼を見つめていた。
何もかもが理解出来ないまま、やがて幻想は消え失せた。クロトが荒い息を吐くと、無機質なコクピットの中に1人取り残されていることに気付いた。
そしてラクスの後ろからキラの絶叫するような声が聞こえたが、それは直後に生じた激しいノイズで掻き消された。
単なる強力な電波干渉だ、機体の操縦に問題はない。
クロトはセンサーを確認しながら冷たい汗で全身をびっしりと濡らしたが、そうした自分の身体に起こった異常は何も自覚していなかった。
そしてその赤く染まった瞳には、有り得ない光景が映し出されていた。
見えるはずのないジャスティスのコクピット内部で、殺意に満ちたアスランが迫り来る姿がはっきりと映っていた。
前話やこっそり更新したR18版との温度差で、作者は風邪を引きそうです。
闇に堕ちたアスラン+クロト VS ブラックナイツ だとモビルスーツの性能差を覆して敗北するかもしれないので、ラクスを利用して先に消耗させるって訳ですね。