ミレニアムに設置された司令部の大型モニターに、ジャスティスから放たれた無数のビームが、ユーラシア国境に展開していたモビルスーツ群を無力化していく様子が映し出されていた。
画面を埋め尽くす光の矢が、敵機を次々と捉え、瞬時にその戦闘能力を奪っていく。
「これは明確な侵略行為だ!」
声を荒げたユーラシアの将校が、信じがたい光景に怒りを露わにする。
司令部は異常な緊張に包まれたまま、ラクスは呆然とモニターを見つめながら、暴走するジャスティスに対して何度も呼びかけを続けていた。だがようやく返ってきたアスランの言葉は、彼女の懸念をさらに煽るものだった。
〈ジブリールだ! ここでアイツを逃がすわけにはいかない!!〉
しかしモニターに映っているのはジブリール率いるブルーコスモス残党軍ではなく、ユーラシア連邦軍だった。もしもジブリールがユーラシア連邦軍と共謀し、ユーラシア領内に逃走を始めたのであれば、アスランを追跡していたクロトがなぜその事実を報告しないのか。
〈クロト様! 本当にジブリールがいるのですか!?〉
〈いたらとっくに報告してる!〉
クロトの困惑したような返答に、ラクスは絶句した。やはりアスランの言葉は間違いで、ジブリールなど存在しないのだ。
「始めからそのつもりでコンパスを引き込んだのだな!? ならばこちらも対抗措置を取る!」
ユーラシアの将校が、緊迫した空気の中で声を荒げた。彼の言葉が司令部内に響き渡り、戦況の深刻さを際立たせる。
アスランを知らない彼らにとってジャスティスの暴走は、ファウンデーションとコンパスが裏で結託し、存在しないジブリールを侵攻の口実にして自国の領土を拡大しようとする緻密に計算された戦略に見えたのだ。
ラクス・クラインと、アスラン・ザラ。
二人はコーディネイター国家“プラント”建国を主導した、シーゲル・クラインとパトリック・ザラの後継者である第2世代コーディネイターだ。
この否定出来ない事実が、クロト・ブエルが戦況の真実を知らされていない理由を示しているようだった。
元生体CPUの過去を持つクロトは、天涯孤独のナチュラルだ。今までの経歴を見ても、ラクス達とは異なり政治的な力や意思の類を持っていないのは明らかだ。コンパスとファウンデーションの真意を知れば、素直に従うような人間とは思えない。
激昂する将校を制するように、オルフェはモニターを指し示しながら静かに言った。
「ディノ司令は明らかに譫妄状態、あるいは反逆の意思がおありかと」
画面には、ジャスティスがユーラシア軍に対して猛攻を加え続ける様子が映し出されていた。
激しい砲火がモニターを時おり鮮やかに染め上げ、一斉射撃を始めたユーラシア軍の陣地を容赦なく襲っていた。
反逆の可能性は考えにくい。だが、譫妄である可能性は?
ラクスは自問自答した。
彼女はアスランに、仮面夫婦としての生活を強い、彼の第二の人生を束縛してきた。
クロトがキラの存在なしではとっくに壊れていたように、アスランの心もまた、限界に達していたのかもしれない。
「ならば、ブエル2佐を向かわせては?」
この場で唯一、アスランに対抗出来る戦力。アスランを討つことで、コンパスの無実を証明出来る人物。
オルフェはまるで天啓を得たかのような口調で提案すると、その内容に絶句しているラクスに対して熱を帯びた表情で続けた。
「……もちろん、我らも協力させていただきます。これまでの外交努力が全て無に帰すのですよ! たった1人の暴走で、人的被害が出てしまっては本末転倒では有りませんか!」
アスランの行動が侵略とみなされた場合、ユーラシア連邦による報復は避けられず、ファウンデーションは再び戦火に包まれることになる。
その結果無実の市民が苦しみ、コンパスの設立に主導的な役割を果たしたオーブも巻き込まれるだろう。
それどころか、これをきっかけに第3次連合・プラント大戦へと発展するかもしれない。
ラクスは決断を迫られていた。
もちろん、今もアスランを信じている。だが、自分はコンパスの総裁だ。その責任を負うことを自らの意思で、自ら望んで選んだのだ。
たとえそれが、キラの前でクロトにアスランを討たせることになろうとも。その役割と立場が、ラクスに言葉を発させた。
〈止めてください……アスランを……〉
軍事境界線で待機を続けていたクロトに向かって、ラクスは消え入りそうな声で命令を下した。
「!!」
その瞬間、司令部にいたキラは信じられない光景を目撃した。
苦渋の決断を下したラクスの身体から、闇を帯びた透明な触手が突如発現したのだ。
その触手はまるでラクスの命令に従うかのように蠢き始めたかと思うと、レイダーが向かい始めた方向へと一直線に伸びていった。
それを見て
アスランは抵抗を続けるブルーコスモス残党軍を庇うように現れたレイダーと、激しい戦いを繰り広げていた。
3次元的な軌道で迫る“
反射的に腰のサイドアーマーにマウントしたビームブーメランを射出するが、変型しながら横滑りするレイダーを捉え切れない。その動きはモビルスーツというより、標的を狙う猛禽類のような滑らかさを感じさせる動きだった。
それは以前カナードが遭遇したという偽物とは次元が違う実力を示しており、目の前の敵は間違いなくクロト・ブエル本人であることを証明していた。
〈やめろ! どうして俺の邪魔をする……!? 〉
全てを理解出来ないまま、アスランは再び未知数の衝撃を受けた。
頭の中が急激に熱くなるような感覚に襲われた後、何かに呑み込まれるような虚無感がアスランを包み込んだ。
そして再び、地獄に立っているかのような幻覚に見舞われた。
目の前には悲しげな表情のラクスがいて、その隣で勝ち誇るような顔をしたクロトがラクスの肩に手をかけて悠々と連れ去っていく。
二人を追おうとしても足は動かず、核の炎に包まれた母が──骸と化してなお狂乱する父がアスランの足に縋り付いていた。そしてその幻覚の中心では、キラが血涙を流しながらアスランを見つめていた。
なぜ、
激しい怒りを抱くと同時に、幻想はふっと消え失せた。荒い息を吐きながら、頭部に搭載された近接防御機関砲の銃撃を躱した。そしてモニターには見えるはずのない、殺意を帯びてアスランを狙うクロトの姿が映し出された。
〈周りを見ろ!! 何をやってるのかまだわからねーのか!!〉
〈どういう意味だ!?〉
アスランはその声に反応して、迫り来るレイダーにビームライフルを発射して牽制する。
右腕を狙うビームサーベルの斬撃を再度シールドで防御し、クロトも左膝から展開したビームブレイドの蹴撃を回避する。
どれだけ眼を凝らしても、アスランの目に映るのはジブリールが潜んでいるらしいエルドア地区郊外の岩山に築かれた要塞跡地だった。そして周囲に散乱するモビルスーツや対空砲の残骸は、どれもブルーコスモス残党軍のものだった。
しかしその実態はアコードが見せる幻想に過ぎず、実際にアスランとクロトが戦っている場所はユーラシア連邦領内の荒野で、周囲に散乱する残骸はどれもユーラシア連邦軍のものだった。
──そういうことだったのか。
ミレニアムのCICを飛び出したキラは、コロニー・メンデルに関するレイの調査報告を思い返しながら、格納庫へと繋がる廊下を駆け抜けていた。
レイが報告したのは、"スーパー・コーディネイター"と同様にメンデルで研究されていたらしい、コーディネイターの次なる進化形態と見られる人類が実在することだった。
この"アコード"と命名された新人類は、かつてメンデルで研究員だったデュランダルが提唱した運命計画の原案において、運命計画を管理し、人々を導く者として重要な役割を果たす者達として記されていた存在だった。
偶然か、あるいは必然なのかは不明だが、その研究開発チームにはファウンデーションの現女王と同姓同名のアウラ・マハ・ハイバルが最高責任者として名を連ねており、デュランダルやラクスの母親も共同研究者として参画していたようだった。
レイはその後デュランダルの取った行動から、彼等“アコード”は組織運営に不可欠な"王"、“女王”、"戦士"、"神官"、“道化師”といった役割に最適化した遺伝子操作を施され、得意分野においては“スーパー・コーディネイター”を上回る存在だと結論付けていた。
しかし彼らは特定の個人を洗脳し、幻覚を見せて暴走させる精神干渉能力を持っているようだった。実際にデュランダルの論文においても暗喩的な形だったがアコードの“女王”、“道化師”の特性として記されていた力だ。
またラクスの母親が関与していることからラクス自身もアコードの"女王"に該当している可能性が高く、彼女自身も今まで自覚していなかった精神干渉能力が、同じアコードで構成されたブラックナイツに共鳴する形で覚醒したのだろう。
おそらくアスランは"道化師"に、クロトは"女王"の精神干渉を受けている。
そう考えれば、アスランとクロトの行動も説明出来る。
いくら譫妄状態だろうとアスランがあれほど暴走するわけがないし、クロトもアスランと本気で戦うわけがない。
キラはアスランとクロトの衝突を止めるため、更に足を早めた。
ミレニアムの戦力は大部分が作戦行動のため出払っていたが、ミレニアムの護衛を任されたルナマリアのゲルググメナースが残されていた。
ゲルググは大気圏内における飛行能力を有しているし、場合によってはルナマリアに代わって出撃する覚悟はある。最悪の場合、オルフェとイングリッドがミレニアムに乗艦する際に持ち込んだらしい小型のシャトルを強奪してでも──。
キラは物騒な思考を巡らせながら、格納庫への扉を開けようとした。すると、先程までユーラシア将校に弁明していた金髪の青年が行く手を遮るように現れた。
「まったく馬鹿なことを考えるな、君は」
オルフェは残酷な笑みを浮かべながら、キラを小馬鹿にするような口調で言った。
「彼女と私は、
オルフェの顔には、自信と余裕が満ちていた。
「私なら出来る。彼女の望む、戦いの連鎖のない、安定と調和の世界を創ることが」
「……今は、タオ閣下と問答をしている時間はありませんので」
キラは話を打ち切るように言い返すと、目の前に立ち塞がるオルフェを押しのけようとした。しかしオルフェの力は想像以上に強大で、腹部に鋭い殴打を受けたキラは床に倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中で、キラはオルフェの冷笑する声が脳内に響き渡るのを感じた。
彼らアコードの特異な精神感応能力は、ユーレンにキラやカナードを製造させた他、その設計図の作成にも関与した“超人”アル・ダ・フラガが有していた特異な空間認識能力を遺伝子操作で発展させた代物なのかもしれない。
そして“女王”としてアコードの頂点に位置するのだろう、ラクスが自分よりも3ヶ月ほど前に生まれていることを考慮すれば、おそらく万能のコーディネイターとして造られた自分も、何らかの形でそのフィードバックを受けている可能性が高い。
確かにアークエンジェルで初めてラクスに会った時、彼女のことをまるで他人ではないように思ったのは、ラクスがどこか自分に似ていたからかもしれない。
──
オルフェの呆れたような声が聞こえた直後、キラの意識は深い闇に沈んだ。
「なんだ……?」
アスランは不意に嫌な感覚に襲われ、ふと頭上を見上げた。
同時に迫り来る“
相変わらずジブリールの姿は遠くに見えており、散発的だがブルーコスモス残党軍からの攻撃も続いている。
だが、それ以上に切迫した焦燥感がジャスティスを上空へと駆り立てた。
〈キラ……?〉
クロトも同じような感覚を抱いたらしく、変幻自在の動きでジャスティスを翻弄していたレイダーが、突然背中を向けた体勢で停止した。
アスランは何が起こっているのかはっきりと言語化できなかったが、どうやらミレニアムで取り返しのつかないようなことが起こりつつあるような予感がした。
〈俺は……〉
それでもアスランの脳は、目の前の脅威であるクロトに対する強烈な警告を送り続けていた。
その感覚は自身の身体で何らかの異常が起こっていると認識しても、まったく冷めることがなかった。
しかしあまりにも無防備なレイダーの姿は、アスランに確信を抱かせた。
クロトがジブリールを見逃すわけがない。ブルーコスモス残党軍を庇うはずがない。
そして何より、キラを裏切ることなどあり得ない。
どれだけ考えても、クロトの言葉通り自分が何らかの理由で正気を失っている可能性の方が高い筈だ。
〈俺は既に錯乱している!!!〉
そう悟ったアスランはジャスティスをレイダーの目の前に移動させると、戸惑いを隠せないクロトに攻撃の合図を送った。
至近距離から放たれた電磁砲がコクピットを激しく揺さぶり、アスランは身体中に駆け巡る激痛と引き換えに、自失状態の覚醒に成功した。
「!!」
電磁砲の直撃を受けて吹き飛ばされたアスランの精神状態に同調するように、クロトも自身を襲う幻覚から抜け出した。
しかしその安堵も束の間だった。
コクピット内で鳴り響く警告音と共に、モニター上に鬼神を思わせる形状をした漆黒のモビルスーツ群と、それを中心とした大部隊が自分達を包囲する姿が映し出された。
「ブラックナイツ!」
クロトとアスランは同時に叫びながらブラックナイツの専用機──“ブラックナイトスコード”の攻撃を回避しようとするが、先程まで続いていた戦闘の疲労と自失状態から覚醒した直後の混乱で、その反応速度は明らかに低下していた。
ブラックナイトスコードの頭部から照射された赤いレーザーを合図に、彼等が従えていた無数の無人機からの飽和攻撃がレイダーとジャスティスに降り注いだ。
瞬く間にレイダーのシールドブーメランが機能停止し、大型可変ウィングの片方が爆散した。
ジャスティスもまたビームライフルを破壊され、リフターシステムに致命的な損傷を受けた。
体勢を崩しながらも辛うじて着地したレイダーにブラックナイトスコードの近接格闘戦に特化した“シヴァ”が、ジャスティスに汎用機である2機の“ルドラ”が一斉に襲い掛かった。
〈まずはお前からだ! クロト・ブエル!〉
〈キャハハッ! ごめんねーッ!
〈分かったらさっさと死ね!〉
頭の中に鳴り響いている3人の高揚したような声と、おそらくラクスが見せたのだろう幻覚に強い衝撃を受けながら、クロトは腰の装甲からビームサーベルを抜いた。
俺は既に錯乱している!!!
※ 本作のキラはラクスに似ているだけで、原作と同様にアコードではありません。ただし精神干渉能力を持つラクスのフィードバックを受けた関係で、その感知は出来ます。