イングリッド・トラドールはオルフェが去った後の小型シャトル内で、自分たちブラックナイツによって引き起こされた現実をモニター越しに静かに見詰めていた。
アスランの暴走に伴う一連の混乱に乗じて、合法的にユーラシア連邦領内に侵入。
国境付近に展開しているユーラシア連邦軍を強襲し、万が一の事態に備えて彼等が用意していた戦術核を奪って自国に発射したのだ。
ジャスティス、レイダーを凌駕するブラックナイトシリーズの圧倒的な性能、アコードとしての戦闘・読心能力を考慮すれば、自分達の作戦が失敗する可能性は皆無だった。
最初のミサイル攻撃こそミレニアムから緊急発進したゲルググに迎撃されたものの、本命の第二射はその狙撃の回避に成功すると、イシュタリアの町を襲った。
地上で発生した閃光が急速に拡大し、全てを飲み込んでいった。
全てはアウラとオルフェの計画通りに進んでいる。
この2度に渡る連合・プラント大戦と独立戦争から奇跡的の復興を成し遂げた古き美しき都市と、そこで生きる何万人もの人々を生贄にすることで、自分達アコードは全ての人類を支配下に置く権利を手に入れようとしていたのだ。
シャトル内は静まり返っており、イングリッド、眠らされているラクス、そして拘束されて個室に閉じ込められたキラ以外に誰もいない。
自分たちの行動によって何万もの人々が命を永遠に失った事実に、イングリッドは自分たちが引き起こした結末と、その代償に対する悲しみと罪悪感に満ちた表情を浮かべた。
それはアコードの1人である彼女の立場上、決して許されない感情だった。
ファウンデーションの方向から突如上がった巨大なキノコ雲に、クロトは思わず目を奪われた。
いったいなにが起こっているのか、クロトには分からなかった。
謎は深まる一方だったが、絶望的な戦況はクロトに思考の余裕を一切与えなかった。
一方でキノコ雲を目の当たりにして作戦成功を確信したシュラは、損傷したヒートソードを即座に破棄した。素早いバックステップを踏みながら、腰部装甲にマウントされたビームサーベルを抜いて体勢を立て直した。
神聖な戦いの場で敵から視線を外してしまうとは、やはり最強の戦士には程遠い。
〈甘い!〉
その軽蔑するような嘲笑に追撃の機会を逃したことを悟ったクロトは、再加速したシヴァを牽制するようにレイダーの口部に搭載された高出力ビーム砲を放った。
赤黒い閃光が大気を斬り裂き、シヴァの堅牢な漆黒の装甲を僅かに焦がした。
ビームライフルなどの通常のビーム兵器ならば一切通用しないフェムテク装甲も、近距離で発射された高出力ビームまでも完全に無力化出来るわけではないらしい。
度重なるダメージに怒りを募らせたシュラはシヴァを猛然と加速させると、咆哮とともにクロトを得意の近接格闘戦に引きずり込んだ。
クロトは唯一無傷だった電磁砲を斬られ、シヴァのマントから繰り出される無数のビームカッターで次々に装甲を傷付けられながらも、辛うじて致命的な一撃を回避した。
なおも執拗に迫り来るシヴァに対して、パワーも装甲も限界で警報音の鳴り止まないレイダーはビームサーベルを振り下ろした。
レイダーとシヴァの間で激しい一騎打ちが繰り広げられる最中、その背後ではアスランがリュー、リデラードの駆る2機のルドラと壮絶な戦いを展開していた。
メインスラスターを兼任するリフターを破壊されたジャスティスは、その機動力を大幅に低下させていた。
その一方でリュー機とリデラード機は、ジャスティスと同等以上の機動力で戦場を支配すると共に、絶えずジャスティスを挟撃することで戦術的な優位性を確立していた。
アスランは周囲の障害物を利用して視界を遮りつつ、ジャスティスを左右に激しく操縦させて敵の照準から逃れていた。
しかし両ルドラはその敏捷な飛行能力を駆使し、ジャスティスを対角線で挟むように追尾すると、ビームライフルで狙撃を加え続けた。
どうにかアスランは格闘戦に持ち込もうとするが、一つの意志を共有しているかのような両ルドラの連動した動きでまったく距離を詰めることが出来ない。
アスランは背後から放たれたビームをかわし、正面からのビームをシールドブーメランで防いだ。
わずかな隙を突いて腰から抜いたビームブーメランを投擲するが、まるでアスランの意図を見切っているかのように、リュー機は地を這うブーメランを容易に回避した。
異様なほどの精度で行われる両ルドラの連携攻撃に、レイダーと同様にジャスティスのパワーと装甲も限界に迫っていた。
その時、遥か遠方で起こった核の炎を示すキノコ雲がアスランの意識を強く揺さぶった。
「なっ……!?」
一瞬だけ戦場から心が離れ、過去の壮絶な記憶がフラッシュバックする。
その致命的な隙を逃さず、リデラード機の放ったビームがジャスティスの右脚を直撃し、痛烈な一撃を受けたジャスティスは大きく体勢を崩した。
更にリュー機からの殴りつけるような斬撃がシールドに直撃し、コントロールを喪ったジャスティスは地面に叩きつけられそうになった。
「ぐっ……!」
アスランは苦痛をこらえながら、片足1本で着地して体勢を立て直そうとした。
しかしリューとリデラードはそれを許さず、手負いの獣と化したジャスティスにさらなる追撃を仕掛けながら挑発した。
〈どこの誰だか知りませんが、酷いことをしますねぇ!!〉
〈キャハハっ!! そういえばアンタのママもアレで死んだんだっけ!?〉
リューとリデラードの嘲笑が脳内に響き渡った瞬間だった。アスランの中で怒りが湧き上がり、同時に頭の中が弾けて思考がクリアになった。
〈お前達の──〉
アスランは叫びながら後退していたジャスティスを切り返すと、リュー機とリデラード機の放ったビームをすり抜けるような動きで回避した。
〈お前達の仕業かっ!!〉
アスランは左腕で構えていたシールドブーメランをリュー機に投擲し、両機の瞬間的な分断に成功した。
リデラード機の放ったビームソードの軌道を見切って回避すると、突如ジャスティスの動きが読めなくなったリデラードの動揺を突いてリデラード機の左腕を斬り落とした。
遅れて背後から接近してきたリュー機に左腕を両断されるが、後ろ回し蹴りで繰り出されたビームブレイドがリュー機の装甲を抉り取るように切り裂いた。
更に蹴りを放とうとジャスティスを前方に加速させるが、リデラード機の反撃を受けて頭部を喪った。
それでもアスランは咄嗟にビームブーメランを投げ付けると、リデラード機の左腰部分を大きく削り取った。
〈無駄な足掻きを!〉
〈さっさと死んじゃえ!!〉
リュー機は武装の大半を喪ったジャスティスの刺突のような蹴りを防御すると、リデラード機と連携してコクピットにビームソードを叩き込もうとした。
しかしその時、脱出用パックを背負い空中に投げ出されているアスランを、リューとリデラードは視界の端に目撃した。
そして自爆コードがアクティブになったジャスティスは、両ルドラを巻き込む形で大爆発を起こした。
カルラの猛攻撃を受け、アークエンジェルとミネルバが黒煙を吐きながら落下し始めたその時、シャニとオルガはダニエル、グリフィンの操縦するルドラと交戦を開始した。
誰よりも早く接近戦を仕掛けようと、フォビドゥンを駆るシャニがダニエル機に向かって突撃を開始すると、無数の無人機から放たれたビームが彼を迎え撃った。
〈やっぱガラクタはガラクタか!〉
シャニの吠えるような声とともに、フォビドゥンの上半身を覆う金色のバックパックが無人機のビームを受け止めた。
奇しくもルドラ達に採用されているフェムテク装甲と同様に、フォビドゥンは装備群・スラスターを搭載したバックパックの装甲にビームを無効化する
ビーム攻撃が通じないことに気づいた残りの無人機群が携行火器を実弾兵器に切り替え始めると同時に、シャニは機敏にフォビドゥンを上空へと離脱させた。
〈邪魔だ!!〉
その直後にカラミティから発射された正確無比なビームが、アサルトライフルやミサイルを発射しようとした無人機を次々と撃墜し、周囲を瞬く間に火の海に変えた。
〈邪魔なのはテメーらだよ〉
ダニエルは挑発するように返すと、フォビドゥンから放たれた電磁砲を凄まじい機動力で回避し、即座にビームソードで反撃を開始した。
シャニは重刎首鎌の刃先を使ってその斬撃を受け止めるが、ルドラの圧倒的な力はフォビドゥンを簡単に吹き飛ばした。
〈よそ見してんじゃねーぞ!!〉
グリフィンはダニエル機を狙っていたカラミティの携行式大型バズーカ砲を両断すると、左右の主翼先端下部に懸架されていた旋回式機関砲を見切ったような動きで回避した。
そのまま瞬間移動するような動きで放たれたビームを、オルガは前腕部に搭載したビームガントレットで辛うじて防御する。即座に両肩のビーム砲を発射するが、やはり無類のビーム耐性を誇る漆黒のフェムテク装甲の前にあっさり阻まれてしまう。
〈ちっ!!〉
オルガはまともに攻防が成立しない、ルドラの圧倒的な性能に舌打ちした。
オーブ軍の主力量産機として近代化改修を施されたムラサメ改を母体に、ムウ機と同様にエンジンリミッターを解除し、専用バックパックを搭載しているフォビドゥン、カラミティは理論上ゲルググやギャンと同等の性能を持っている。
しかし目の前のルドラにはその全てが通用せず、まるで子供扱いだった。
〈デュランダル議長は私達を裏切った──〉
オルフェはカルラを優雅に宙に舞わせながら、頼みの
本来カルラは複座機だが、たとえオルフェ1人で操縦したとしてもルドラと同等以上の性能だ。
このままインパルスの動きを封じ込めていれば、じきにこの地に照準を合わせた戦術核が全てを消し去る手筈になっている。
〈ラクスの偽物をでっち上げて何を考えているのかと思ったら、どさくさに紛れて私達を消すつもりだったようだ〉
シンはオルフェの独り言を無視すると、再び後方のチェストフライヤーを操作しながら質問を投げかけた。
〈なぜコンパスを狙った?〉
オルフェは一瞬躊躇うように首を傾げたが、もはやシンに何を言っても結果に変わりはないと言わんばかりに返答した。
〈正確に言うと、私達はコンパスそのものを狙ったわけじゃない〉
意外な返答に沈黙を保っているシンの反応を確認すると、オルフェは少し楽しそうに笑うような口調で説明した。
〈私達の目的は、アスラン・ザラとクロト・ブエルの排除だ。──人類を導く上で、奴らの存在は邪魔なんだ〉
シンはオルフェの2人を断罪するような言葉に、シンの怒りは頂点に達した。
そしてその感情と相反するようにクリアになった思考の中で、シンはソードシルエットに搭載された2基のビームブーメランをカルラに向かって次々に投擲した。
曲線的な軌道で迫る2つの斬撃を急加速で回避し、なおも量子通信を用いた遠隔操作でカルラに追い縋るブーメランを迎撃しようとするオルフェに対し、シンは即座にビームサーベルを抜いて斬り掛かった。
オルフェは右腕のガントレットから展開したビームシールドで容易に斬撃を防ぎ、鋭い反撃を放った。しかしシンはインパルスを上下に分離し、強烈な斬撃を間一髪で回避する。
〈馬鹿みたいなことを偉そうに!!〉
シンの叫び声がコクピットに響き渡る。
ヤキン・ドゥーエ。ユニウスセブン。メサイア。
人類の存亡をかけた危機に便乗する形で勢力を拡大した連中が、人類を救うために奮闘したアスランとクロトを断罪し、自らを人類の導き手と位置づける滑稽さ。
その傲慢さに怒りを込めて、シンは迫り来るカルラに反撃を開始した。
再度インパルスを合体させると、ソードシルエットから再び射出した
──学習能力のない奴だ。
冷ややかに評しながらビームソードを振るった直後、予期せぬ現象に直面したオルフェの顔には驚きが浮かんだ。
その構造上、ビーム刃に対して無力な
この理屈を超える異常事態にオルフェは混乱しながらもビームソードで受け止めようとしたが、その試みは
ビーム刃を展開した細身の実体剣が、根本から真っ二つに両断される。
しかし所詮は旧式に過ぎないインパルスは、カルラを正面から押し切れるパワーなど有していない。
辛うじて冷静さを取り戻したオルフェは袈裟斬りの要領で放たれた
そして動きを封じられた無防備なインパルスに、胸部に搭載された高出力ビーム砲を発射した。
〈くそっ!!〉
敗北を悟ったシンは脱出ボタンを押し、コアスプレンダーを射出することで辛うじて脱出に成功した。
その直後シンの目に映ったのは、胴体を焼き尽くされて2つに分断されたインパルスが炎上しながら落下する光景だった。
だが、シンの試練はまだ続いていた。
オルフェはコアスプレンダーで逃走するシンを始末するため、ビームライフルを構えて追撃を開始した。
追いつかれたら一巻の終わりだ。
シンは必死にスラスターを操作してなんとか距離を稼ごうとするが、カルラの速度はあくまで射出座席の延長線上に過ぎないコアスプレンダーのそれを遥かに上回っていた。
絶望の淵に立たされたその瞬間、予期せぬ方向から飛来した無数のミサイルがカルラに襲い掛かった。
〈シン!!〉
そのノイズ混じりの声に、シンは驚きを隠し切れない表情で顔を上げた。
それは通常のモビルスーツとは一線を画す、独特の形状をした奇妙なモビルスーツだった。背中に巨大な甲羅のようなスラスターを搭載した上で、リフターに類似したフライトユニットを装備しているその機体は、どこか水中用モビルスーツを彷彿とさせた。
今まで見たことも聞いたこともない機体だった。
識別システムも“UNKNOWN”の表示を示しており、少なくともコンパスのデータベースに搭載されていないモビルスーツであることは間違いなかった。
しかし救援に現れた者の声が、シンにとって最も信頼する親友──レイ・ロアノークのものであることを疑う余地はなかった。
レイダーのビームクローがシヴァのマントから展開したビームカッターを迎撃し、続けざまに繰り出された両者のビームサーベルが激しく交錯する。
相変わらず思考はほとんと読めず、限界を迎えつつあるパワーを補うように、レイダーの動きは精度を増しているようだった。
シュラはクロトの想定を上回る戦闘能力に、思わず魅せられていた。
だが──
レイダーの狙い澄ましたような斬撃が、シヴァの右腕を切り落とした。
この絶好の機会に、クロトはレイダーは前方に急加速させて後退したシヴァとの距離を詰める。
ルドラと異なりビームライフルすら搭載せず、一騎討ちの近接格闘戦に最適化されたモビルスーツ。これまでの戦闘でクロトに刷り込んだ、シヴァに対する致命的な先入観。
──それは貴様の思い込みだ!
シュラは不意にシヴァの胸部装甲を開くと、内部に搭載されていた無数の針を高速射出した。
この含み針の要領で放たれた予想外の攻撃にクロトは不意を突かれ、至近距離でまともに直撃してしまった。
無数の針がレイダーの全身に突き刺さり、限界寸前だったVPS装甲はフェイズシフトダウンし、強度が低下した装甲を多数の針が貫通してしまう。
クロトは次々針に貫通されたコクピットの中で身をかがめて刺殺を回避するが、甚大なダメージを受けてしまったレイダーの戦闘継続は不可能となってしまった。
モニターが次々と暗転し、システムも停止していく。
〈しょせんそれが、貴様の限界だ〉
やはり、最強の戦士に相応しいのは最強の戦士だ。
シュラは大穴が空き、機能停止したレイダーのコクピット内で呆然とするクロトを見下ろしながら、勝利の確信と皮肉な笑みを浮かべた。
このまま放っておいても核の炎に焼き払われる運命だが、リューとリデラードの撤退と引き換えにジャスティスを喪い、どこかに隠れているアスランと同様に俺の手で葬り去ってやる。
そして勝負を決するかのようにビームサーベルを振り上げた瞬間、背後からのグレネード攻撃を受けて衝撃に襲われたシヴァは大きく体勢を崩した。
〈何者だ!?〉
反射的に背後を振り向いたシュラは、洗練されたデザインのモビルスーツがこちらに接近する姿を視認した。
その格子状のバックパックを背負った美しい機体は、微かな赤みを帯びたトリコロールカラーの装甲が印象的なモビルスーツだった。
そして前腕部のガントレットから展開したビームランスを纏った一撃が、レイダーに止めを刺そうとしていたシヴァをシールドの上から殴り飛ばした。
この突如現れた乱入者の正体を探ろうと、再び衝撃に襲われたシュラは体勢を立て直しながら視線を向けた。
〈──三姉妹の長女だ〉
カナード・パルスは、唯一アズラエル財団が製造に関与したコンパス専用機“ハイペリオン・イータ”のコクピットで、解き放たれた獣のように笑った。
というわけでクロト側の援軍にカナード、シン側の援軍はレイでした。
ズゴックの中身はもちろん、本作の種運命編では不遇だったレジェンドです。あのデカいバックパックを内蔵してる関係で、ビジュアルが凄いことになってそう。
本作のキャバリアーアイフリッド1号機はカガリがターミナルに出稿したクロトの為に用意した機体です。
しかしクロトはコンパスと掛け持ちで多忙なので、普段はカナードが使用してます。
ファウンデーション潜入時にも利用してますが、カナードの存在を伏せたかったので記述しませんでした。
なお製造費はキラがストライクレイダーの為に開発した、新型ナチュラル用OSの特許料から出ています。
ところで最近キラちゃん概念が流行してるようですが、相変わらず生体CPUとの組み合わせは一切存在しませんね。
……原作では全く接点がない? 知らぬさ!