クロトはアカツキ島の地下に設置された会議室で、対ファウンデーションの作戦会議を始めたメンバーに宣言した。
「僕1人でやらせてくれ」
プラントではジャガンナート国防委員長を中心としたファウンデーションに同調する勢力がクーデターを起こしており、その行政と軍の大部分を掌握している。
偶然現場に居合わせたターミナルのメンバー、アンドリュー・バルトフェルドらが事態を収拾しようとしているが、たった1撃でプラントを焼き払うレクイエムの脅威が存在する以上、大規模な反攻作戦を実行する見込みは立ってない。
また地球連合軍はレクイエムで壊滅的な打撃を受けており、その他の国家も大混乱が起こっているこの状況下で、彼らに立ち向かう力はどこにも存在しなかった。
現在、オーブの都市部では
その避難が完了次第、クロトは軍事要塞“アルテミス”に存在するファウンデーションの本拠地を単独で強襲する作戦を計画していた。
かつてクロトも訪れたその場所は、ザフトの攻撃によって壊滅した宇宙要塞だ。
現在は月と地球の間に存在するラグランジュポイントのL1地点に曳航され、表向きはファウンデーションによる宇宙コロニーとして平和利用されることになっていたが、実際には彼らの軍事拠点として利用されているようだった。
当時と同様に“アルテミスの傘”と称される全方位光波防御帯に固く守られたその基地は、どれほどの大部隊を持ってしても潜入は困難を極める難攻不落の要塞だった。
しかしアコードの女王であり、
かつてメサイア要塞に突入したアスランと同様に、クロトは強引にその防衛網を突破し、ラクスを奪還すると見せかけて、実際には要塞のどこかに囚われているだろうキラを救出する計画を立てていた。
「……死にたいのか?」
そのあまりにも無謀な計画を聞いたカナードは、不満を露わにした。
自分達が対峙しているのは他者の思考を自由自在に読み取り、それを操作し、それぞれが世界最高峰の戦闘能力を誇る新人類“アコード”と、大抵のビーム攻撃・物理攻撃を無力化するフェムテク装甲を有しており、それ以外の能力も“レイダー”を上回る世界最強のモビルスーツ“ブラックナイトスコードシリーズ”だ。
そんな1人でも手強い相手が7人、無人機を合わせればコンパスを遥かに上回る大戦力が待ち構えている中、クロト単独でキラを救出するのは事実上不可能に近い。
しかしクロトは静かに返答した。
「僕が何をやっても無駄だって分かったんだよ」
その言葉の中には、もともと勝算など考えていないと言いたげなものが混じっていた。
「…………」
アスランはその返答に沈黙し、ただ怪訝そうな表情でクロトを見つめた。
「だからこれが一番いいんだ」
クロトは更に続けた。
たとえ救出に失敗したとしても敵の戦力を削り、未知数なところも多いファウンデーション軍の情報を引き出す。
それによって現在月方面に戦力を分散して展開し、戦闘準備を整えているオーブ軍とコンパス残存部隊での連携攻撃に繋げるというものだった。
現状では不確定な要素が多く、こちらの作戦を読まれてしまう恐れがある以上、クロトには特攻以外の選択肢が浮かばなかった。
カナードは僅かに顔をしかめた。
「本気で言ってるのか?」
クロトは更に深く眉を潜めながら、うんざりした口調で応えた。
「僕には、世界を滅茶苦茶にした責任がある」
ギルバート・デュランダルを討ち、第2次連合・プラント大戦が集結しても終わりの見えない、世界各地で繰り返される戦いの日々。
曲がりなりにも世界を平和にしようとしていた彼を討たなければ起こらなかっただろう混乱を引き起こし、この世界を混迷させた責任を取るために、これまで戦い続けてきたのだ。
「僕なんて──」
しょせん下等種族のナチュラルに過ぎず、戦う以外の才能などなかった自分には、目の前の敵と戦うことしか出来なかったから。
しかしその結果がジブリールら過激派ブルーコスモスと、ジャガンナートらコーディネイター至上主義者の復活を招いた。
そしてファウンデーションの台頭を招き、自作自演の核攻撃とレクイエムの発動に繋がり、世界に未曾有の破壊と死をもたらしたのが事実だ。
たとえ彼らを討ったとしても、この戦いは終わりが見えない。
むしろ強引に止めようとすればするほど、彼らの取る手段はより悪辣に、より過激なものになるだろう。
この世界はどいつもこいつも正義を掲げて目の前の敵を殺したい連中で溢れかえっていて、それを変える手段など存在しない。
それこそファウンデーションのように大量破壊兵器を突き付けて
いくらなんでもラクスが、そんな恐怖に支配された世界を望んでいる訳ではないと信じたい。
しかし今までのやり方では世界は平和にならないと悟ったラクスが、もう用済みだとばかりに自分達を消そうとした可能性は決して否定出来ない。
「僕なんて、ヤキンで死んでた方が良かったんだよ」
クロトは深い自己嫌悪に満ちた声で呟いた。
自分などいなくても、キラならデュランダルを打倒出来たはずだ。
たとえブランクがあったとしても、しょせん自分が乗り越えられた試練を、キラが乗り越えられないなどあり得ないのだ。
かつてラクスが“フリーダム”を、カガリが“アカツキ”を、そして彼女達の信念をキラに託したように。
自分のような邪魔者がこの世にいなければ、キラは今頃ザフト軍、あるいはオーブ軍のエースパイロットとして、彼女達と共にこの世界を平和に導いていたのだ。
「そんなくだらないことを本気で思ってたのか、お前は!!」
その自嘲に満ちた独白に、アスランは激情を抑えきれずにクロトに掴み掛かった。
そして怒声と共に、強烈な一撃を放った。不意を突かれたクロトは後ろに吹き飛ばされ、盛大に床に転がった。
「お前はそうやって──」
「お前に何が分かる!!」
アスランの侮蔑に満ちた言葉を遮るように、痛みで頭に血が上ったクロトは猛然と立ち上がって殴りかかった。
戦うことしか出来ない自分と違って、政治家でも技術者でも何でも出来るくせに。湧き上がる怒りのままにクロトはアスランを殴りつけた。
「分からないさ! 自分が悪いだとか、自分がいなければとか、そんな馬鹿なことを思ってたなんてな!」
アスランは反撃の拳で顎を打ち抜き、クロトの心の内を見透かすように叫んだ。
「違うかよ!!」
クロトは激しく反論しながら拳を振るったが、アスランは巧みに攻撃を避けると、次々と反撃の拳をクロトに突き刺した。
そしてクロトも拳を受け止めると、そのまま立て続けに殴打を繰り返した。
次第に2人の間のボルテージが上がり、喧嘩を目撃していた周囲のメンバーは、予想外の展開に目を白黒させ始めた。
「やめろ! アスラン! これ以上は──」
やがて形勢がアスランに傾き始めたことに気付いたシンが怒りに任せて割り込もうとしたが、両方の攻撃に巻き込まれて後方に吹き飛ばされる。
激しい感情に駆られて再び乱闘に加わろうとする彼を、ムウは羽交い締めで強引に止めた。
しかし、この2人の喧騒に介入しようとしたのはシンだけではなかった。
「いい加減にしろ! このバカども!!」
カナードが大声で叱責する。
その声と共にレイの拳が死角からアスランを打ち、ステラの蹴りがそれに一瞬気を取られたクロトに命中した。
不意を突かれたクロトは壁に背中を打ちつけ、力尽きて座り込む。
「僕は……キラに……」
クロトの頬を涙が伝い、握った拳にぽたりと滴り落ちた。
「……幸せになって欲しいだけなんだ。僕と会う前の、戦争なんて知らなくてもよかった頃みたいに」
例えるなら、始めて会った日──ザフトがヘリオポリスを襲撃する直前のように。
ナチュラルもコーディネイターも関係ない、戦争なんて意識しないで居られる優しい世界に。
それがクロトも自覚していなかった願いだったのだ。
「俺の知らない間に、キラは変わったんだな」
ある意味、俺もキラを戦争に巻き込んだ実行犯の1人か。
クロトの絞り出すような言葉に対し、アスランは僅かに苦笑しながら皮肉っぽい声で返した。
「たしかにアイツはいい加減なヤツだが、お前と出会って不幸になったとか、何も知らなきゃよかったとか、そんなことを思うようなヤツじゃなかったはずだ」
その言葉にクロトは沈黙し、視線を落とした。
ただ闇雲にあがいたとしても、自分が苦しめば苦しんだだけ、それを間近で見ていたキラも悲しんでいたのだ。
まして自分の命と引き換えに救われたとして、喜ぶだろうか?
一方のステラは自分の無責任さを表明し、その軽薄さを自嘲するように言った。
「……だいたい、先輩は真面目過ぎるんですよね。ジブリールが生体CPUを量産してたとか、訳の分からない連中が大虐殺したとか、本当に先輩の責任なんですか? むしろそこまでしないと戦争にならないくらい、先輩のお陰で平和になったんじゃないんですか?」
アスランはその言葉に同意するように、深く頷いた。
「奴らは俺達を壊滅させなければ、自分達が頂点に立つのは不可能だと悟ったんだ。奴らの中にあるのはただの支配欲だ」
これまでコンパスは世界平和維持活動として難民支援や復興支援、そして戦禍の拡大を阻止する為に自らに厳密なルールを課し、その範囲内で可能な限り軍事介入を行ってきた。
それは必ずしも完璧ではなかったかもしれないが、決して少なくない命がコンパスの活動によって救われたのも事実だ。
そんなコンパスを誘い込んで殲滅し、自作自演で自国に核攻撃を実行し、その罪まで擦り付けようとしている者達の主張など聞き入れる必要などないのだ。
彼らが本当にナチュラルとコーディネイターの共存する平和な世界を創ろうとしているなら、こんな悪辣な手段を選ぶ理由などないのだから。
自分達はファウンデーションの野望を成就する上で障害だっただけで、これまでの戦いは決して無駄ではなかったのだ。
「行くぞ。2人を助けよう、俺達で」
クロトはアスランの差し伸べた手を握った。
自分は1人ではない。自分と同じ想いを持ち、背中を預けられる者達がいるのだ。
クロトは表情を憮然とさせながら、そのモビルスーツが保管されているオーブの最重要機密が眠る格納庫へと続く通路を歩んでいた。
隣を歩いているカナードの声が、クロトの耳に届いた。
「実はお前が寝てる間に、作戦は私と
先程の乱闘騒ぎが終わった後、ミーティングがあっさりと終わった理由は既に十分な作戦を練っていたからだったのだ。
そういえばカナードはかつてアルテミス要塞を本拠地とするユーラシア連邦軍の特務部隊“X”を率いていた天才少女であり、その要塞の具体的な弱点や、キラやラクスが幽閉されているだろう場所について、誰よりも詳しい存在だった。
さっきまで自棄になって、特攻するしかないと思っていた自分が馬鹿みたいだ。
クロトは隣を歩いているカナードに、居心地の悪さを誤魔化すかのように尋ねた。
「……つーか、オルガとシャニはどこに行ったんだよ?」
オルガ・サブナックとシャニ・アンドラスの姿は、クロトが目を覚ましてから1度も見ていなかった。
「あの2人はカガリの指示で別行動だ」
カナードの返答は簡潔だった。
もともと2人は隠密可変モビルスーツ“エクリプス”のパイロットであり、その後継機のパイロットに抜擢されていたのだ。
ライジングレイダーと共通構造のフレームを採用し、従来のエクリプスを凌駕する後継機の開発が水面下で進められていたことは把握していたが、既に完成していたとまでは知らなかった。
コンパス専用機でありながら、ミラージュコロイドシステムを採用した核駆動モビルスーツとして完成したその新型機は、書類上は未完成のまま凍結されたことになっていたのだ。
やがてクロトが格納庫に到着すると、エリカが待ち構えていたかのように後方のライトを点けた。
明るく照らされた格納庫内では3体のモビルスーツが正面に堂々とそびえ立っており、その壮大な姿がクロトの目に映った。
エリカは肩を竦めると、呆然としているクロトに呆れたような視線を向けた。
「アスハ代表の予想通りね。……こういう事態を想定していたわけじゃないんだけど」
シンは息を呑むと、身を乗り出して驚愕の声を上げた。
「デスティニー!!」
型式番号〈ZGMF/A-42S2〉—“デスティニーSpecⅡ”。
それはかつてメサイア攻防戦で大破したデスティニーを回収し、半年前に起こったジャスティス強奪事件で大破したインフィニットジャスティス弐式と同様に、モルゲンレーテ社の最新技術によって修復・改修が施された機体だった。
この新型融合炉と新装備の評価試験を目的とした改修を受けた新たなデスティニーは、頭部にデュートリオンビーム照射機能を搭載したほか、かつてクロトに対抗するために調整が施された歪んだ姿ではなかった。
ギルバート・デュランダルが素質を見出し、実戦でその才能を開花させたシン・アスカの持つ能力を存分に活かせるよう、デスティニー本来の姿に戻されていたのだった。
「……ストライク、レイダー」
そしてクロトも目の前のディアクティブモードで鈍い鋼色をしたモビルスーツの姿に、僅かに笑みを浮かべながら感慨深い声で呟いた。
まるで長い間離ればなれだった相棒の帰還を心待ちにしていたかのように、ストライクレイダーはデスティニー、ジャスティスと並んでクロトを待っていたようだった。
「コントロールシステムは最新のものにアップデートしてあるし、予備のパーツを使って装備も可能な限り更新しておいたわ。だけど……」
エリカの言葉は途中で途切れた。
全天周囲モニター方式を採用したメインシート。
ビームライフルの代わりに装備された携行型の実弾式レールガン。
左右のリアスカートに装備されたビームサーベル。
そして右翼基部にマウントされている、日本刀型の実体剣“フツノミタマ”。
最後にフェイスシャッターで覆われた口部に搭載された、出力次第では次元を切り裂く程の威力を誇る収束重核子ビーム砲“ディスラプターツォーン”。
これらの武器は、大抵のビーム兵器と実弾攻撃を無力化するフェムテク装甲にも対抗出来る力を有している。
しかしこのモビルスーツは技術的には既に旧式で、敵のブラックナイトスコードシリーズの機体性能には遠く及ばないという無情な現実がある。
「大丈夫。僕達なら勝つさ」
だが、クロトはそれを意に介さない。
ストライクを思わせるその頭部を見上げながら軽く笑うと、確信に満ちた声で高らかに宣言した。
一方で不敵な笑みを浮かべていたシンは、一転して残念そうに口を開いた。
「どうせならレジェンドもあればよかったのになぁ」
「……あぁ。そうだな」
その言葉を聞いた瞬間、レイは格納庫の一番奥に置かれている“ズゴック”に視線を向けた。
そして正体を偽装するために造られた外部装甲の隙間から、ドラグーン・プラットフォームの一部を覗かせた“レジェンドSpecⅡ”とシンを交互に見詰めると、唖然とした表情でシンを見ていたアグネスと顔を見合わせた。
イングリットはいつものように、キラが監禁されている部屋へ食事を運んでいた。
「先日は失礼しました」
そう言いながら扉を開けると、キラの顔には警戒の色が浮かんでいた。しかしイングリットを見た瞬間、その表情から僅かに笑みが溢れた。
黒を基調としたブラックナイツの制服によって、ダークブラウンの髪と白い肌が際立っており、どこか触れれば消えてしまうような儚げな雰囲気をまとっていた。
その危さすら感じさせる可憐さは、あの強さにしか興味を持たないシュラが気に掛けるのも無理はないほどだった。
イングリットの心の中で、キラに対する説明できない感情が渦巻いていた。
それは彼女にとっての希望であり、同時に呪いでもあった。
世界を統べるために生まれたオルフェは、常に信念を持ち続け、その強さと明るさでイングリット達を導き続けた。
彼女にとって世界を照らす太陽のような存在であり、イングリット自身の使命はオルフェを支え、彼の命令に忠実に従うことだった。
そんな彼を慕う気持ちが、やがて特別な感情に変わった。
信徒が神に恋することなどあり得ないように、オルフェに王と臣下以上の感情を持つことは許されない。
そう理解しながらも、その感情はいつのまにかイングリットの一部になっていた。
そんなオルフェが運命の相手であるラクスに拒絶される姿など、見たくなかった。それこそ、彼の望み通りにラクスと結ばれた姿以上に。
せめてアスラン・ザラがラクスの想い人だと言うなら、ここまでは思わなかった。
ラクスの育ての親であるシーゲル・クラインの盟友であり、プラント独立の立役者であるパトリック・ザラの一人息子が相手だと言うなら、アコードである自分達を除けば他に匹敵する者のいない傑物だということは自明だろう。
しかし相手は自分達の生まれ故郷であり、幼少期を過ごしたコロニー・メンデルを崩壊させ、母に地獄の苦しみを味合わせたブルーコスモスの元生体CPUだと言う。
ふざけるのもいい加減にして欲しい。
生まれながらに力を与えられず、何をすべきか定められず、ただこの世に生まれ落ちただけのナチュラルに、私達の存在意義を否定されるなんて。
更に理解出来ないことがあった。
そのナチュラルにラクスは相手にされず、せいぜい気の置けない友人だったという。まったくわけがわからなかった。
アコードの女王である彼女は全ての人類に愛される存在であり、たとえその才能が開花していなかったとしても、そこに例外など存在しないはずなのだ。
だからこそ彼女はプラント初代最高評議会議長の娘でありながら、地球圏全体で愛される平和の歌姫に上り詰めたのだから。
「……愛って、なんなのでしょうか?」
そんな彼の心を射止めたのは彼女だという。退出しようとしたイングリットの唇から、秘めていた感情が溢れ出た。
情けないことを散々言ってアスランに鉄拳制裁された後、勝利宣言しました。キラちゃんがいたら口が裂けても言わない泣き言なので、これが唯一無二のタイミングでした。
前話の感想欄で、キラちゃん&イングリットちゃんの支援絵を頂きました。前話の後書き欄に掲載させて頂いておりますので、まだ見ていない方はご確認下さい。