夜も更けたオノゴロ島の軍港で、惑星強襲艦“ミレニアム”がライトアップされ、静かに浮かんでいる。
その陰でクロトは海面に頭を出し、波の音に紛れてワイヤーガンを発射した。
射出されたワイヤーは真っ直ぐに伸び、先端に取り付けられたフックを点検用ハッチの横に引っ掛けた。
ワイヤーがしっかりと固定されると、クロトはモーターを起動して静かに上っていく。
その軽快な動きを参考に、別働隊として潜入するシン、レイら数名もワイヤーを射出し、後を追った。
ハッチの横に取り付けた後、クロトはプレートを外し、その中のケーブルにキャバリアーとドッキングした“スーパーハイペリオン”と接続した装置を取り付ける。
その間に上ってきた仲間たちがハッチに取り付き、装置が作動して警告ランプが点灯した。
クロトは確認し、真下で装置を操作しているカナード、アスランに向かって大きく頷きながらハッチを操作し、中に素早く滑り込んだ。
「……これは?」
ミレニアムの艦橋でモニターを見ていたメイリンは、ぴくりと眉を動かした。
「艦長、インジェクションアタックです」
異変に気付いたアルバートが振り向き、うとうとしていたコノエに声を掛けた。
どうやらミレニアムのメインコンピュータに何者かが侵入したようで、この有毒ガス発生を報せるアラートは偽装であることが明らかだった。
「──やはりか」
アルバートの報告を受けたコノエはため息をつきながら、艦長席のシートに深く沈み込む。
彼は先ほど現れた、元ザフトの白服だった男と自分の予想が当たったことを、素直に喜んでいいのか分からなかった。
「死ぬ……ほんと死ぬから……」
別働隊として潜入したシンが、侵入者を迎撃しようとしたルナマリアをからかおうとしてレイもろとも半殺しにされ、アグネスに小馬鹿にされている頃。
クロトはマスク姿で、同様に顔を隠したマリューらと共に艦橋に飛び込んだ。
「動くな!」
拳銃を構えたクロトの声に、メイリンはやれやれとばかりに手を上げて言った。
「これって、私とキラさんがお遊びで造ったウィルスですよね? なんか見たことあるなーって思ってました」
続けてモニターに向かっていたアルバートは、平然とした雰囲気で時計を確かめた。
「僕の計算より2分遅かったですね。ブエル隊長」
それはまるで余興を楽しんでいるような、僅かに冗談めいた口調だった。そして艦長席が回り、苦笑するコノエの顔があらわになる。
「この数日は君のように教育しがいのある者がいなかったからか、どうにも退屈でしたよ」
コノエはクロトから視線を外すと、その後ろで拳銃を構えているマリューに顔を向けて語りかけた。
「出港準備は完了していますよ、ラミアス一佐。その物騒なものは必要ありませんな?」
クロトはマリューと顔を見合わせ、素直に拳銃を収納した。
どうやら何もかもお見通しだったらしい。
ミレニアムのメインコンピュータをハッキングし、ここまで潜入させてくれたアスランとカナードに心の中で謝りながら、クロトは息苦しい潜水用マスクを外した。
「待ちくたびれたぞ、ムウ」
「うげっ。なーんか
ムウが溜息を吐いて振り返ると、にやにやと笑いながらラウが顔を出した。
「ええーっ!」
表向きはヤキン・ドゥーエで死亡したことになっているラウの姿に、息を切らしながら艦橋に駆け込んで来たアーサーは盛大に声を上げた。
「それでは、計画を聞かせて頂きましょうか」
コノエは意外な人物の登場に驚きを隠せないクロトを見て、人の悪そうな笑みを浮かべた。
「愛って、なんなのでしょうか?」
イングリットの無意識に溢れ出した声が、アルテミス要塞の一角に存在する小部屋の静寂を破った。
自分たちに拉致され、この難攻不落の宇宙要塞で囚われの身だというのに、キラの心からはクロトへの揺るぎない愛情しか感じ取れなかった。
一方でキラは不意に思わぬ言葉を口にしたイングリットに驚きながら、首を傾げて聞き返した。
「……なんでそんなことを?」
どうして貴女はあんな男を愛しているのか? あんな男を愛していいのか?
イングリットは心に湧き上がった疑問を誤魔化すように深く息を吸うと、今までアウラに何度となく言い聞かされていた言葉を口にした。
「貴女は私達と同様に力を与えられ、何をすべきか定められて生を受けました。それに従うのが貴女の幸せではないのですか?」
それはブラックナイツ最強の戦士であるシュラ・サーペンタイン、あるいはそれ以外のメンバーでも構わない。
スーパーコーディネイター“キラ・ヒビキ”に課せられた使命は、その身をアコードに捧げて運命計画を永遠のものにすることだ。
キラは一瞬顔を伏せると、イングリットを見つめて答えた。
「ヒトは自由に生きるべきだと、私は思うから」
「それがこの世界で争いが終わらない理由だとしても、皆が傷付く理由だとしてもですか?」
あぁ、違う。私はこんなことが聞きたいんじゃない。
イングリットはぴくりと眉を動かし、沈黙するキラに縋るような視線を向けた。
「……自由の許されない世界で、ヒトは生きていると言えるの?」
「貴女には、私達と共に世界を治めることが出来る力があるんですよ! あの貴女には必要のない男と違って!」
イングリットの責め立てるような声が届いた瞬間、キラの心は激しい反発心を抱く一方で、その叫びを正面から否定出来ないようだった。
しかしキラが言葉を口にする前に、イングリットの置かれた状況は急転した。
「何をしている、イングリット」
突然、イングリットの脳内にオルフェの声が届いた。
どうやらオーブで妙な動きがあったらしく、オルフェは事前に勧告していたようにその首都を狙ってレクイエムを発射するらしかった。
彼女の愛する男も、彼女の生まれ育った国も、こうして簡単に滅びてしまうのだ。
だからアウラが、オルフェが言うように、この世界は私達が徹底的に管理しなければならないのだ。
しょせん愚かなヒトには自由など、まして自分がオルフェに向けているような何の利益にもならない愛など必要ないのだ。
「後で答えを聞かせてください」
イングリットが退出した後、キラは自分の掌をじっと見つめた。
なぜ私は彼を愛するようになったのだろうか。
レイダーのパイロットとして現れた彼を、頼もしいと感じたから?
彼の不器用な優しさに、心を惹かれたから?
生体CPUとスーパーコーディネイター。自分と似たような境遇の彼に、自分自身を重ねていたから?
アークエンジェルで孤独だったときも、自己嫌悪で苦しんでいたときも、彼と一緒にいる時だけは安らぎを感じたから?
つまり、当時の私にとっては彼が必要だったから?
だけど今は──。
正体不明のテロリストが、停泊中のミレニアムをハイジャックしてから数時間。
偶然オーブを来訪していたムルタ・アズラエルを人質にとったテロリストは夜明けと共に、停船を呼び掛けるオーブ軍艦隊の追撃を振り切ってオーブ領海を脱出した。
この行動をファウンデーションの警告を無視したと解釈したオルフェは、オーブの粛清を宣言すると共に大量破壊兵器“レクイエム”の照準を向けた。
「急げ! 時間がないぞ!」
事態が急変する中、迅速に避難指示を出し終えたカガリは地下格納庫へと走った。
その格納庫の一番奥には、彼女の到来を待ち望んでいた淡紅色の愛機──ストライクルージュが静かに佇んでいた。
この支援兵器には、クロトの“ストライクレイダー”とリンクを構築したキャバリアーが接続されており、既に準備は万全に整えられていた。
通信管制担当のレドニル・キサカとフレイ・アルスターがキャバリアーに乗り込む中、カガリはストライクルージュのコクピットハッチを潜り抜けた。
ハッチを閉じたカガリは、亡き父ウズミとオーブの守護神ハウメア、その他思い付く限りのものに祈りを捧げながら、強く両手を握りしめた。
想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。
しかし今は祈ることしか出来なかった。
「キラ……クロト……」
そして最後にファウンデーションに囚われた妹と、そんな妹を救うために戦場に向かうクロトの無事を祈った。
〈──ファウンデーション、聞こえるか?〉
時を同じくして大気圏を離脱するために上昇・加速を続けていたミレニアムの中で、クロトは作戦通り回線を開いてゆっくりと言葉を発した。
「なっ!?」
まるで夢心地のような雰囲気のラクスを従え、レクイエムの発射命令を下そうとしていたオルフェは驚愕の表情を浮かべた。
オペレーターがモニターを切り替えると、そこにはシュラに敗れて戦術核で細胞の一片まで焼き尽くされた青年、クロト・ブエルの顔が映し出された。
〈こちらはミレニアム──クロト・ブエル〉
クロトを中心に映し出したモニターの背後には、紛れもないミレニアムの艦橋が確認出来た。
そこにはアークエンジェルと共に死亡したはずのマリュー・ラミアスはもちろん、ハイジャック犯によって人質にされたムルタ・アズラエルの不満そうな表情も映っていた。
「どういうことだシュラ!?」
オルフェは思わず声を上ずらせて、クロトの謀殺に成功した筈のシュラに問い詰めた。
「ふはっ。──やはりクロト・ブエルは不死身か」
イージスに敗れて太平洋に沈もうが、インパルスに敗れて北極海に沈もうが、大破した状態で大気圏に突入しようが、クロトは復活したのだ。
まるで死神に嫌われているとしか思えないヤツの悪運は、どうやら本物だったようだ。
シュラはこの展開を待ち望んでいたかのように、好戦的な笑みを浮かべた。
〈たかだかコクピットをぶっ刺されたくらい、僕にとっては虫に噛まれたようなもんだから〉
クロトは自身の健在ぶりをアピールするかのように、わざとらしく両手を振りながら挑発的に言葉を続けた。
その高らかな声は、世界中に開かれた国際救難チャンネルを通じて世界各国に届けられていた。
〈メンドーだからさっさと言ってやるよ。お前たちは自分の国に核を撃ち込んで被害者ぶってるとんでもない連中だってなぁ!!〉
クロトの行った告発は、これまで核を撃たれた被害者という大義名分を基にレクイエムの使用を正当化したファウンデーションにとって致命的な一撃だった。
これを最高のタイミングでファウンデーションにぶつけるために、カガリはこれまでクロトを潜伏させていたのだ。
オーブがファウンデーションと戦う準備が整っていない状態で真相を告発しても、生き証人であるクロトとオーブが危険に晒されるだけだったからだ。
クロトは画面の向こう側のオルフェを嘲るように、頭の中を指で掻き回すようなジェスチャーをしながら笑い声をあげた。
〈なーんか自分たちは人類を導くものだとか面白いことを言ってたみたいだけど、それってガキの格好をしたママのセンスなんですか〜?〉
ミレニアムの艦橋ではマリューが副艦長席に座ったコノエに目配せを送り、クロトの挑戦的な言動に呆れていたコノエは無言でノイマンに視線を向けた。
するとノイマンは覚悟を決めたように深く頷き、残りのクルーも後を追うように頷いた。
クロトは画面の向こう側で自分を見ているだろうオルフェを睨み付けながら、その存在を否定するような冷たい声で言った。
〈とりあえずミレニアムで“やってくれた”金髪。──お前は殺す〉
その言葉とともに、モニターに“
「い、言わせておけば……!」
アウラは怒りを露にして立ち上がり、モニターの中で勝利宣言をするクロトを憎々しげに睨みながら叫んだ。
「あの下賤な猿を殺せ!『レクイエム』、目標はミレニアムじゃ!!」
思わぬ事態に動揺する中、アウラの言葉を耳にしたオルフェははっと我に返って反論した。
「ですが母上!」
クロトの存在が自分達の計画にとって障害になるのは確かだが、あんな見え透いた挑発に乗せられて対応する必要はない。
しかしかつてブルーコスモスの襲撃を受けた際に浴びた薬剤で子どものような姿に変わり、その後も成長しない無力な身体になってしまったアウラは、ブルーコスモスと決別してもなお象徴的な人物であるクロトの挑発を見過ごすことができなかった。
「撃て! わらわの命令じゃぞ!!」
アウラはファウンデーションの最高権力者としての立場を利用してオルフェの制止を振り切り、躊躇している部下に強硬な態度で命令した。
「馬鹿な……」
ダイダロス基地に設置されたレクイエムから、絶大な高エネルギーが発射された。
するとその反応を察知したのか、上昇中だったミレニアムは急激に減速してほとんど制止状態になりながら、その場でふわりとバレルロールした。
目標をオーブからミレニアムに変更し、発射された絶大な光の奔流はその船体を捉えられず空を切り、その足元に広がる海で炸裂して巨大な水蒸気爆発を起こした。
直後にミレニアムの艦首から発射された陽電子砲に反応して、進行方向に生じた強烈な電磁波が引き起こす瞬間的な真空状態が発生する。
そこに周囲の大気が津波のように一気に流れ込み、その流れに乗るようにミレニアムの船体は急加速する。
そして全てのスラスターを全開で稼働すると、ミレニアムは一気に宇宙へと駆け上がっていった。
「ミレニアムをロスト! 電磁パルスの影響かと!」
オペレーターの報告を聞き、オルフェは思わずコンソールを殴り付けた。
陽電子砲によって生じた強烈な電磁パルスが計測機器を撹乱し、ミレニアムの位置を見失ってしまったのだ。
「なんという屈辱じゃ!」
地団駄を踏むアウラに、オルフェは頭を抱えた。
あのタイミングでクロトが顔を出して自分達を挑発したのは、レクイエムをミレニアムに撃たせてオーブの危機を救うためだったのだ。
広大で動かないオーブ首都と異なり、標的としてはあまりにも小さい上に高速で動くミレニアムに命中させるのは、それこそ飛翔するミサイルを迎撃する以上に至難の技だ。
もちろん命中すれば事態は解決するし、アウラの命令とはいえそれなりに命中する目算もあったのだろうが、それでも自分達は賭けに敗れたのだ。
少なくともあのままオーブを撃っていれば、たとえどれほどの奇跡が起こったとしても引き分け以上の結果には持ち込めたはずだ。
「くそっ!!」
オルフェは自分の誤算を悔やみながら叫んだ。
クロト・ブエルが生きており、今回もまんまと生き延びてしまったこと。あの男が生きている限り、プラント以外の国家が自分達の勧告を素直に受け入れるとは思えない。
次にオーブを撃ちそこねたこと。これでオーブに時間を与えてしまった。
オーブはこの時間を利用して国民を避難させると共に、地球連合軍の残存部隊と共に反撃を開始するだろう。
どうやら泳がされていたらしいオーブ国内に潜伏していた諜報員からの連絡が途絶えた今、その動きをこちらが察知する手段はない。
まずは行方を眩ましたミレニアムの足取りを追わなければ。
焦燥感に包まれながら次の手を考えていたオルフェに、付き従うように寄り添っていたラクスは優しい声で言った。
「ですが、彼らの意図は分かります」
こんなことになるなら連れてくるんじゃなかったと後悔を隠し切れないオルフェをよそに、ラクスは確信に満ちた手付きでモニターを指差した。
「彼らはレクイエムの攻略と見せかけてアルテミスを強襲し、私を奪還するつもりだと思います。私を確保すればファウンデーション軍はともかく、レクイエムを防衛しているザフト艦隊は統制を失うでしょうから」
その澄み切ったラクスの声には、微塵も揺らぎを感じなかった。
クロトの生存を知ったにもかかわらず、ラクスの心は完全に自分に向けられていることをオルフェは理解した。
奴らの知っているラクスは──あの下等種族を愛しているなどと言い、最後の瞬間まで自分の愛を拒絶しようとした馬鹿な女は、もうこの世には存在しないようだった。
「どういう作戦かは分かりませんが、私が“グルヴェイグ”に乗り込めば何の問題もないと思います。
どこか不穏な言葉を口にしたラクスに、オルフェは僅かにかぶりを振った。
自分達の求めていた理想の“ラクス・クライン”として完全に心を屈服させたはずなのに、まだあの男の名を未練がましく口にするのか。
「その通りです、姫」
オルフェは湧き上がる動揺を押し殺し、茶番は終わったとばかりにいち早く部屋を退出しようとしていたシュラに声をかけた。
「ヤツが現れたら、今度こそ確実に殺せ。お前の価値を、最強の戦士であることを証明してみせろ!」
シュラは不敵に笑うと、確信に満ちた口調で言った。
「当然だ。俺の受けた屈辱は、ヤツの死をもってしか拭えない」
オルフェは騒然としている管制室を去ったシュラを無言で見送った。
ラクスの予想が必ずしも正しいとは限らないが、レクイエムに向かうミレニアムを囮にアルテミスを強襲する作戦は十分に警戒しなければならないものだ。
しかし予想が外れて戦力を一点集中させたミレニアムにレクイエム防衛網を突破されるようなことがあっては、何の意味もない。
とはいえこの場にシュラとイングリットを残しておけば、たとえクロトが現れたとしても何の問題もないだろう。
万が一のときは、元々キラの専用機として造ったドラグーン特化型機“ドゥルガー”も用意している。
ラクス次第では引き続きカルラのサブパイロットを務める予定だったイングリットであれば、その随伴機である大型ドラグーン“ジグラート”も含めて十分に使いこなせるだろう。
奴さえ殺してしまえば、何の問題もない。
永い分断と流血の歴史を終わらせ、世界を導くのはこのアコードの王たるオルフェ・ラム・タオと、その運命の相手であるラクス・クラインなのだから。
原作を踏襲するならジャスティス、あるいはハイペリオンと連携するのが自然ですが、本作ではレイダー×ストライクが最優先なので、カガリの支援を受けるのはストライクレイダーです。
とんでもないことになったラクス様ですが、とりあえずアルテミスでは救出不可能です。
ブラックナイツスコードドゥルガー
概要:ファウンデーションが用意したキラ専用機(実質的にイングリット専用機)。基本装備はルドラとほぼ同じだが、カルラと同様にジグラートを随伴させている。
元ネタはシヴァ神の神妃“ドゥルガー”で、カラーリングはシヴァの赤い部分を青に変更したイメージです。
【朗報】核攻撃で死亡したクロト・ブエルさん、元気にミレニアムをハイジャックして勝利宣言!!