逆襲のクロト   作:皐月莢

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決戦の序曲

 マリュー率いるミレニアムは第1関門であるオーブ壊滅の阻止と大気圏離脱に成功したが、他の戦況は絶望的だった。

 現在、レクイエムの無力化を目標としたクロトに立ち塞がるファウンデーション・ザフト連合艦隊は巨大で、特に二つの部隊が際立っていた。

 一つは月の裏側方面に展開するザフト艦隊を中心としたレクイエム防衛部隊で、もう一つは月の正面に展開する惑星間航宙戦艦“グルヴェイグ”を旗艦とするファウンデーション主力艦隊だ。どちらも真正面から戦っては、レクイエムを無力化出来る可能性は限りなく低かった。

 レクイエムを攻略するため“ドミニオン”を旗艦とする地球軍の残存艦隊と、オーブ月艦隊の一部がジャガンナート率いるレクイエム防衛軍と交戦を開始していたが、主力部隊の大半を失った地球軍は苦戦を強いられていた。この絶望的な戦況を覆すため、クロトは囚われたラクスたちを救出し、ザフト軍を切り崩す必要があった。

 ミレニアムの格納庫では、キャバリアーアイフリッドとハイペリオンが合体した“スーパーハイペリオン”の発進準備が進行中だった。

 そしてハイペリオンが抱きかかえるように、ストライクレイダーを固定する作業が同時並行で行われていた。

 パイロットスーツに着替えたクロトとアスランがピリピリした雰囲気で現れると、二人が率いる別働隊を見送ろうと格納庫に集まったクルーに緊張が走った。しかしそんな張り詰めた雰囲気を切り裂くように、デスティニーの最終調整を行っていたシンが姿を現した。

 

「全部終わったら、どっか美味いメシでも連れてってくださいね」

 

 クロトはシンの思わぬ言葉にきょとんとしたが、すぐに顔を綻ばせた。

 

「そうだな。ミレニアムは任せた」

「はい!!」

 

 満面の笑みを浮かべたシンに続いて、周囲に集まっていたクルーがクロトたちに口々に声を掛ける。

 

「私、お肉がいいです、オーブの自然で育った美味しいお肉!」

「お肉とお酒にはうるさいんですけど、大丈夫ですか?」

 

 ルナマリアが小気味のいい声で提案すると、アグネスが挑発的な態度で尋ねた。

 

「心配するな、アグネス。アスハ代表ならいい店を知ってるだろう」

「いいねぇ。タダで飲む酒は最高なんだよな〜」

 

 レイが皮肉混じりの声で返答すると、ムウが笑顔で同意する。

 

「どうせキラの奢りなんじゃないのか?」

 

 そして一連の会話を聞いていたアスランが、やや呆れた口調でクロトに言った。

 

 これから先は、クロトとアスランが率いる別働隊はミレニアムを離れて単独行動を取ることになっている。

 キャバリアーに搭載されたミラージュコロイドステルスを利用して敵の探知を避けながら、難攻不落のアルテミス要塞を攻略しなければならない。

 そのため防衛軍をストライクレイダー1機で釣り出して足止めしながら、どこかに囚われているラクスたちを救出する必要があるのだ。

 一方でミレニアム本隊は別働隊の囮として機能し、月方面へと直進する。

 彼らの役割は、ラクスの救出を妨げるファウンデーション主力艦隊を引きつけ、その防衛線を突破することだった。

 

「とんだとばっちりに巻き込まれてしまいましたねぇ」

 

 ムルタ・アズラエルは、賑やかに見送られているクロトを眼下に見ながら忌々しそうに言った。

 オーブの不穏な情勢を感じて大西洋連邦に戻ろうと思っていたところを、ラウの手引きによってミレニアムに連行され、そのままハイジャックの人質にされてしまったのだ。

 一連の武力行使に対する大西洋連邦からの事後承認を取り付けるためとはいえ、こんな強引な手口で戦場に連れて行かれるとは思ってもいなかった。

 

「避難シャトルの用意はあるが、どうするかね?」

「乗りかかった船ですし、遠慮しておきますよ。地上に戻ったって安全とは言えませんし」

 

 ラウが避難シャトルの用意を伝えると、ムルタは肩を竦めて答えた。

 ファウンデーションの野望を阻止するために立ち上がったクロトたちが敗れた場合、企業人としてのムルタ・アズラエルの運命も破滅が確実だ。

 もしも運命計画が実行されれば、かつてロゴスのメンバーやアズラエル財閥の御曹司、そして“ネオ・ブルーコスモス”の盟主として築いた全ての地位や財産は剥奪されるだろう。

 彼らの描く“アコード”が支配する世界では、彼のような絶対的な才能に劣るナチュラルに居場所は存在しないのだから。

 なんならオーブを撃った次の目標は、ムルタの住むデトロイトの可能性も十分考えられる。

 世界最大の都市であるデトロイトを撃てば、先立ってモスクワが壊滅したことと合わせて地球連合は完全に崩壊するのだから。

 

「しかし、よくもまぁこんな訳のわからない連中を揃えたものですねぇ」

 

 ムルタ・アズラエルは不満げに眼下のクルーたちを見下ろした。

 これは地球連合軍の元生体CPUであるクロト・ブエルを中心とした、異なる背景を持つ者たちの集まりだった。

 パトリック・ザラの息子であるアスラン。

 ギルバート・デュランダルに見出された“ミネルバ”のクルー。

 デュエイン・ハルバートンが育て上げた“アークエンジェル”のクルー。

 最後にファントムペインに所属していた元“ロアノーク隊”のメンバーたち。

 本来であれば決して交わることのなかった存在たちが、ファウンデーションの野望を阻止するという1つの目標に向かって団結していたのだ。

 

「それは同感だ」

 

 ラウはムルタの言葉に同意を示すと、静かに頷いた。

 確かにこの場に存在する者たちが一堂に会すること自体が、クロト・ブエルの存在がなければ有り得ない出来事だった。

 特に地球連合軍の闇を象徴する生体CPUたちは、クロトがいなければ全員死亡していただろうし、たとえ奇跡的に生き延びたとしてもコンパスに協力することはなかっただろう。

 彼らを救ったキラにせよ、クロトがいなければその境遇に同情する程度だった筈だ。それ以外の人間なら、尚更のことだろう。

 もちろん自分もネオ・ロアノークになったとして、ラウ・ル・クルーゼを名乗っていた時と同様に刹那的な余生を送っていたと断言出来る。

 かつて人類初のコーディネイター、ジョージ・グレンはコーディネイターを“地球と宇宙との架け橋、そして人の現在と未来の間に立つ調整者”と定義した。

 結果的に世界を混乱させた上に今もどこかで生きているらしいジョージ本人はもちろん、究極のコーディネイター“アコード”の頂点である“オルフェ・ラム・タオ”や“ラクス・クライン”を差し置いて本来の意味での調整者に近いのは、皮肉にもコーディネイターを滅ぼす為に造られた生体CPUの少年だったというわけだ。

 

「そろそろ出るぞ」

 

 カナードがハイペリオンのコクピットから頭を出して声をかけると、その奥からアウル・ニーダとスティング・オークレーの声が聞こえた。

 

「あのさぁ、下着くらい片付けなよって言ったよねぇ!?」

「カナードに言っても無駄だ。その辺で干さなくなっただけマシらしいからな」

 

 たった3人でアーモリーワンを強襲し、セカンドステージシリーズの奪取に成功した元ロアノーク隊の少年達も、その戦闘能力を見込まれてアルテミス攻略組に抜擢されたのだ。

 一方でメイリン・ホークは玩具を与えられた子供のような目で、キャバリアーのコクピットに設置されたコンソールを叩きながら楽しそうに言った。

 

「こんな面白いものがあるなら、私も入ろっかなぁ。今度ターミナルの偉い人に推薦してくださいよ」

「ダメ。ステラが先」

 

 オーブが製造したその内の1機をターミナルに供与していたキャバリアーは、モビルスーツと直接連携が可能な小型移動指揮所機能を有している支援兵器だ。

 電子戦用装備も充実しており、その性能を活かして単独で宇宙要塞をハッキングすることすら可能な性能を有していたのだ。

 ハッカーとしての技量はキラに匹敵する上に、プライベートでもキラと親しかったメイリンは、元ミネルバの通信士であるアビー・ウィンザーに通信士の座を譲り、ステラと共にキャバリアーのパイロットに志願してくれたのだ。

 

「ははっ」

 

 クロトは笑った。

 この人種差別を根源とした争いの連鎖は、まったく終わりが見えない。

 キラを自分と出会う前の優しい世界に戻すことは不可能で、その為に戦い続けることも無意味なのかもしれない。

 たとえアウラとオルフェの野望を阻止したとしても、実際にファウンデーションで起こった悲劇や、ユーラシアで起こった惨事をなかったことにはできない。

 自分にはどうすればいいのかわからないし、自分の力など無力かもしれないが、それでも出来ることもあるらしい。

 やがてミレニアムから出撃したスーパーハイペリオンはミラージュコロイドを展開し、静かにその姿を消しながらアルテミスに向かって進み始めた。

 

 

 

 オルフェの予測どおり、ファウンデーションの警戒網が再び捉えたのは、月に向かって一直線に進むミレニアムと思しき反応だった。

 その航路はアルテミス宙域から月正面側に広がるファウンデーション主力艦隊の間を縫うようにして設定され、戦線を一気に突破するルートだった。

 その大胆不敵な戦略の背後には、月裏側の地球連合軍・オーブ軍を迎撃するため手薄になったレクイエム防衛軍を迂回し、レクイエム本体を攻略する意図があることが読み取れた。

 もしミレニアムがその戦力を一点集中させているのなら、ファウンデーション主力艦隊は戦線を破られるリスクに直面している。

 レイ・ザ・バレルやシン・アスカ。

 当時は独立運動でそれどころではなかったとはいえ、ギルバート・デュランダルが自分達を差し置いて抜擢した戦士達を有しており、実際に自分達の仕掛けた核攻撃を生き延びたミレニアムを侮るわけにはいかない。

 クロト・ブエルの存在もまた、見逃すわけにはいかない。

 これまでアスラン・ザラの陰に隠れており、実際にコンパスの中でも最強という訳ではなかったが、実際には誰よりも危険な存在だった。母と自分達を侮辱し、現在もラクスの愛を独占しているあの下等種族は、必ず排除しなければならない。

 

「そろそろ貴女も理解したでしょう。あの男など忘れて、自分の運命を受け入れるべきではないのですか?」

 

 一方でシュラをアルテミスの護衛に残し、月に向かったオルフェを見送ったイングリットは、再びキラの部屋を訪れていた。

 あの後、どれほど求められてもオルフェを拒絶し続けたラクスはアウラの怒りを買い、やがてその心の大部分を消去されてしまった。現在、オルフェに付き従っているラクスはそれまで彼女を構成していたものの残滓に、オルフェが望む彼女の姿を刷り込んだようなものだ。

 こういう言い方は嫌だが──ラクスがクロトに愛されていたのであれば、それを拠り所にオルフェの力に抗うことができたかもしれない。

 しかしラクスはクロトに愛されなかったという心の隙を突かれ、遂にオルフェの支配下に落ちてしまったのだ。

 クロトが生存していることを知っても、動じることなくオルフェに優しく寄り添っていたラクスの姿は、本来あるべき姿に戻ったように見えた。

 それなのにイングリットの心は晴れるどころか、むしろ迷いが増していた。

 アウラが常々自分達に言い聞かせているように、人は必要だから誰かを愛するものだ。そんなことは重々理解している。

 だが、最期の瞬間まで自分を愛していない男を愛しているなどと言い、生まれる前から定められた運命の相手を必死に拒もうとしたラクスは存在してはならないのか? 

 ならば本来の役割を超えてオルフェを愛している自分も、存在してはならないのかという疑問に苛まれていた。

 

「……だったら貴女は、必要じゃない人は愛せないの?」

 

 そんなイングリットを諭すように、キラは静かに言った。

 たしかに最初は、自分と似たような境遇のクロトに自分自身を重ねていた。

 だからアークエンジェルでもクロトと一緒にいる時だけは、孤独も、不安も感じることはなかった。つまり必要だと感じたから、クロトに惹かれたのかもしれない。

 それは決して否定出来ない。

 後にクロトは否定したが、ヘリオポリスが襲撃された日から始まった過酷な戦いを、自分はクロトがいたから乗り越えられたと感じていた。

 本来死亡するはずだったマーシャル諸島での戦いも、クロトがいたから自分は生き延びることが出来た。

 そう思っていた。

 だけどクロトのいない世界線でも、自分は生き延びていたのかもしれない。

 コンパスのメンバーを募集する時、ラクスはクロトの知るフリーダムのパイロットと思しき存在を探したが、結局見つからなかった。

 きっとフリーダムのパイロットは、大怪我を負って少年のような声しか出せなくなった自分だったのだ。そうでなければ、クロトの語った彼の行動は説明が付かない。

 つまり自分は、結局死ななかったのだ。

 クロト・ブエルが存在しなければ、おそらく自分はオーブ解放作戦でアスランを受け入れていた。

 そうなればヤキン・ドゥーエで自爆しようとした自分を、アスランはこの世界線と同様に救ってくれただろう。

 もしも第2次連合・プラント大戦が起こっていたとしても、自分とアスランならデュランダルの野望を阻止出来ただろう。

 クロトがいなくてもラクスは不測の事態に備えて何らかのモビルスーツを用意していただろうし、自分ならラクスを狙う刺客を排除することも、カガリをセイラン家の魔の手から救い出すことも十分可能だった筈だ。

 アスランと2人でロアノーク隊を、シンを、レイを、アルを、デュランダルを討ち、結局のところ世界はほとんど変わらない形になっていたと思う。

 そこから先の未来は流石にこの世界線とは大きく離れているだろうが、きっとキラ・ヤマトの人生にクロト・ブエルの存在は必要なかった。

 それでも。だからこそ。

 

「必要じゃなかったとしても、私はクロトを愛している」

 

 キラの理解不能な言葉に、イングリットは激昂した。

 

「ふざけないで!! 彼はあなたが望むものを何も創れない! あんな男が、あなたのそばにいる資格はない!」

 

 国際救難チャンネルを使ってアウラと自分達を侮辱し、世界を救うために苦悩しているオルフェの抹殺を宣言したあの野良犬のような男を愛しているなどと、ラクスだろうとキラだろうと絶対に許されないことだ。怒りを露わにしたイングリットに、キラは静かに反論した。

 

「……愛に資格があるなら、私たちには誰も愛する資格なんてないよ」

 

 キラの憂いを帯びたような言葉は、アウラ・マハ・ハイバルが創り出した“アコード”や、ユーレン・ヒビキが創り出した“スーパーコーディネイター”のように、より良い世界を目指すために必要だからと行われた試みが、実際には数え切れない命を犠牲にしてきた事実を思い出させた。

 もしも誰かが誰かを愛することに資格が必要だというのなら、それはキラの言葉通りイングリットたちには最も許されないものだ。

 

「そんな……私は……」

 

 言葉を失うイングリットに、キラは静かに問い返した。

 

「貴女も、誰かを愛しているの?」

 

 これまで一緒にいた仲間にすら悟らせないように、固く心の中を閉ざし、これまで隠し続けてきた私の想いが、ラクスどころかアコードではないキラに見抜かれてしまうなんて。

 まるで心の中を見透かされたように感じたイングリットは、思わず息を呑んだ。




アルテミス奇襲組

足止め役:アスラン
救出役 :クロト、カナード、スティング、アウル
サポート:ステラ、メイリン

いきなりメンバーに組み込まれたメイリンですが、慣れない機体でシュラを足止め出来るのはアスラン、内部構造に詳しいのはカナード、あとは戦闘要員ばかりなので当然ですね。

また本作の要だったフリーダム問題を回収出来ました。

必要じゃなくても愛していると語ったキラ、クロトがいなければ生体CPUは全滅していたと語るラウで纏まったんじゃないでしょうか。
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