逆襲のクロト   作:皐月莢

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自由の幻想

 ハイペリオンがその全身に纏ったミラージュコロイドで姿を完全に隠しながら、アルテミス要塞の索敵範囲の手前付近に到達していた。

 ここから先は、更に別働隊を分割する必要がある。

 ハイペリオンはミラージュコロイドを駆使して先行し、要塞の近くまで接近する。

 レイダーはこの場所に残り、遅れて突入することでその存在を敵に探知させて敵を外部に誘い出す。そしてアルテミスの傘と呼ばれる全方位光波防御帯を解除させることによって、ハイペリオンの要塞内部への侵入を可能にする作戦だった。

 上手く要塞に侵入してセキュリティシステムをハッキングして無力化することに成功すれば、敵の施設を内部から破壊する。

 そしてどこかに囚われているだろうキラとラクスを救出し、敵に包囲される前に脱出する。

 徐々にメンバーの緊張感が高まる中、クロトはキャバリアーの壁に映っている自分の顔を見た。

 それは本当は何の価値もなかった、役立たずな負け犬の顔だった。

 すると不意に嫌な記憶が脳裏を過った。

 コンパス総裁に就任したラクスの要望を受け、実行部隊の隊長に指名されたクロトが行った最初の業務はそのメンバーの選抜だった。

 しかし実行部隊の選抜は遅々として進まなかった。

 しょせんは三ヶ国の実行部隊に過ぎない存在で、それもラクスの知名度と信用を頼りにした、ナチュラルとコーディネイターの混成部隊だったからだ。

 大戦時からデュランダルの息が掛かっていると噂された、元ミネルバ組のシン・アスカ、ルナマリア・ホーク。

 そしてクロトの元同僚であるシャニ・アンドラスやオルガ・サブナックといった元々知り合いだった者を除けば、元々ターミナルの構成員だったヒルダ・ハーケンやその元部下、シンやルナマリアの同期らしいアグネス・ギーベンラートといった訳アリのメンバーしか集まらなかったのだ。

 遺伝子至上主義者のギルバート・デュランダルすらミネルバから排除したアグネスだろうと、深刻な人材不足に悩んでいたコンパスにとっては貴重な戦力だった。コンパスの実行部隊に何よりも求められる能力は、どれだけ鎮圧しても一向に減らないブルーコスモス残党軍や、暴走するザフト軍を制圧出来る戦闘能力だったからだ。

 流石にあのような暴行未遂を行うとまでは思っていなかったが、多少の問題行動は織り込み済みだった。

 そんなある日のことだった。クロトはふと、重大な疑問に気づいた。

 

 ──そういえば“フリーダム”は誰なんだろう? 

 

 かつて“オペレーション・スピットプレイク”の最中、アラスカ基地に突如現れた正体不明のパイロット“フリーダム”は、その後も地球連合軍とクロトの前に何度も立ち塞がった。

 彼がいなければ、第一次連合・プラント大戦は人類滅亡という結末で終わっていただろう。

 この世界線ではキラに取って代わられたものの、別の世界線ではラクスの剣として活躍したその人物は、コンパスにとって間違いなく戦力となり得るはずだった。

 そう考えてキラと探し始めたのが、全ての始まりだった。

 状況から推測するとクライン派に所属する一方で、オーブとも繋がりがあるザフトのエースパイロット。

 しかしこの世界線では、彼が既に亡くなっている可能性も否定できなかった。クロトが生死を問わず情報を探っても、彼の存在を突き止めることはできなかった。

 それどころか、可能性を感じる者すら見つからなかった。

 

 ──真っ先にその可能性を除外した、キラ・ヤマト以外には。

 

 当時の激化する戦況の中で、どの陣営にも属さない覚悟で1人でも戦おうとする強い意志と、それを実現させるだけの力を持つ者。

 その両方を兼ね備えていたのは、皮肉にもクロトが決死の覚悟で命を救おうとしたキラ以外に存在しなかったのだ。

 クロト・ブエルの戦いは無意味だった。

 もちろん別の世界線では死亡したオルガやシャニ、ドミニオンのクルーたちを救うことは出来たのだろう。

 そして確証こそないが、ロドニアの研究所にいたままであれば生体CPUとして使い潰されるだけだったステラも救えたのだろう。

 だが、クロト・ブエルはキラに必要な存在ではなかった。キラに愛される資格などなかった。

 唯一の特技であるモビルスーツの操縦技術ですら、あの世界ではキラと結ばれたのだろうアスランに遠く及ばないのだから。

 

「また馬鹿なことを考えているのか?」

 

 アスランは出撃準備が完了したストライクレイダーに乗り込みながら、無愛想に言い放った。

 計画を成功させるために重要なのは、ハイペリオンがアルテミス要塞を攻略するまで、ブラックナイツら防衛軍の集中攻撃をたった1機で耐え抜かなければならないことだ。

 その気になれば強引に“アルテミスの傘”を突破することも可能な上に、先日あれほど挑発したのだから誘導までは成功するだろうが、その後にレクイエムを防衛しているファウンデーション主力艦隊との決戦が控えている以上、失敗は絶対に許されない状況だった。

 

「別に。やっぱ囮役は僕の方が良かったんじゃねーのってだけだ」

 

 クロトは苛立ちを隠しきれず、舌打ちをしながら呟いた。

 アコードにとって最重要人物であるラクスはそれなりに高待遇を受けているだろうが、キラの状況はまったくの不明だ。

 仮に無事だったとしても、洗脳能力を持つアコードの手中に囚われていた以上、彼女の精神状態は正常かどうか見当も付かない。

 最悪、背中から撃たれる可能性もあるだろう。

 それを正確に見極めるためには、クロト自身が救出に向かうしかなかったのだ。

 

「心配するな。たとえブラックナイツの連中が勢揃いしたとしても、お前たちが脱出するまで時間を稼いでやる」

「チッ。つまんねーヤツ」

 

 アスランの断言するような口調に、クロトはさらに苛立ちを深めながら返答した。

 レイダーはパイロットの技量次第でデスティニーのような専用機とも互角に戦える一方で、その操作性の良さからナチュラルでも操縦可能な傑作機だ。

 ましてその兄弟機である“イージス”に乗っていたアスランなら、クロトと大差ない水準で操縦出来るだろう。

 それでもどこか、理不尽な反発心を抱いてしまう。

 これまでどんな絶望的な状況でも自分と共に戦ってきたレイダーは、やはり唯一無二の相棒だったのだ。

 

「俺も今回の件がなければ、墓まで持って行くつもりだったんだがな。……2人を頼んだぞ」

 

 アスランは深刻な面持ちで操縦桿を握り込むと、黒と白の鮮やかなVPS装甲を纏ったレイダーを発進させた。

 

 

 

 

「やるな、海賊風情が!!」

 

 オルフェは相対するミレニアムに、吐き捨てるように言った。

 行方を眩ましたミレニアムは予想通り、月の正面側に展開していたファウンデーション主力艦隊に向かって一直線に突撃した。

 ミレニアムは地球から月までの距離を最高速で駆け抜けることで生じる、通常のミサイルを遥かに超えるスピードを武器にしていた。そのスピードと圧倒的な威力を誇る陽電子砲を駆使し、一点突破を試みるミレニアムに対して、オルフェはファウンデーション艦隊の陣形を敢えて広げながら火線を一点に集中させた。

 しかしミレニアムは秘密兵器である使い捨てのジェル状特殊装甲を展開して無傷で敵の集中砲火を凌ぎ切り、超高速で包囲網を突破してしまったのだ。

 その後すれ違いざまに放たれたビームと、現在レクイエム防衛軍と交戦している地球軍残存艦隊の指揮官が得意とする対艦ミサイルの時間差攻撃によって、ファウンデーション艦隊のあちこちで爆発が起こった。しかしこのような小賢しい戦術で、自分達アコードに本気で勝てると思っているらしい。

 旗艦グルヴェイグの艦橋にも動揺が走る中、オルフェは迅速に追撃命令を下した。

 

「左ドリフト! 相対速度、合わせ!」

 

 マリューの高らかな声がCICに響き渡る。

 自分達はファウンデーション主力艦隊を引き付ける囮であることは重々承知しているが、それだけで満足するつもりはない。

 マリューは進行方向に放たれた無数の超高速誘導弾に迎撃用ミサイルを次々発射し続けながら、背後から迫り来るファウンデーション艦隊に対して回頭を行った。

 やがて敵艦隊全体の配置を一望したマリューは、格納庫で待機していたパイロットたちに発進命令を下した。

 

〈──カタパルト接続。全システムオンライン。超伝導キャパシタ1番から10番、臨界到達。誘導システム異常なし〉

 

 メイリンに代わって通信士に選ばれたアビー・ウィンザーのアナウンスが流れる中、シンはデスティニーをカタパルトへと進めていた。

 本来ゲルルグメナースの装備である試製35式改レールガンを装備し、ビームライフルを無効化するブラックナイトスコードの対策は万全だった。

 最新鋭機のイモータルジャスティスと比較すれば、デスティニーは純粋な対モビルスーツ戦においては見劣りしてしまう。しかしシンの能力に合わせて特別な調整が施された機体は、やはり使いやすさにおいては他の追随を許さなかった。

 それに普段は平気な顔をしていたのに、本当はずっと苦しんでいたクロトに言われたのだ。

 ミレニアムを頼むと。

 世界を救ってもなお、今にも壊れてしまいそうなほどの自責の念を抱いていたクロトに。

 だったらアコードだかなんだか知らないが、あんな自作自演で大虐殺を実行して恥じない連中なんかに負ける訳にはいかない。

 

〈シン・アスカ。デスティニー、行きます!〉

 

 シンはカタパルトへの接続を確認すると、意気揚々と前方を見つめながら高らかに宣言した。

 動力を強化し、カラーリングを変更したデスティニーが先頭を切って発進した。

 その後をレイのズゴック、ルナマリアのインパルス、アグネスのギャンが追い、一斉に飛び出していった。

 これらのモビルスーツ以外には、別働隊の作戦成功と連動してスーパーハイペリオンと合流するようプログラムが施されたジャスティスと、未完成のまま格納庫に放置された“プラウドディフェンダー”だけが残されていた。

 

「万が一のときはコイツで出ていいって話だけど、てっきり私がギャンだと思ってたよ!」

 

 ヒルダはジャスティスを見上げながら、愚痴を零した。

 先日の戦闘でコンパスが保有するモビルスーツの大半が失われてしまったため、ヒルダの使用可能な機体は残っていなかった。唯一ミレニアムに残っていたルナマリアのゲルルグメナースも、至近距離で核爆発を受けたことで大破してしまったのだ。

 そしてミレニアムに搭載されていたインパルスの基本シルエットが射出され、インパルスは対艦戦闘・砲撃戦に特化したブラストユニットを装備する。

 

〈そんな水中用の機体より、ジャスティスの方が良かったんじゃないのか?〉

 

 シンは追随しながら機体を加速させているレイに言った。

 そのターミナルが用意した潜入・工作用モビルスーツ“ズゴック”は装甲内部にトゲ付きの巨大な円盤型メインスラスターを搭載し、その上からフライトユニットを装備することでデスティニーに匹敵する運動性能を獲得しているが、それでも宇宙戦に適した機体とは思えなかった。

 

〈心配するな。俺もこっちの方が合っている〉

 

 レイは平然と応答する中、ルナマリアはコクピットで頭を抱えていた。

 たった4機でファウンデーションの誇るブラックナイトスコードを含む10倍以上の戦力と対抗する必要があるのに、この緊張感のなさは何なのか。

 だが、不思議と負ける気がしないのも事実だ。

 

「メインブリッジ、戦闘モードへ移行!」

 

 戦闘用スーツに着替えたマリューが指示を飛ばした直後、天井のハッチが開いて艦長席と操舵席が上昇した。

 艦橋上部の空間にシートが収納され、まるで全天周囲モニターのように広がっている視界が、マリューとノイマンに今まで以上の緊張感をもたらした。

 

 

 

 ミレニアムからモビルスーツの発艦を確認したオルフェは、モニターに表示された4機の姿にじっと視線を注いでいた。

 デスティニー、ズゴック、インパルス、ギャン。

 オルフェは精神の触手を伸ばし、これらの機体を操っているパイロットたちのその周辺を探った。

 まだ距離が遠すぎるため断言出来ないが、こちらに向かってくるモビルスーツの中にレイダーの姿は確認出来ず、他の機体に搭乗しているような気配も感じられなかった。

 

「どうやらクロト様はアルテミスに向かったようですね」

「そのようですね、姫」

 

 憐憫と憎悪の混ざり合った感情を含ませたラクスの言葉に、オルフェは苦笑いを浮かべながら肯定した。

 ラクスの予測通り、ミレニアムは最優先目標が不在となったアルテミス要塞を攻略するために、ただでさえ限られた戦力を二手に分けてしまっていた。

 ミレニアムの防衛に全モビルスーツを集結させていれば、アウラを守るためシュラとイングリットを欠いたファウンデーション艦隊に対して勝機があったかもしれないのに。

 これではイングリットの代わりにカルラのサブパイロットとしての訓練も、ラクスには不要だったようだ。

 しょせんは愚かなナチュラルなど、この程度の浅知恵しか浮かばなかったらしい。

 

 一方アルテミス要塞の司令室では、けたたましい警報が鳴り響いていた。

 オペレーターがモニターを急いで切り替えると、画面の中央には一直線に向かって来る人面鳥のような姿をしたモビルスーツが映し出されていた。

 

「レイダーです!」

「……本当に現れるとはな」

 

 オペレーターが叫ぶと、シュラは失望したような表情で呆れたように言った。

 こちらの位置情報を把握していたのは驚きだが、まさかレイダー1機だけで現れるとは考えてもみなかった。

 探知可能な範囲内には、レイダーを支援する母艦も随伴機も存在しない。

 どうやらクロトはミレニアムを離れ、たった1機でアルテミス要塞を落とすために現れたらしい。もちろん最大出力でビームシールドを展開するなど“アルテミスの傘”を突破する算段は付けているのだろうが、そこから先はどうするつもりなのか。

 

 ──まさか自分を含めたアルテミス防衛軍を、1人で葬り去るつもりなのか? 

 

 それはあまりにも無謀だ。単なる自殺行為どころか、わざわざ殺されに来たようなものだ。

 

「やはり猿は猿じゃな。たった1機で我らに挑もうとするとは、笑わせてくれるではないか」

 

 アウラは扇を広げると、そんなクロトを嘲笑しながら僅かに顔を顰めた。

 しかしこんな挑発に乗って全軍を出動させるのは、過去の自分がユーレンに嫉妬したときのように、まるで真の天才には敵わないことを認めるようで癪に障る。

 そんなアウラの意を受けて、シュラは仰々しく頭を下げた。

 

「ならば集団で対するは愚かと。私が参ります」

 

 自信に満ちた声で宣言したシュラに、アウラは満足そうに頷いた。純粋な戦闘能力においてはオルフェをも凌駕し、実際にクロトに勝利したシュラなら確実に仕留めることが出来るだろう。

 

「姫を穢した下賤な猿を、完膚なきまでに叩き潰してやるがよい」

「は!」

 

 シュラは短く返した。

 何にせよ、クロトと決着を付けるには千載一遇の好機だ。

 史上最強の戦士“シュラ・サーペンタイン”か、ナチュラル最強の戦士“クロト・ブエル”か。

 どちらが最強で、どちらがあの女に相応しいのかはっきりと教えてやる。

 アルテミス要塞を覆っている全方位光波防御帯の一区画が、シュラが操縦するシヴァが通り抜ける僅かな時間だけオフになった。

 

〈よくぞ現れたな!!〉

 

 シュラは通信をオープンにして叫びながら、迫り来るレイダーに向けてシヴァを高速で接近させた。

 レイダーは柄を連結させたビームサーベルで斬り付けるが、シュラはヒートソードを振り下ろして対抗した。シールドで互いの攻撃を防ぎながら、斬り結んだ直後にその場を離脱する。

 背中を向けて間合いを取ろうとするレイダーに対し、シュラはシールドに内蔵したヒートクローを射出した。

 しかしレイダーはそれをビームシールドで防御すると、携行式のレールガンを立て続けに発射する。

 無造作に撃っているように見えて全て急所を狙っている技術は大したものだが、それだけだった。

 

 ──どういうことだ……? 

 

 シュラは違和感を抱きながら、正確に放たれるレールガンの射撃を次々に回避して追撃を続けた。

 単独で挑んできたにもかかわらず、レイダーの戦い方はあまりにも消極的だ。

 てっきり自分を相手にしながら要塞内部に侵入して暴れ回るつもりなのかと考えていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 頑なにビームサーベルと携行式のレールガン以外を使わないどころか、両手が使用出来なくなることを恐れているのかレイダーを可変させる気配すらなかった。

 クロトが最も得意としているのは、自由自在に機体を変型させながらの一撃離脱戦法だ。このような消極的な戦いを続けても、無意味に時間を浪費するだけだ。

 

 俺が他人の心を読めると知っていて、手の内が見抜かれることを恐れているから?

 

 だが、そんな悠長なことをしている余裕などないはずだ。

 大型デブリを挟んで視界から一時的に姿を消したレイダーに対し、シュラはシヴァを一気に前進させ、再び姿を現したレイダーに強烈な斬撃を繰り出した。




存在しないフリーダムの幻想で苦しむクロトは、イングリットと相対して何を語るのか。

ストフリにアスランが乗れたら設定崩壊かもしれませんが、レイダーはナチュラルでも操縦出来る一方、パイロット次第でフリーダムと渡り合える機体なので設定準拠です。

阿井上夫先生から頂いた、
闇堕ちパイスーのラクス様&キラちゃんです。

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