逆襲のクロト   作:皐月莢

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陥落するアルテミス

 シヴァのマントから伸びる無数の斬撃を、レイダーは連結したビームサーベルで迎撃する。

 次の瞬間、ヒートソードの一撃をバックステップでやり過ごそうとするレイダーだが、その動きを見切ったシヴァが前に踏み込む。その袈裟斬りの要領で放たれた一撃は、レイダーをシールドごと吹き飛ばした。それはシュラの尋常ではない技量の高さを示しているようだった。

 この戦いで、シュラはまだ全力を出していない。それにもかかわらずクロトを圧倒しているのだから、勝敗は初めから明らかだった。

 もちろん勝敗の結果など分かりきっていたことだが、それでもやはり最高傑作であるアコードの優秀性を──その創造主である自分の優秀性を示しているようで気分がいい。

 この何も出来ず嬲り殺しにされるクロトの無様な姿を見せてやれば、せいぜい露払いと繁殖位しか役に立たないヒビキの娘も大人しく自らの運命を受け入れるだろう。

 

「なんじゃ? 事故か?」

 

 アウラは首をかしげながら、どこかで起こった突然の爆音に反応した。

 絶対的な防御力を誇る“アルテミスの傘”に守られた司令室にいる彼女は、外部からの敵襲の可能性をまったく考慮していなかった。

 通常、外部から敵が要塞内部に侵入することは考えられない。

 たとえミラージュコロイドを使用したとしても、常時展開されている光波バリアがあるこの要塞への潜入は不可能だからだ。したがって、発生した騒動は事故か、もしくは何かのトラブルである可能性が高いとアウラは考えた。

 

「……まさか」

 

 しかしイングリットの直感は何かがおかしいと告げていた。この得体のしれない胸騒ぎは、本当にシュラと交戦しているクロトに対するものなのだろうか。

 彼女はこれまでの経験から、即座に警戒態勢に入ることを決意した。要塞内部の安全を確保するためには、ドックで起こった異変を迅速に把握する必要がある。

 

「私が対処します」

 

 イングリットは落ち着いた声で宣言し、パイロットスーツに着替えてドックへと急いだ。

 

 アルテミス要塞内部で暴れ回っていたスーパーハイペリオンから、かつて厳戒態勢下のアーモリーワンでセカンドステージシリーズの奪取に成功した3名が降り立った。火の海と化したドックを背景に、彼らの軽快な足音が響き渡る。

 

「作戦成功だ! 私に続け!!」

 

 カナードが叫びながら先頭に立つ。

 彼女の後ろに続く2人は、その機動性と冷静さに信頼を寄せていた。幸いにも要塞の内部構造は以前と変わらず、カナードは熟知した地形を利用して迅速に進んだ。

 突如として現れた彼らの姿に、ファウンデーションの兵士たちは完全に不意を突かれ、カナードの巧みな2丁拳銃によって次々と蹴散らされていった。

 

「ごめんねぇ! 運がなかったと思ってさぁ!!」

 

 アウルが巨大なリボルバー式拳銃を放つと、その爆撃のような弾丸がコントロールルームを出て3人を迎撃しようとした男たちにバスケットボールが貫通したような大穴を空けた。

 激しい銃声が響く中、最後尾を走っていたスティングは端末ボックスを開けると、持参した装置をケーブルに接続した。接続が完了すると、キャバリアーのコクピットで待機していたメイリンはモニターに映った端末からの情報を確認する。

 

「早くっ、早くっ」

 

 メイリンは迅速にキーボードを操作すると、要塞の制御システムに侵入してコンピューターウイルスを流し込み、制御権を奪取する。

 すぐさま全隔壁を強制的に閉鎖し、クロトは通風口に仕掛けた睡眠ガスを含むハロを大量に吸気システムに流し込む。それを確認したメイリンは、最後に通信システムを遮断した。

 これでしばらくは制御不可能だ。

 

「邪魔をするなぁ──!!」

 

 ステラは再びスーパーハイペリオンを操縦すると、目につく限りの戦艦やモビルスーツを破壊し続けながら、ビームソードで壁に大穴を開けた。

 クロトは通風口からその大穴に向かって跳躍し、要塞の奥深くへと潜入する。

 ここからは更に別行動だ。

 カナードたちは重要区画を手当たり次第に探し回る一方で、クロトはメイリンが用意した探知機を起動した。

 それはトリィとブルーに搭載されており、メインユーザーであるクロトの位置情報を把握している量子紋識別デバイスを逆探知する装置だ。

 幸い、トリィとブルーは無事らしい。もしも運が良ければキラが近くにいる可能性がある。クロトは探知機が示す方向に向かって、最短距離を全速力で駆け抜けた。

 

 どうやら何者かがドックで暴れているらしい。スパイか、もしくは乱心か。

 パイロットスーツに身を包み、ドックへと向かおうとしたイングリットは、周囲の異変に気付いて足を止めた。すると前方で障壁を開けようとしていた兵士が、突如として力なく倒れる様子を目の当たりにした。

 

「これはっ!?」

 

 その光景を見て、イングリットは慌ててヘルメットのバイザーを閉じた。

 これは毒、あるいは催眠ガスか。

 しかしもし敵がラクスの救出を目論んでいるのであれば、催眠ガスの可能性が高い。敵はおそらく空気循環装置を使って催眠ガスを流しているのだろう。この閉ざされた宇宙空間では、単に騒動を起こすよりもよほど効果的な手段だ。

 イングリットは何者かの侵入を確信し、その背後にクロト・ブエルの存在を感じ取った。

 

 ──どうして彼は運命に抗うのか?

 

 イングリットは自問自答した。

 自分達には勝てないと理解しているはずなのに、なぜこんな無意味な行動を取るのか。

 そしてなぜキラは、ラクスは彼を愛していると言ったのだろうか。クロトの能力は我々の足元にも及ばない。それどころか、彼を上回る才能の持ち主などいくらでもいるはずだ。彼の何が彼女達を惹きつけるのか。

 しかし、幸いなことにラクスはこの場にはいない。

 キラを奪われる可能性があるとしても、アコードの成り損ないに過ぎない彼女はラクスほどの影響力など持っていない。

 だから最優先事項は司令室に戻り、アウラを守ることだ。

 自分達の創造主であるアウラは、ある意味でオルフェ以上に重要な存在だ。彼女が敵の手に落ちることだけは絶対に避けなければならない。

 そう理解しながらも、イングリットは外でレイダーと戦闘中のシュラに思念で呼びかけた後、キラの部屋へと急ぎ足で向かった。

 自分でもなぜそうしたのか、わからないままに。

 

 イングリットの声を受けたシュラは、全てを悟って反射的に機体を返そうとした。その隙を突いてレイダーが投擲した破砕球が機体をかすめ、シヴァに強烈な衝撃を与えた。

 

〈アスラン・ザラか!〉

 

 もちろんレイダーの操縦自体は、決して難しい訳ではない。むしろコンパスの実行部隊に選ばれるような人間であれば、誰でも無難に乗りこなせるだろう。

 だが、それでもクロト以外の人間が操縦しているとは思っていなかった。あれほど自分達を挑発したクロトでなければ、アウラも数で圧倒しようとしたはずだ。

 それをギリギリまで悟らせないように、アスランは今まで極力思考を閉ざして単調な戦いを続けていたのだ。

 オープン回線での呼びかけに、アスランは侮蔑を込めて応じた。

 

〈読心術は使えても、お前は使えないようだな?〉

〈殺す!〉

 

 シュラは怒りを露わにすると、猛烈な反撃を開始した。

 多少は驚いたが、不慣れな旧式の機体に乗ったアスランなど敵ではない。

 シュラは怒りに任せてスラスターを最大出力で吹かすと、一気にレイダーとの距離を詰めた。

 しかしアスランが初めて与えられた専用機“イージス”は、レイダーの兄弟機だ。こうした可変機の操縦は、むしろアスランの得意分野だったのだ。

 アスランはレイダーを変形させて距離を取ると、同時にレールガンを発射した。

 シヴァがそれを躱しながら接近すると、アスランはさらに機体を変形させてビームサーベルを振り下ろした。シュラはそれを巧みに避けながら反撃の蹴りを放つが、アスランはビームシールドを展開してそれを防いだ。

 目まぐるしい速度で繰り広げられる激闘に、2人の緊張感は更に高まっていった。

 

 

 

 クロトは背後から迫る敵の気配を察知し、本来は閉鎖されたドアの爆破に使用される爆薬で急造の罠を仕掛けた。しかし、イングリットはその罠を読心術で察知し、巧みに避けた。

 

「私たちの使命を、知っていますか? 私たちは分断と流血の歴史を終わらせ、世界を導くために造られました」

 

 イングリットはテレパシーを使い、クロトに語り掛けた。

 クロトはキラを探しながら、イングリットの言葉に反論した。

 

「使命だかなんだか知らないが、何が世界を導くだ。夢みたいなことを言って、何人殺してきた!?」

「私も、殺したくて殺したわけじゃない!」

 

 イングリットは反論し、さらに叫んだ。

 

「戦うことしかできない貴方に、言えたことなの!?」

「そうかよ!」

 

 クロトは憤りを感じながら、身を乗り出して声の方向に拳銃を乱射した。

 イングリットはその動きを予測していて、クロトの放った弾丸を自らの銃撃で迎撃した。激しい衝撃が廊下に響き、銃弾の破片が周囲に飛び散った。

 

「くっ……」

 

 弾薬を撃ち尽くしたイングリットは、不意に通路を曲がって姿を消した。

 もともとモビルスーツでの戦闘を前提に移動していたため、予備のマガジンを持っていなかったのだ。

 

「待てっ!」

 

 クロトが叫びながら追跡を続けて通路を曲がろうとすると、イングリットが壁に掛かっていた装飾品のサーベルを掴み、突進してきた。

 クロトはとっさに拳銃の側面で防御したが、その勢いで拳銃が吹き飛んだ。

 イングリットは攻撃の勢いを緩めず、更に強烈な蹴りを浴びせた。

 クロトは壁に掛かっていたサーベルを掴み返し、反撃に転じた。激しい剣戟が交錯する中で、クロトは次第にイングリットの繰り出す斬撃に押され、負傷を重ねていった。

 読んでからでは間に合わない銃撃戦ならまだしも、単純なフェンシングでは心を読めるアコードのイングリットが、心を読めないナチュラルに負けるはずがなかったのだ。

 そしてそれは、かつてシュラとの白兵戦で圧倒されたクロトも理解していた。

 

「なっ!?」

 

 だが、クロトは左掌を貫かれながらも刺突を受け止めた。

 そして激痛に顔を歪めながらも、そのままイングリットに強烈な刺突を放った。

 その勢いで、イングリットのヘルメットに大きな穴が空いた。どれだけ優勢だとしても、催眠ガスを吸ってしまったらお終いだ。そもそもヘルメットがなければ即死だった。

 しかし、自分は負けるわけにはいかない。

 不利を悟ったイングリットはクロトにサーベルを突き刺したまま蹴り飛ばしてキラの部屋に飛び込んだ。そして扉を素早く閉めて鍵をかけ、安堵の息をついた。

 

「イングリット、さん」

 

 敵とはいえ、顔見知りの傷付いた姿に驚くキラに、イングリットは空の拳銃を突き付けた。

 クロトは弾丸を撃ち尽くしたと思っているだろうが、本当のことはわからない。

 予備の弾倉は持っていないと見抜いていても、一発や二発、隠し持っている可能性を疑うのは自然だろう。もちろんキラには、銃が空であることが判らない。

 

「貴女を渡すわけにはいかない」

 

 イングリットは断固として言った。

 この部屋は要塞の最深部に位置しており、催眠ガスは十分に届いていないようだった。

 キラは銃口を向けられているにも関わらず、イングリットの言葉の隠された意味を理解し、表情を明るくした。

 

「せっかく危険を冒してここまで来たのに、ラクスじゃなくてがっかりするでしょうね」

 

 ラクスを奪還出来ない以上、この戦いには何の意味もない。たとえここで自分が討たれたとしても、オルフェとラクスがミレニアムとクロトたちを始末してくれるだろう。

 

「そう、かな?」

 

 軽く首を傾げたキラに、イングリットは続けた。

 

「誰だって優れたものを求める。その価値があるから必要とされ、愛されるのよ。貴女は、しょせんラクスの、アコードの成り損ないなのよ」

 

「でも、貴女も、たぶん本当は分かってて、それを確かめるために来たんじゃないの?」

 

 キラの問いかけに、イングリットは怒りを露わにした。

 

「黙って!!」

 

 その時、クロトが外からドアを爆破し、鍵を破壊した。

 全身から血を流しながらも、決して戦意を失っていなかった。その血で染まった姿は、まるで地獄を抜け出して現世を彷徨っている悪魔のようだった。

 

「来ないで!」

 

 クロトの姿を見た瞬間、キラの背後に忍び寄ったイングリットは抜き取ったナイフを首に当てた。クロトは駆け寄ろうとしたが、その動きを見て足を止めた。

 

「少しでも動けば、この人の目を潰すわ! 喉も、耳も潰して、手足だって切り落とすわ! 何も出来なくなったこの人を、それでも愛してるって言えるの?」

 

 しょせん彼は彼女が必要だから、愛しているだけだ。どれだけ言葉で取り繕おうとしても、心を読める自分には無意味だ。

 息詰まる緊張感の中、クロトは静かに言葉を発した。

 

「当たり前だろ。……必要だとか、必要じゃないとか。そういうのと関係ないのが、愛ってやつだろ?」

 

 イングリットはまるで雷に撃たれたかのように、その揺るぎない在り方に衝撃を受けた。

 本当の愛とは何なのか?

 自分はそれを知りたかったのだ。

 この人がキラに釣り合わないように、自分もオルフェと釣り合わないと思っていた。ラクスではない自分には、オルフェを愛する資格が自分にはないと思っていた。

 しかし、それでも愛していいのだ。

 このナチュラル、コーディネイター間の終わりの見えない人種差別問題が存在する世界。

 そんな憎悪と分断の世界でも運命に抗おうとする彼の姿に、運命の歯車として造られたキラや、その頂点に立つラクスでさえも、強く心を惹かれたに違いない。

 

「トリィ!」「ブルー!」

 

 キラが懐に隠していた緑と青の鳥たちが、二人の再会を祝うかのように舞い上がり、イングリットの視線を遮った。

 それを振り払おうとして生じた一瞬の隙にキラは緩んだ拘束を抜け出すと、突進してくるクロトの腕に飛び込んだ。

 

「くっ……!」

 

 手元には空の拳銃とナイフしかない。

 イングリットは反射的にキラの背後からナイフを振り下ろそうとしたが、クロトは既に拳銃を構えていた。銃弾でナイフを弾き飛ばすと、クロトはその銃口をぴたりと向けた。

 

「キラ……!」

 

 クロトが安堵の息を漏らす中、イングリットは自分の失敗が信じられずにいた。

 自分達にとって最も重要なアウラを守っていてキラを奪われたのならまだしも、わざわざキラを守ろうとして結局奪われてしまうとは。

 しかしその二人の絆の深さに、ほのかな羨望を覚えた。

 彼らはまだイングリットを警戒しながら部屋を後にしようとした。キラが悲しそうな表情と共に振り返り、クロトは無表情で拳銃を構えた。

 それは賢明な行動だった。

 自分を生かしておいても、彼らにとっては何の得にもならないからだ。

 しかし、自分の心から溢れる言葉を止められずに口にした。

 

「ラクスは、グルヴェイグで貴方たちを待っています。……行って!」

 

 この言葉を告げることがなぜ必要だったのか、イングリット自身も理解できなかった。

 このまま黙って撃たれることで彼らの引き留めに成功すれば、何かしらの反撃のチャンスを作れるかもしれなかった。

 この強い衝動に駆られてとっさに取った行動は、自分を造った絶対的な創造主であるアウラに対する明確な反逆行為だったと言えるだろう。

 

「…………」

 

 無言で頷き合い、クロトとキラが共に部屋を後にすると、イングリットは力なく崩れ落ちてその場で静かに泣いた。

 彼らの自由に愛し合う様子を羨ましく思う一方で、それとは対称的に孤独な自分を痛感した。

 言葉にならない深い敗北感、嫉妬心、そして寂寥感が、彼女の心を包み込んだ。




イングリットとフェンシングして、普通に圧倒される男。まぁ最終的に勝てばセーフです。

逆シャアっぽい会話をイングリットとしてますが、オルフェとは白兵戦にならないので当然ですね。

※キラちゃんの服装はブラックナイツの制服なので、絵面は敵を口説き落としてるような感じです。
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