アスランが到着した月面には、前の大戦で地球落下を阻止されたメサイア要塞の一部が分離・落下しており、砕けた巻き貝のような残骸がその無惨な姿を晒していた。
この死と破壊の静寂を背景に、アスランは合流したオーブ主力艦隊と共に、レクイエム防衛軍との緊迫した戦いを続けていた。
シャニの機転でレクイエム防衛軍が壊滅的な打撃を受けたこともあり、快進撃を続けていたオーブ主力艦隊であったが、数の上では依然として劣勢であった。
このままではもしファウンデーション艦隊が到着すれば、全滅は避けられない。
別方面から侵攻しているドミニオンを旗艦とする地球軍も、圧倒的に数で勝るレクイエム防衛軍を突破する見込みは薄く、戦況は依然として厳しいものがあった。
レクイエムを阻止するため、第1中継点破壊後もその場に踏み留まって戦闘を続けているシャニとオルガであったが、多勢に無勢で戦線を維持するのは限界に近づいていた。
密かに修復されていたダイダロス基地の影からは次々と敵機が現れ、2人に絶え間ない攻撃を仕掛けてきた。
一刻も早くレクイエムを無力化しなければという重圧の中、アスランはオーブ主力艦隊の旗艦クサナギを狙っていた敵戦艦に突撃した。
そしてファトゥム02を射出した。
そのメインスラスターを兼任している無線誘導式の格闘武装は両翼からビームブレイドを展開すると、敵戦艦のエンジン部分を貫通して機能停止させる。
するとその直後、戦場の空気が一変した。
それはオルフェの乗った白銀のモビルスーツ“カルラ”だった。
ブラックナイトスコードの中でも優れた機動性を有している上に、宇宙圏では合計8基のドラグーンシステムや大型ドラグーンシステム“ジグラート”によって戦艦級の火力を有している、まさに最強の機体だ。
カルラはビームライフルを進行方向に放ったかと思うと、一転してビームソードで斬り付けた。アスランはシールドで咄嗟に防御すると、ビームサーベルで斬り付けた。
〈使えない連中のボスが、たった1人で大丈夫か?〉
アスランが挑発すると、カルラは兇天使のように巨大な翼を広げた。
その翼は次々に分離すると、それらは螺旋のように渦を巻いてジャスティスに襲いかかる。
アスランは最小限の挙動で躱しながら、矢継ぎ早に放たれるビームを防御する。しかしカルラはバインダーから真紅の光の翼を展開し、一気に距離を詰めながら斬撃を放った。その強烈無比な一撃を受けて、ジャスティスは大きく後退する。
レクイエムに向かうためには、ここでカルラを倒す以外の選択肢はないらしい。アスランはジャスティスの四肢と翼端から、ビーム刃を展開しながら距離を詰め始めた。
デスティニーを援護しながらブラックナイツとの激戦を繰り広げていたルナマリアは、インパルスのエネルギー残量が危険水域に達したことに気づいた。
核動力ではないインパルスは時間経過でバッテリーが回復しないため、実質的に戦闘能力を喪失したようなものだ。直後にVPS装甲がダウンし、武器システムの維持も不可能になった。
〈くっ……!〉
ルナマリアはコクピットの中で唇を噛んだ。
ミレニアムにはデュートリオンビーム送電システムが搭載されていないため、エネルギー回復の選択肢は限られていた。いったんミレニアムの格納庫に戻るか、あるいはルドラと交戦中のデスティニーからパワー供給を受けるしかなかった。
〈ルナーっ!!〉
ルドラとの戦闘を続けていたシンは、インパルスの異常をすぐに察知した。
〈邪魔なんだよお前らは!!〉
目の前のグリフィン機に対艦刀を一閃し、後方のリデラード機に叩き付けるように振り抜くと、唯一デスティニーがルドラに勝っている最高速度を生かして一気に引き離した。
そしてソードシルエットをパージし、フォースシルエットに換装したインパルスのもとに凄まじい速度で駆けつけると、急制動を掛けて相対速度を揃えながら向き合った。
〈デュートリオンビーム照射!〉
デスティニーの額から照射されたビームが、インパルスの額に搭載されたデュートリオンビーム受信機に照射された。急速にインパルスのバッテリーが回復し始め、再びインパルスの機体が鮮やかに色付いた。
〈余所見してんじゃねーよ!!〉
インパルスのエネルギーレベルが回復し終えた直後、ブラックナイツはその隙を突いて攻撃を仕掛けてきた。
しかしその瞬間、ズゴックがデスティニーの前に飛び込んだ。グリフィンの放ったビームがズゴックの前面に着弾し、亀裂が入って装甲が砕け散る様子が見えた。
〈レイ!?〉
シンはレイの思わぬ行動に声を上げた。
しかしズゴックの装甲が飛び散ると、その中から別のシルエットが浮かび上がった。
鋼色の重厚なモビルスーツ──レジェンドだ。
ズゴックの装甲に外付けされていたドラグーン・プラットフォームを兼任する円錐状のメインスラスターが、レジェンドの背面にドッキングする。
シンとルナマリアを祝福するかのように、レイはレジェンドから次々に射出したドラグーンでバリアを展開すると、ビームジャベリンを抜いてルドラに斬り掛かった。
たとえ刺し違えることになったとしても、ここでオルフェを倒す。
ジャスティスの左腕がカルラの斬撃を受けて斬り飛ばされながらも、アスランは右腕で敵の動きを封じ、両足のビームブレイドを展開して蹴撃を放った。
カルラの両腕から展開されたビームシールドによってその攻撃は防がれたが、アスランの真の狙いは別にあった。
〈本当に使えないな!〉
やはりアコードといっても、全てを読めている訳ではない。
その声と共にアスランはジャスティスの頭部からビームソードを展開し、全身の力を込めて振り下ろそうとした。
しかし、その一瞬の間に意外な人物の声が聞こえた。
〈……あす、らん?〉
その思いがけない言葉によってアスランは攻撃をわずかに躊躇し、その隙をついてオルフェの放ったビームがジャスティスの頭部を削ぎ取る重大なダメージを与えた。
〈なぜラクスがここに!?〉
唯一無二の好機を逃したアスランは、ショックと困惑で声を上げた。それほどまでに目の前の現実は受け入れがたいものだった。
〈彼女は私のものだ。何の問題がある?〉
オルフェはカルラのコクピット内で、優越感に満ちた笑みを浮かべながら応じた。
その後ろに存在するサブパイロットの座席では、ラクスがまるで無感情な人形のように手足を拘束された姿で静かに座っていた。
オルフェはラクスとリンクすることで、彼女が有している超人的な空間認識能力を獲得し、本来2人乗りでなければ本領発揮出来ないカルラの戦闘能力を最大限に引き出していたのだ。
たしかに個々の戦闘能力ではシュラ・サーペンタインが最強だが、真の意味で最強なのはこのオルフェ・ラム・タオとラクス・クラインだ。
〈本当に使えないのは誰か理解したかッ!?〉
オルフェはアスランをいたぶるように嘲笑うと、カルラはさらに攻撃の手を緩めることなく、無数のドラグーンを展開し、一斉に視界外からミサイルを放ってきた。
ジャスティスは爆発の渦に巻き込まれ、炎と煙の中をかろうじて抜け出すが、すぐにファトゥム02を破壊され、ビームライフルも両断された。
そして次々とミサイルの直撃を受け、ついにジャスティスのパワーが限界に達した。
VPS装甲の機能が停止し、鮮やかな真紅だったジャスティスの装甲は色褪せ、力尽きるように月面に倒れ込んだ。
〈終わりだ、ジャスティス〉
オルフェは勝ち誇ったように宣言すると、カルラの白銀の胸部装甲を操り、内部から絶大な威力のビーム砲をゆっくりと展開させた。
オルフェの目的は明確だった。万が一にもアスランが生き延びる余地を残さず、他ならぬラクス自身の手でアスランを撃たせることだったのだ。
〈──ッ!?〉
その瞬間、遥か遠くに反応を示したレイダーの口部から巨大なエネルギー波が放出され、真っ直ぐにカルラへと伸びていった。
直線上に存在する全ての原子を崩壊させ、核分裂を抑制する不可視の一撃──まさに空間を切り裂く一撃がジャスティスに止めを刺そうとしていたカルラの装甲を掠めた。
〈お前は殺すって言ったよな!〉
その“ディスラプターツォーン”で白銀のフェムテク装甲を削り取ることに成功したクロトは通信をオープンにすると、その声を周囲に響かせながら宣言した。
〈邪魔をしおって!〉
オルフェはクロトとレイダーの存在を見誤っていた。
ラクスとリンクすることで獲得した圧倒的な空間認識能力で接近するクロトの存在を察知していたが、その絶大な遠距離射撃能力を読み取れていなかったのだ。
クロトはカルラに迫りながら、まるで世間話をするような雰囲気で言った。
〈ラクス。……先に謝っとくけど、手加減する余裕はないから〉
クロトの呼びかけに、ラクスはゆっくりと顔を動かした。そして穏やかに微笑むと、静かに涙をぽろりと零した。
〈ありがとうございます。……わたくしもクロト様のご武運をお祈りしています〉
まるで2人は通じ合っているようではないか。第一、どうしてあの時完全に消し飛ばした筈の人格が今も存在している!?
クロトの声で正気を取り戻したラクスの反応に、オルフェは絶叫した。
〈ふざけるなッ!!!〉
オルフェは機能停止したジャスティスを放置し、カルラを急上昇させた。そしてラクスとのリンクを強めて意識を再び1つに統合させると、怒りに震えた声で叫んだ。
〈汚らわしいッ! 貴様のような塵がラクスと言葉を交わすなど、100万回殺してもその罪は消えぬッ!〉
オルフェにとってクロトは、存在すら許されない塵だ。その存在の全てが、人類を統べるアコードの王として生まれた“オルフェ・ラム・タオ”を否定している。
自分たちにとって父とも言えるギルバート・デュランダルを殺し、運命計画を否定し、自分達の存在意義を奪った。
そしてただこの世に生まれ落ちただけの下等種族の分際で、ラクスに愛されている。
クロトはその怒りをまるで意に介さず、むしろ煽るように返した。
〈嫉妬かよ。これだからナルシストは困るぜ!〉
そもそも、オルフェの言葉は何1つ理解出来ない。
あらかじめ定められた遺伝子だかなんだか知らないが、自分の都合で自国を焼いて恥じない狂人の話す言葉など理解する必要も欠片もないのだが。
クロトはレールガンで牽制しながら、迅速に距離を詰めた。
そして機体を変型させると同時にビームサーベルを抜き放ち、ドラグーンの展開を試みようとするカルラに対して、疾風の如く斬り込んだ。
〈黙れ! 黙れ!! 黙れェ!!!〉
オルフェはカルラを操り、その斬撃を間一髪で回避する。
そしてレイダーを取り囲むように複数のドラグーンを展開すると、それらは無数のビームを放ちながら、ビームカッターを展開してクロトを攻撃した。
しかしその光の暴風雨を、集中状態に入ったクロトは神業のごとき反応速度で凌いだ。
さらにビームカッターを伸ばして死角から迫り来るドラグーンを、紙一重で躱しながら左右に展開した鈎爪で斬り払う。
ドラグーンの操縦技術においては、純粋な空間認識能力に優れているオルフェよりも、一種の未来予知能力を保有しているラウたちの方が圧倒的に上だったのだ。
クロトはレイダーを横滑りさせながらレールガンを連射し、更にドラグーンを撃ち落としていった。既にアスランとの戦闘で一部が失われていたドラグーンは、さらにその数を減らした。
だが、機体性能においてはカルラがレイダーを圧倒していた。クロトはオルフェの放ったビームソードをシールドで受け止めるが、その強烈な衝撃で機体が大きく揺れる。
〈貴様がいなければ良かったのだ! 貴様さえいなければっ!〉
オルフェの嘲笑が、レイダーのコクピットに木霊する。
たしかにオルフェは宰相業務の片手間に訓練した程度の練習量で、文字通り命懸けで腕を磨いたクロトの技量を遥かに凌駕している。
たしかに世界を導く者と自称するに相応しいだけの力を持っているのだろう。
だが、それだけだ。
この状況下で世界のビジョンを語るどころか罵倒しか出来ない情けない男に、負けるつもりなど微塵もない。
〈コクピットの中から引き摺り出してやるよ〉
クロトは言い捨てると、即座に機体を立て直した。
そしてメサイアの影から次々に飛来するミサイル群とビームを回避するため、再びレイダーを加速させ始めた。
キラは“プラウドディフェンダー”のコクピットの中から通信した。
〈マリューさん、私も出撃します〉
この新型機動兵装ウィングは、元々ライジングレイダーの追加装備としてアルバート・ハインラインにより設計・開発されていたもので、現在クロトが搭乗しているストライクレイダー弐式にも対応可能な装備だった。
現在の戦況を考えると、少しでも戦力が必要なのは明白だったが、未完成の装備を使用するにはそれ相応のリスクが伴うものだ。
マリューは疑問を抱く間もなく、視線をアルバートに向けた。
アルバートは一瞬の躊躇もなく首を横に振り、キラが操縦することへの不安を表した。
確かにキラならば、レイダーにドッキングするための微調整は手動でも可能だろうが、問題はディフェンダー自体の完成度だ。
特に最大の問題であるパイロットの脳波制御を前提としたマルチロックオン・システムは、まだ完成段階には至っていなかった。
そんな状況でクロトの使い慣れた大型可変ウィングをディフェンダーに換装すれば、むしろ戦力低下を招くだけだ。
「トリィ!」「ブルー!!」
その時、キラの周囲を飛び交うトリィとブルーを目にしたアルバートは、死蔵させていたアイデアを思い出した。
そして静かに片眼鏡に手を当てると、新たな提案を口にした。
「我に秘策有り」
アルバートがキラに示したのは、トリィとブルーに搭載されている量子通信機能を利用した三点観測システムだった。
量子ネットワークでパイロットの脳波制御を補助するシステムを用いれば、未完成なディフェンダーの機能を補完し、十分な性能を発揮出来るようになるはずだ。
「こっ、これは……」
ただし1つだけ問題点がある。
プラウドディフェンダーの運動プログラムの調整を行っていたキラは、アルバートが用意したディフェンダー専用のパイロットスーツを見て、驚愕とともに引き攣った表情を浮かべた。
そのスーツは極端に体のラインを強調するデザインで、どうにも機能性より外見に重点を置いているように見えた。
「あのモノクル野郎、1回殴った方がいいんじゃないか?」
カナードはキラの身に付けたスーツを指差しながら、呆れたような顔で言った。
それは脳波制御能力を最大限に引き出すために設計されたらしいが、キラの豊満な胸や肢体を不必要に強調する白い競泳水着のようなスーツだった。
アルバートの説明によると、これはラクスのために用意された予備のスーツをキラ用に調整したものとのことだったが、どうにも用意が良過ぎるような感じがした。
だが、オーブを狙うレクイエムが再稼働するまで時間がないのも事実だ。
カガリはきっと自分たちの勝利を信じて、今もオーブに留まっているはずだ。余計なやり取りをしている時間はない。
キラはディフェンダーの独特なコクピットシートに身を預けながら、バイクに跨がるような姿勢で操縦パネルを操作した。
その指先がコンソールを素早く叩くと、機体のシステムが一斉に起動し始めた。キラはそれに目を走らせ、各システムのステータスを確認する。
「CPC設定完了。ニューラルリンゲージ、イオン濃度正常。メタ運動野パラメータ更新。原子炉臨界。パワーフロー正常。全システムオールグリーン。プラウドディフェンダー、システム起動」
このコマンド入力に応じ、プラウドディフェンダーの体内に組み込まれた金色のパーツが微動し、青い能動性空力弾性翼が滑らかに展開された。
機体の光パルス高推力スラスター基部では青白い光の翼を放出する準備が完了し、絶大な推力を生み出すウィングスラスターは唸りを上げ始めた。
〈MDE262S、プラウドディフェンダー。発進どうぞ!〉
アビー・ウィンザーのアナウンスがコクピット内に響く中、キラは凛とした声で応じた。
〈キラ・ヤマト、ディフェンダー、行きます!〉
久しぶりに体感する、強烈なGの感覚がキラの全身を襲った。
まるで宇宙の広大な空間に一人放り出されるような錯覚に陥りながら、キラはミレニアムのカタパルトから発艦した。
しかし、その孤独感は長くは続かなかった。やっと自分自身と正面から向き合えるような気がした。
なぜ遺伝子上の父──ユーレン・ヒビキがスーパーコーディネイターを創ろうとしたのか、その答えが自分の中で明確になったような気がした。
ハイペリオンを追ってディフェンダーを操縦しながら、キラは新たなOSの作成を開始した。
クロトはプラウドディフェンダーを操作するために必要な、高度な情報処理能力・空間認識能力を保有していない。
つまりドッキング後は、キラ自身がストライクレイダー弐式のドッキング形態である“ストライクレイダーフリーダム”を操縦する必要があるのだ。
だけどあの時と違って、不満はなかった。
自分がナチュラルだったり、あるいは普通のコーディネイターだったりしたら、こんな無茶は叶わなかっただろう。
だけどそれを叶えられる自分を、初めて誇らしいと思った。
きっとユーレンが願っていた夢は、それぞれが望むことを望む形で挑戦出来ることだ。
それがパイロットであっても、プログラマーであっても。
生まれ持った才能の問題で、その道を選ぶことを諦めなければならないなんてことがないように。
自分自身の限界にも縛られない。
それは生まれる前から定められた役割に必要な能力を、極限まで高められたアコードとは根本的に異なる在り方だ。
メンデルで多くの犠牲を積み上げてまで、ヴィア・ヒビキを裏切ってまで、最高のコーディネイターを創出しようとしたユーレンの動機は、きっとこの真の自由をヒトに授ける為だったのだ。
なお本作のプラウドディフェンダーは記述の通り青です。
なぜなら本作におけるディフェンダーの基本設計は、元々キラ仕様のストライクレイダーを設計するために開発していた機動兵装ウィングがベースだからです。(要はストフリのウィング
ディスラプターが解禁されているのはタネがあります。もちろん出力制限があるので、あくまで30~40%くらいです。