23.
ザフトは北アフリカに降下したアークエンジェルを見失っていた。
世界各地に投下されたニュートロンジャマーの副作用である電波阻害と、アークエンジェルに搭載されたステルス機能によって、所在地を特定出来なかったからだ。
そんな中で北アフリカ駐留軍司令官、アンドリュー・バルトフェルドは砂漠地帯に潜伏するアークエンジェルを発見したのだった。
〈…………〉
クロトは散発的に飛来する対地ミサイルを迎撃した。
バルトフェルドはアークエンジェルの戦力分析を行うため、大型陸上戦艦“レセップス”と少数部隊を率いて威力偵察を開始した。
第二戦闘配備発令の警報で目を醒ましたクロトとキラは、先程から砂塵に紛れて接近するバルトフェルド隊を排除するため出撃した。
〈全然当たらない……〉
キラは320mm超高インパルス砲にパワーケーブルを接続し、アークエンジェルからエネルギー供給を受けた状態で発射した。
しかし一定の距離を保ったまま、対地ミサイルを用いた遠距離攻撃を実行している戦闘ヘリの姿を捉えられずにいた。
〈さっきからずっと、面倒な相手だね〉
〈追い掛けないの? 〉
クロトはすっかり口調の変わった少女の顔をモニター越しにちらりと見た。そして脳裏にありありと刻まれた彼女の感触を思い出した。
〈どうも誘われてる気がする〉
クロトはキラの問い掛けに、面倒臭そうな口調で返答した。
レイダーは大気圏内における単独飛行能力を有している。その気になれば数機の戦闘ヘリなど簡単に蹴散らせるだろう。
〈罠でもあるのかねぇ〉
バルトフェルドはこちらの隙を虎視眈々と狙っているのだろう。
あえて罠に飛び込む手もあるが、あくまでそれは最終手段だ。このザフトの勢力圏内で孤立した絶体絶命の危機を乗り切る為には、敵の目を欺くことが重要だからだ。
〈せっかく慌てて飛び出して来たのにね〉
キラは溜息を吐いた。
そして地平線の彼方に発見したアジャイルの影を狙い、2度、3度と320mm超高インパルス砲を連射した。それは今までにないくらいに好戦的な姿だった。
危うい予感がした。
〈…………〉
クロトは少女の甘ったるい声に、思わず昨晩の出来事が脳裏を過った。
こんな自分を彼女は受け入れてくれた。
それは僅かな安堵感と肯定感をもたらした。しかしそれを塗り潰す勢いで沸き上がる焦燥感と罪悪感に、クロトの思考はまるで纏まらなかった。
〈大丈夫? 〉
一方のキラは何処と無く浮かれた様子だった。いつの間にか丁寧だった言葉遣いも砕けた口調に変化していた。
それからもアジャイルを牽制しながらミサイルの迎撃を続けていると、アークエンジェルのレーダーは高速で迫り来る複数の熱源反応を捉えた。
ミリアリア・ハウの緊張した声がスピーカーで鳴り響いた。敵のモビルスーツは地上戦において当初善戦していた地球連合軍を圧倒し、このアフリカ戦線でもバルトフェルド隊の主力として活躍する砂漠の王者だ。
〈ザフト軍モビルスーツ“バクゥ”を確認! 〉
クロトは紫色の装甲で覆われた猟犬のようなモビルスーツをレーダーで捉えた。
型式番号〈TMF/A-802〉──“バクゥ”。
戦車や戦闘ヘリを参考に設計されたこの4足歩行モビルスーツは、砂漠地帯から極寒地といった地上の様々な環境で運用可能な適応力を有する傑作機だ。
〈来た! 〉
クロトはレイダーの大型ウィングを展開すると、アークエンジェルの甲板を蹴ってメインスラスターを点火しながら機体を変形させた。
そしてアジャイルの放った援護射撃を紙一重で回避し、両肩部と機首に搭載した機関砲を連射した。
精密射撃を受けて爆散するアジャイルを背景に、3機のバクゥ隊は力強い走りを見せながら猛烈な勢いでアークエンジェルとの距離を詰める。
〈撃滅ッ! 〉
クロトは機体をモビルスーツ形態に戻すと、レイダーの足下を駆け抜けようとする1機のバクゥに破砕球を投擲した。
しかしバクゥは真横に跳躍して凶悪な質量兵器の一撃を避けると、反撃で両肩部のレールガンを放った。
クロトは咄嗟にレイダーを翻してその攻撃を回避したが、その隙を突いてバクゥ達はアークエンジェルとの距離を詰める動きを見せた。クロトとレイダーの得意分野である空中戦を受けるつもりはないようだった。
ここで母艦であるアークエンジェルを喪失すれば、孤立したレイダーの敗北は確定することを理解しているようだった。
〈ほう。宇宙じゃどうだったか知らないがな。ここじゃこのバクゥが王者だ! 〉
〈犬コロの分際で上等だよ〉
地上戦は不慣れだと思っているのなら、大きな勘違いだ。クロトは敵の頭上を取った優位点を捨てて砂漠に降り立った。
大気圏内での飛行能力を持つレイダーの推力であれば、砂に足を取られても強引に機体を操作出来るのは既に確認済だ。
問題は砂漠地帯に対応出来ないストライクだ。
多少危険でも眼前のバクゥ達を早々に片付けて、反対方向から現れた別働隊とストライクの救援に向かう必要があったのだ。
〈くっ……! 〉
キラは砂地を縦横無尽に駆けるバクゥに翻弄されていた。
不安定な体勢で放った超高インパルス砲は簡単に躱され、反撃でミサイルを頭部機関砲で迎撃するが、全てを撃ち落とす事は叶わずに被弾する。
〈オラァ!! 〉
レイダーの大型クローから展開したビーム刃が1機のバクゥを両断した。しかし背後から放たれた電磁砲がウィングスラスターに直撃する。
これまでクルーゼ隊を退け続けたクロトといえども、不慣れな地上戦で複数のバクゥを圧倒出来る状況ではないらしい。
〈キラ! 避けて! 〉
するとミリアリアの慌てたような声が届き、直後に頭上から降り注いだ対艦ミサイルがストライクの装甲に直撃した。
もちろん敵の攻撃ならキラも反応出来ただろう。しかしキラを援護するために発射されたアークエンジェルの支援射撃が、友軍である筈のストライクに命中したのだ。
〈何やってんだテメーら!! 〉
クロトは思わず叫んだ。
ストライクは大抵の物理攻撃を無効化するPS装甲を採用しているとはいえ、受けたダメージに応じてバッテリーは消耗する。
またパイロットに対するダメージまで無効化出来る代物ではないのだ。
クロトも仲間にフレンドリーファイアを受けた経験はあったが、どれも集中状態ならば十分に避けられる範疇での攻撃だった。
まさか大西洋連邦軍は味方諸共敵を撃つように指導しているのだろうか。一瞬気が取られたクロトはバクゥの放ったレールガンの直撃を受けた。
〈助けに行くから動くな! 〉
クロトはレイダーを反転させて高出力ビームを放った。
しかし中途半端な距離で放たれた単発の攻撃など、素早い身のこなしで動くバクゥに当たる訳もなかった。
それでも動けないストライクを襲う対艦ミサイルを機関砲で迎撃すると、レールガンを構えたバクゥに体当たりした。
たとえ精強を誇るバルトフェルド隊だろうと、アークエンジェルだろうと自分達に危害を加えるなら全員返り討ちにしてやると言わんばかりに。
──この人の力になると誓ったのに。
キラは無言でストライクのOSを司るコンソールを起動した。
いつも私を。皆を守ってくれて、それでも守れなくて。1人で泣いていたこの人の力になると誓ったのに。
私は弱くて──役立たずで。
その瞬間、キラの脳内で何かが爆発したような気がした。まるで視界がクリアになったような奇妙な感覚と、周囲の動きが指先で知覚出来るような感覚が芽生えた。
〈──
キラはストライクを素早く操作し、踏み固めた砂を蹴って跳躍した。
数秒単位の滞空時間でキーボードを流れるように叩き、ストライクのOSを構成している運動プログラムを砂地の特性に合わせて即座に書き換えた。
同時に突如奇行に走ったストライクの着地を狙おうとするバクゥを、キラは対艦バルカン砲を放って牽制する。
最後の抵抗を掻い潜り、砂地に対応出来ない哀れな獲物に止めを刺そうとするバクゥが迫る中、キラは着地に合わせてストライクのシステムを再起動した。
〈何っ!? 〉
運動プログラムの支援を受け、ストライクは滑らかに立ち上がった。
バクゥの突進攻撃を間一髪で回避すると、同時に超高インパルス砲を真一文字に振るって無防備な胴体部分を横殴りした。
〈うああああ!!! 〉
キラは横転したバクゥの肩部を踏み付けて強引に動きを止めると、即座にコクピットを狙って超高インパルス砲を発射した。
赤黒い極大の閃光がバクゥの装甲を一瞬で貫き、推進剤に引火して爆散する。
同僚を討ち取られたバクゥはレールガンを連発するが、ストライクは砂地を滑るように走って攻撃を回避すると、大地を踏み締めながら対艦バルカン砲を連射する。
〈そんな……馬鹿な……! 〉
バルカン砲の直撃を受け、バクゥの装甲が次々削り取られた。
どうやらストライクのパイロットは、跳躍した一瞬で運動プログラムを砂地に合わせて最適化したらしい。
砂地であろうとこちらを圧倒するレイダーも恐ろしいが、ストライクのパイロットはそれ以上の化け物だ。キラの披露した絶技にバクゥのパイロットは戦慄した。
〈テメェ!! 〉
一方のクロトは、一向にバクゥ達を仕留め切れない自身に激昂するように叫びながらレイダーを全力疾走させた。そして機体が砂地で足を滑らせた瞬間、全身のスラスターを総動員して速度を保ったまま旋回した。
高い走破性を誇るバクゥは常識的な動きしか出来ない。そんな忠実な猟犬の前に、狂乱する漆黒の襲撃者が立ち塞がった。
〈滅殺ッ! 〉
クロトは必死に距離を取ろうとするバクゥに襲い掛かると、背中部分にビームクローを叩き込んだ。レイダーが砂地に対応出来ないことを利用した高度な戦闘技術だ。
〈!!? 〉
不慣れな砂地に適応したストライク。適応出来ないまま圧倒するレイダー。
残存するバクゥのパイロット達はキラとクロトの戦闘センスに恐怖し、深刻な恐慌状態に陥った。
〈──レセップスに打電だ。敵艦を主砲で攻撃させろ! 〉
これは想像以上の猛者らしい。それも1機ではなく、2機も。
バルトフェルドはストライク、レイダーの驚異的な戦闘能力に驚愕すると、戦意喪失した2機のバクゥに撤退指示を出した。そして両機の母艦であるアークエンジェルを狙って砲撃を実行した。このまま母艦を落とせば勝ちだ。
アークエンジェルは必死に回避するが、避けきれずに1発が側面に直撃した。
〈チッ……! 〉
どうやら索敵圏外から敵の遠距離砲撃を受けているらしい。
最悪の状況だと理解したクロトはレイダーを変形させると、砲撃の放たれた方角から敵の位置を割り出して突撃を開始した。
第1射の観測結果を元に、より正確に発射された第2射はアークエンジェルのCICを狙うような軌道で飛来した。
〈──私が皆を守る!! 〉
その瞬間、キラの中で再び何かが弾けた。
それは不思議な感覚だった。まるで時間が1人だけゆっくり流れている様な、得体の知れない全能感のような感覚だった。
キラは奇妙な確信と共にストライクを跳躍させると、残存する最後のバッテリーパワーを使って超高インパルス砲を発射した。
ストライクのPS装甲が灰色に変わると共に、レセップスの放った第2射が赤黒い閃光に呑み込まれて消滅した。
ほんの一瞬でもタイミングが合わなければ、アークエンジェルに最悪の結果をもたらしただろう。キラの神業にバルトフェルドは一種の感動すら覚えた。
〈……撤収する。この戦闘の目的は達成した。残存部隊をまとめろ! レセップスは捕捉される前に姿を隠せ! 〉
レセップスは周囲に砂漠魚雷を発射して砂を巻き上げると、その巨大な船体を砂中に隠した。クロトは砂煙の中に姿を隠したレセップスの追撃を断念し、第2射の直撃を免れて健在なアークエンジェルの方向に引き返した。
こうしてアークエンジェルを狙った威力偵察は終了を迎えた。
「……奴らが本当にナチュラルだと?」
双眼鏡で戦況を窺っていたバルトフェルドは、ぼそりと呟いた。
短時間で機体を砂地に適応させると共に、レセップスの砲撃を迎撃する天才的な才能を有しているストライクのパイロット。
そんな彼──あるいは彼女を遥かに上回る戦闘技術を持つ上に、驚異的な戦術眼を有しているレイダーのパイロット。
流石はクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンが第8艦隊を全滅寸前まで追い込まれても地上に降ろそうとした連中ということか。
これは北アフリカ駐留軍司令官に就任して以来、最大の難敵かもしれない。
そう考えたバルトフェルドは“悪魔”と呼ばれるレイダーのパイロットと異なり、異名を持たない正体不明のパイロットに名前を付けることにした。
悪魔を超える戦意の持ち主──
「……せっかく罠を仕掛けたのに、全部無駄になったじゃないか!!」
金髪の少女はバギーの助手席で不満そうに叫ぶと、ストライクとレイダーを回収しようと速度を緩めたアークエンジェルに向かい始めた。
レジスタンスの援護なしで偵察部隊を返り討ちにするクロトくん&キラちゃんでした。
キラちゃんは(自主規制)
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無
-
控えめ
-
普通
-
巨
-
爆