グリフィンたちは、デスティニーとレジェンド相手に戦闘を続けていた。しかし旧型機であるにも関わらず、シンとレイの巧妙な連携に苦戦を強いられていた。
たった2機の旧型機、ましてたかがコーディネイターとナチュラルを倒せないという事実は、上位種であるアコードの存在意義に関わる重大な問題だった。
それでも、それ以上に許されない事態が月方面で発生していた。
先程までアスランとクロトを圧倒していたはずのオルフェが、アルテミスで救出されてミレニアムから駆け付けたキラによって窮地に追い込まれていたのだ。
文字通り世界を統べる存在として造られたオルフェが、たかがアコードの成り損ないに過ぎないキラに敗れるなど、絶対にあってはならないことだった。
もう、グリフィンたちに手段を選んでいる余裕などなかった。
「シンクロアタックです! さっさと片付けますよ!」
リューの呼び掛けに、グリフィンたちは即座に応じた。
グリフィン、リュー、ダニエル、リデラードの意識が混じり合い、完全に同調した。
四人はもはや個別の存在ではなく、複数の肉体を持つ一つの存在となった。
そしてそれに呼応するように、四機のルドラは連携というよりも、まるで一つの生命体のような動きを見せた。
ルドラは無数の分身を展開し、デスティニーとレジェンドに迫った。
だが、デスティニーはその動きすらも凌駕していた。
様々な方向から次々に襲いかかるルドラの攻撃を無心で捌き、実体も分身も関係ないかの如く猛攻を開始した。
ルドラの分身がデスティニーの攻撃を受けて次々に消滅する中、僅かに反応の遅れたレジェンドを捉えたグリフィンはレイに思念の触手を伸ばした。
「闇に墜ちろ、レイ・ザ・バレル!」
こうなったら、エルドアでのアスランとクロトのように同士討ちさせてやる。グリフィンはレイの心の奥深くに入り込み、洗脳しようと試みた。
しかし、予想外の事態が起こった。
レイの精神世界を覗き込んだグリフィンの眼前に広がっていた光景は、想像を遥かに超えるものだった。
その闇が蠢いている小部屋には、まるで実験動物のように解剖され、無惨な姿に変貌した無数の胎児だったモノたちが、グリフィンたちを取り囲んでいた。
「な、なんだこれは……」
グリフィンの声はいつの間にか震えていた。
この異様な光景に圧倒される中、レイ自身もその闇を目の当たりにしていた。普段は無表情なレイも動揺を隠せなかったが、やがて正体を理解して静かに頷いた。
「……メンデルか」
静かな声が、部屋の中に響いた。
それはレイの心の闇を凝縮したものであり、レイ自身の過去を映し出したものだった。
この生まれることすら許されなかったモノたち──スーパーコーディネイターやアコードの成功体を造り出す資金源の対価として、レイは造られた存在だったのだ。
胎児たちから浴びせられる怨嗟の声にグリフィンたちが恐怖に包まれる中、黒い髪を伸ばした半透明の男性の姿が浮かび上がった。
「ギル……?」
レイの声が震えた。
デュランダルの姿がはっきり見えるようになると、レイは直感的に真相を把握した。
この世界にはいわゆる霊魂と呼ばれる存在が実在していて、人によってはそれを知覚することができるのだということを。
そしてこうした特異な状況でなければ、レイ自身には感じ取れないことも。
「やぁ、レイ。元気そうで何よりだ」
デュランダルの霊体は、まるで故人だとは思えないほど自然にそこにいた。
しかしレイの心には戸惑いが走った。
無邪気にデュランダルの来訪を喜べないほど、ターミナルの構成員であるレイは前大戦の真相を知りすぎていたのだ。
アーモリーワン事変が起こることを事前に知っていながら、あえて警備体制を改善しなかったこと。
ブレイク・ザ・ワールドの計画を把握しながら放置するどころか、それを自分の計画に利用したこと。
ラクス・クライン暗殺事件の首謀者であり、同時にキラ・ヤマトの拉致やマユ・アスカの暗殺をも企てていたこと。
しかし、ギルバートの声には奇妙な余裕が感じられた。
まるで自分の計画が阻止されたことに対して、どこか安堵しているようだった。
「父、上……」
グリフィンはレイと親しげに言葉を交わしているギルバートに声をかけようとした。
しかし、ギルバートの反応は意外なものだった。
「なんだ、君たちは?」
グリフィンたちはギルバートの声に思わず身じろいだ。
その冷たい視線は、グリフィンたちの存在を全く認めていないかのようだった。
アウラに閉ざされた世界で育てられた彼らは、そんな目を知らなかった。
立場上、外に出る機会のあったオルフェ、イングリット、シュラたちと異なり、グリフィンたちは実際に差別的な視線に晒されることはなかった。
優秀な近衛兵に対する、羨望の視線だけだった。
まして自分たちの父だと慕っていたはずのギルバートから、こんな冷淡な態度を取られるなど想像もしていなかったのだ。
「……あぁ、君たちがアコードか」
ギルバートの霊体は、グリフィンと一体化しているアコードたちの顔をじっと見つめた。
「こうして彼と会わせてくれたことには礼を言いたい。だが、私が自分の息子のように想っているのは彼だけだ」
「……は?」
グリフィンたちはギルバートの言葉を理解できず、唖然とした声を上げた。
「俺たちは世界を統べるために生まれたコーディネイターを超越した上位種で、アウラ・マハ・ハイバルとギルバート・デュランダルの子だ!」
その言葉を聞いたギルバートは、ますます不愉快そうに眉をしかめながら溜め息を漏らした。
「確かにアウラ博士は一遺伝子学者としては立派な御方だが、私が愛しているのはタリアだけだ」
その言葉は、グリフィンたちに刷り込まれていた感情を完全否定するものだった。
ギルバートはアウラと異なり、アウラに異性としての感情を抱いたことはなかったのだ。
「勘違いしているようだが、君たちは人の心に土足で入ることが出来るだけだ。上位種でもなんでもない」
デュランダルの切り捨てるような声が、さらにグリフィンたちを打ちのめした。
若き日のギルバートは、遺伝子改造で特異な精神感応能力を獲得したコーディネイターをアコードと名付け、彼らを運命計画において世界を導く存在だと定義した。
だが、ヒトは決して神にはなれない。
プラントで遺伝子研究を行う中で、ギルバートは自分の考案した
しかし第1次連合・プラント大戦で起こった絶滅戦争と、後天的に覚醒するSEED因子の発見によって、ギルバートは
アウラが造り出したアコードたちを頂点とする従来の形態ではなく、メサイアに設置した遺伝子解析装置を頂点とする形態に発展させたのだ。
なぜグリフィンたちはプラント議長に就任したギルバートに、その側近として呼ばれなかったのか。
なぜギルバートはラクスを排除しようとしたのか。
その真相はアウラとギルバートの間で、思想的な対立が生じていたからだったのだ。
「ギル。話せて良かった」
レイが呟いた直後、部屋の雰囲気が変わり始めた。
グリフィンたちの声が徐々に小さくなり、周囲を取り巻いていた胎児たちの姿が薄れていった。
部屋全体が淡く霞み始める中、最後にギルバートの姿がぼんやりと消えかかっていく。
「君は君だ。自由に生きろ、レイ」
ギルバートが最期に残した言葉が、レイの心に刻み込まれた。
かつて父のように慕っていた男の霊魂に見送られながら、レイの意識は覚醒した。
そして次の瞬間、現実に引き戻される感覚に襲われた。
「ギルっ!」
レイが周囲を見渡すと、そこはレジェンドのコクピットだった。
慌てて状況を確認すると、わずか一秒も経っていなかったことに気付いた。長い夢から覚めたような感覚に混乱しながらも、目の前の戦場に意識を戻した。
同時にグリフィンたちもレイの精神世界から弾き飛ばされ、それぞれのコクピットに意識が戻っていた。
しかし彼らはデュランダルの言葉で自己同一性の喪失に見舞われていた。精神をシンクロさせていた影響で、グリフィンたち4人はその精神的衝撃を数倍以上に感じていた。
数秒間、身体が麻痺したように動かなかった。そして、そんな致命的な隙を見逃すようなシンではなかった。
「そんな寝惚けた分身が通用するか!!」
シンはデスティニーを一気に加速させながら叫んだ。そしてヴォワチュール・リュミエールを最大出力で作動させると、ウィングから絶大な光の翼が展開した。
「分身ってのは──こうやるんだッ!!!!」
するとデスティニーの背部から無数のDUPE粒子が周囲に振り撒かれ、その粒子にデスティニーの鮮明な虚像が投影された。
まるで質量すら感じさせる、あまりにもリアルな分身が戦場を埋め尽くした。どれが本物なのか分からなくなったグリフィンたちは、混乱の渦に巻き込まれた。
「なんなのこれっ!?」
「こんなの知らないよぉ!?」
リデラードとダニエルの叫びが響き渡る。
シンは対艦刀を振り被って一直線に突撃すると、特に動きの鈍かったグリフィン機のコクピットを一刀両断した。
「ぐああああああああああ!!」
グリフィンが討たれた瞬間の強烈な苦痛と恐怖がシンクロしていた三人の中で共有され、彼らの脳を瞬時に焼き尽くした。
「うああああああ!?」
「ぎゃあああああ!!」
「いやあああああ!!」
誰が死んだのか、誰が叫んでいるのか、彼らにはわからなかった。
精神を融合させていた彼らは、グリフィンの精神を通して死を追体験したのだ。
その圧倒的な衝撃は、クロトの魂に刻まれた死のイメージを読み取る際にシュラが体感したものを遥かに超えていた。
それは人間が耐えられるものではなかった。
戦闘続行どころか、操縦すらままならない状態に陥ったアコードたちは、もはやシンにとって脅威でも何でもなかった。
シンは無数の分身を展開しながらリュー機に迫ると、掌部ビーム砲を零距離で叩き込んだ。
密着状態で放たれた高出力のビームはフェムテク装甲を貫き、ルドラは爆発した。その鮮明な死の衝撃も、リデラードとダニエルに直接伝わった。
「あああああああ!!」
「ひゃあああああ!!」
二人は我を忘れて絶叫し、行動不能になった。
その直後、レジェンドのドラグーンから伸びたビームスパイクがルドラの四肢を斬り飛ばすと、背部にビームが命中してスラスターが爆発する。
行動不能になったルドラが月面に落下する中、立て続けに仲間の死を脳裏に焼き付けられたダニエルとリデラードは意識を喪失させた。
──それが君の選択か。
ミレニアムを狙っていたブラックナイツの撃退を成功させたシンは、レジェンドの方向から誰かの声が聞こえたような気がした。
一方で次々にルドラが反応を消失させる光景を見て、アウラは愕然とした表情でモニターを見つめながら絶叫した。
「私の子どもたちが!!」
アコードには自分の人生の全てを費やして、あらゆる才能を与えたはずだ。
運動能力も演算能力も空間認識能力も、何もかもそこらの連中を遥かに超越しているはずだった。どんな敵であろうと、負けることなどあり得るはずがなかった。
だが、現実は無情だった。
シュラはクロトに敗れ去り、グリフィンたちもコーディネイターとナチュラルの連合部隊に完敗を喫した。
先程までアスランとクロトを圧倒していたオルフェも、あの忌々しいヒビキの娘たちが現れてからは苦戦を強いられているようだ。
あの場にはイングリットに加えて、オルフェの潜在能力を最大限に引き出すためラクスもカルラに搭載したはずなのに。
「ユーレン・ヒビキっ! ブルーコスモスっ!」
アウラの怒りは頂点に達した。
全ては、ユーレン・ヒビキとブルーコスモスのせいだ。
自分の最高傑作であるラクスを穢したのも、自分と愛し合っていたギルバート・デュランダルを殺したのも、全て彼らのせいだ。
自分を傲岸だと見下していたユーレン・ヒビキと、自分の身体をこんな姿に変えたブルーコスモスさえいなければ。
自分はこの歪んだ世界を正し、遺伝子にもとづく公平で平和な新しい世界を導く神を産み出した聖母として、未来永劫に称えられていたはずなのだ。
それなのに自分の人生を賭けて造り出した研究成果が、下等種族にも劣る失敗作だと証明されてしまったのだ。
「こうなればオーブも地球連合もプラントも何もかも、焼き払ってやる!!」
アウラを突き動かしているのは、復讐心だけだった。
かつて神の母になろうとしたアウラは、歪んだ感情に翻弄されて闇雲に力を振りかざす羅刹女と化していた。
月面で戦闘が繰り広げられており、遠くで斬り結ぶキラとオルフェの機体が見える。
いよいよファウンデーション軍との戦いが正念場を迎える中で、カナードの視線は目の前のイングリットに集中していた。
思考を読まれるなら、それを前提に操縦すればいいだけだ。
自らに言い聞かせるように呟くと、カナードは迫り来るドゥルガーに向けて照準を定めずにレールガンを連射した。
火花が散り、閃光が周囲を照らした。イングリットはシールドを構え、レールガンの攻撃をすべて防ぎ切りながら一気に距離を詰める。
カナードは即座にビームサーベルを抜き取り、イングリットの攻撃に合わせて振るった。
互いの斬撃が交錯した瞬間、ハイペリオンの装甲がわずかに抉られた。
ドゥルガーの基本設計はルドラと同じだ。
クロトとの戦闘でビームライフルを失い、キラの攻撃で最大の武器であるジグラートを破壊されたとはいえ、その性能はハイペリオンイータを遥かに凌駕しているのだ。
だが、カナードに怯むという概念は存在しない。
背部から伸ばしたビームソードを振るい、ドゥルガーと真っ向から斬り結んだ。
「どうして貴女まで!」
イングリットはカナードを睨みながら、怒りの混じった声で叫んだ。どれだけ自らの心を冷静に保とうとしても、怒りが抑えられない。
自分はオルフェの道具だ。
その存在意義はただ一つ、オルフェの役に立つことだ。
それが叶わなければ、イングリット・トラドールの価値は消え失せる。そんな生き方しか知らなかったし、それ以外の生き方を選ぶことなどできなかった。
あくまでラクスの予備である自分には、そうすることでしか自分の価値を証明出来ないのだ。
それなのにキラの失敗作に過ぎないカナードが、なぜ自分たちの前に立ち塞がるのか。
イングリットにはその理由を理解できなかった。
自分がラクスに抱いているのと同様に、カナードもキラに対する劣等感を抱いているはずだと思っていた。だが、カナードの思考にはそんな影は見えなかった。
「お前は昔の私と同じだ!」
カナードの言葉に、イングリットは一瞬言葉を失った。
アコードには血縁関係は存在しないが、全員が似たような遺伝子操作を施されている。そういう意味では、アコード全員が兄弟姉妹のようなものだ。
特に自分とリデラードは、ラクスの身に何かあった時の予備として、アコードの中でも特別な遺伝子操作を施されている。
そのためラクス、イングリット、リデラードの遺伝子構造は限りなく酷似しており、その遺伝子は通常の姉妹と同じように近しいのだ。
要するにカナードにとってのキラは、イングリットにとってのラクスということか。イングリットが次々に斬撃を繰り出す中、カナードの声がコクピットに響き渡った。
「だからお前の使命は幻想だと教えてやる!」
「知ったような口を!」
イングリットは激昂した。
リデラードたちのように自分に与えられた使命を愚直に信じて生きることができたら、どれだけ楽だっただろうか。
イングリットはミレニアムのモビルスーツ隊と交戦していた四人の思念が途絶えたのを感じながら、ドゥルガーを一直線に加速させた。
カナードは対空機関砲を連射しながら後退するが、ドゥルガーはその圧倒的な耐久力を誇るフェムテク装甲で次々と弾丸を弾き返しながら前進する。
「貰った!」
イングリットの声と共に、ドゥルガーの重斬刀がハイペリオンに迫った。
カナードは即座にビームソードから手を放し、両前腕部からビームシールドを展開した。白刃取りの要領でドゥルガーの斬撃を強引に受け止める。
しかし、その瞬間の先の展開はイングリットも読めなかった。
何故なら、カナード自身も自分の選択した行動の結果を把握していなかったからだ。
不確定要素にオール・イン──これではどれだけ思考を読んでも意味がない。
フレームがぎしぎしと嫌な音を立てて大きく歪む。
ハイペリオンは左腕を機能停止させながら、しっかりと刀身を掴んでいた。
──成り損ないだろうが失敗作だろうが、勝つのは私だ!
カナードは一瞬の隙を見逃さず、自爆覚悟でグレネードランチャーを発射した。
強烈な爆発がイングリットを一瞬怯ませる。カナードは左腕を犠牲にして重斬刀を奪い、後方に放り捨てた。
「ちぃっ!!」
イングリットは唯一残っているビームマントを展開し、ドゥルガーを旋回させてハイペリオンを斬り付けようとした。
「遅い!!」
ビーム刃が展開されるよりもコンマ数秒前に、カナードは回転に合わせて貫手を放った。
真紅のVPS装甲から放たれた鋭い刺突が、ドゥルガーの腰関節を砕いた。その直後、前腕部から発生した極小のビームランスがドゥルガーを内側から上下に両断する。
ドゥルガーの動力源が破壊され、電力供給が途絶えた。
ビームマントから伸びるはずだった斬撃は、ハイペリオンの装甲を斬り裂こうとした瞬間に掻き消える。
「そんな……!」
コクピットに強烈な衝撃が走り、イングリットは悲痛な声とともに意識を喪失させた。
まさに死中に活を求めた一撃で下半身を喪ったドゥルガーは月面に落下すると、その衝撃で完全に機能停止した。
「…………」
カナードはその光景を見つめながら、沈黙した。
かつての自分もそうだった。
唯一の成功例であるキラを倒し、最高の存在であることを証明できなければ、自分は失敗作のままだと思い込んでいた。思考停止することで、楽に生きようとしていた。
だが、人にはそれぞれの生き方があるのだ。
どんな人間にも代わりなど存在しないことを、使命に囚われる必要などないことを、誰かに教えて貰えなかったイングリットを哀れに思った。
使命を抱くことが決して悪いわけではない。しかしそれはイングリットのように、誰かに与えられるものではない。自分の内に見出すものだ。
自分にはキラのような能力も、カガリのようなカリスマもない。それでも妹達を、妹達の幸せを守るために身体を張れるのは、この自分だけなのだ。