逆襲のクロト   作:皐月莢

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ファウンデーションにて・②

 オーブ旧市街の一角に存在する、派手な看板が立ち並んだ喧騒の絶えない繁華街。

 その薄暗いテーブル席に、世界平和監視機構コンパスのサブナック隊とアスカ隊に所属するパイロットたちが集まっていた。

 どこか懐かしい匂いの漂うこの庶民的な店は知る人ぞ知る店で、オーブ代表首長もお忍びで通っている名店だ。

 

「モダン焼きってどういう意味なんだよ。現代風ってことか?」

「さぁなー。そっちの方はテメーみたいに生地で遊んでた奴がいたからって聞いたことがあるぜ」

「へぇ。ゲロの別名じゃねーんだ」

 

 オルガはシャニの感心したような言葉に、顔をしかめた。

 今回はオルガ・サブナックの小隊長昇格を祝うささやかな食事会のはずだったが、いつの間にか大騒ぎになっていた。その原因は明らかだった。

 先日までオルガの所属していたブエル隊が、ファウンデーション王国に派遣されたのだ。この中で唯一その事実を知っていたオルガは、質問攻めにされていた。

 とはいえ、オルガ自身も全てを理解しているわけではない。

 ましてターミナルから一時的に出向したキラはまだしも、それまで勾留中だった旧ブラックナイツメンバーを2人も引き連れてファウンデーションに赴いたクロトの心境など、理解出来るわけがなかった。

 

 

 

 コンパスユーラシア支部ビルに与えられたクロトの部屋で、薄暗い光が点灯していた。

 そのデスクに置かれた情報解析・通信班のフロアから持ち出した大型モニターには、ファウンデーション国内の内部情報が映し出されている。

 キラはデスクに座り、手元のキーボードを鮮やかに操作する。

 その侵入した痕跡すらも残さないキラのハッキング能力に、クロトは口笛を吹いた。

 本来コンパスの情報部だろうと容易にアクセス出来ない機密情報が、まるで一般公開されているように感じた。

 

「どうしてあの二人を?」

 

 キラはモニターから目を離さずに問いかけた。

 

「……あれ。言ってなかったっけ」

 

 クロトはベッドの上に寝転んで携帯機を弄っていたが、一時中断した。

 

「来月行われる総裁選の都合だよ」

「総裁選?」

 

 キラは意外そうに首を傾げて問い返しながら、同時にキーボードの操作を続けた。

 コンパス凍結解除を機に結成されたサブナック隊も、旧ブエル隊と共闘することが多かったアスカ隊も、コンパスの誇る精鋭部隊だ。

 一方で先日再編成されたばかりの新生ブエル隊は、元ブラックナイツのメンバー2名を擁しているという重大な不安要素を秘めている。

 そんなことが分からないクロトではないとキラも理解しているが、それでも不安が消えないのは事実だ。

 

「あぁ。カナーバ元議長とオッサンの一騎討ちに、僕は邪魔だってことだろ」

 

 任期1年。延長不可。三カ国の人員で構成された総会メンバーによる投票制。

 アコード事変の余波で約半年間の凍結を余儀なくされたコンパスは、活動再開と同時に総裁選が間近に迫っていたのだ。

 クライン派の有力者で、実質的にラクスの政治的後見人アイリーン・カナーバ元議長と、大西洋連邦の要人で、コンパスの支援団体であるアズラエル財団のムルタ・アズラエル。

 プラント、大西洋連邦の有力者である両者の支持率が拮抗している状況下で、どちらの陣営にも一定の影響力を有しているクロトは体よく厄介払いされたのだ。

 

「それがあの2人と何の関係が?」

「コンパスには、余計な戦力を割く余裕がないってこと」

 

 総会の支持を取り付けるため、カナーバとアズラエルは政治的闘争で大忙しだ。

 世界各地で勃発する軍事衝突に対する介入の是非に関する討論や、自陣営の掌握、あるいは他陣営の切り崩しなど。

 そういう意味では、ユーラシア連邦を刺激する可能性の高いファウンデーション王国に対する駐留任務に、プラントも大西洋連邦も乗り気ではないのだ。

 3カ国のうち2カ国が消極的な姿勢の状況下で、今回の危険極まる任務を成立させるためには現地の情勢に詳しい元ブラックナイツたちの力が必要だったのだ。

 

「で、実際にどう思ってるの?」

「さぁね〜。数合わせくらいにはなるんじゃない?」

 

 それだけ言うと、クロトは携帯機に没頭し始めた。

 イングリットとシュラが未だ亡きアウラに忠誠を誓っている可能性もあるが、今はどうでもいいことだった。

 2人を警戒するも何も、自分達の有用性を証明してクロトの信用を得なければ、彼らは再び監獄に戻されるのだから。

 

「私は、別にいいけど」

 

 キラはその答えに納得し、再びキーボードに集中した。

 彼女の指がキーボードを叩く音が響き、スクリーンに映し出されるデータが次々と解析されていった。

 

「……両軍の動きが、連動してる?」

 

 キラはモニターの1つを指差した。クロトはその画面を見つめると、首を傾げた。

 

「敵の敵は味方って考えるような連中じゃないと思うけど」

 

 ブルーコスモスとネオ・ブラックナイツが連携しているなど、常識的に考えてあり得ない。

 実際に昨夜の戦闘でも、両者は互いに激しい武力衝突を行っていた。しかしキラは別画面に表示されているデータを指し示した。

 

「だけど実際に、連動しているとしか思えない」

 

 だが、この数ヶ月の交戦履歴は異常だった。

 特にネオ・ブラックナイツは敵軍の行動を把握しているようなタイミングで攻撃を開始しており、両面作戦を強いられたファウンデーション軍は一方的に敗北していたのだ。

 

「……上層部の誰かが繋がってるとか?」

 

 絶対にない、とは言い切れない内容だ。

 第1次連合・プラント大戦ではラウ・ル・クルーゼとムルタ・アズラエルは互いに正体を隠しながら情報交換を行っていたし、第2次大戦でギルバート・デュランダルはロード・ジブリールの動きを完全に掴んでいた。

 たとえ誰かと繋がっていなかったとしても、どちらかが相手の情報を一方的に入手している可能性は十分考えられるのだ。

 キラは新たなデータを開いて解析を続けていたが、突然その手が止まった。

 

「──クロト」

 

 クロトはキラの呼びかけに応じてスクリーンに目を向けた。

 キラが指差した映像には、ネオ・ブラックナイツに所属する少女が映っていた。その少女の姿は、なぜか昔のラクス・クラインを彷彿とさせる雰囲気だった。

 

「ラクス……?」

 

 最初に連想したのは、かつてギルバート・デュランダルがラクスの代わりとして用意した少女ミーア・キャンベルだった。

 しかしミーアは、声と歌唱力を除けばまるで別人だ。

 だが、画面の中に映る少女は外見が似ているというよりも、彼女の纏っている雰囲気そのものがラクスに酷似していた。

 クロトは一瞬言葉を失ったが、すぐに最悪のシナリオを思い描いた。

 他人の思考を自由自在に読み取り、超人的な感知能力を持つアコードの力があれば、敵の動きを察知するのは決して難しいことではない。

 彼女は密かに両軍を誘導することで、戦況を操作している可能性があるのだ。

 

「何か思い付いた?」

「そんなトコだ」

 

 クロトはにやりと笑うと、電源を落とした携帯機を置いて立ち上がった。

 

 

 

 それまで国防軍を統括していた女王親衛隊“ブラックナイトスコード”壊滅を機に、再編成されたファウンデーション国防本部。

 その程近くに存在するコンパスユーラシア支部ビルの休憩所にて。

 コンパスの派遣したモビルスーツ小隊唯一の非戦闘員、ミス・プロスペラことイングリット・トラドールは、ブエル隊最強の突撃手、ミスター・シュラドーことシュラ・サーペンタインと共に自動販売機の前に立っていた。

 クロトやキラと異なり、仮面で素顔を隠している2人の異様な姿に、周りの者たちは声をかけることもできない。

 シュラが自動販売機のボタンを押すと、ミネラルウォーターが音を立てて排出された。イングリットも無言で同様に缶コーヒーを取り出し、一口飲んだ。

 自分達の近くに誰もいないことを確認すると、イングリットは静かに口を開いた。

 

「正直、あなたがコンパスとの裏取引に応じるとは思っていなかった」

 

 世界平和監視機構コンパス。

 オーブ連合首長国、プラント、大西洋連邦が共同で設立したこの国際機関は、アコード事変の影響で活動を凍結されていたが、ブルーコスモスやネオ・ブラックナイツのテロに悩む世界各国の要請を受けて、先日本格的に活動を再開したばかりだ。

 そんなコンパスとの裏取引に応じ、ファウンデーション元王国国防長官兼、元近衛師団長であるシュラが恩赦を受けるなど、イングリットには信じられなかった。

 

「母上は亡くなり、オルフェはあのザマだ。意地を張っても無駄だと思っただけだ」

 

 シュラはミネラルウォーターをあおるように飲むと、冷ややかな口調で答えた。

 ファウンデーション艦隊を率いていた女王アウラ・マハ・ハイバルは、コンパス旗艦ミレニアムに敗北して戦死した。

 同僚のダニエル・ハルパーとリデラード・トラドールはシンクロ中に仲間の死を叩き込まれ廃人状態に陥り、今も監視下に置かれながら療養中だ。

 そしてクロトに敗れ、オーブ軍に拘束されたオルフェ・ラム・タオは公の場で語る機会すら与えられないまま、どこかに収監されている。

 他のメンバーはともかく、オルフェがその場所から解放されることは永遠にないだろう。イングリットは悲しげに目を伏せた。

 

「そう……」

 

 オルフェはプラント議長ギルバート・デュランダルの後継者であり、ラクスと同様にコロニー・メンデルで全人類の頂点に立つ者として造られた。

 いわば今回のアコード事変でファウンデーションに次いで世界中から連日批判を受けているプラントにとっても、ブルーコスモスの勢力拡大を抑えたい大西洋連邦にとっても、ラクスの正体を秘匿したいオーブにとっても、オルフェは不都合な存在だった。

 永い分断と流血の歴史を終わらせ、人類を救済するために生み出されたオルフェは、遺伝子至上主義を掲げて世界を分断しようとした虐殺者として、このまま闇に葬られるのだ。

 

「だが、コンパスなどただの繋ぎだ。機を見てオサラバしてやる」

 

 シュラは不敵に微笑んだ。

 クロトが自分を解放したのは間違いだと証明してやると言いたげなその表情に、イングリットはため息をついた。するとシュラは冷ややかな目で彼女を見つめた。

 

「そういうお前こそ、奴らの誘いに乗るとはな」

 

 シュラの核心を突くような言葉に、イングリットは沈黙した。

 ユーラシア連邦からファウンデーション王国を独立に導いたのは、ザフトの支援と圧倒的な戦闘能力を誇るブラックナイツの実力によるものだった。

 しかしたった数年でファウンデーションを発展させたのは、宰相のオルフェと国務秘書官だったイングリットの優れた実務能力が大きかった。

 単にデスティニープランを実行するだけで、全てが上手く回る訳ではないのだ。

 アコード事変の余波を受け、現在深刻な人員不足に悩んでいるコンパスは、そんなイングリットにかなりの好条件を提示していたはずだ。

 まして連日、ファウンデーション国防軍を上回るほどの圧倒的な戦力を有している2つの軍事勢力が衝突するこのファウンデーションで、クロト・ブエルの監視下に置かれながら危険な駐留任務に従事する必要などなかったはずだ。

 イングリットは誤魔化すように笑うと、シュラの質問に答えた。

 

「私は、罪を償わなければならないから」

 

 コンパスを壊滅させ、デスティニープランを導入させるための布石として実行した、ユーラシアの戦術核を用いた自作自演の核攻撃。

 その報復行為として行った、軌道間全方位戦略砲レクイエムによるユーラシア連邦首都モスクワへの攻撃。

 閉心術を身に付けており、国務秘書官として諸外国の人間と1対1で接見する機会のあったイングリットなら、反逆の意思を気取られずに阻止出来た可能性もあったはずだ。

 

「罪、か」

 

 今から20年以上前にギルバート・デュランダルが人類唯一の救済策として考案し、そのプランにおける頂点として生まれたオルフェが練り上げたデスティニープラン。

 その社会システムを全世界で実行させるためには、遺伝子による絶対的な格差社会を肯定し、高度な遺伝子操作を施された新人類が旧人類を支配するファウンデーション王国の実態が、世界各国に暴露される前に行動するしかなかった。

 他に方法はなかった。

 そんなデスティニープランが間違っていたのなら、自分たちは何の為に生まれたのか。

 自分たちはただの道化だったのか。

 シュラの突き放すような声に、イングリットは沈黙した。

 

「こんなトコにいたのか」

 

 すると見計らったように休憩室のドアが開き、着任早々に大暴れした話題の人物が現れた。二人が視線を向けた先で、その青年は悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 

「僕も同じヤツで」

 

 赤い髪と蒼い瞳の小柄な青年──ブエル隊隊長のクロト・ブエルは慣れた手付きでコーヒーを手に取った。

 するとシュラは立ち上がり、悠々とソファに腰掛けたクロトに鋭い視線を向けた。

 

「俺と勝負しろ」

 

 クロトは肩を竦めると、軽く溜息を吐いた。

 

「僕は暇じゃないんだ」

「逃げるのか。だったら俺の不戦勝だな」

 

 嘲るように笑うシュラに、クロトはわざとらしく鼻を鳴らした。

 

「勝手にしろよ」

 

 シュラは一瞬勝ち誇ったような表情に変わったが、すぐに納得出来ないのか苛立ちを浮かべて座り直した。

 クロトはその様子をちらりと見たが、気に留めずにイングリットの方に向き直った。

 

 

 

 コンパス総裁ラクス・ディノの呼び掛けで締結された停戦協定により、主権を回復したファウンデーション王国はついにユーラシア連邦から独立し、立憲君主制国家として認められた。

 しかしファウンデーション王国の誕生は、決して祝福されたものではなかった。

 皮肉にもアコード事変における敗北の結果として成立したこの国は、誕生の瞬間から絶え間ない混乱と暴力の渦中にあった。

 平穏が訪れることは永遠にない──そう考える者も少なからず存在した。

 ナチュラルとコーディネイターが共存する理想郷を目指すという美辞麗句に引かれてながらも旧体制に不要とされた者たちは、タオ政権の後始末やテロリストの対処に追われていた。

 しかし自らの手で首都を焼き払い、デスティニープランで見出した者たちの大半を喪ったファウンデーション王国には、二つの重大な脅威が迫っていた。

 一つ目は、元ユーラシア連邦軍を中心に構成されたブルーコスモス系の武装勢力だ。

 ファウンデーションが自作自演で行った核攻撃の罪を着せられ、首都モスクワを焼き払われるなど甚大な被害を受けたユーラシア連邦の支援を受け、ブルーコスモスは武力侵攻を行っていた。

 世界各国はブルーコスモスを支援するユーラシア連邦に批判の声を上げていたが、ユーラシア連邦はアコード事変の真相が公開されて以来、ファウンデーションの抗議に対する一切の回答を拒否している。

 二つ目の脅威は、主にジャガンナート派の残党軍で構成されたネオ・ブラックナイツだ。

 彼らはギルバート・デュランダルとオルフェ・ラム・タオが提唱した遺伝子至上主義社会と、コーディネイターによるナチュラルの支配を支持した。

 そしてタオ政権支持者と合流し、旧ファウンデーション王国を自分達の理想郷だと主張して、武力侵攻を繰り返していた。

 それぞれ国軍を上回る戦力を擁する両軍は、場当たり的な攻撃を繰り返し、アコード事変で不安定な情勢のファウンデーションを蹂躙し続けている。

 彼らにとって国民は世界を支配しようとした虐殺者の生き残りであり、デスティニープランを掲げて国を発展させた前宰相を否定する裏切り者だったのだ。

 

 

 

 冷めたコーヒーを飲み干したイングリットは、クロトから渡された書類に目を通していた。

 クロトは彼女の前に座ると、世間話をするかのような軽い口調で尋ねた。

 

「ネオ・ブラックナイツに、ラクスと似た奴を見つけたそうだ。知っていることを話せ」

 

 イングリットは僅かに表情を揺らすと、深い溜め息を漏らした。

 

「私が何か知っていると?」 

「当然だろ。何も知らないとは言わせねーよ」

 

 緊張感の漂う空気の中で、イングリットはしばし黙考した。

 なぜアコードの中でも初期に造られたラクスが最高傑作なのか。

 なぜシュラに匹敵する戦闘能力を持つ者はいないのか。

 これらの疑問の答えは一つだった。

 不完全な人工子宮で造られたアコードには、少なからず個体差が存在する。

 つまりアコードとしての条件を満たしている個体は極めて稀で、ラクスが万人に愛される女王としての才能を、シュラが最強の戦士としての才能を偶然保有していただけに過ぎない。

 つまり本来アコードとして造られながらも遺伝子操作に失敗してしまった個体が、どこかに存在しても不思議ではないのだ。

 イングリットはクロトの視線を感じながら、話を始めた。

 

「母上は以前、連れ去られたラクスの代わりを造ろうとしたことがあったそうです。ブルーコスモスの襲撃を受けて、行方不明になったそうですが」 

 

 そこまで話したところで、イングリットは1つの可能性に辿り着いた。

 

「まさか」 

 

 コロニー・メンデルの研究者だったアウラはブルーコスモスに襲撃された際、出資者の1人だったハイバル家の治めているファウンデーション王国に逃亡した。

 その頃にラクスの代わりとして生み出されながらアウラに見捨てられ、行方不明になった最後のアコード。

 いわばアコードの亡霊とでも表現するべき存在が、ネオ・ブラックナイツの一員としてこの国に復讐しようとしている可能性があるのだ。

 

 

 

 まるでアイドルのように華やかな雰囲気と、圧倒的な存在感を漂わせた少女は、美しい桃色の髪と翡翠の瞳を煌めかせている。

 

「──ではみなさん。始めましょうか」

 

 ネオ・ブラックナイツの構成員“セトナ・ウィンタース”は、白と赤のVPS装甲を輝かせるデスティニーの中で、にっこりと笑った。




今更ゲルズゲー、ユークリッド、デストロイをボスにしても見劣りするので、外伝で登場するラクスのそっくりさんを、エピローグの敵役として採用しました。
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