逆襲のクロト   作:皐月莢

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ファウンデーションにて・⑤

 世界平和機構“コンパス”ユーラシア支部ビルは、静けさと緊張感に包まれていた。

 会議室に集合したファウンデーション駐留軍の士官たちの表情はどこか硬く、全員が次に放たれる言葉に集中している。

 

「先日のテロ事件で確保した構成員からブルーコスモス軍の潜伏先を特定しましたが、それ以上の有力な手掛かりは掴めていません。ですが世界各地で同様の犯行が行われていることから、首謀者の正体は例の“襲撃者”の可能性が極めて高いと思われます」

 

 コンパス旗艦“ミレニアム”の元通信士にして現情報将校のメイリン・ホークは、ディスプレイに映し出されたデータを指し示しながら解説を始めた。

 メイリンの言葉は普段通りだが、その内容は重い。

 士官たちは誰一人として口を開かず、彼女の説明に耳を傾けていた。

 巨大なスクリーンに映し出されたデータには、この数ヶ月世界中で起こっている一連のテロ活動との関連性を示す痕跡があらわになっている。

 

「つまり、“襲撃者”はファウンデーション国内に潜伏していると?」

「はい。おそらくは」

 

 襲撃者。

 それは元ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールの後継者として世間を騒がせている、可変モビルスーツ“レイダー”を操縦する正体不明のテロリストだった。

 メイリンの声に揺らぎはなかったが、その背筋には緊張感が走っていた。士官たちの間に漂う無言の圧力が、会議室全体を包み込んでいる。

 

「舐めた真似しやがって……」

 

 クロトは小声で呟いた。

 この謎に満ちたテロリストはモビルスーツを用いた大規模な武力侵攻はもちろん、ブルーコスモスに所属する元軍人・一般人を利用した無数の違法行為を実行し、2度の世界大戦とファウンデーション事変で疲弊した世界各国を悩ませている。

 その神出鬼没にして大胆不敵な手口と、愛用するモビルスーツから“襲撃者”と名付けられたテロリストが、このファウンデーションに潜伏している可能性があるのだ。

 クロトはスクリーンに映っている“レイダー”に視線を固定したまま、静かに息を吐いた。

 レイダーは自分の専用機だなどと言うつもりはないが、自分の相棒と同じ名前の機体が世界中を混乱させているのは気分が悪い。

 特にクロトを苛立たせているのは、ファウンデーション国内にいるらしい“襲撃者”は、徹底的にブエル隊との正面対決を避けていることだった。

 勝てる見込みがないと思っているのか、それともリスクを避けるタイプなのか。

 かつて戦ったコンクルーダーズやブラックナイツのように、同等の条件なら勝てると思われている方がよほど楽だ。

 

「とにかく、問題はどうやってコソコソ隠れてる“襲撃者”を誘い出すかだ」

 

 クロトは冷静さを装った表情で言い放った。

 今回はロード・ジブリールを捕獲しようとした時とは状況が違う。

 ファウンデーション軍は連日の戦闘で疲弊しているし、コンパスも戦力として数えられるのはブエル隊だけだ。

 何よりも問題なのは、虎視眈々と領土回復を狙っているユーラシア連邦軍の存在だ。

 軍事境界線付近に展開しているユーラシア連邦軍が敵に回るような事態になれば、この不十分な戦力では到底太刀打ちできない。

 彼らが動き出せば、戦況は一気に悪化するだろう。

 そして次の武力侵攻を虎視眈々と狙っているネオ・ブラックナイツが、そんな絶好の機会を見逃すはずがない。

 ユーラシア連邦から独立したファウンデーションの国家体制を維持するためには、敗北は絶対に許されないのだ。 

 

「くだらん」

 

 突然、壁際に立っていた仮面の男──シュラ・サーペンタインが退屈そうに言った。

 先日の戦闘でモビルスーツは破壊されて戦力外となり、昨日クロトが巻き込まれた一般市民を狙ったテロの鎮圧にも参加出来なかった。

 それがシュラの不満をさらに増幅させているのは明らかだった。

 

「……何か妙案が?」

 

 解説を遮られたメイリンが、シュラに皮肉混じりの視線を向けた。クロトがメイリンを制止して続きを促すと、シュラは勿体つけた口調で言った。

 

「どちらかの敵に戦力を集中して迅速に撃破し、その後もう一方を対処する。わざわざ連中の小細工に付き合う必要はない」

 

 馬鹿か。

 クロトは非現実的な作戦を主張するシュラを小馬鹿にしながら、似たような提案を口にしようとしていたことに気付いて黙り込んだ。

 

「ほう。隊長殿も同意見だそうだ」

 

 シュラは沈黙を賛同と読み取ったのか、仮面越しに満足げな笑みを浮かべた。

 こんなことなら心を読まれても無意味なように、無意味なことを考えておけばよかった。クロトは軽く肩を竦めると、シュラの楽観的な作戦を肯定するように言った。

 

「実際、奴を引きずり出すにはそれくらい大胆な手が必要かもな」

 

 問題は、この世界各国を悩ませている敵をどう包囲し、追い詰めるかだ。

 ただしその為に、一般市民が巻き込まれるような作戦は避けなければならない。

 しかしこのまま持久戦を続けるほど、コンパスとファウンデーションの被害が拡大するのは目に見えている。

 セトナから得た情報によって、こちらが“襲撃者”に対して主導権を握れるかもしれないこの千載一遇の機会を逃す理由はないのだ。

 

「隊長殿がどちらかの敵を叩き、俺がもう片方を迎撃する。敵の大将を狙い撃ちすれば、十分に時間が稼げるだろう」

 

 シュラはどこかゲームを楽しんでいるかのような口調で提案した。

 先日の敗戦で屈辱を味わったシュラにとって、少数で多数の敵に挑む今回の状況はむしろ歓迎なのかもしれない。

 

「ええと、シュラドー。貴方は──」

 

 イングリット・トラドールはその言葉に反応し、顔を僅かに顰めた。

 イングリットとシュラは超法規的措置で拘束を解かれた身であり、そもそも単独行動の権限が与えられていない。

 以前のようにブラックナイツの隊長でありながらオルフェに指揮を任せ、自らはワンマンアーミーとして自由に行動していた時とは状況とは違うのだ。

 最優先しなければならないのは、ブエル隊の構成員としての責務だ。

 それに先日の戦闘で専用機を破壊されたシュラは、強力なモビルスーツを保有しているブルーコスモスやネオ・ブラックナイツの主力部隊と正面から戦うことは難しい。

 純粋な技量はクロトにも見劣りしないシュラだが、それでもパイロットの技量だけでモビルスーツの性能差が埋まる訳ではないのだ。

 数で上回っている敵に対して、読心術などほぼ無意味なのだから。

 

「メイリンは引き続き情報収集を。プロスペラは本部と連携して補給の手配を頼む」

「はい!」

「分かりました」

 

 クロトの短い指示に、メイリンとプロスペラは応答する。それ以外の士官たちも両軍との決戦に向けて、会議室の空気はさらに緊張感を帯びていった。

 

 

 

 

 

 

 クロトは会議が終了すると、気分転換に最上階の休憩所へと向かった。

 現実から逃げるように。

 屋上に出たクロトを迎えたのは清々した空と、それと対称的に破壊された都市の姿だった。

 どれだけ否定したとしても、これがギルバート・デュランダルとオルフェ・ラム・タオの示した未来を拒絶した結果なのだろう。

 蒼き清浄なる世界のために。

 そんな言葉を叫ばなくても、この世界は青いのだ。たとえ世界が青に満ちたとしても、この戦いが終わらないように。

 するとその時、不意に頭の中に声が響いた。

 

 “無様だな”

 

 クロトはオルフェ・ラム・タオの声に、顔をしかめた。

 そしてオルフェの金髪と嘲笑う顔が、現実に存在するかのように鮮明に浮かび上がる。その姿は呪縛霊のようにクロトを挑発していた。

 

 “我らなら、奴らなど簡単に始末出来ただろうに”

 

 オルフェの幻覚が語る言葉には、確信がこもっていた。

 世界は自分のもので、自分は世界のもの。

 人類の頂点に立つ者が全てを支配することを肯定する世界なら、邪魔な敵を排除することは容易だろう。

 この世界には手段を選ばなければ、敵を排除する方法はいくらでもあるのだから。

 しかしクロトはその言葉を即座に否定した。

 

 “お前と一緒にするな”

 

 だが、それは本当の平和ではない。

 いわゆる戦争と呼ばれるものはなくなるとしても、力による支配では暴力の連鎖は止まらない。暴動とその鎮圧という形で、無数の犠牲が生まれるだろう。

 クロトはオルフェの幻影に、心の中で中指を立てた。

 しかし幻覚に過ぎないはずのオルフェは、冷笑を浮かべたままだ。

 なんだこれ。違和感を抱いた瞬間、クロトは背後に誰かの気配を感じて振り返った。

 

「気分転換?」

 

 キラの静かな声が響いた。

 クロトが視線を向けると、キラは両手でエナジードリンクを両手に持ち、どこか安らぎを感じさせる穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「ちょっとホームシック気味でねぇ」

「あはは……」

 

 キラは肩を竦めたクロトに、思わず苦笑した。

 生体CPUに改造される過程で故郷はもちろん、両親の顔も本当の名前の記憶も喪ったクロトが、ホームシックになるわけがない。

 キラはクロトにエナジードリンクを手渡そうと歩み寄った。その瞬間、クロトの精神に纏わり付いている何者かの存在を感じ取った。

 

「邪魔」

 

 キラはその何かに干渉するように静かな声で呟くと、クロトは冷ややかに嘲笑していたオルフェの幻影が霧散するのを知覚した。

 すると先程から苛立っていた心が、穏やかになるのが分かった。

 

「あんま使わねー方がいいと思うけど、サンキュー」

 

 クロトは釘を刺すように言った。

 異能の力を持つ新人類アコードを開発した、遺伝子学者アウラ・マハ・ハイバル。

 その最高傑作であるラクス・クラインの遺伝子情報を参考にユーレン・ヒビキが造ったキラも、アコードとの接触を経てその力を開花させつつあったのだ。

 

「大丈夫。だいぶ制御できるようになってきたから」

「あっそ」

 

 クロトは平然とした様子のキラを見つめる。

 だが、この脳波干渉の力がそう簡単に制御出来るとは思えない。対象者はもちろん、使用者に対する精神的負担も決して軽いものではないだろう。

 唯一幸いなのは、キラにとってこの強大な力は選択肢の一つに過ぎないことだ。

 その気になればクロトの思考を自由に読み取ったり、場合によっては幻覚を見せることも可能だろうが、キラはこの力を滅多に使おうとはしない。

 それでも後天的に覚醒したこともあり、生まれた瞬間から訓練を積んでいたアコードたちには及ばないものの、精神干渉を行っていたオルフェを排除するくらいは造作もないらしい。

 キラは二人の間に流れ始めた空気を振り払うように、静かに尋ねた。

 

「例のデータ、どう思う?」

 

 クロトは一瞬考え込んだ。

 セトナから入手した、ブルーコスモスの潜伏先と次の作戦目標。

 そして“襲撃者”の存在を匂わせるデータ。これが真実であれば有益な情報だが、その裏に何らかの意図が隠されていると確信していた。

 

「こっちの行動を操作しようとしてんじゃねーの」

 

 セトナの目的は十中八九、こちらの分断だ。

 こんな重大な情報を入手した以上、コンパスは数少ない戦力を分散させてでも“襲撃者”の対処に当たらなければならない。

 そうなれば、ネオ・ブラックナイツを止められる戦力は存在しないだろう。

 敵の心を読めることが勝敗を決定するとは限らないように、敵の作戦を事前に把握することがかならずしも優位に働くわけではないのだ。

 特にコンパスのような部隊には。

 すると、クロトのポケットに入れていた通信端末が振動した。

 画面を覗き込むと、誰かからの未確認メッセージが無数に溜まっていた。それを見たクロトはわずかに眉をひそめた。

 完全に見なかったことにするのは簡単だが、メッセージに気付いたのに返信しないのは、隠しアイテムを見逃したようで気持ち悪い。

 

「うげ……」

 

 だが、なんと返したものか。

 クロトは溜息を吐きながらメッセージを読み進めていると、不意にセトナの策略を破綻させるアイデアが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 ファウンデーション王国の北東部に位置する山岳地帯には、かつて第2次連合・プラント大戦時にユーラシア連合軍によって築かれた要塞跡地が存在する。

 ザフトのディオキア基地を牽制する要所として建設された要塞跡地は、世界各地に侵攻を行っているブルーコスモス軍の拠点として利用されていた。

 この大規模な基地から、百機を超えるモビルスーツが次々出撃する。

 その目的は、ファウンデーション王国の東部に位置する市街区の破壊だ。

 砦から飛び立った無数の機体は、弱った獲物を狙う死の使者のように空を覆い尽くし、街に向かって迫っていた。

 

「あの機体はっ!?」

 

 その機体の反応を捉えた通信士の声は、緊張と恐怖に震えていた。

 通信士の目には、人面鳥を思わせる漆黒の可変機の姿が浮かび上がっていた。

 戦場の空気を一変させたその機体──それは、現在ブルーコスモス軍を率いている“襲撃者”のモビルスーツだった。

 漆黒のレイダーは驚異的な速度で戦場を斬り裂き、敵対する部隊を蹂躙していく。

 その圧倒的な戦果は、モビルスーツの性能やパイロットの技量によるものだけではないだろう。

 旧式ながら、最新鋭機のブラックナイトスコードシリーズを次々撃破した。

 たった一撃で要塞を両断した。

 自由自在に雷を操り、ファウンデーション艦隊を一掃した。

 実際に目にした者はいないものの、そんな伝説的な戦果を上げたとされる最強のモビルスーツを思わせる機体の登場に守備隊は騒然となった。

 

「狼狽えるな! 偽物だ!」

 

 指揮官が怒号を飛ばすが、恐怖に囚われた防衛軍の反応は鈍い。

 ブルーコスモス軍はこの混乱を利用して恐怖を水のように浸透させ、柔らかくなった防衛線を次々と突破する。

 もちろんこの漆黒の可変機は、コンパス最強のモビルスーツ小隊を率いるクロト・ブエルのストライクレイダーではない。

 レイダーと呼ばれるその機体は、かつて大西洋連邦が第1次連合・プラント大戦で活躍したレイダーの次世代型ハイエンド機として開発したモビルスーツだ。

 量産性よりも純粋な性能を重視したこの機体は、レイダーと同様以上の機動力を持ちながら、カラミティの火力とフォビドゥンの防御力を両立した万能機として完成した。

 理論上は既存のモビルスーツを凌駕する性能を誇りながら、操作性の複雑さから制式採用を見送られたその機体は、現ブルーコスモス軍を率いている指導者の切り札だったのだ。

 レイダーの両腕部から展開したゲシュマイディッヒ・リージョンは、自身に放たれたビームの軌道をねじ曲げ、周囲の建造物を紙屑のように吹き飛ばす。

 続けて額から放たれた高出力ビームが、防衛線を死守しようとする守備隊を一掃し、炎の海が広大な空間を呑み込むように焼き尽くした。

 後方ではデストロイがその巨体で周囲を焼き払い、脇を固めるウィンダムとワイルドダガーが破壊の限りを尽くしている。

 しかし、彼らは知らなかった。

 第1次連合・プラント大戦でレイダーの相棒として活躍し、無数の敵を葬り去った真紅の翼を。

 

「こちらは世界平和監視機構コンパス──」

 

 少女の声が無線を通じて響き渡った瞬間、戦場に閃光が走った。

 次の瞬間、少女は逃げ惑う市民を銃撃しようとしていた“ブーストレイダー”に強烈なビームを放った。

 しかしブーストレイダーは即座に反応し、再びゲシュマイディッヒ・リージョンを展開して攻撃を防御すると、周辺部隊に迎撃命令を下す。

 すると少女は反射されたビーム攻撃を難なく回避し、背部ユニットからビームランチャーを展開した。

 

「──ッ!!」

 

 さらに少女は左腕に装備したシールドブーメランを投擲した。

 同時にウィングに搭載したリニアガンを展開し、更にビームライフル・ショーティを両方の手で構える。

 その機体の瞬間的な制圧力は、コンパスの中でも最上位だ。

 まるで暴風雨のような一斉射撃が、少女に迫っていたブルーコスモス軍のモビルスーツを瞬く間に葬り去っていく。

 

「──ふう」

 

 少女は動揺を微塵も感じさせない雰囲気で、攻撃を回避したレイダーを見据えた。

 モルゲンレーテの開発したコンパス専用機──“ストライクSpec2”。

 レイダーと同様に地球連合軍初のモビルスーツであり、オーブ軍のフラグシップ機としても有名な“ストライク”を最新技術で再生産した機体だ。

 見た目はストライクルージュを彷彿させる華やかなカラーリングだが、専用ストライカーパック“ツキカゲ”によって極限まで向上した殲滅能力が最大の特徴だ。

 そんな常人には扱えないモンスターマシンを手足のように操る少女パイロット──ステラ・ルーシェは溜息混じりの声を漏らした。

 

「悪いヤツは、やっつけないと」




更新が遅れがちで申し訳ありません。

ブルーコスモスもモブばかりでは味気ないので、外伝のキャラをチョイスしました。レイダー対決も考えましたが、今まで出番のなかったステラちゃんを抜擢してます。

ストライクSPEC2と命名してますが、ほぼ別物です。ライジングフリーダム+ストライクEのイメージです。
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