〈49〉
マリューら士官勢はバルトフェルド隊との戦闘直後、アークエンジェルに接触を図ってきた〈明けの砂漠〉と名乗る武装集団との交渉に臨んでいた。
北アフリカという連合軍の勢力圏外に降下してしまったアークエンジェルに補給の目途は立っておらず、また相手がレジスタンスを自称する以上、無碍な対応をすることは周辺住民の反発を買うのではないかという懸念があったからである。たとえリスクはあっても、交渉する価値はあると考えたのだった。
「砂漠の虎相手に、ずっと抵抗運動を?」
「まぁな。……あんたの顔はどっかで見たことがあるような……」
「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に知り合いはいないがね」
「あの〈エンデュミオンの鷹〉とこんな所で会えるとはな?」
「止めてくれ。元々その異名は好きじゃなかったが、最近はあまりの道化っぷりに自分でも嫌になってるんだ」
「あぁ……?」
先程のバルトフェルド隊との戦闘において、ムウは新たな乗機であるストライクの大気圏内支援戦闘機──〈スカイグラスパー〉の調整が終了していなかったため、とうとうムウは出撃することすら叶わなかった。
バルトフェルド隊が撤退したのは単独でバクゥを2機撃破し、更にレセップスに反撃しようとしたクロトと、同じく味方の誤射を受けながらもバクゥを単独で1機撃破し、レセップスの遠距離砲撃を迎撃したキラのお陰である。
そんな彼等と比較して、自分の何処が英雄だと言うのか。
おそらく自分は本物の大英雄である〈
今回の任務が始まって以来、アークエンジェルの大黒柱として奮闘するクロトを目の当たりにして、ムウは自分の無力さに嫌気が差していたのである。
「情報も色々とお持ちのようね。私達のことも?」
「地球連合軍第8艦隊の新型特装艦、アークエンジェルだろ。クルーゼ隊に追われて、地球へ逃げて来た。そんであの2機が──」
「〈Xー370〉レイダー。それに〈Xー105〉ストライク。地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」
サイーブとカガリは自分の背後に立つレイダーとストライクに視線を向けた。
電力切れに陥ったストライクはほぼ戦闘能力を喪失しているようだが、レイダーは未だ健在である。何か揉め事になれば、レイダーの2連装52mm超高初速防盾砲が自分達を一瞬で肉塊に変えるつもりなのだろうとサイーブは推測した。
「……さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな。あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」
サイーブは独自の情報網でアークエンジェルの目的を掴んでいた。だからこの北アフリカの地にアークエンジェルが降下したのは事故だと推測していたのだが、今後のアークエンジェルの動向を把握したかったのである。
それが自分達の利益に繋がるのであれば、サイーブはアークエンジェルの補給に協力する代わりに、アークエンジェルと対バルトフェルド隊の共同戦線を張ろうとしていたのだ。
「力になっていただけるのかしら?」
「話そうってんなら、まずは銃を下ろしてくれ。パイロットもな」
ここで撃ち合いになれば、軽装備で来ている自分達はひとたまりもない。
ましてやたった1発で自分達を確実に殺傷する様な武器を向けられている現状は、サイーブにとってあまり気分がいいものではなかった。
それにレイダーのパイロットは壊滅寸前の第8艦隊を救った天才パイロットであり、ブルーコスモスの盟主アズラエルの直属兵らしい。
慣れない砂漠の戦闘でバクゥを2機撃破し、レセップスに反撃すら行おうとした手腕に疑う余地などなかったが、どんな人間なのかサイーブは興味があったのである。
「……分かりました。ブエル中尉、それからヤマト少尉も降りてきて」
「!?」
レイダーとストライクから降りた、自分が傍らに連れている少女──カガリと歳の変わらなそうなクロトとキラを見て、サイーブは困惑した。
既に数多の修羅場を潜った歴戦の勇士の風格を漂わせる少年クロトと、そんなクロトの背中に隠れて此方を伺う可憐な少女キラの姿は、明らかに異様な光景だったからである。
「あいつらがパイロット? まだガキじゃねぇか。本当かよ……」
サイーブの部下達も、クロトとキラを見て何かの間違いではないかと囁き合った。
2人の戦闘を間近で見ていたサイーブすら同感なのだから部下達の言葉も当然だったが、2人を見たカガリの反応はそんな周囲とは異なるものだった。
「後ろのお前! ……お前が、何故あんなものに乗って──」
クロトとキラにつかつかと歩み寄って行き──クロトの背中に隠れるキラにいきなり殴り掛かろうとして──横から
「痛っ!?」
幸い足元は柔らかい砂地であり、クロトも本気で蹴った訳ではなかったが、それでも脇腹に鋭い前蹴りを受けたカガリはその場で尻餅を突いて転んだ。
「いきなり何をする!?」
「……それはこっちの台詞ですよ。地球連合軍にいきなり暴力行為を働くレジスタンス……
突然のトラブルに緊張感が走る周囲に対して、クロトは平然と切り返した。
一分の隙も無い正当防衛という主張──それどころか自分は
この場で唯一クロトの真意を正確に理解出来たサイーブとカガリは、そんな鋭い観察眼を持つ目の前のクロトに戦慄せざるを得なかった。
「くっ……まさかお前……」
「僕は
「……」
あまりにも白々しいクロトの言葉にサイーブは沈黙するしかなかった。どうやらレイダーのパイロットは何もかも御見通しらしい。
自分が蹴った少女はオーブ連合首長国の代表首長──ウズミ・ナラ・アスハの義娘
そしてその事実が表沙汰になれば〈明けの砂漠〉はもちろん、中立を掲げている
「貴女は……あの時……モルゲンレーテに居た……」
そんな周囲の状況が把握出来ないキラは、いきなり自分に殴り掛かろうとしたところをクロトに蹴られて転んだ顔見知りの少女──カガリに手を差し伸べたのだった。
〈50〉
意図せぬ展開でクロトに致命的な弱味を握られてしまったサイーブは、アークエンジェルと共同戦線を張ることに同意せざるを得なかった。
バルトフェルド隊が把握していない前線基地の無償貸与。
情報提供と補給の全面協力。
本来あまりにも有り得ないサイーブの優遇措置に、事の真相を知らないマリュー達とサイーブの部下達は困惑したが、それには勿論重大な理由があった。
アスハ家の次期後継者であるカガリとその護衛であるオーブ陸軍第21特殊空挺部隊のキサカを受け入れる代わりに、サイーブは密かに
このことが知れ渡れば〈明けの砂漠〉は終わりだった。
恐るべきはブルーコスモスの盟主アズラエルの直属兵──クロト・ブエル。
類稀なる戦闘能力に加えて、まさに悪魔的な知識と洞察力を持っている少年兵だとしかサイーブには思えなかったのである。
「……」
そんなサイーブが1人絶望する一方。
借宿を手に入れたアークエンジェル──そのCIC担当であるサイ・アーガイルは、昨日突如自分に婚約破棄を申し出た少女フレイ・アルスターを追い掛けていた。
「ちょっと待てよフレイ! そんなんじゃ分かんないよ!」
「五月蠅いわね! もういい加減にしてちょうだい!」
「おい、なんだよそれは! ……ちょっと待てよ!」
「……何だよ。この騒ぎは?」
昨夜の戦闘データを解析してストライク、レイダーの調整を行い、ようやくある程度の目途が立って休憩しようとしたクロトとキラが姿を現した。
フレイは状況が把握出来ないクロトの背後に回り込み、自分を追い回すサイから自分の身を隠す。
「……フレイに話があるんだ。ブエル中尉には関係ありません」
思わぬ闖入者の登場に、サイは苛立った口調でクロトに言い放った。
「そんなこと、僕は知らないね。どう見ても、君が嫌がるアルスター二等兵を追い回しているようにしか見えないけど?」
「婚約者同士の話です。部外者が口を挟まないでください」
「婚約者ねえ。なんか前に聞いたな……」
痴話喧嘩に巻き込まれるのは面倒だと思ったクロトは背後のフレイに視線を向けるが、そんなクロトを見たフレイは慌てて首を横に振る。
「まだ親同士の話だけよ。パパも居なくなったし、私達の状況も変わったんだから、何もそれに縛られることはないと思ったのよ」
「なるほどねえ……」
フレイにとって唯一の肉親であり、ブルーコスモスの権限を利用して先遣隊に乗船して娘に会おうとする程の子煩悩だったジョージ・アルスターの死。
そして戦争に巻き込まれ、崩壊してしまった日常。
そんな状況下で自分なりに考えて生きて行こうとするフレイの言葉は、
「とにかく、一度話がしたいんだ!」
「私は貴方と話すことなんてないわ!」
サイとフレイは間にクロトを挟み、不毛な言い争いを続ける。
クロトは別にどちらの味方をするつもりもなかったのだが、フレイの釈明した言葉の中で一点だけ気になったことをサイに指摘した。
「……どうでもいいけどさ。
「なんだとッ!!!」
実際に婚約しているならともかく、親同士で婚約の話が出ているだけという状況なのにサイはフレイに執着し過ぎなのではないか。フレイの心が離れているのなら、話をなかったことにするのが当然なのではないか。
そんなクロトの正論に対し、図星を突かれたサイはクロトに殴り掛かった。クロトはあえて一発先に殴らせ、正当防衛の権利を得た上で反撃しようとして。
「──やめてよ」
キラは2人の間に割り込むと、サイの単純な軌道の拳を受け止めて腕を捻り上げた。
もちろん武装した複数の軍人を素手で制圧出来るクロトからすれば低次元な技術だったが、優秀な運動神経と反射神経を持つキラにサイが敵う道理などないのである。
「……!?」
自分がキラに攻撃されたという事実に衝撃を受け、サイは絶句した。
自分は被害者なのだ。自分は何も悪くない。何故自分がこんな目に遭わなければならないのだ。悪いのは自分を挑発したクロトと、そんなクロトを庇うキラだ。
怒りに震えるサイに、キラは冷たい視線を向けて言う。
「やめてよ。本気で喧嘩したら、サイが私に……敵うはずないでしょう?」
「まあまあ。後輩の女の子が無理矢理戦わされてるのにヘラヘラ軍に志願するような奴に、そんな難しい事が分かる訳ないだろ?」
「……そうよね。本当にそう……」
そもそもナチュラルの中では優秀な部類のムウやサイが頑張った位ではコーディネイターに敵わないから、キラはストライクのパイロットを強制されているのだ。
そんなちょっと考えればすぐ分かる事をこの場で認識しているのは、当事者であるキラを除けば
しかしカトーゼミの代表的存在としてカレッジでも上位カーストに存在し、今もカトーゼミ組の纏め役を自認しているサイにとって、その事実は受け入れられないことだったのだ。
「……なんで……なんでこんな奴の味方をするんだよ……!」
「こんな奴?」
「そうだろ? だってブエル中尉は──」
ブルーコスモスで──差別主義者で。残虐非道で、異常者で。
そう言い掛けたサイは、激昂したキラに平手打ちを喰らった。
「……クロトは……本当は優しい人なの! ……ずっと私を守ってくれて……抱きしめてくれて……自分だけは味方だって……。私達がどんな思いで戦ってきたか、誰も気にもしないくせに!! 貴方にそんなことを言われる筋合いはないのよ!!」
キラが涙目でサイに絶叫した直後。
轟音と共に〈明けの砂漠〉の最大拠点──タッシルの方角の空が、真っ赤に染まった。
皆様がお待ちかねの某イベントでした。
あらすじにも掲載させて頂きましたが、阿井 上夫様に支援絵を頂きました。
こんなキラちゃんが改造指揮官服を着たクロトくんと暴れ回っていると思うと、感慨深いものを感じますね!
【挿絵表示】
クロトくんはケバブで何派?
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ヨーグルト派。砂漠の虎と意気投合。
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チリソース派。カガリちゃんと意気投合。
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何も掛けない派。原理主義者。
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ミックス派。
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なんでもいい派。