逆襲のクロト   作:皐月莢

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逆襲のクロト

 オーブ本島の中心地にそびえるコンパス本部ビルの最上階は、オーブの美しい海と町並みが一望出来る天空の展望台としても知られている。

 傾き始めた夕陽が黄金色に輝き、室内を柔らかく包み込んでいる。

 窓の隙間から吹き込む穏やかな風がカーテンを揺らし、部屋に心地よい清涼感と緊張感をもたらしていた。

 モビルスーツに乗り、世界各地を取材することで有名なフリージャーナリスト“野次馬ジェス”ことジェス・リブルは、とある青年との単独インタビューに臨んでいた。

 その青年──コンパス2代目総裁クロト・ブエルはその異色の経歴から世界各国のジャーナリストに注目されながらも取材を断り続けていた人物であり、今回の独占インタビューは極めて異例の機会だった。

 

「総裁として、特に大切にされていたことは何でしょうか?」

 

 クロトはジェス・リブルの問いかけに、一瞬瞳を閉じた。

 窓から差し込む夕日の柔らかな光を感じながら、ゆっくりと瞳を開いた。

 

「僕には、総裁の適性はなかったと思います。だからこそ、それ以外の部分──僕を支えてくれる仲間との関係を大切にしていました」

 

 クロトは非力さを自嘲するように、どこか困った表情で笑みを浮かべる。

 

 総裁選を争った大西洋連邦の英雄ムルタ・アズラエルに、クライン派の正統後継者として知られるアイリーン・カナーバ。

 それに初代総裁として、これまで活躍してきたラクス・クライン。

 いずれも世間を騒がせたデスティニー・プランのように遺伝子解析を行うまでもなく、総裁としての適性がクロトを上回るのは明白だった。

 しかしその自嘲するような言葉とは裏腹に、この五年に渡る就任期間で世界平和監視機構コンパスのリーダーとして堂々たる実績を残したのもまた事実だ。

 コンパス火星支部設立。

 宇宙クジラ騒動に、太陽砲台事件の早期解決。

 この遺伝子至上主義が蔓延するコズミック・イラにおいて、それを覆すような成果をもたらしたナチュラルの存在は、世界中に希望の光をもたらしていた。

 人は生まれ持った遺伝子で、定められた運命で決まるのではないのだと。

 

「なるほど……」

 

 今回、クロトが自ら単独インタビューを申し出てきた背景には、ジェスが偶然保有していた1枚の写真が関係しているという。

 ジェスはその写真が示す真実と、クロト・ブエルという奇妙な青年そのものに強い関心を抱き始めていた。青年の言葉の奥に隠された想いをもっと知りたい——そう強く思った。

 

「最後に、今後のご予定をお聞かせいただけますか?」

 

 ジェスの声に、クロトはふと窓の外に視線を移した。

 遠く水平線に沈みゆく太陽が、金色の帯を海に描いている。

 夕陽は茜色から紫紺に移り変わり、美しいオーブの街並みを幻想的に染め上げている。その幻想的な光景は、過去と未来が交錯しているかのようだった。

 クロトは息を整えると、静かな声で答えた。

 

「総裁の座からは引きますが、今後も陰ながらコンパスを支えていきたいと思います。そして、次の世代に何かを伝えられるような活動ができればと考えています」

 

 これまで数え切れない功績を上げてきたクロトは、カガリ・ユラ・アスハ代表から次期オーブ代表首長最有力候補であるトーヤ・マシマの護衛に抜擢されたという。

 能力的には申し分ないとはいえ、元大西洋連邦軍の軍人──それもオーブ解放作戦に参加した過去を持つものが、こうした要請を受けるのは前代未聞の事態と言えるだろう。

 どうやら、アスハ代表の生き別れた姉妹と婚約関係にあるという噂は本当らしい。ジェスはクロトの言葉に深い共感を覚えると、納得したように頷いた。

 

「素晴らしいお考えですね。本日は貴重なお話をありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 クロトはジェスが機材の片付けを始める中、ゆっくりと立ち上がった。

 その表情は穏やかで、どこか解放感が漂っている。

 そんな中でスーツに身を包んだ赤髪の女性がクロトに近づき、穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。おかげで安心して話すことができた」

「当然でしょ。あんたはこういうのってぜんぜん駄目だもんね」

 

 クロトのねぎらうような言葉に、フレイ・アルスターは苦笑した。その瞳には、これまで専属秘書としてクロトを支えてきた者だけが知る信頼と敬意が宿っている。

 そのとき、ジェスが小さなデータチップを手に近づいてきた。

 

「ブエル総裁、これは例の写真です」

 

 クロトはそれを受け取ると、深く感謝の意を示した。

 このデータチップに保存された一枚の画像を手に入れるために、クロトはこれまで断っていたインタビューを受けることにしたのだ。

 

「ありがとうございます。本当に感謝します」

「いえ、私も総裁のお話を伺えて光栄でした。またお会いできることを楽しみにしています」

 

 ジェスは微笑みながら頭を下げると、部屋を後にした。

 クロトも軽く頷き返し、フレイを連れて人気のない廊下を歩き出す。

 ビルのエントランスを出ると、爽やかな夜風が心地よくクロトの頬を撫でた。

 あちこちで街灯が灯り始め、オーブの街は次第に夜の顔を見せ始めている。昼間の喧騒が嘘のように街は静かで、遠くには海鳴りの音がかすかに聞こえていた。

 

「おう、さっさと乗れよ」

 

 外にはフレイが手配した、迎えの車が待ち構えていた。

 クロトが車に乗り込むと、運転席にはオルガ・サブナックが座っていた。

 助手席にはあどけない顔をした赤髪の幼児が座っており、大きな瞳で後部座席に乗り込んだクロトとフレイをじっと見つめていた。

 

「お前、子供がいたのかよ?」

 

 クロトは驚きと戸惑いを隠せず、どこか高貴さを感じさせる幼児に視線を向けた。

 いったい誰との子供なのか。

 思わず視線で問い掛けると、怪訝な表情を浮かべていたフレイは見当も付かないとばかりに首を横に振って否定した。

 

「俺のことはどうでもいいだろ。何をダラダラ話してたんだ?」

 

 オルガはバックミラー越しに目を合わせと、少々気まずそうに肩をすくめる。クロトはその皮肉るような言葉に、思わず笑い出しながら頷いた。

 

「大したことは話してねーよ。やっぱ、慣れねーことはするもんじゃないな」

 

 そう言うと、クロトはポケットの中のデータチップにそっと触れた。

 

「でも、これで一つ区切りがついた気がする」

 

 オルガはミラー越しにクロトの顔を見つめ、しばし黙っていたが、満足そうに頷いた。

 

「それは良かったな。つーか、引退の理由ってやっぱ──」

 

 オルガの言葉が一瞬途切れ、車内に静けさが訪れる。

 クロトは窓の外に視線を移した。街のネオンが走り抜け、灯りが流れるように過ぎていく。

 

「今の僕に出来ることはやり尽くした。この世界をもっと良くするためには、新たな視点が必要だと思ったんだ」

 

 オルガは静かに頷くと、話題を変えた。

 

「ところで、他の連中はどうしてる?」

 

 オルガはこの数年間、プラント支部に出向を命じられてほとんど地球を離れていたため、仲間たちの近況を知らなかったのだ。

 

「シャニのヤローは相変わらずだ。ステラはコンパスに在籍しながらロースクールに合格して、今は法律を学んでる。自分みたいな身寄りのない子供たちを救いたいんだって」

 

「意外だけど、アイツらしいな」

 

「シュラはコンパス唯一の『ライセンサー』として、今も紛争地域で連日活動してる。イングリットはブエル隊の解散後、ファウンデーションに残って復興支援に尽力してる」

 

「アスランとラクスは?」

 

「アスランは僕と入れ替わりでターミナルに出向して、今では組織の中心人物だ。ラクスは半年前まで僕の相談役だったけど、今はミーアと2人で銀河の歌姫として活躍してる」

 

「プラントの方はどうなんだよ?」

 

 クロトが問い掛けると、オルガは少し間を置いてから答えた。

 

「シンは軍縮の影響で、妹と会う暇もないって毎日ぼやいてる。レイは最近、変な仮面を付け始めてな。イチイチ理由は聞かねーけど、あのオッサン(ラウ)の影響かもな」

 

 オルガは肩をすくめると、寂しさを滲ませるように笑った。

 

「ま、つーわけでお前はお役御免ってヤツだ」

 

 車が目的地に近づくと、クロトはオルガに再び声をかけた。

 

「ここで降ろしてくれ。少し歩きたいんだ」

 

「わかった。フレイは俺が送っておく」

 

 クロトが車から降りると、フレイも車から降りてクロトに近づいた。

 

「本当に大丈夫?」

「あぁ。いつもありがとう」

 

 フレイは躊躇いがちに眉を顰めた後、やや悪戯っぽい表情で言った。

 

「あんたが引退した理由、誰も分かってないみたいね?」

「君は分かるの?」

「分かるわよ。あの子があんたを迎えに来ないなんて、それしか考えられないもの」

 

 クロトはフレイの核心を突くような言葉に一瞬驚いたが、すぐに穏やかな微笑みを返した。

 

「さあ、どうかな」

 

 フレイは意味深な笑みを浮かべると、再び車に戻った。

 オルガが車を発進させると、二人の姿は夜の街の灯りに溶け込んでいった。

 クロトはその背中を見送りながら、静かに息を吐いた。

 街灯の明かりが足元を照らし、夜の風が頬を優しく撫でる。

 静寂な住宅街を進むうちに、家の窓から漏れる柔らかな明かりが見えてきた。静かに玄関のドアを開けると、暖かな光とともに笑顔のキラが待っていた。

 

「お帰り! インタビューは無事に終わった?」

「あぁ。なんとか」

 

 クロトは照れくさそうに笑いながら、ドアをゆっくりと閉めた。

 

「体調はどう?」

「おかげさまで。来月には生まれるって」

 

 キラは新たな生命を慈しむように、掌をそっと当てた。クロトはキラの隣に立つと、その手を重ね合わせて感触を確かめる。

 クロトはデータチップを取り出し、コンピューターに接続した。

 すると二人は、スクリーンに映し出されたモビルスーツの姿に目を奪われた。

 それは第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に戦場ジャーナリストとして参加していたジェスが偶然撮影に成功した、レイダーとフリーダムがジェネシス攻略に向かう映像だった。

 

 何者にもなれなかった生体CPU、クロト・ブエルの戦いはこれからも続く。

 次の世代へとバトンを渡しながら、真の自由を守るため、逃れられない運命に抗うために、戦いの人生を歩み続けるのだろう。

 だが、あのときヤキン・ドゥーエで迎えた、孤独と虚無に満ちた最期が訪れることはない。

 

 未来は誰にも分からない。

 想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。

 だけど手を繋ぐ誰かがいれば、前に進むことも出来るだろう。

 手を離さなければ、誰かと前に進めば、奇跡を起こすことだってできるだろう。

 

「僕たちなら、どんな未来も乗り越えられる」

 

 クロトは微笑みながら頷くと、キラの手をしっかりと握り返した。




これでエピローグも含めて完結です。
9/27は三馬鹿の命日なので(もちろんフレイも)、この日に合わせられて良かったです。

-追記-

阿井上夫先生から頂いた支援絵です。数々の支援絵、本当にありがとうございました!

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